『さぁ上げてけ鬨の声!血で血を洗う雄英の合戦が今!狼煙を上げる!!!』
「……俺がお前達を選んだのは、これが最も安定した布陣だと思ったからだ」
「俺が機動力とフィジカルを活かして先頭」
「私が創造による戦闘補助」
「俺が発電することで相手を牽制!てことだな!」
「……そういうことだ」
騎馬戦開始直前。
これからチームとなる3人に、轟は自分が彼らを選んだ意図と作戦を伝えていた。自身の知る情報で考えつく、恐らく最強の布陣。これならば第二種目も通過は楽勝……いや、10000000ポイントを奪取して、一位に成ることも十分に可能だろうと考えていた。
いや、十分に可能程度では生温い。轟には何が何でも頂点を目指さなければならない理由がある。
「そして、轟君は氷と熱で攻撃、並びに牽制という訳だな!」
「いや……戦闘において、熱は絶対使わねえ」
視線の先にいるのは、日本のNo.2ヒーローエンデヴァー。プロでも有数の知名度と実力を持つ、トップヒーローの一人である。そして彼は、轟の父親でもあった。
そう、彼は一位にならなければならない。憎むべきクソ親父が見ているのだから。
『よーし、騎馬は組み終わったな!?準備はいいかなんて聞かねえぞ!残虐バトルのカウントダウンが始まるぜ!』
「A組と組んだのか。まぁいい、恨みっこなしだぜ鉄哲」
「おうよ!」
『3!』
「狙いは……」
「一つ」
「だけど……!」
『2!』
「勝つのはオイラ達だぜぇ!」
「やる気だな……峰田よ」
『1!』
「先手必勝……手筈通りにいくよ」
「準備はバッチリですよ!」
「今更だけど緊張してきた……」
『スタートォォォ!!」
「実質これは、10000000ポイントの争奪戦だよね……ってぇ!何これぇ!?」
「うわぁ!?ハチマキが飛んでくぅ!?」
「ふふ……みんなのハチマキ、貰っていくよ」
開始の合図と同時に、吹き上がった風が多くのチームのハチマキを巻き上げた。気流に乗って流れていったハチマキはその全てが風華の手に収まり、チーム鳴神のポイントとなった。
風華は第二種目が発表された頃から、会場内の空気の掌握に神経を集中させていたのだ。最初から高いポイントを持つ風華は、より他者から狙われやすくなるリスクを抱えている。どんなに逃げ回っても奪われる可能性はゼロではない。ならば、最初からより多くのポイントを奪って保険にしてしまおうと考えたのだ。
『チーム鳴神、風の力で一気に大量のポイントをゲットだ!こいつはズルが過ぎるぜ!!』
『第一種目が終わってからずっと、掌を上に向けていたな。あれは確か空気を操る力を使っている時の仕草だった。こうなる可能性をどこか見越していたんだろうな』
「鳴神さんの空気操作……!嫌な予感の正体はコレだったか!」
「デク君よく気付けたね!」
「危ねぇ……他の騎馬を崩さずに、ハチマキだけを的確に奪い取る。なんて精度だ」
「『疾風迅雷』……いつ見ても凄まじい個性だ!」
「だが、俺に小細工は通用しねぇ!」
「嘘つけ、めちゃくちゃ焦ってただろ!」
「あの3チームには防がれたか」
「十分だと思いますよ!」
獲ったハチマキを騎手の鉄哲に預け、風華は前方を警戒する。ハチマキを盗まれたチームが一斉に襲いかかってくるところであった。
「たくさん来ました!龍化しますので体格の変化にご注意ください!」
「尾白!右翼の警戒頼んだぜ!」
「合点!」
「さて、ここから15分……逃げ切るよ」
龍化した葵の3本の尻尾が鉄哲を覆い、右翼側を尾白が、左翼側を風華が警戒する。
まず来たのはB組の拳藤が騎手を務めるチーム拳藤と、葉隠が騎手を務めるチーム砂籐。『大拳』の個性で巨大化させた掌で強引にガードを剥がす構えの拳藤と、透明で挙動の見えないアドバンテージを活かしてハチマキを奪わんとする葉隠。
それに対してチーム鳴神が選んだのは、当然逃げの一手。風華が気流を操作することでチーム全員を浮かせ、各チームが突撃してきたことで手薄になった場所へと降り立つ。
「気を付けて!峰田のもぎもぎがある!」
「隙間がだいぶ狭いね……葵、足場注意してよ!」
