風雷のヒーローアカデミア   作:笛とホラ吹き

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赫く迸るモノ

「ここはっ……!土砂災害ゾーン?」

 

 自身を飲み込んだ靄が晴れて、風華が見たのは土に埋もれて崩れたビルの群れ。どうやら、風華は土砂災害ゾーンに飛ばされたらしい。

 辺りを見回してみると、少し遠い所に尾白の姿と宙に浮かぶグローブと靴が見えた。あれは葉隠だ。何十人という敵に囲まれていて、こちらに気付いていない。それに、戦っている内に段々と風華の所から遠ざかっていっている。あれでは協力は望めないだろう。

 

「あ〜!見つけた〜!」

「っ!?くっ……!」

「よく避けたね〜!オジサンびっくり〜!」

「……何者だ」

 

 背後から感じた殺気と圧力を、咄嗟に横っ飛びしてやり過ごす。転がってきた黒いボンレスハムを全身で表現するような巨体が、倒れたビルにぶつかって粉塵を散らした。

 巨体は頑丈なビルにぶつかったことを苦にする様子もなく起き上がり、下品に笑いながら風華を見下ろした。舐り回すようなねちっこい視線が、とてつもない不快感を生み出す。

 

「えへへ……久しぶりだねぇ……!何年振りくらいだったかなぁ……10年振りくらい……!?」

「何のことだ……!?わたしは、お前のことなんて顔も名前も知らない……!」

「はああぁぁぁ!!??嘘だろぉ!?僕はずっと、ずううううっっと!!!君に復讐できる今日!この時を待ち望んでたってのにさあああぁぁぁ!!!」

 

 ボンレスハムのような男は叫ぶ。すると、大気を劈くような轟音が重く響いた。あまりの音圧に耳を塞ぐ。男はその隙を逃すことなく風華に向かって突進し、その巨体を叩き付けた。想定外の素早さに面食らうも、どうにかこれも回避する。それまで風華が立っていた地面は、隕石が落ちたかのように大きなクレーターとなっていた。

 

「くそ……なんて速さ……!」

「えへへ……忘れてるみたいだから、思い出させてあげるよ……!君沢でのトラウマをねぇ!」

「駆動鎧っ……!?」

 

 ここまでのやり取りの間に作り出した電気を全身に巡らせ、身体強化を図ろうとしたその瞬間。男がかつて風華を苦しめた忌まわしき鎧を装着した。

 それを見た瞬間、風華の脳内に「あの頃」の記憶が鮮明に蘇る。怒り、憎悪、嫌悪、あらゆる負の感情が噴き出していくような気がした。込み上がる吐き気を抑えつつ、風華は敵を睨みつける。さっきまでの憎悪はどこへ行ったか、男はまたしても舐り回すような汚らしい笑顔に変わっていた。

 

 駆動鎧。

 

 かつて某県君沢市を襲った爆破テロ事件『君沢の悲劇』で、この人災の被害者を襲った鋼鉄の悪意。爆弾が撒き散らした毒素によって死の大地となっていた君沢市をものともせず闊歩し、生き残った者を見つけては取り付けられた武装を用いて、おもちゃで遊ぶかのように残酷に殺戮を行なった。

 後にその殆どが怒れるオールマイトによって倒され、逮捕された。彼らの殆どは『無個性』であったという。

 

 無個性に個性持ちを軽く屠れるだけの力を与えるこの駆動鎧は、多くの国民に衝撃を与えた。

 こんなものが世に出回っては、個性を法律で規制している意味がなくなってしまう。敵に好き勝手をさせないためにも、絶対に、これ以上駆動鎧を世に出してはならない。警察の捜査も虚しく、製造元の尻尾を掴むことはできなかった。

 

 たまたま、オールマイトが倒した敵の中に駆動鎧を製造していた者がいたことで、残っていた在庫も全て破壊され、駆動鎧は闇に葬られた。この敵が手元に置いていた駆動鎧の数は、裕に千を超えていたという。野放しにしていれば、いったいどれほどの被害が日本を襲っただろう。

 呆気なく終わった話ではあったが……それまでに付けられた爪痕は、めでたしめでたしでは済まない余りにも大きなものであった。

 

「どうしてお前がそれを持っている……!それはオールマイトが全て破壊したはずだし、それを持っていた奴は全員『無個性』だったはずだ!」

「そんな細かいことなんてどうでも良いじゃないかぁ……今、大事なのはぁ……これで君をどう嬲るかさぁ!」

「がっ……!?」

 

 余りにも、速い。

 全身に電気を巡らせることで、その刺激によって身体機能を活性化させ強化する風華の技『纒雷』は動体視力や反応速度も強化する。それでも、男の動きに反応することができなかった。個性に駆動鎧が加わるだけで、脅威は凄まじいまでに増大する。かつてオールマイトや警察が危惧していた可能性が、この場で実現していた。

