「なぁ鳴神、俺ら次だし移動しようぜ」
「いいかな。わたしはここから直接いけるからね。なんなら電気も一緒に送ろうか?」
「……遠慮しとくわ」
「そう」
そんな会話をしながら、フィールドで相対する瀬呂と轟を見る。観客の注目は、あのエンデヴァーの息子が戦うところが見れるということで轟の方に集まっていた。瀬呂は殆ど見向きもされていない。
『それじゃあ、第五試合を戦うリスナーを紹介するぜ!予選四位、一位と強すぎるよ君ィ!ヒーロー科轟焦凍!』
「……」
『そして優秀な成績のはずなのに拭い切れないその地味さ!同じくヒーロー科瀬呂範太!』
「ひでえ」
プレゼント・マイクの実況に、瀬呂が小さく抗議の意を表明する。観客の声援に掻き消され、誰にも聞こえていなかったが。
「ルールはこれまでと同じよ!2人とも、戦う準備はできてるかしら!?」
「オッケーっす」
「ああ」
「それじゃあ開始よ!スタート!」
ミッドナイトの合図により、始まる第五試合。しかし両者いきなり動くということはなく、瀬呂などはリラックスするかのように首をゴキゴキと鳴らしていた。
「うーん……正直、勝てる気なんて全然しねぇんだけどよ」
「……」
「かと言って、負けるかもねえ!」
轟を見据え、一瞬で膝の先から伸ばしたテープでぐるぐる巻きにして拘束する。瀬呂範太、個性『テープ』。その射程や強度、拘束力などは、地味な見た目とは裏腹にとても優秀なものであった。
そのまま場外に向けて轟を投げ捨てようとする。実況のプレゼント・マイクが『推薦入学者への下剋上なるか!?』と煽るくらいには、瀬呂の優勢は予想外だったようだ。歓声がざわめきに変わるのを聞いて、流石にそれはないだろうと瀬呂は苦笑する。その呟きが聞こえたのは、そんな時だった。
「悪ィな」
刹那。フィールドの半分を、天を衝く巨大な氷牙が覆った。直撃した瀬呂と余波を食らったミッドナイトが氷漬けになり、スレスレを氷塊が通った観客達が押し黙る。極度の低音に晒されたことでテープは砕け散り、轟は場外に飛ばされる前に自由の身となった。
「瀬呂君……動ける?」
「動けるはずないっしょ……いてえ……!」
「せ、瀬呂君行動不能!轟君の勝ち!」
『轟、結局瞬殺だったな!』
『無駄にデカいの出しやがって』
「いやぁ、すごい規模ですねえ」
「あれは、撤去するのに時間かかるだろうね。もう少しゆっくりしてても大丈夫そうかな」
「俺は……何もゆっくりできない……」
轟が「苛ついててやり過ぎた」と謝りながら、瀬呂を縛る氷を溶かしていく。その間、ずっと瀬呂に対して「どんまい」コールがなされていた。氷を溶かすその背中が、何だか寂しげな雰囲気を湛えているように風華は感じていた。
第五試合 WINNER、轟焦凍。
氷の撤去作業が終わって、第六試合を始められる用意が整う。風の力で飛行しながら観客席から着地した風華に、会場は大いに沸いた。
『さぁ。お待たせしました第六試合!今回相対するリスナーの紹介だ!爆豪と双璧を成す、もう一人の主席合格者!ヒーロー科鳴神風華!』
「よろしくね」
『そしてスパークキリングビリビリボーイ!同じくヒーロー科上鳴電気!』
「気張るぜ」
「立甲さん、だったっけ?鳴神と友達なんだよね。この勝負どう見てる?」
「正直言うと、鳴神がどうやって上鳴を倒すが気になるところだよな。横綱相撲、的な」
風華が去った後も、特に気にすることなくA組のシートに居座り続ける葵。いるならコミュニケーションを取ろうと耳郎と砂籐が話しかけてくるのを聞いて、葵は2人の質問に「まぁ、瞬殺でしょうね」と答えた。
「電気君の『個性』は、ふうちゃんにとって見れば人型のバッテリーのようなものです。放電を全部吸われて頭をショートさせて、そのまま戦闘不能というオチでしょうね。それでなくとも、あの大して広くもないフィールドで、電気君がふうちゃんの風を耐えられるとは思えません」
「そう言われてみれば……誰ならあの風を耐えられると思う?」
「轟とか?氷で壁作れるだろ」
「爆豪とかなら根性で耐えそうだな!」
「緑谷君も風に負けないフィジカルが有るぞ!」
「そうですね。今挙げられた3人なら、大丈夫だと僕も思っています。酸素を奪われて窒息する未来が浮かびますけどね」
