「試合始まりましたね。両者に詳しいふうちゃんはどっちが勝つと見ていますか?」
「詳しい訳じゃないよ。……てか、何で葵は此処にいるの?B組のシートは向こうでしょ」
「良いじゃないですか細かいことは!僕は何処にも友達がいないんですから、せめて知り合いの近くにいたいんですよ!」
「わたしは友達じゃないわけ?」
「親友です!」
はぁ……と一つため息を吐き、風華は爆豪と麗日の試合について語る。ちなみに現在は、スタートの合図と同時に放たれた爆破を麗日が回避して超低姿勢で触れようとしてから、そこから麗日がどうやって爆豪に触るかという展開になっている。
風華は語る。そもそもこの対戦カードは、身体能力や個性の試合適正などで上回る爆豪が有利。
麗日の個性『無重力』は、相手に五指で触らなければ発動しないが、発動さえできればほぼ勝ちが確定する凶悪なものだ。しかし爆豪の個性『爆破』は必殺性こそ少ないものの、長いリーチと衝撃やダメージなどを活かして常に麗日を引き離す立ち回りができる。
爆破の際に巻き起こる粉塵に紛れたり、体操服の上着を囮にしたり、自分を無重力状態にして近付こうとしたりと、麗日は工夫を凝らして爆豪を触ろうとしている。
しかし。爆豪の警戒心は、そんな創意工夫を一切寄せ付けなかった。大きな怪我を負わせないようにセーブされているとはいえ、何度も爆破を食らって麗日は少しずつボロボロになっていく。上着を囮に使うため脱いでいたこともあって、より生々しい傷痕が露出してしまっていた。
「……現状、お茶子が勝己に勝てる手段はあの一つだけだろうね。あれが失敗すればもう、勝ちの目はないと思う」
「なるほど……今はそのための布石を打っているということなんですね!」
「そういうことだろうね。ただ、受けたダメージが多過ぎる。このままいけば……切り札を見せる前にお茶子は力尽きるだろうね」
何とか触れようとする麗日に対して、爆豪は彼女の反応を見てから動いている。煙幕による目眩しも上着の囮も関係ない。爆豪の超人的な反射神経の前には最早成す術がなかった。
『休むことなく突撃してるけど……これじゃあ』
「戦法が通じなくて……ヤケ起こしてるよ……」
「アホだね……アイツ」
「止めなくて良いのか……?だいぶクソだぞ」
「……」
「まだ……ね……」
嬲り殺すように、じわじわと麗日を追い詰めていく爆豪に、次第に会場からブーイングの声が上がってくる。お茶の間で見ている視聴者から、観客席の一般人から、ヒーロー科以外の生徒から、警備の合間に見ているプロヒーローから。
「クッソ……!見てられねえ!それでもヒーロー志望かてめえ!そんなに実力差があるならさっさと場外にでも放り出せよ!女の子いたぶって楽しんでんじゃねえ!」
「そーだそーだ!」
『一部からブーイングが!しっかし悪いけど俺もそうおも……Boo!』
『今遊んでるっつった奴プロか?何年目だ?』
ブーイングの嵐。特にその起点となったプロヒーロー達のいる方向へ相澤は一喝する。
『素面で言ってるならもう見る意味ねえから帰れ。帰って転職サイトでも見てろ』
「相澤先生……』
「此処まで上がってきた相手の力を見くびってもないから、認めてるから警戒してんだろ。本気で勝とうとしてるからこそ、油断も手加減もできねえんだろうが』
そう、まだだ。まだ麗日の目は死んでいない。何度も爆発させてやったのに、麗日は勝利を諦めていない。だからこそ、爆豪は手を緩めることができなかった。
こういう奴が怖いのだと、知っているから。
「そろそろ……かな」
「あァ?」
「ありがとうね、爆豪君……油断しないでくれて」
「……爆豪はともかく、観客席で見ていながら気付かなかったプロは恥ずかしいね」
「常に低い姿勢を取って爆豪の意識をや攻撃をより低く向けさせ、絶え間ない突進や煙幕でカモフラージュしながら武器を蓄えていた」
「く・ら・え!!」
流星群。
爆破によって抉れたフィールドの瓦礫を、煙幕で隠しながら上空に集めていた。爆豪に悟られないよう常に意識を下に向けさせ、瓦礫が全体に降り注ぐように。
これだけの物量で攻めれば、迎撃するにしろ回避するにしろ、必ず隙ができるはず。そこを狙って距離を詰めて、爆豪を触って浮かせる。此処まで何度も傷付きながらも、狙い続けてきた作戦。
「絶対、勝あああぁぁつ!!」
麗日が吼えた。
「おお!お茶子ちゃん、あんな捨て身の策を用意してたんですね!」
「大したものだよ、本当に……でも」
ドカン!
