「えっと、鳴神……その子は知り合いなのか?」
「一応ね……他人のフリしたいけど……」
「初めましてA組の皆さん!いやぁ、やはり日本最高峰のヒーロー科に合格した猛者達だけあって、皆さん揃いも揃ってとても優秀そうな顔をしているではありませんか!こんな人達とこれから切磋琢磨していける僕は、何という幸せ者でしょう!」
開会式が始まるのを待つ控え室。A組の生徒に割り当てられたそこには、凄まじく声の大きな異物が紛れていた。異物は風華にまとわりつきながらA組の面々を観察している。戸惑いを隠せないクラスメイト達を見て、好きなものを見つけた幼い子どものように目を輝かせていた。
身長は150cm程で、天然のパーマがかかった首元まで伸びる青い髪と、同じくラピスラズリを思わせるような青い瞳が特徴的な女子。体操服を着ていることから雄英の生徒であることが窺えるが、ヒーロー科にこんな生徒はいなかったはずである。あまり関わりはないが、もう一つのヒーロー科であるB組でもこんな生徒は見たことがない。
ならば、普通科やサポート科の生徒だろうか。経営科という可能性もあるが、彼らは基本的に体育祭には参加しないので違うだろう。いい加減正体を明かしたいと、代表して八百万が声をかけようとしたその時。彼女の正体に思い当たった飯田が、それを遮って代わりに話しかけた。
「もしかしてだが……君は、ヒーロー科に編入することになったという立甲葵さんではないか?」
「僕のことを知ってるんですか!?先生達にも驚かせたいからと口止めしておいたはずなのに、もう情報を握っていたとは!流石は雄英生と言ったところでしょうか!」
「んだよ飯田、知ってたのかよ!」
「鳴神さんの所で話を聞いていたからな!」
風華と緑谷、飯田の3人は彼女のことを知っていたということで、切島が驚きの声を上げる。彼女の正体を探ろうとしていた八百万が、風華に「どのような方ですの?」と聞いてきたので、風華は「まぬけ」とだけ答えておいた。
「間抜けとは何ですか!改めまして、本日より雄英高校ヒーロー科1年B組に編入することになりました、立甲葵と申します!」
「うん、よろしくね!それはそうとして……B組の所にいなくていいの?そろそろ入場だよ?」
「はっ!そうでした、ふうちゃんに挨拶するために来たのに居座り過ぎました!それでは皆さん、今度は競技の中でお会いしましょう!」
「行っちゃった……」
「嵐みてぇな奴だったな」
やることはやったと言って、葵はB組の控え室へ戻っていった。騒音の化身がいなくなったことで静かさを取り戻した控え室の中、砂藤が一言漏らした感想に何人かが頷いた。
「まぁそれはそれとしてだ。緑谷」
「それはそれって」
「マイペースが過ぎるぞ」
「この展開でよく切り出せたな」
「お前、オールマイトに目ぇかけられてんだろ」
「マジで話し始めたぞ」
嵐が去ってすぐ、周りのツッコミも気にすることなく轟は緑谷に話しかけた。緑谷がオールマイトから割と贔屓気味に気に入られていることに、思うことがあるようだ。
「客観的に見ても、今の時点では俺の方が実力は上だと思ってる。お前の何をオールマイトが気に入ってるのか、そこを詮索するつもりはねえが……お前には勝つぞ」
「おお!?推薦組が宣戦布告か!?」
「どうしたんだよいきなり、喧嘩腰で」
「仲良しごっこをしてる訳じゃねえんだ、何だっていいだろ」
現時点でA組でも1、2を争う最強候補からの宣戦布告。名指しで呼ばれた緑谷は、「オールマイトそんな分かりやすいんだ」などと思いながらそれに応える。
「君が何を思って、僕に勝つと言ったのかは分からない。強さだけならかっちゃんや、鳴神さんの方がよっぽど上だしね」
「……」
「そりゃあ君の方が上さ。僕と君のどっちが強いかと聞かれたら、10人中10人が君の方が強いって答えるよ」
「緑谷もそんなネガティブな……」
「でも」
切島がたしなめるのも聞かず、緑谷は言葉を続ける。轟を見据えるその眼は、表情は、確かな覚悟を帯びていた。
「みんな、本気で天辺を狙ってる。上を目指す覚悟を持ってる。だから……僕だけ遅れを取る訳にはいかないんだ!僕も本気で、獲りににいく!」
「……ああ!」
「ケッ!」
「はい、水を差さない」
ここで、1年生に入場の合図が出される。合図に従ってステージへと向かう中、緑谷はオールマイトに言われた言葉を思い出していた。
『君が来た!ということを知らしめてほしい!』
「了解、オールマイト」
〜
『雄英体育祭!ヒーローの卵達がシノギを削る年に一度の大バトル!どうせテメーらアレだろこいつらだろ!?敵の襲撃を受けたにも関わらず鋼の精神で乗り越えた奇跡の新星!』
「鋼の……精神……」
「始まる前からダメージ受けてんじゃねえ!」
『ヒーロー科1年!A組だろぉぉ!?』
入場に際して行われるプレゼント・マイクによるパフォーマンス。鋼の精神と言われたことで約1名がダメージを負ったが、沸き立つ観客のボルテージにそんなことは関係なかった。
既に敵との戦いを経験しており、経験値という点では他のクラスとは一線を画すA組の登場に、会場は万雷の喝采で彼らを迎えた。この大勢の観客に見られている中でも、いつものようなパフォーマンスを出すことができるか。これもまた、ヒーローに必要な素養を身につける訓練なのである。
