風雷のヒーローアカデミア   作:笛とホラ吹き

16 / 88
個性研究所〜体育祭に向けて〜

 腰まで届く金髪はしっかりと三つ編みされ、枝毛の一つも出ていない。身に纏う制服はワイシャツからブレザー、スカートに至るまでしっかりとアイロンがけされており、シワの一つもない。一点の曇りもない模範的な学生の姿で、風華は2日ぶりの教室の門をくぐった。

 自分の背丈の2倍ほども有りながら大した重さを感じないドアを開くと、既に登校しているクラスメイトが何人か見えた。それら全員が、教室内に現れた風華のことを凝視している。

 

「おはよう、みんな」

「おはよう!もう体調は大丈夫なのかい!?」

「鳴神さん、おはよう」

「なんか凄い久しぶりって感じする!」

「風雷神の帰還……」

 

 それぞれがそれぞれの言葉で、体調の心配をしながら風華の復帰を喜んでくれている。とても心配してくれているというのが伝わって、風華はなんだかむず痒い気持ちになっていた。気恥ずかしさに顔を赤らめる風華の姿を見て、何人かの男子がウッ、と胸を打たれるような衝撃を受ける。

 

「おはよう、HR始めるぞ」

「おはようございます!」

 

 USJ襲撃の後にあった事情聴取のことや、昨日学校であったことなどをみんなに聞かせてもらっている内に、HRの始まりを告げるチャイムが鳴る。同時に相澤が教室に入ってきて、生徒達は自分の机に一瞬で戻っていった。

 

「……さて、鳴神。USJでの一件、お前はどう思っているのか聞かせてもらうぞ」

「はい。……あれは、わたしの心身の実力不足が招いた事態でした。次は、こんなことにならないよう制御していきます」

 

 分かっているならいい。相澤はそう言って風華との会話を終わらせた。どうやら除籍は免れたようである。そのまま風華は壇上に立ち、今度は自分の話を始めた。

 

「みんなには言っておかないといけない。まずは、暴走してみんなに迷惑と心配をかけたことを謝罪します。特に、直接傷付けてしまった実には。……本当に、ごめんなさい。そして、こんなわたしにまだヒーローになれると言ってくれてありがとう。これからはまた心機一転、ヒーローを目指して頑張っていくので、よろしくお願いします。……心配してくれて、ありがとうね」

「う、うん!これからもよろしくね!」

「大事に至らなかったのは幸いですわ」

「あんな強い個性が無くなるなんて、損失でしょ」

 

 みんなが風華の謝罪と感謝を受け入れてくれたのを見て、風華はホッと一息吐いた。言うべきことを言い終わって自分の席に戻る時に、偶然だが爆豪と目が合う。人相の悪さのせいで分かり辛いが、ライバルがちゃんと復帰できたことを嬉しく思っているようだった。

 

「鳴神。あの赤いやつ、ちゃんと制御できるようになれよ」

「分かってる。わたしの赫災領域を越えなければ、真のNo.1にはなれない、でしょ?」

「かっちゃんが普通に会話してる……!?」

「デクゥ!てめえ、俺がまともに会話もできねえ奴だと思ってんのかぁ!?」

 

 だっていつも喧嘩腰じゃん。緑谷がそう言ったことで、火にさらに油が注がれてしまった。掴み合いの喧嘩になりそうになっていたが、風華はそれを無視した。復帰したばかりの彼女にとっては、いいBGM程度でしかなかったからだ。2人の喧嘩は、一限目の授業が始まるまで続いていた。

 あと、ハンカチはちゃんと返しておいた。

 

 

 〜

 

 

「風華ちゃん、放課後一緒に特訓しない?ウチら放課後に体育館借りてるんだ」

「特訓はするけど。するなら研究所の実験室の方がいいかな」

「実験室!?」

「そういえば、鳴神さんは個性研究所に住んでいると言っていたな!俺も興味があるし、どうにか見学や体験をさせてもらうことは可能だろうか!?」

 

