午後のヒーロー基礎学が始まる前、緑谷から一つ話があった。「学級委員長を飯田にやってほしい」というものだ。
何でも昼休み、食堂で警報が鳴り響いた時に起きた騒動を飯田が颯爽と解決したらしい。躊躇いなくそうした集団のための行動ができる飯田こそ、学級委員長に相応しい。緑谷はそう相澤に伝えた。
相澤の返答は「時間がもったいないからさっさと進めろ」であった。ということで、反対意見も出なかったので委員長は飯田に変わった。張り切る彼には、食堂での活躍から新たに『非常口』というあだ名が付けられていた。
「さて、今回のヒーロー基礎学だが……俺とオールマイト、そしてもう一人の3人体制で見ることになった」
「なった?」
「さっきの騒ぎを受けてな……念のためだ」
昼休みにあった、大勢のマスコミによる不法侵入からの強行取材。それを受けて、警戒を強めることにしたらしい。
今回行われるのは、災害、水難なんでもござれのレスキュー訓練。相澤が「れすきゅー」と書かれたプラカードを机に置いた。こうした状況での救助活動こそヒーローの半分であると、みんなが興奮気味に騒ぎ出す。
「コスチュームに関しては、今回は着用を強制しない。物によっては動きを制限するようなものもあるからな。少し遠くになるから、今回はバスで移動する。すぐに着替えてバスに乗れ」
「はーい!」
「伸ばすな」
騒ぎ立てる生徒達を眼光で制し、相澤は必要な事項を告げて教室を出ていく。彼の姿が見えなくなったところで、風華達もコスチュームを取って更衣室へと向かった。
「前の戦闘訓練の時も見ましたが……鳴神さんは割と筋肉質ですのね」
「確かに!服の上からじゃあ、絶対わかんないよねこんなの!」
着替えるために服を脱いだことで露わになった風華の筋肉を見て、八百万と葉隠がそれに言及する。肉体の方も鍛えることで、個性はより制御しやすくなり、その汎用性を増す。昔からそう言われてきたので鍛えてきていると、風華は答えた。
「筋肉で見た目が膨れるのは、女子としてはどうかと思うし……鍛えてもあまり大きくならない体質で良かったよ」
「そういうのもカッコいいとウチは思う!」
筋肉や鍛え方について、話に花を咲かせながら着替えを進めていく。更衣室を出ると、ちょうど微妙な表情の峰田と風華は鉢合わせた。
「どうした?具合でも悪くなった?」
「いや……ただ、華が見つからなかっただけさ」
そんなこんなで、目的地へ向けてバスに乗る。飯田が委員長として、席順を考えながら先導をしていたが、向かい合わせに座るタイプだったので無駄な努力と化していた。「こういうタイプだった、クソゥ!」と落ち込む飯田を、「意味なかったなー」と芦戸が慰めていた。
「私思ったこと何でも言っちゃうの、緑谷ちゃん」
「え!?どうしたの……蛙吹さん?」
「梅雨ちゃんと呼んで。あなたの『個性』、オールマイトに似てる」
「待てよ梅雨ちゃん、似て非なるアレだぜ!オールマイトは怪我しねえしさ!」
「あっ、うん!そうだよね……っ!」
バスの中では、クラスメイト達の個性について話題が出る。反動で身体が破壊される程の超パワーは派手で羨ましいところもあると、『硬化』の個性を持つ切島は緑谷に言う。いかんせん地味な個性だと自嘲する切島だったが、攻防一体の強力な個性だと緑谷のフォローが入ると、彼は嬉しそうに少しだけ頬を赤らめた。
「しかし、派手な個性つったら轟に、爆豪……後はやっぱり鳴神だよな!きっとデビューしたら人気者間違いなしだぜ!」
「でも、爆豪ちゃんは性格がアレだからあんまり人気でなさそうね」
「んだとコラァ!?出すわ!」
「座りな」
「ほら、そういうところ」
クソを下水で煮込んだような性格と上鳴に例えられ、座席を立ち上がって怒る爆豪。隣に座る耳郎に座らされつつ、リアクションをみんなにオモチャにされる。
クソの下水煮込み……
周りのお喋りに耳を傾けながら、どんなものかを思い浮かべる。頭に浮かんだ汚いビジョンを振り払い、流石の爆豪もここまで酷いものじゃないと思い直した。酷いけども。