 瓦礫に叩きつけられ、攻撃を受けた右腕がぐしゃりと潰れ曲がる。痛みに耐えきれず、か細い悲鳴が漏れた。残った左手で高周波ブレードを抜刀し、構える。スイッチが入って小刻みに震える刃を見て、男は拍子抜けしたように言う。

 

「はぁ……!はぁっ……!」

「剣なんて使っても無駄だよぉ!オジサンの個性は『反発強化』!そんな鈍ら刀の攻撃如きいくらでも弾いて……あんぎゃあああぁぁぁ!!!?」

「このブレードは鋼鉄だって斬れるんだ……あまり舐めるな……!」

 

 個性を誇示するかのように、ブレードの攻撃を受ける男。その斬れ味は想定外だったようで、中身の贅肉ごと駆動鎧を斬られ悶絶する。電撃も撃ち込んでみるが、こちらは効いている様子がない。どうやら反発……電気抵抗も強化されているようだ。

 

 斬撃の痛みに跳ねる男から離れ、風華は有効な手段を模索する。電撃は効果が見られず、斬撃はこれ以上は殺しかねないので使えない。ならばどうやって、この男を倒すべきか。

 風の弾丸は使えない。貫通力が高すぎて失血死させてしまう可能性が高いからだ。かといって、低酸素症を起こさせるのは現実的ではない。掌握しなければならない空間が広過ぎる。その上、駆動鎧には酸素を供給する機能がある。高所まで打ち上げて落下させるのも殺意に溢れすぎている。ヒーローとして使うべき技ではない。

 

 ならば、抵抗できないくらいダメージを与えてから風で浮かせて拘束する。今できることといえば、これくらいしかないだろう。考えを纏めて実行に移そうとした、その時だった。

 

「あはっ……あははっ!死ぬところだった……もう少しで死んじゃうところだったよぉ!」

「嘘、でしょ……あの傷で何で動けて……!」

 

 四度の突進。駆動鎧の補助こそないが、純粋にその重みがプラスされた鉄の塊の一撃。動けることに驚き、そして右腕の痛みを抑えることに集中していた風華に避けられる道理は無かった。総重量400kgを超えるタックルが、風華の身体に激突する。

 

 めき、ぐしゃ。

 

 およそ、人体で鳴るべきではない音が鳴った。電流の途切れた身体は内側から血で赤く染まり、肺に骨が刺さっているのか口からごぼぼ、と血を吐いてしまっている。10人中10人の医者が、どう考えても手遅れだろう状態になってしまっていた。

 

「がぶっ……あ……ぅ……」

「あれれえぇ?どうして生きてるのかな?オジサン本気で紙みたいにペラペラにしてやるつもりだったんだけどなぁ!ああ……身体強化か」

「ぅ……こ、の……!」

「うーん、いい顔になったね風華ちゃん!そうだ!こんなにしぶとい風華ちゃんには、オジサンが君を狙った理由を教えてあげるね!」

 

 地面に赤く染みを作って倒れる風華に馬乗りになりながら、男は黒霧に風華を自分の元へと送ってもらった理由を語る。

 

 男は元々、強盗や強姦などの罪を犯して逃げ回っていた敵であった。そんなことをしでかした理由は酷く単純。ただ個性を使って楽しく暴れ回りたかった、それだけのこと。後は働かずに金が欲しかったなどだ。

 逃亡生活を続けていく中で、とある集団に誘われた。なんでもたくさんの兵器を手に入れたから一緒に使う仲間を探しているとのことだった。一つの町を爆弾で更地にして、生き残った者をたくさん殺して数を競うゲームをしようと。もちろん、二つ返事で快諾した。

 そして計画は実行され、男は多くの人間を殺していった。個性を持つ自分にはハンデとして駆動鎧は与えられなかったが、それでも十分に楽しめていた。

 

 爆弾の毒素も、予めマスクを貰っていたから何の問題もなかったし、むしろ生存者にたくさん深呼吸をさせて中毒死させる遊びができて面白い要素でしかなかった。

 そうしてたくさん、思う気ままに殺して回って数日が経った頃、毒を纏って吹き荒れる旋風を見た。興味本位でさらに近付いてみると、そこには赤ん坊を抱えた幼女がいたではないか。

 

 歓喜した。今までたくさん殺して回ってきたが、子どもを……それも幼い少女と赤ん坊を殺したことはまだなかったからだ。

 どんな悲鳴を聞かせてくれるんだろう。どんな顔をしてくれるんだろう。妄想が膨らむ。顔面が紅潮していくのが分かった。その小さな身体で、いっぱいオジサンを楽しませてくれ。そう舌舐めずりをしたところで……男の意識は途切れた。

 

 目を覚ましたのは、警察病院だった。男は意識を失っている間に逮捕されていたのだ。なんでも、頭を強く打ちつけていた上に顎や肩の骨が粉々に砕けていたらしい。病院に入院しているのも納得の重傷であった。