フィールドで向き合う2人をよそに、A組のシートでは風華の個性に耐えられる者についての議論が加速する。最早誰も、試合に関心を向けていなかった。治療を終えて戻ってきた麗日の「あのさ、試合見なくていいの?」の言葉がなければ、この試合はスルーされていただろう。
一回戦第六試合 鳴神風華VS上鳴電気
「それじゃあ試合開始よ!」
「……わたしはね、いつでもいいから絶対に電気と当たりたかったんだ」
「それは……どういう意味で?」
こういう意味だよ。そう言って、風華は左手でかかってこいのジェスチャーをする。その動作に一瞬ムッとした上鳴だが、すぐにその感情は消える。風が彼の身体を浮かび上がらせ、風華の前まで有無を言わさず連れていたからである。
「うおっ、ちょ、ちょおっ……!」
「それじゃあ電気。君の充電……貰うよ」
「アバ、アババッ、アバババババァァッ!」
『上鳴の大放電が炸裂……いや、これはっ!鳴神のやつが電気を吸収しているぞぉ!?』
『風に囚われた時点で、回避する手段はなかった。まぁ、しょうがないな』
「エグいことしやがる」
「ただ負けるよりキツイよ、アレは……」
「うっへえ……」
頭を抑えつけられ、痙攣しながら電気を放出し続ける上鳴。次第に彼の表情から知性が抜けていき、やがて放電が止まる。もはや「ウェイ……」としか言えなくなった彼の両手は、力無きサムズアップが成されていた。
動かなくなった上鳴を、風華は丁重に担ぎ上げて場外へ降ろす。「いい電力だったよ。ご馳走様でした」と伝えて、仰向けのまま微動だにしない彼に両手を合わせて礼をした。
「か、上鳴君、場外!鳴神さんの勝ち!」
「対戦、ありがとうございました」
決着は着いたが、拍手はない。余りにも無慈悲でキツい結末に、同情するばかりであった。
第六試合 WINNER、鳴神風華。
「……よっしゃ!次、私達だよ!行こう尾白!」
「あっ……ああ、うん。行こう」
試合が終わり、アホになったままの上鳴を担いで風華はリカバリーガールの元へ向かう。それを見届けた第七試合を戦う2人は、さっきの試合のことを忘れることにしてフィールドへ向かった。
一回戦第七試合 尾白猿夫VS芦戸三奈
「あ。お疲れ様です、ふうちゃん。電気君は大丈夫でしたか?」
「安静にしてればじきに戻るって。それよりも試合はどうなってるの?」
「これから始まるところですよ」
葵は風華に第七試合はどのように展開していくのかと予想を聞く。他のクラスメイト達も2人の話に耳を傾ける中、風華は答えた。
「射程で勝っている、三奈の酸による攻撃。これを猿夫がどう攻略していくのかっていう感じになると思うよ。一度触れれば爛れてしまうような強酸による遠距離攻撃は強力だけど、それさえ越えてしまえば接近戦では猿夫の方が有利だからね」
「ではどちらが有利、と?」
「三奈の方かな。射程のアドバンテージを持ってるし、身体能力も高いからね」
『よっしゃあ!第七試合を戦うリスナーを紹介してやるぜ!まずはビビッドポイズンガール!ヒーロー科芦戸三奈!』
「優勝を目指して!」
『ザ・普通!同じくヒーロー科尾白猿夫!』
「え……それだけ……?」
「それじゃあ2人とも、試合開始よ!」
「えっちょっと」
「しゃあ尾白!くらえー!」
尾白の抗議を黙殺して、ミッドナイトは試合開始の合図を送る。狼狽える彼に対して、先制の酸攻撃が襲いかかった。
辛うじて尻尾をバネにして避けるも、毛先が酸に掠って焼ける。融け爛れた地面を踏まないように気をつけながら、芦戸に向けて構える。気を取り直した彼に隙はなく、お互い思うように動けなくなっていた。
「……よし!虎穴に入らずんば、虎子を得ず!」
「近付かせるもんか!焼けちゃえ!」
『尾白が突撃!芦戸の酸を避ける避ける!』
『落ち着いて芦戸の動きをよく見ているな。最初からこれをやっとけってんだ』
どんな強酸も、当たらなければ意味はない。芦戸が酸を発射できるのは掌であり、一度に出せる量は限られている。彼女にフィールド全体を覆えるくらいの酸を出せるのなら、この試合はすぐに終わっていただろう。しかし尾白は、的確に攻撃を避けつつじりじりと芦戸との距離を詰めていった。出せる箇所と量が限られているのなら、いくらでも避けようはあるのだ。
距離を詰められて、少しずつ焦りを見せ始める芦戸。尾白を尻尾の射程内に入れてしまえば、一気に不利になってしまう。そうなる前になんとか決着を着けようと、逸ったのが運の尽きだった。
