「え……何これ?」
「空が赤くなってやがる!晴天だぞ!?」
教室で授業を受けていたB組の面々が、空気の異変を感じ取る。外は雲一つない晴天の空であるというのに、赤々と色付いてきた自身の視界にえもいわれぬ不安が生まれる。
「静かに!原因ならハウンドドッグ先生をはじめ手の空いていてる先生達が調べてくれる!今は慌てず騒がず、平静な心で授業を受けるのだ!」
「は、はい!」
B組の担任、ブラドキング先生が未知の不安と恐怖に怯える生徒たちを一喝し、再び教壇へと意識を向けさせる。「そんなこと言われても」という言葉を飲み込んで、彼らは再び授業に取り組んだ。
「大丈夫なのかよ……」
生徒の一人、物間が窓から外を見ると、赤い空気の原因を探して奔走する先生達の姿が見えた。そこにはオールマイトの姿もある。きっとすぐに原因を見つけて、対処してくれるだろう。
不安は晴れない。それでも先生達なら、プロヒーローなら何とかしてくれると信じて、物間は黒板へと視線を戻した。
〜
「うぇ、うぇ〜い……」
「上鳴!やられた、油断してた……!」
時は少し遡り、USJ山岳ゾーン。このエリアに飛ばされた八百万、耳郎、上鳴の3人は、それぞれの個性を生かして迫り来る敵を撃退し全滅させたところだった。その油断を突かれ、地中に潜んでいた敵によって上鳴を人質に取られてしまう。
「同じ電気系統の個性としては、殺してしまうのは心苦しいが。まぁ、しょうがないな」
「電気の個性……恐らくこの方が、轟さんの言っていた通信を妨害していた敵なのでしょうね」
「伏兵の存在を考慮できてなかった……最後の最後まで警戒を続ける、そんな初歩的なことができてなかった……!」
耳郎は悔しさに口元を歪める。自分と八百万を殺した後で上鳴も殺してやるという敵から、どうやって彼を奪い返した上で倒すか。妙な動きをするんじゃないと釘を刺す敵の注意を引くべく、彼女は語りかける。
「……上鳴もそうだけどさ。電気系統の個性持ってる奴って産まれながらの勝ち組じゃん?」
「耳郎さん?何を……」
「いや、純粋な疑問なんだけど?ヒーローでなくとも発電所とか色々と仕事あるし、どこでも引く手数多じゃん。どうしてそれなのに敵なんかやってるのかなーって」
「……気付かれないとでも思ったか?」
会話で気を引きながら、耳に繋がるイヤホンジャックを伸ばして不意打ちを企んでいた耳郎。だが、その目論見は看破されていた。敵が抱える上鳴が、電流を纏った手刀を押し当てられて「ヴェイ!?」と恐怖の叫びを漏らす。
こうあっては、イヤホンジャックは戻すしかなかった。不意打ちも失敗したことで、本格的に打つ手が無くなっていることを理解する。打開策のない現状に、二人が悔しげに声を漏らした。
「ヒーローの卵が、人質を軽視するなよ。お前達が死ぬのならこのアホだけは見逃してやってもいい。自分の命か、他人の命か……さぁ、動くなよ」
「くそっ、上鳴……!え?」
「上鳴さん……!あ、あら……!?」
「な、何だ……?空気が、赤く……?」
敵が二人ににじり寄ったその時、赫い風が4人の身体を撫でた。
ぞわり。
全身の産毛が総毛立ち、悪寒が電撃のように全身を迸る。いったい何が起こっている。それを確認するべく、敵は背後を向いた。そこにいたのは、巨大な赤い塊を引き摺って歩く、赫灼の稲妻を纏った風華の姿だった。
「ころして……ころして……」
「ああ……こんな所にもいたのか」
赫雷が閃く。赫風が吹き荒れる。
絶対にコイツの相手をしてはいけない。人質にとっていた上鳴を捨てて、敵は一目散に逃げ出そうとした。そして背を向けたその瞬間、高周波ブレードが敵の頸動脈を斬り裂いた。
「は?あ……?」
だくだくと、血が噴き出す首筋に触れる。何が起きたのか、何をされたのかすら彼は分かっていないだろう。間抜けな断末魔の声を残して敵は倒れ、地面を赤黒く染めた。
「鳴神さん……ですのよ、ね?」
「風華……助けに来てくれたんだよね?」
風華は答えない。だが、返事が返ってくることは期待していなかったし、二人はむしろ返ってこなくてもいいとさえ思っていた。
シチュエーションだけを見れば、危機的状況にあるクラスメイトを颯爽と敵を倒して助けてくれた素晴らしい救援。であるはずなのに。どうしても二人は、風華に近付く気になれなかった。