 

 その後のことはぼんやりとしか覚えていない。覚えているのは唯一、自分にこの大怪我を負わせた少女の憤怒に染まった姿だけ。赫く弾ける稲妻を纏うその姿には、思い返しただけで戦慄させられた。同時に憎悪も湧き上がる。

 

 この傷の恨み……絶対に晴らさせて貰うよ。

 

 10年間、そのことだけを考えて生きてきた。どこで生きてるかも分からなかったし、出所できた後もヒーローによる監視はついていた。復讐のビジョンなんてものはなかったが、それでも生きる支えにはなった。

 そして、チャンスはやってきた。男の前科に目をつけてスカウトに来た黒霧が持ってきた1-Aの名簿に載っていた名前の一つを見て、男は確信した。

 

 ……この子だ。鳴神風華ちゃん、かぁ……!

 

 見えたのは、そこにあった名前だけ。それだけで男は、この鳴神風華という少女が己の復讐相手であると確信した。根拠なんてない。ただただ確信だけがあった。

 雄英襲撃に携わる一人であった無個性が持っていた最後の駆動鎧を殺して奪い取り、自分の物として準備もできた。後は風華に絶望を贈るだけ。彼女が苦悶に、苦痛に、絶望に沈む姿を頭の中で描き上げ、男は黒霧の開く門をくぐったのだった。

 

「どうだい?とっても心温まる、深くていい話だっただろ?オジサンってば、死にゆく風華ちゃんのために冥土の土産話をしてあげるなんて……ホントに優し過ぎて涙出てきちゃった!」

「……!」

「無視してんじゃねえよ」

「ぁっ……!!」

 

 苦痛に言葉も出せない風華を殴る。

 

「……ゅっ!」

「だからさあ、無視すんなって」

 

 何度も。

 

「ぅゅっ……!」

「人の話はちゃんと聞けって教わらなかった?」

 

 何度も。

 

「ゅっ……!」

「はあ……お前、もういいや」

 

 何度でも、殴り続ける。殴られ過ぎて、顔の原型が分からなくなるくらい歪んでしまった。骨格も筋肉もぐちゃぐちゃになり、目や鼻、舌はもう二度と機能しなくなっているだろう。喉の奥では、折れた歯が堰となって血が溢れるのを留めていた。

 それでも、目の光が消えていない。もう敗北と死が確定であるのにも関わらず、往生際悪く抵抗しようとしているのが男は気に入らなかった。そして、やがて風華を諦めた。

 

「こんなので遊んだってしょうがないや。オジサンはあっちの方で戦ってる尻尾と手袋で遊ぼっかな!」

 

 風華の身体から離れ、未だ大勢の敵相手に抵抗を続けている尾白とそれを見ている葉隠の方に視線を向ける。風華の左手が男を止めようとするように上がるも、力のないその抵抗は男によって踏み潰されてしまう。

 

 骨が、爪が、砕ける音が響く。

 

「いつまでも抵抗してんじゃねえよ!てめえはもう終わりなんだよ!遊び終わったんだからゴミらしく死んでればいいんだよてめえはよぉ!」

 

 今度は踏みつける。入念に、骨ごと内臓を潰すように何度何度も。何十か、何百か繰り返して、息を切らした男は踏みつける足を止める。

 

「じゃあな。地面の染み」

「誰に向かって……そんな口を聞いてるんだ?」

 

 男がトドメの一発を頭にくれてやろうとした、その時だった。何度も踏み潰して地面の染みにしてやったはずの風華の左手が、振り下された男の足を掴み、受け止めていた。

 

「は……?」

「どいつも、こいつも……軽々しく命を「消費」しやがって……人生を、人の命をなんだと思っているんだ?」

 

 ぞわり。

 

 本能がヤバいと判断し、男は5歩後ろに下がる。本当なら、このまま一目散に逃げ出せとも本能は言っていた。それでも、その光景から目を離すことができなかった。

 10年前。神をも恐れぬ敵だった男に初めて恐怖という感情を植え付けた赫き輝き。それが、あの時よりもさらに力と怒りを増して、目の前の死に体から迸っていた。

 

「なんだよ……なんなんだよ、お前は!」

 

 言葉が、稲妻が。一つ言う度、一つ迸る度、潰れていたはずの身体が生気を取り戻していく。骨の破片が繋がり、筋繊維が絡まり合い、臓器は機能を取り戻し、再び血が巡った。その手に離れていた高周波ブレードが再び収まる。在るべき場所へ帰ったことを喜ぶように、超振動が小刻みに揺れた。

 鳴神風華は元の様相を取り戻した。その身に纏う電気のスパークが、翠緑から赫へ変わっていることを除けばだが。

 

「軽々しく奪ってきた命の重み……お前のその身で思い知れ」

 

 憤怒が空気を赫く染め上げる。今この瞬間より、USJは危険領域(レッドゾーン)に突入した。

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