「勝己。大丈夫だよ……流石に、そこまで性格悪いわけじゃないさ」
「うるせえぞ鳴神ィ!俺を慰めんじゃねえ!」
「低俗な会話ですこと!」
「ウチはこういうの好きだな!」
「そろそろ黙れ。もうすぐ着くぞ」
相澤の一言で、バス内は一気に大人しくなる。窓の外を見てみると、巨大なドーム状の建物が見えていた。どうやら、あそこが今回の目的地らしい。
〜
「うおおぉぉ!広い!」
「USJみたい……!」
「水難事故、土砂災害、火事、etc……あらゆる災害に対応するために、僕が作った演習場です。その名も『ウソの災害や事故ルーム』!さらに略してUSJ!」
「USJだった!!」
演習場の中に入ると、その多くのシミュレーション内容にみんなが大興奮する。説明のためにやってきた新たなる先生、「スペースヒーロー」13号が施設の名前を告げると、その名前は大丈夫なのかと総ツッコミが入った。
13号は、災害などでの救助活動を本分に活動するレスキューヒーロー。紳士的な物腰で女性を中心に人気が高く、A組の中なら麗日もそのファンの一人である。その麗日といえば、テンションが上がって手をブンブンと振っていた。隣の緑谷が振り回される手に当たって「痛い」と小さく言っている。
「オールマイトは?ここで落ち合うはずだが」
「先輩、それが……通勤の途中で制限ギリギリまで活動していたみたいで……今は仮眠室で、ある程度動けるようになるまで休んでいます」
「非合理な……仕方ない、始めるか」
相澤と13号が何かを話しているが、どうやらここで待っているはずだったオールマイトがまだ来れないらしい。その理由を察していた緑谷は険しい顔になるが、理由を知る由もない風華はただ「残念」と、そう思うだけであった。
「えー、訓練を始める前に、皆さんに小言を一つ、二つ、三つ……」
「増えてる」
13号の講話が始まる。
彼女の個性『ブラックホール』は、その強い引力で何でも吸い込むことで災害現場から被災者を吸い出し、救助する。だがこの力は、触れたものを原子レベルで崩壊させる危険な力でもある。
生徒の中にも、人を簡単に殺してしまえる危険な個性を持つ者は多くいる。それこそ、生きるためにその個性で殺人も辞さなかった風華のように。
個性把握テストでは己の持つ力の『可能性』を、対人戦闘訓練ではその『戦うための使い方』を学んだ。だからこそ、みんなにはここで『助ける』ための使い方を学んでいってほしい。
みんなの中に宿る『個性』は、人を傷つけ悲しませるためのものではない。助けるためにあるのだと心得てほしい。そう言って13号は言葉を締めた。全員から盛大な拍手が送られる。
「それじゃあまずは……!?」
「あれ……?オールマイト、いないじゃん」
「一塊になって動くな!13号は生徒を守れ!」
相澤がこれから行うことの説明をしようとした、その時。中央に鎮座する噴水から黒い靄が湧き上がった。そして、その中から……いくつもの大いなる悪意が現れる。
「子どもを殺せば……来るのかな?」
「何だ?もう始まってるパターン……」
「動くな!アレは……敵だ!」
黒い靄を纏う白スーツ。脳みそが剥き出しになっている、目の焦点が彼方を向いた巨漢。いくつもの「手」で己を包み込んだ小汚い格好の白髪の男。そして、その後ろに付き従う総勢300は軽く超える武装集団。
それら全員が、一介の学生の身には余りにも大き過ぎるほどの強大な悪意を放っていた。
命を救うための訓練の時間に現れた、途方もない悪意。学生達はここで、プロが何と戦っているのかを思い知ることとなる。
「敵!?ヒーローの陣地ど真ん中に侵入してくるなんて、アホでもやらかさねえぞ!?」
「侵入者用のセンサーは!?」
「も、もちろん有りますが……!」
センサーが作動していない。恐らく、あの敵の集団の中に電子機器をどうにかできる類の『個性』の持ち主がいる。