多くの期待の声に、爆豪や切島などは大きくテンションを上げていた。これまでの研鑽の成果を見せることのできる場、少しの緊張と大きな昂揚に胸を躍らせていた。
「俺らって完全に引き立て役だよな」
「たるいよねぇ……」
続いてB組、普通科のC、D、E組、サポート科のF、G、H組が入場する。経営科は不参加。普通科の面々などは、明らかにヒーロー科の2組とは違う観客の温度差にテンションを下げていた。
「……だからこそ、下剋上が映えるんだよな」
そんな中でも、闘争心に燃えている者は存在しているのだが。
「選手宣誓!」
「お、今年の主審は「18禁ヒーロー」ミッドナイトか!」
「18禁なのに高校にいていいものなのか」
「いい!」
「静かにしなさい!選手代表!」
18歳以下が当然の高校に、18禁ヒーローがいるのってアリなの?常闇が疑問を口にすると、峰田が即答で答える。そんなやりとりを鞭でピシャリと制し、選手宣誓をする代表二人の名を呼ぶミッドナイトなのであった。
「1-A組爆豪勝己!並びに鳴神風華!さぁ壇上へ上がってきなさい!」
「2人でやるんだな」
「あの2人が入試一位だったそうだからな」
「
普通科の方から飛んでくる皮肉。しかし2人は気にすることもなく壇上に立った。
どんなことを言うのだろう。爆豪は特に何をしでかすか分からないため、みんな固唾を飲んで見守っていた。
「せんせー」
「……」
「俺が一位になる」
「やっぱやりやがったコイツ!」
方々から「調子乗んなA組!」「何故品位を損ねるような発言をするのだ!」「ヘドロヤロー!」などとヤジが飛ぶ。それに対して爆豪は、指で首を落とすジャスチャーをしながら「せめて跳ねのいい踏み台になってくれ」と、さらに火に油を注いだ。
「そういうところは変わらないね」
「ほっとけ。次てめェの番だぞ」
「分かってるよ。……選手宣誓」
しん。と会場が静まり返った。気の引き締まる静寂の中、風華は言葉を紡ぐ。
「立ち塞がる壁も、ライバルも。全てを捩じ伏せてわたしが、体育祭の頂点に立つ」
「こっちもやりやがった!」
「どんだけ自意識過剰だよ!この俺が潰したる!」
「流石ふうちゃん!いい宣誓でした!」
爆豪に続いて、風華までもが自分こそが一位になると宣言したことで、会場はブーイングの嵐となった。降り注ぐ罵声を気にすることもなく、2人は壇上を降りて元いた場所に帰る。
……2人とも、自分を追い込んでるんだ。
緑谷は気付いていた。いつもの爆豪ならばこういうことは笑いながら言っていたが、彼は真剣そのものであった。風華にはオールマイトのようなヒーローになるという目標がある。そのためにも、体育祭でだって負けてはいられないのだ。双方共に、このようなビッグマウスを叩くだけの覚悟を持っているのである。
……僕らを巻き込んだのは、まぁ……かっちゃんらしいけど。
「早速第一種目の発表よ!」
「雄英ってなんでも早速やね」
「早速ではなくない?」
「お黙り!いわゆる予選よ!毎年ここで多くの者が
「障害物競走……!」
1年生の全クラスが総当たりで、4kmの道のりに挑む障害レース。コースを外れなければ、何をするのも自由。さぁ全員位置に付いて、とミッドナイトが言うのと同時にゲートが開いた。
『スタート!!』
合図と同時に、走り出した全員が一斉に狭き門へと殺到する。多くの者がつっかえて抜けるのに手間取る中、風華と緑谷、飯田に轟がまず抜け出した。
「雷上動を使うにはちょっと長過ぎるね……普通に走っていこうか」
「鳴神さん、僕も負けないよ!」
「機動力なら俺に分がある!負けないぞ!」
「狭過ぎるスタートゲート……すなわちこれが最初の篩。悪いが足止めさせてもらうぞ」
ゲートで手間取る者達を、轟の氷が阻む。足下を凍らされて動けなくなった走者によって、即席の壁が作られた。
その間にも風華は『纒雷』で、緑谷は『フルカウル』で、飯田は『エンジン』で先を行く。現在は速度に優れる飯田が先頭となっていた。
「鳴神さんならわざわざ『纒雷』を使わなくても、風で飛んだ方が速いんじゃないのかい?」
「それじゃあ面白くないでしょ?体育祭はエンタメでもあるんだから」
風華が、緑谷が、轟が。轟の妨害を躱したA組の面々が。ゲートを飛び出して次々と前へ繰り出していく。
A組のみんなは当然として、想定よりもだいぶ避けられてしまった。ならば仕方ないと、轟は後ろを気にするのをやめて前を向いた。己の前で、既に3人が走っているのだから。
『それじゃあここから実況が入るぜ!解説アーユーオーケー?ミイラマン!?』
『解説じゃねえ。お前が無理矢理呼んだんだろ』
『おっと無駄話はここまでだ!早速現在一位の飯田が第一関門に差し掛かったぜ!』
『聞けよ』
第一関門。見覚えのある巨大な影に、飯田は思わず上を見上げた。そいつがいたからではない。数が多過ぎたからだ。
「こいつは0ポイント……!」
「また見ることになるとはね」
「数が多過ぎない!?」
「一般入試の時の仮想敵ってやつか」
「どこからお金が出てるのかしら……」
まず行く手を阻むのは、全長10mを優に超える数十体の巨大ロボットの群れ。
ー 第一関門『ロボ・インフェルノ』 ー
「ふっふっふ……これは絶好のチャンス!僕の力を見せる時ですね!」
体育祭はまだ、始まったばかり。