「了解です!着地しますよ!」
「あいつは……確か、A組の障子だったな!?後ろから来てるぞ!」
敵のいない所を選んで飛んだはずだが、そこには峰田が仕掛けていた大量のもぎもぎがあった。アレの拘束力はなかなかなもの、一度触れてしまえば龍化した葵のパワーでも簡単には抜け出せなくなるだろう。そうなれば風華が風で無理矢理剥がすことになるが、もぎもぎを剥がせるだけの風力は尾白か鉄哲を吹き飛ばしてしまう恐れがある。そんな致命的な隙を乱戦の中で晒す訳にはいかないので、これは絶対に避けなければならない。
葵が尾白と風華を両脇に抱え、一歩ずつ丁寧にもぎもぎ地帯を抜け出していく。そこに鉄哲の叫びが警戒を呼びかけた。視界を確保するためワザと開けていた隙間から、蛙吹の舌が的確に入り込みハチマキを奪おうとする。呼びかけを聞いて振り返る隙を狙われ、ハチマキを一つ取られてしまう。なんとか舌を振り払うことには成功したが、奪われたハチマキは取り返せなかった。
「よっしゃ!一つ獲ったりぃ!」
「流石だ、蛙吹」
「ケロケロ、これが私の仕事だもの」
声は聞こえてくるが、その先には障子しかおらず峰田とハチマキを獲った蛙吹の姿はない。背中を覆い隠すように組まれている障子の6本の複製腕、そこに隠れているであろうことは容易に想像がついた。
「体格の大きい目蔵に隠れてるんだね」
「実質一人で騎馬やってんのか、力持ちだな!」
「パワーなら僕も負けてませんよ!」
「で、どうすんの。ハチマキ取り返す?」
もちろん、そんなことはしない。まだまだ奪ったハチマキはたくさんあるし、そもそももぎもぎ地帯をまだ抜け出せていない。ポイントは惜しいが今は脱出を最優先である。
障子達も深追いはしなかった。不意打ちだからこそ成功した作戦であるし、何より。
「地面が沈んでます!何ですかこれ!?」
「骨抜の個性だ!鳴神頼む!」
「オーケー……徹鐵!猿夫!上だよ!」
「上っ……爆豪!」
B組、骨抜柔造がその個性で地面を柔らかくして葵の身体を沈ませていく。龍化して体格が大きくなったことで体重も重くなっている葵は瞬く間に腰まで沈んでしまったが、風華がすぐに風を吹かせることで引っ張り上げた。その瞬間、爆破による空中移動で飛んできた爆豪が襲いかかる。
「クッソ……!うぜェ尻尾だ……!」
「そりゃどう……もっ!」
これは尾白が尻尾でガード。先端の毛が焼き払われるも大した損傷はなく、逆に薙ぎ払いで爆豪を撤退させた。体勢を崩した爆豪は、瀬呂がテープで回収して騎上に戻した。そのまま睨み合いになるか……といったところで、背後からの奇襲攻撃。それによりチーム爆豪のハチマキが奪われてしまった。
「アァ!?んだてめェ、返せ!」
「誰が返すかってんだい。単純なんだよA組」
ハチマキを奪ったのは、チーム円場の騎手である物間。爆豪が10000000ポイントに気を取られている間に、綺麗に漁夫の利を得ていった。
「ミッドナイトが『第一種目』と言った時点で極端に人数を減らすとは考え辛くないかい?」
「!?」
「だから僕達はおおよその予選を通過できる目安を仮定して、その順位以下にならないように予選を走ったんだ。そして、後方からライバルになる者達の個性や性格傾向などを観察させてもらった」
その場限りの優位に執着したって、対極的に見れば無駄でしかないのだから。人参をぶら下げられた馬のように、仮初の頂点を狙うよりはよほど建設的だ。
物間は煽る。頂点に立つことに拘る爆豪の神経をこれでもかというほど逆撫でし続ける。
「あぁ、そういえば君って有名人だったよね。今度参考に聞かせてよ『ヘドロ事件』のこと!年に一度敵に襲われる被害者の気持ちってやつをさぁ!」
「おいおい、その辺にしとけ……!」
ヘドロ事件。それは、オールマイトを越えたヒーローとなる爆豪にとっての汚点。絶対に他人には触れられたくない逆鱗に触れられ、たしなめようとする切島を黙らせて爆豪は遂にキレた。
「予定変更だ……10000000ポイントの前にまずこいつらを殺す……!」
堪忍袋の尾が切れた。もともとの目標だった10000000ポイントすら捨て置いて、物間へとその矛先を向ける。