極大の爆撃が流星群を迎撃。一撃で全ての瓦礫を麗日諸共吹き飛ばしてみせた。余波で転がっていく麗日は、そのままフィールドを型取る白線の外まで押し出されてしまった。
爆豪は最後まで油断しなかった。麗日は小細工の得意な緑谷とよくつるんでるし、何かどでかい「やらかし」をしてくるだろうと身構えていた。だからこそ、流星群に対応できたのだ。
「勝己相手には、まだ足りなかった」
「残念でした、ねぇ」
「……麗日さん、場外!爆豪君の勝ち!」
ミッドナイトのコールが響く。しかし、先の試合のような歓声など少しも起こらなかった。
立ち上がれないまま涙を流す麗日が、救護用ロボットに担架に乗せられて運ばれていく。その光景を一瞥し、爆豪は静けさに包まれた会場を後にした。
『ああ、麗日……爆豪、一回戦突破オメ……』
『私情すげえな』
「……鳴神」
「おめでとう。次、出久とだね」
通路を渡る爆豪。その途中で労いに来た風華とかちあい、足を止める。彼女の言葉は二回戦の緑谷との戦いを思い起こさせ、爆豪の神経を逆撫でした。
「……けっ、誰が相手だろうと叩き潰すだけだ」
「無理でしょ。君と出久とは、いろいろあったって聞いてるよ。二回戦は『試合』なんてものじゃないきっと、派手な『喧嘩』になるだろうね」
「……何が言いたいんだ、コラ」
「思うことはいろいろあるだろうけど。全部しっかりと出し切りなよ。こんな機会、そうそうないんだからさ」
男と男の戦いを期待している。そう言って、風華はシートへと戻っていった。
「どいつもこいつも。どこがか弱いんだよ」
第二試合 WINNER、爆豪勝己。
「次は……踏陰君と百ちゃんですね!」
「有利なのは踏陰の方かな。黒影は近中距離戦なら殆ど無敵に近い個性だし、創造は知識さえ有るなら何でも作れるけど。その「作る」工程を経なければいけない上にその作った物も、使わなければ効果がないしね」
一回戦第三試合 常闇踏陰VS八百万百
「ゆけっ、黒影!」
「ぐっ……!きゃあぁっ!」
「八百万さん、場外!常闇君の勝ち!」
『コイツぁシヴィー!常闇、八百万の創造したアイテムをものともせず正面から捩じ伏せた!』
『剣と盾で馬鹿正直に戦うからだ。戦闘力で劣るのなら、何かしら搦手を用意するべきだった』
第三試合は速攻で決着した。スタートの合図と同時に片手剣と盾を創造した八百万に対して、常闇が黒影を突進させる。黒影の攻撃を盾で防いだところで、剣を持つ右腕を常闇が抑える。そのまま2人で八百万を押し出し、場外で勝利した。
「こうも簡単に負けてしまうなんて……」
「お前を警戒したからこそ速攻で終わらせた。もしも長引いていたなら、勝敗は分からなかったさ」
へたり込む八百万に対して、常闇が手を差し出し彼女もその手を取って立ち上がる。第二試合とは異なり、暖かい拍手が会場を包み込むのだった。
「決着、早かったですねえ」
「だね」
第三試合 WINNER、常闇踏陰。
「次は誰でしたっけ?」
「鋭児郎と徹鐵だね」
「同じような個性の2人ですか……能力的にはほぼ互角みたいですし、結果がどうなるか予想がつきませんね」
一回戦第四試合 鉄哲徹鐵VS切島鋭児郎
「うおおおぉぉ!!」
「あああぁぁぁ!!」
『火花散り、鉄片が飛ぶ!凄まじい殴り合いだ!』
試合はドロドロの泥試合となった。お互い防御力が相手の攻撃力を上回っており、ダメージを入れるには先にどちらかが根を上げるしかない。しかしどちらも根性の男、相手が踏ん張っている以上自分が先に根を上げるにはいかないと気を張り続けていた。
「はぁ……はぁ……!鉄哲うっ!そろそろ降参したらどうだ!」
「誰がするかってんだ!お前が降参しやがれ!」
その結果、もう10分は殴り合いをしている。既にお互いスタミナ切れでへらへろ、自慢の硬度も見る影もない。服も皮膚もズタズタに破れて身体中青アザに塗れていた。
精神が肉体を超越している。まさにそう呼ぶのが相応しい、根性と漢気の戦い。
コイツには負けたくない。その一心であった。
「ごふっ……」
「があっ……」
「……両者戦闘不能!引き分け!」
『ダブルノックアウトー!この場合はお互いが意識を取り戻してから、何かしらの方法で決着を着けてもらうぜ!』
「引き分け……!」
「ここまで互角とはね。大したもんだよ」
その後、2人は腕相撲で決着を着ける。ここでもほぼ互角の2人であったが、最終的には切島が勝利を収めた。観客に見られない個室で行われたことが惜しまれる、爽やかな決着であった。
第四試合 WINNER、切島鋭児郎。
「……どけ」
「醜態ばかりだな、焦凍」
第五試合、出番が来た轟はフィールドに向かおうとしたところで最も憎む相手に邪魔される。「フレイムヒーロー」エンデヴァー、父親であり超えるべき最低の屑。無視して行こうとした轟だが、エンデヴァーはそれを許さない。
「左の熱の力を使えば、障害物競走も騎馬戦も圧倒できたはずだろ」
「……」
「いい加減、子どもじみた反抗はやめろ!お前にはオールマイトを超える義務があるんだぞ!」
「……!」
「分かっているのか!?お前は出来の悪い兄さんや姉さんとは違う!轟家の最高傑作なんだぞ!」
「うるせえっ……!」
反論するその声には、焦りが窺える。
「それしか言えねえのか、てめえは!俺は右の……お母さんの力だけで勝ち上がる!戦闘で、てめえの力には頼らねえ!」
「今は良いとしても……すぐに限界が来るぞ」
足取りが速くなる。頭の中を支配する憎悪を振り切るように、既に見えてきている限界を必死に振り払うように。その姿を見て、エンデヴァーはフン、と鼻を鳴らした。
一回戦第五試合 瀬呂範太VS轟焦凍