 午前中の授業は大した山場もなく終わって、昼休み。昼食を一緒に食べないかと麗日に誘われた風華は、同席することになった緑谷、飯田と一緒に食堂に行っていた。昨日は休みの期間ということで食事はゼリー飲料で済ませていたので、約3日ぶりの固形物となる。無料で提供されているきゅうりの漬物を機械のように素早く口に放り込む姿に、3人が軽く引いていた。

 

 友達と一緒に昼食といえば、ご飯を食べながら駄弁り合う雑談もその楽しみの一つである。今回の4人の会話内容は、雄英体育祭に向けての特訓をどのようにしていくかであった。

 麗日は特訓のために、体育館の放課後利用許可を取って何人かを誘って一緒に使っているらしい。特に芦戸や葉隠、八百万などの女性陣が積極的なのだそうだ。

 緑谷と飯田も、予定が空いている時は特訓に参加しているとのことだった。もっとも、まだ特訓を始めて一日しか経っていないのだが。

 

 麗日は風華のことも特訓に誘うが、彼女は10年前から既に絶好の特訓施設を利用している。体育館が使えるからと言って、別に乗り換えるようなものではないと考えていた。

 飯田は個性研究所の活動や施設などに興味があるという。見学や体験などは一応風華がいれば可能ではあるのだが、実験室は何人も同時に使えるようなものではない。体験に来るとしたら、この場にいる3人くらいで限界だろうと風華は予測していた。

 

「3人くらいなら、今日からでもいけると思うよ。流石にクラス全員は無理かな……」

「うーむ、それではまた後日に……」

「い、飯田君!これはチャンスだと思うんだ!自分の個性を見つめ直して特訓をして、新たなる力を得て帰ってくる!そう、みんなを驚かせるサプライズチャンスだよ!」

 

 全員で行けないなら不平等になるかと、諦めようとする飯田を緑谷が何とか丸め込もうとする。彼も興味があるようだ。そこまで理屈は通っていないはずだが、普通に丸め込まれそうになっている飯田に風華は「こいつ大丈夫なのかな……」と思った。

 

「別に、強くなるのに周りに遠慮しなくてもいいんじゃない?プロヒーローになるんだから、天哉に強くなられて困ることはないでしょ」

「むう、それもそうか……ならば鳴神さん!今回の件はよろしく頼む!」

「ぼ、僕もよろしくお願いします!」

「ウチは今日は無理かな……」

 

 麗日はもともとの予定だった体育館での特訓を優先するので、研究所に来るのは緑谷と飯田の二人となった。2人とも強力な個性を持っているし、研究員達も快く協力してくれるだろう。特に、己の個性で自壊してしまう緑谷には。

 彼の超パワーのことは、風華も興味があった。もしも制御する方法があったら?自壊せずに己の個性を扱えるとしたら?きっと、彼の実力は劇的に向上するだろう。その時に緑谷がどうなるのか、風華はそれを楽しみにしていた。

 

「それじゃあ放課後、予定空けといてね」

「ああ!」

「うん!」

 

 

 〜

 

 

 放課後。授業は何事もなく終わって、風華は緑谷と飯田を呼んで個性研究所へと向かった。正門前のバス停からバスに乗って揺られることだいたい30分。途中でアクシデントなどが起きることもなく、普通に到着した。

 

「ここが個性研究所か……!」

「写真で見るより大きいね!」

「外観ばっか見てないで入りなよ。わたしが一緒にいるから大丈夫」

 

 雄英高校程ではないが、それなりに大きな敷地を持つ個性研究所の外観に大きく嘆息する2人。門の前で立ち止まる2人に入るよう促して、風華は一足先に中に入った。それに続いて飯田が、そして緑谷が慌てて中に入る。

 