ヒーローの本拠地に忍び込むようなバカではあるが、無策でいるようなアホではない。校舎から離れたこの施設に、A組という少人数が入ってくる時間帯を見計らっての襲撃。何らかの意図を以て行われた、用意周到な襲撃であると轟が結論付けた。
「訓練は中止だ!13号、あと上鳴は校舎へ連絡を試せ!その間は俺が奴らを食い止める!」
「え!?先生の戦闘スタイルじゃ正面からの戦いには……!」
「緑谷、一芸だけではヒーローは務まらん」
13号に生徒を任せ、相澤……イレイザーヘッドは緑谷を諭すように力強く言って敵の元へと跳び降りていく。射撃隊と名乗った敵の集団が、イレイザーを蜂の巣にするべく個性によって作られた銃口を向けるも、『抹消』によって機能する前に取り押さえられた。
「馬鹿野郎!アイツはイレイザーヘッドだ!見られると個性が使えなくなるぞ!」
「ほう……なら異形系の個性はどうだ!?」
「いいや、そりゃ無理だ」
射撃隊が瞬殺されたことで敵は一瞬狼狽えるも、すぐにイレイザーの正体を看破して個性を消されることのない異形系の部隊で攻めていく。しかしもちろん、イレイザーヘッドはそんな相手も対策済みである。
元々、彼の個性である『抹消』は発動させたり変化させたりする個性相手にしか効果を発揮しない。異形相手には意味のない個性なのである。だが、異形系の強みは近接戦闘で発揮されることが多い。そのため、彼は自身の得物である捕縛布を用いて格闘戦を行うことで、異形相手の対策をしていた。
「凄い……多人数相手の集団戦こそが、先生の本領だったんだ!」
「緑谷、いいから早く避難だ!」
集団には、数の有利という大きなメリットができる代わりに連携の難化や同士討ちなどのデメリットもできる。イレイザーヘッドはゴーグルで抹消のための視線を隠し、「誰が個性を消されているのか分からない」状況を作る。その上で格闘戦にも強く、捕獲に長ける。集団戦で輝く無類の強さこそ、彼の本領であった。
「強いな、ヒーロー。有象無象じゃ歯が立たない」
「今の内に避難を!」
「おっと……そうはさせませんよ」
イレイザーヘッドが奮闘している間に、13号は生徒を集めて出入り口へと向かわせていた。もう少しでUSJからみんなを出すことができる……そんなところで最悪の邪魔が入る。
白スーツを身に纏う黒い靄……黒霧と名乗る敵によって、終わりかけていた避難誘導は無理矢理中断させられてしまった。
「初めまして、ヒーロー及びその卵の皆様。我々は敵連合。僭越ながら、この度は……「平和の象徴」オールマイトに息絶えていただきたいと思っておりまして」
「は……?」
「情報によれば、この時間はここにオールマイトがいるとのことでしたが……カリキュラムに変更でもあったのでしょうか?まぁ、そこはどうでも良いところですか。私の役目は……」
敵連合……そう名乗った目の前の集団の目的は、あろうことがオールマイトの抹殺。そんな大言壮語に緑谷が呆気に取られる中、13号が黒霧を吸い込んで捕獲しようとする。しかしそれは、爆豪と切島が射線に攻撃に入ったことで失敗に終わった。
「オールマイトの前に、俺達に負けるとは考えなかったのか!?」
「馬鹿野郎!二人とも邪魔だよ!」
「ふう、危ない危ない……そうでしたね、未だ卵と言えどあなた方も立派なヒーロー。ここは私の仕事を、大人しく果たしていくとしましょうか」
散らして、殺す。
21人を靄が包み込み、隠す。端の方にいた何人かがかろうじて逃れるも、残りは須く靄に飲まれて何処へと消えていった。
「ああ、そうだ……鳴神風華さん。あなたには特別な相手を当てがっております。どうぞお楽しみに」
「……!?何故わたしの名前を知っている!?」
「あなたでしたか。いえ、知っているのは名前だけでして。人相までは把握していませんでしたよ」
「しまっ……」
もう遅い。『雷上動』を準備するよりも先に、靄は風華の身を包み込んでいく。
だったら、そいつは絶対に何とかする。黒霧の語る言葉に不信とえもいわれぬ不安を感じるも、風華は決意した。彼女が特大の悪意と邂逅するまで、そう時間はかからない。