スミレの花はつつましやかに咲く 作:SumireDaisuki
元旦から目の回る忙しさだった。
お参りしようと思った神社がなくなるのはまぁ良いとして、事後処理が大変だった。
シャーレは超法規的組織で、連邦生徒会と同等かそれ以上の権限がある。
その意味を改めて認識させられた。
「先生、お疲れ様です!」
シッテムの箱から声がした。
アロナだ。
「ご指示の通り、サンクトゥムタワーから基底現実を修復するよう手配しました。ゲヘナの風紀委員会と万魔殿には連絡済みです。後は連邦生徒会にお任せですね」
「ありがとう、助かるよ」
「いやぁ、それほどでもぉ……」
画面の中でアロナがもじもじと身体を動かしている。
銃撃や爆破が日常的なキヴォトスにおいて、インフラの維持は常に頭の痛い問題だ。
サンクトゥムタワーのリソースにも限度があるし、無制限に使えるわけでもない。
いや、シャーレの権限なら無制限に使えないこともないけど、それは大人としてどうなのかという話だ。
「もう朝になっちゃいましたね……」
「そうだね……」
赤い陽射しが事務所に差し込む。
夕陽ではなく朝陽である。
「一段落つきましたし、お休みしますか?」
「いや……」
仕事は大変だし、正直言ってサボれるならサボりたいけど、かわいい生徒たちのことを思うとそんなことは言っていられない。
アロナが深くため息を吐いたのが聞こえてきた。
「やっぱり、見に行くんですか」
「確認するのも仕事だからね。ちゃんと現認しないと報告書も書けないし」
「……わかりました。無理はしないでくださいね」
「アロナがいるから大丈夫だよ」
「もう……それ、どういう意味ですか!」
口を尖らせているアロナを見ていると、それだけでいくらか疲れが取れる気がした。
§
果たして、破壊されていた神社は無事、修復がされていた。
折れた鳥居や壁に穴の空いた拝殿は建て直され、お賽銭箱もきちんと元に戻されている。
三ヶ日も過ぎ、参道に立ち並ぶ商店街も開店前であることも手伝って、あたりは閑散としていた。
便利屋68やアビドスの子達は怒っていたけれど、カイテンジャーの子達も私のかわいい生徒だ。どこかのタイミングできちんと話を聞いてあげなきゃいけないなぁと思いつつ、階段を降りようとすると見知った女の子が駆け上がって来るのが見えた。
乙花スミレだ。
白いタンクトップに黒のレギンス、紫色に縁取りされたジャケットを腰に巻いている。
そしてなぜか手には愛用のショットガンを抱えていた。
「いち、に、いち、に……」
リズミカルな掛け声とともにスミレが階段を登ってくる。
運動に集中しているためか、視線は足元に向いていて私には気づいていないようだった。
少し迷ったけれど、先生としては挨拶をするのが正しい行動だろうと考えて、
「おはよう、スミレ」
と声をかけた。
「あ」
スミレが顔を上げた。
驚いたのかちょっと口を開けたのち、にこっと微笑んだかと思うと、今度は慌てた様子でまたうつむいた。
一見クールなタイプに見えて、実に良く表情が変わる。
「お、おはようございます、トレーナー」
スミレは足を止めて、おじぎをした。
「ごめん、呼び止めたつもりはないんだ。続けてくれて良いよ」
運動の邪魔になったかもしれないと思いそう言ったら、
「いえ、ちょうどインターバルを取るつもりでしたから」
違いますと言わんばかりにスミレは手を振って答えるのだった。
「あけましておめでとう、スミレ」
「あけましておめでとうございます、トレーナー。今年も宜しくお願いします」
改めて年始の挨拶をする。
深々とスミレが頭を下げると、ポニーテールにした長い髪の毛も一緒にぶらんと下がり、それがなんだか尻尾みたいでおかしい。
タオルでも差し入れられたら良かったのだけれど、あいにく、持ち歩いてはいない。
だから代わりにこう言った。
「なにか飲む? まだお店も開いてないから自動販売機のジュースくらいしか買えないけど」
「あ、いえ……そんな……」
「遠慮しなくて良いよ」
一目見て、スミレが飲み物を持ってきていないのはわかっていた。本当はすごく飲みたいはずなのに、我慢しているに違いない。
「じゃ、じゃあ、スポーツドリンクでお願いします」
「ポッカリスイートだよね」
「はい……!」
私は降りかけていた階段を後戻りした。
鳥居の手前に設置されている自動販売機のボタンを押してカードをかざす。
お金を支払ったことを示す電子音の後に、ガタンとボトルの落ちる機械的な音が鳴る。
私が飲み物を買っている間にスミレがすぐそばまでやって来た。
「どうぞ」
「ありがとうございます」
両手でボトルを受け取ってフタを開けると、スミレはごくごくと飲み始める。
よほど喉が渇いていたのだろう、遠慮していた割には気持ちの良い飲みっぷりだ。
「こんなところで会うのは珍しいね」
ここはゲヘナの校区だ。
スミレが通うミレニアムからは距離が離れている。
「ここでお参りすると願い事が叶うと聞きまして……」
私はシッテムの箱にいるアロナと顔を見合わせた。
クロノスの報道をスミレは見ていないのだろうか。見ていないのだとしたら、あえてそれを口に出すのもはばかれる。
返事に困る私を見てスミレはくすっと笑った。
「噂が嘘だったのは知っていますよ」
「……なんだ」
「こちらこそ、すいません」
そこでふと、違和感を覚えた。
――願い事が叶うのが嘘だと知っていて、わざわざここへ?
そんな私の疑問を見透かしたようにスミレは言った。
「筋肉はいつも同じ刺激だと効果が無くなってしまうので……たまには環境ややり方を変える必要があるんです」
「へぇ……そうなんだ」
「トレーナーは、元旦から大変でしたね」
「ははは……私はなにもしてないよ。便利屋68とアビドスの子達のおかげだよ」
「私も駆けつけられたら良かったんですけど。事件を知った時にはもう、全部終わってしまっていました」
「ありがとう、気持ちだけでも嬉しいよ」
申し訳なさそうにしているスミレを気遣うつもりで私は言った。
「駆け回ったから運動家解消になったよ」
「トレーナーはさすがですね……!」
スミレが目をきらきらさせる。
「あんな事件の最中でもトレーニングを忘れないだなんて。私だったらそんな余裕は絶対ありません!」
「いや……あはは……」
そういう意味じゃないんだけどなぁと思って私は笑ってごまかす。
つい生徒の趣味嗜好にあわせて迎合するようなことを口走ってしまうのは、我ながら良くないクセだと思う。
「そ、そういえば、スミレは初詣に行ったの?」
罪悪感を覚えた私は変に突っ込まれる前に話題を変えることにした。
「行きました。ミレニアムの近くの神社に」
「なにかお願いごとをした?」
するとスミレは私の顔をちらっと見返して、頬を真っ赤にした後、うつむき加減になってこう言った。
「もう、叶っちゃいました」
「へぇ……それはすごい! ミレニアムの神社はずいぶん霊験あらたかなんだね」
「いえ、どちらかというとこの場所が、なんだと思います」
スミレは小さく微笑んだ。
「ここでお参りすると願い事が叶うっていうのは、本当ですね」