 中に入った2人が抱いた印象は、「とにかく清潔な所」であった。壁も床もしっかりと清掃が行き届いており、汚れている所など少しも見当たらない。「人の住む場所でもあるからね。ちゃんと掃除してるんだよ」と言う風華の言葉に、飯田が感心するように息を吐いた。

 勝手を知っている風華の後について、2人はそれなりに多くの人が通る通路を歩いていく。道すがら見えた施設や実験の様子などに風華が解説を入れるのを、神妙な面持ちで聞いていた。

 

「ここで行われてある研究は、基本的には強すぎる個性の持ち主のその『個性』を解明して、健全な社会生活が送れるよう支援するものだよ。例えば、あそこ……彼は不感蒸泄が致死性の猛毒を有するという個性の持ち主なんだ。個性によって作られる毒は既存の血清では対応できないものがほとんどだからね。毒性の解明や血清、防護服の作成なんかが行われているんだ」

「なるほど……ただ生きるだけでも難儀な個性というのはあまり珍しいものでもない。そういった方々のために、健やかな生活を少しでも早く与えられるようにしているのか!」

「他にも、強いエネルギーを作り出せる個性の持ち主に協力してもらって効率の良いエネルギー源を創る実験とか、ヒーローや学生に訓練の場を提供するとか、個性がもたらす衝動を燻らせた人間に好きに暴れられる場を与えるとか、個性にまつわることをいろいろとやっているよ」

「はあ……確かに。それだけ色々な実験とか業務をやってるなら、こんなに広いのも納得だね」

 

 そして、個性のせいで社会で普通に生活できない者が入所する養護施設でもある。風華はもう個性のせいで不自由している訳ではないが、空気と電気を操る個性の活用方法の模索や赫災領域(レッドゾーン)の制御のこともあって、今でも入所したままとなっている。

 そうしていろいろと見ながら歩いている内に、普段風華が使っている実験室の前まで辿り着いた。カードキーを翳して扉を開けると、一面中真っ白な広い空間が現れた。

 

「荷物はそこに置いといていいよ。ちゃんと保護されるからね」

「壁が自動で動いてる……ウチの教室のコスチューム置き場みたいな感じなのかな?」

『あー、君達が今日のお客さんかい?風華ちゃんから話は聞いてるよ。ようこそ、個性研究所へ』

「うわっ!?驚いた、アナウンスか……」

「わー、綺麗な気を付け」

 

 部屋の中に入ると、いきなり響いてきた声に飯田が驚きのあまり直立する。その見事なまでの真っ直ぐな立ち姿に、風華は思わず感心してしまった。上の方にある別室と繋がる窓を指差し、そこにいる人物が声の主であることを伝える。

 

『普段は風華ちゃんの担当をしています、研究員の立甲です。今日は、君達の個性を僕が見ていくからよろしくね』

「よ、よろしくお願いします!」

「立甲さん、本日はよろしくお願いいたします!」

 

 窓を隔てた先にいる男に、丁寧にお辞儀をして挨拶をする。立甲はそれを見て、『はは、深いお辞儀だねぇ。うちの息子とは大違いだ』と笑っていた。

 

『それじゃあ早速始めようか。動きやすい服があるなら、それに着替えておいてくれよ』

「何だか、ワクワクするね!」

「そうだな!……って!俺達は見られててもあまり気にしなくていいが、鳴神さんの着替えはどうするんだ!?」

「気にしなくていいよ。……ほら、着替えなんてすぐ終わるから」

 

 目にも止まらぬ早着替え。創作で怪盗などがよくやる、服をパッと取ったら既に新しい服を着ているというやつである。昔、カッコいいと思って練習していたのだ。制服から体操服に替えるくらいなら、練習を止めた今でも造作もないことなのである。

 

「何という早業……!」

「おみそれしました……!」

『男3人の前でやるのは感心しないけど。凄い技術だね』

 

 漫画などでしか見れないような技が現実に見れてしまったことで、称賛の声を上げる3人。その声を聞いて、風華は得意げに微笑むのだった。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。