一歩、二歩、後退りする。生存本能が、今すぐにこの場を離れろと警鐘を鳴らしている。風華から強く感じるもの……敵の悪意とも、ヒーローの善意とも違う、赫々と滾る『怒り』に、恐怖を覚えずにはいられなかった。
「……」
「行った……?」
「ええ……どうにか、助かったようですわ……」
助かった。おおよそ味方に向けるものではない言葉が、八百万の口から放たれる。『雷上動』の電閃が敵達の現れた噴水のある方角へ向かうのを見て、二人は今しがた斬られた敵と、風華が引き摺ってきた敵の治療を始めた。
彼女を人殺しにしてはいけない。
風華はあまりにも躊躇いなく剣を振るった。殺人も辞さない振る舞いなど、ヒーローとして認められるものではない。起きてしまったことが変えられないなら、せめて死なせないように。
八百万の『創造』が、矢継ぎ早に治療道具を生み出していく。今、自分にできることを。二人はヒーローの本分を全うする。仲間に道を踏み外させないためにも。
〜
生徒が散り散りにされてからも、イレイザーヘッドの戦いは続いていた。首魁らしき「手」の敵……黒霧が「死柄木弔」と呼んだ男も戦闘に加わり、激しさを増していく。倒しても倒してもキリなく次がやってくる状況に、流石のイレイザーも疲労が隠せないでいた。
「髪が下がる瞬間がある……アクションが増えるごとに、その間隔は短くなっている」
「肘が崩れ……!」
「無理をするなよイレイザーヘッド」
死柄木に掴まれた肘が、ボロボロに朽ちて崩れていく。即座に離れて顔面を殴りつけてやったが、死柄木はそれも大したことではないかのように起き上がり、ニタリと笑った。
「君が得意なのはあくまで『奇襲からの短期決戦』だろう……?長期の格闘戦なんてのは、本当はお門違いなんじゃないか?」
「……」
「それでも前に出てきたのは、生徒に安心感を与えるためか?先生だもんなぁ。カッコいいぜイレイザー。でもよ……」
崩された右肘を庇いながら、取り巻きをいなすイレイザーヘッド。彼の奮闘を心の底から嘲笑うかのように死柄木は言葉を続ける。
どうにかしてこの囲みを抜けて、奴を捕らえる。隙を窺っていたイレイザーの影が、より大きな影に塗り潰された。
「本命は俺じゃない」
ぐしゃ。
イレイザーヘッドの顔面が、脳味噌を剥き出しにした大男によって地面に叩きつけられた。
「対 平和の象徴……改人『脳無』」
悪意が、嗤った。
〜
見てしまった。イレイザーヘッドがなす術なく瞬殺されてしまうさまを。
緑谷も、蛙吹も、峰田も。水難ゾーンに飛ばされてから、そこにいた敵を撃退して合流しにやって来た。相手は自分達の個性を把握しておらず、個々の力もそれほどではないチンピラ。生徒の自分達でもどうにかなった相手なのだから、先生ならばもっと余裕な相手だろう。そう思っていた。
早い話が、侮っていたのだ。オールマイト抹殺を目的に掲げていたからには、その方法が有るはずなのに。敵の用意の良さを舐めてしまっていた。
「落ち着いて、二人とも。今はここで待機よ」
「分かってる……無策では飛び出さない」
「そ、そうだ……飛び出していったって、今できることなんて一つもねぇんだ……応援が来るまで待つしか、ねぇ……!」
息を殺し、気配を殺し、水の中に紛れて3人は様子を伺う。自分達を守るために戦っていたイレイザーヘッド先生が、腕を折られて顔面を叩きつけられても、決して自棄は起こさなかった。
逃げるにしても、戦うにしても、今この場で実行するのは現実的ではないのだから。そうして待ち続けていくらかの時間が経った頃。黒霧が死柄木の元に現れ、彼に何かを告げた。その報告を聞いた死柄木は首をガリガリと掻き始める。話の内容は、『13号を行動不能にすることは成功したが、生徒の逃走を許した』というものであった。
助かる?
誰がこの場を抜け出したのかは知らないが、じきにその生徒から話を聞いた先生方が駆けつけてくるだろう。3人は少なからず喜んだ。「帰ろうか」と言う死柄木の言葉が、更に彼らの気を緩めた。
「でも、その前に」
「……あ?」
「平和の象徴の誇りと矜持を……少しでもへし折って帰ろう!」
死柄木の手が蛙吹に触れる。イレイザーヘッドが触られた箇所を崩されるのを、3人は見ていた。あれが今度は蛙吹の頭で引き起こされる。
やばい!やばいやばいやばい!!