「……ヘイトが逸れたみたいだ。今の内に巻き添え食らわないように離れよう!」
「了解です!しっかり捕まっててください!」
「……そう簡単にゃ行かせねえよ」
残り8分。戦いは佳境を迎えようとしていた。
〜
「どうして僕達を狙うのかは知らないけど……人数の不利が誤魔化せてないよ!」
「ハッ、それくらいどうにでもなるさ!」
混戦の中、チーム緑谷もまた戦っていた。相手は唯一の普通科からの刺客チーム心操。虚な顔をした青山とB組の庄田を従えて緑谷の持つポイントを狙っていた。緑谷を狙った理由は単純に、今ポイントを持っている中で一番与し易いと判断したからである。
最初に、彼はまず常闇に話しかけた。本当は裏から発目にも話しかけていたのだが、無視されていたのだ。問いかけに答えた常闇は意識を奪われ、足を止めてしまった。
急に動かなくなったチームメイトに動揺して動きが混乱している間に、青山のネビルレーザーの連射が彼らを補助するアイテムを破壊する。サポート科の発目が加わったことで生じたアドバンテージを、チーム緑谷は一瞬にして無にされてしまった。
「黒影のお陰で正気に戻れたが……あの時俺は一瞬にして意識を奪われた!警戒しろ緑谷!」
「そうです私のベイビーみんな壊されたからもう補助できないですよ頑張りましょう!」
「うん……何とか逃げ切ってみせる!」
「みんな、頑張ろうね!」
チーム心操と対峙しながら、緑谷は彼の個性について考えを巡らせる。相手の正気を一瞬にして奪ってしまう恐るべき個性、いったい何をトリガーとして発動しているのか。考えられるのはいくつか。
まず、相手の眼や姿を見ること。これはもう何度もやっているので恐らく違う。
次に、声を聞くこと。彼はさっきからしきりに話しかけている。一定時間で有効になるのか、もしくは確率で相手をハメられるということか。
そして、もう一つ。そこかしこで轟音が響いているせいで分かり辛かったが、さっきの常闇は何かに返事をしてから様子がおかしくなっていた。その様子を不審に思った黒影に頭を叩かれたことで正気を取り戻したが、もしかしたら競技中ずっとこのままだったかもしれない。
「聞いたんだ。普通科の心操君だったよね。君が青山君にレーザーを撃てって命令してるの。さっきの常闇君の様子からも考えるに……君の個性は恐らく『洗脳』といったところかな?洗脳したい相手との会話をトリガーとするタイプの」
「……だったら何だってんだ」
「みんな、口を閉じてて」
……だったら、君とは何も話さない。
問いには答えず、緑谷は心の中で言う。ふるふると首を横に振ったことで個性を看破されたことを察したのか、心操の声に焦りが混じるようになってきた。
「クッソ!何でだよ!お前らなんかたまたま入試と相性のいい個性してたからヒーロー科に入れたんじゃないか!」
「……!」
答えない。黒影に殿を任せ、踵を返して走り出していく。それを見て青山にレーザーを撃たせたが、それは黒影によって防がれた。
「俺だってヒーローに憧れたよ!でもこの個性のせいでスタートで遅れちまった!お前らみたいなお誂え向きの個性を持って生まれた奴らには分かんないだろうけどなぁ!こんな個性でも夢見ちゃうんだよ!」
「……!」
「言えよ!少しくらい反論したらどうなんだ!?」
答えない。彼の心からの叫びに思うところが無いわけではない。むしろ彼のその気持ちは、緑谷は痛いほど分かっていた。
自分は無個性だったから。スタートラインに立つことを許されることもなく、無個性というだけで諦めてしまっていたから。
でも、彼は恵まれた。
ヒーローになれると言ってもらった。得られることなどなかったはずの個性を貰った。緑谷出久は人に恵まれた。だからこれは、単なる独り言だ。
「……だから僕も、負けられないんだ」
「デク君……?」
その独り言を、心操が聞いていたかはもう分からない。彼の姿はもう、遠く離れた緑谷からは見えなくなっていた。
「……くっそぉ!」
チーム緑谷の消えたその場に、心操の震えるような叫びが木霊した。