「最大出力、アシッドポンプ!」
「ふっ……!当たらないよ、そんなの!」
「わゎっ!くっそお……!」
「懐に潜り込んだ!」
「ここからは猿夫の間合いだ。形勢逆転だね」
こうなっては仕方がない。芦戸は腹部に叩き込まれた尻尾の一撃を受け入れ……そして掴んだ。
驚愕する尾白。だが、芦戸の身体能力はなかなかのものがある。くる場所さえわかっていれば、相手の攻撃を掴んで受け止めるくらいのことはできるのだ。胃の内容物を一部吐き出しながらも、尾白の動きを止めることに成功した芦戸。そのまま彼の尻尾を引っ張って、酸で焼け爛れた地面に叩きつけようとする。
「げぼっ……!変形一本背負いぃぃ!」
「負け……ないよ!芦戸さん!」
遠心力で宙に浮かぶ尾白。このままいけば、彼は酸に塗れた地面に叩きつけられて浅からぬ傷を負うだろう。しかし、そんな未来が訪れることはない。
尾白猿夫、個性『尻尾』。強靭な筋肉で構成された第五の四肢は、むしろ手足以上に柔軟な活動を可能とする。そう、たとえば。
「ガハッ……!?」
「俺の……勝ちだ!」
『尾白、尻尾のパワーで逆に芦戸を地面に叩きつけた!痛そうな音だぁ!』
こんな風に。尻尾だけで全身の重量を支え、その上で自在に動くことも可能なのである。背中を強く打ち付けて肺の中の空気を全て吐き出してしまった芦戸の四肢と頭を抑え、拘束。完全に万事窮したことを悟り、芦戸は「参った」と力なく呟いた。
「芦戸さん、降参!勝者、尾白君!」
「あ〜、負けちゃった!」
「はぁ……疲れた……!」
第七試合 WINNER、尾白猿夫。
一回戦最後の試合は、ざわめきから始まった。その原因は飯田に有る。
ヒーロー科の生徒は、他科との公平を期するためにコスチュームやサポートアイテムの使用を原則禁止されている。にも関わらず、彼はサポートアイテムでフル装備していたのだ。
「飯田君……?それは……」
「これは発目さんから渡されたものなのです!俺もルールについては分かっています!しかし彼女は自分だけがアイテムを使うのは不公平だと言い、自分のアイテムを俺に差し出したのです!その心意気を無碍にしてはいけないと!そう思ったのです!」
『で、アリなの?』
「うーん……両者合意だしいいかな!」
『適当だなオイ』
「絶対あの子、明ちゃん。そんな殊勝な性格じゃないですよね」
「まぁ、確実に何か裏があるだろうね」
一回戦第八試合 飯田天哉VS発目明
葵が懸念した通り、発目にフェアプレイを心掛けようなどという殊勝な気持ちはなかった。ミッドナイトによる試合開始の合図と同時にアイテムの補助を受けて走り出した飯田。その姿を見て、彼女は思いっきり叫んだのだ。
「素晴らしい加速です飯田君!」
「へ?」
『マイク……?』
「普段よりも足が軽いでしょう!?それもそのはずそのレッグパーツが、着用者の動きをフォローしているのです!」
「何をっ……!」
「そして私は、油圧式アタッチメントバーで攻撃を楽々回避!」
アイテム有りの追いかけっこの中、発目の視線は観客席を向いていた。その中でも、サポートアイテム開発会社の関係者が座っている席を。
発目明、個性『ズーム』。視界を名前通りズームすることができる。本気を出せば、5km先だったくっきり見える。目当ての人物達がしっかりと自分のアイテム紹介に食いついてるのを見て、発目は満足そうに微笑んだ。飯田のことなど忘れて。
「鮮やかな方向転換!私の作ったオートバランサーあってこそのものですね!姿勢矯正機能のおかげで動きの無駄が限りなく少なく……」
『何だこれ……?』
『商魂逞しいな……』
「いろいろ作ってるんですねぇ」
「よく口が回るものだよ」
「あれ見て言うことがそれだけ?」
解説付きの鬼ごっこは、その後10分もの間繰り広げられ。そして全てを語り終えた発目は、自ら白線を出て降参した。走り回り口を回し、やり切った彼女の顔はとても晴れやかであった。
「もう思い残すことはありません!」
「騙したなああぁぁぁ!!」
試合とは名ばかりの、発目の製品PRの場となった第八試合。飯田の慟哭とミッドナイトの投げやりな「勝者、飯田君!」の言葉が、この場を雑に締めたのだった。
第八試合 WINNER、飯田天哉。