「SMAAAAASH!!!」
緑谷は動いた。蛙吹を助けるため、腕の自壊も辞さずに個性を発動し死柄木に拳を放つ。個性によって超強化されたパワーによるインパクトが、爆風と共に煙を放った。
同時に、違和感を感じ取る。全力で殴りつけたのにも関わらず、腕が壊れていなかったのだ。力の制御に成功した?オールマイトの力に耐えられるようになった?この土壇場で限界を超えた?煙が晴れて大男の腹に突き刺さる自身の拳を見るまで、緑谷はそんな楽観的なことを考えていた。
「なっ……!無傷だと……!?」
「驚いた、スマッシュ……オールマイトのフォロワーかい?ま、そこで大人しく友達が崩れる様を見ておきなよ」
「くそ野郎!やめろよぉ!やめてくれぇ!」
恐怖で動けない蛙吹の頭に、死柄木の五指がピトリと触れる。その瞬間、緑谷も峰田も蛙吹の死を覚悟した。だが、その時は訪れない。イレイザーヘッドの双眸が、なけなしの力を振り絞って死柄木の個性を抹消していたのだ。
「ほんっとカッコいいぜ、イレイザーヘッド。まぁそれも、全部無駄な足掻きなんだけどな……何だ?これは……赤い風?」
「っ……!死柄木弔!警戒を!」
「鳴神さん!?」
「鳴神ィ!だめだ、こっちにきちゃ……!?」
赫い風が吹き、この場にいる全員を撫でた。最大限の警戒を求める黒霧の要請に応じ、死柄木が脳無を風上に向かわせようと指示したその時。
バチリ、と稲妻の弾ける音がした。瞬間、第六感が警報を鳴らす。死柄木の目の前に現れたのは赤い風を従え、赤い稲妻を纏う少女。
……だめだ。コイツに関わっちゃいけない。
「黒霧、ゲート開け。帰るぞ」
「……いいのですか?平和の象徴の矜持をへし折るのでは?」
「んなもん中止だ!早くし……があっ!?」
「死柄木弔!?おのれ、なんという速さ……!」
己の直感を信じて、黒霧に帰り支度をさせようとした死柄木。問答をしている間に、目にも留まらぬ速さで少女の足が死柄木の腹を蹴り抜いた。うめき声と嘔吐した胃液を残滓として残し、死柄木は遥か後方へと吹き飛ばされていく。
黒霧も、脳無も、緑谷達3人も。その瞬間を呆気に取られて見ていた。敵2人は、新たなる強敵の出現に。3人は、あまりにも普段と様相の違う風華の姿に。それぞれがそれぞれの理由で、この場に現れた風華のことを見据えていた。
「2人、か……まぁいい。そう時間はかからない」
「ゲホッ!舐めやがって……おい脳無!聞こえてるならソイツを殺せ!それはもう残酷にな!」
「……!!」
「
死柄木の指令に応えようと、風華へと視線を向ける脳無。風華は脳無が動き出すよりも先に、左手に持つ高周波ブレードを振るった。赫雷を載せた風の刃が、脳無の身体を真っ二つに斬り裂く。
「は……?脳無を斬った?嘘だろ?」
「鳴神さん……?」
何の躊躇いもなく脳無を二つに裂いた風華の姿に、緑谷が困惑の声を漏らした。
さっきから、彼女は様子がおかしい。もともと表情に乏しかった顔はより鉄面皮のように動じず、こちらの声にも反応を見せない。そもそも、彼女の扱う電気は翠緑の色をしていたはずだ。こんな鮮血や夕焼けを思わせるような赤色ではなかった。
それに何より、こうして背中を見ているだけでもひしひしと伝わってくる怒り。下手に声をかけたりアクションを取ったりすれば、自分達でさえも彼女の標的となってしまうのだろうと、嫌な確信を持ってしまえた。
「鳴神……お前、大丈夫なのかよ……?」
「……峰田ちゃん、今は静かに」
二つに裂かれた身体が、再び組織同士を絡め合って復活する。具合を確かめるように首をゴキゴキと鳴らし、脳無は風華の方を見て雄叫びを上げた。
「再生するのか……面倒だな」
「……!!」
「あっ……そ、そうだよ!脳無の真価は『超再生』と『ショック吸収』の複合個性に加えて、オールマイト級の超パワー!圧倒的タフネスを誇る、サンドバッグ人間なのさ!」
「なら……死ぬまで、殺す」
風華は突き進む。