「そうか、雄英を受けるのか……学力的には、何ら問題ない。けど、お金の方は大丈夫なのか?」
「問題ありません。個性研究所での実験は、報酬が出ますから」
翌日。今まで何も決まったなかったが故に、書いてもいなかった進路希望届を提出した風華。教師に金銭面の心配をされるも、実のところお金に関しては全く問題はない。個性研究所で被験者となる対価として、十分な量の報酬を貰っているからだ。
「雄英高校ヒーロー科は、受ければ倍率300倍は下らない超エリート校だ。ウチの学校はどこにでもあるような市立校の一つだからな……そんなとこから……俺の担任した生徒の中から雄英に合格したなんて奴が出れば、一生周りに自慢にできる。そんなことで言うのもなんだが……頑張れよ、鳴神」
「当然、最善を尽くしますよ」
不敵に宣言し、風華は職員室を出る。そのレインコートは室内では外せよなどと思いながら、教師はその後ろ姿を見送った。
〜
それから月日は流れ、2月。受験シーズンとなったことで、雄英の入試も始まった。既に筆記試験は終わっており、二次試験の実技が本日とり行われることとなっていた。
「今日から二次試験なんでしょ?頑張ってきてね、お姉ちゃん!」
「もちろん。絶対、合格してくるから。雷羽もお姉ちゃんのことを応援しててね」
「うん!おじさんおばさんと一緒に応援するね!」
雷羽の応援を受けて会場に向かう。しばらくバスに乗ってから、最寄りのバス停で降りてそこからは徒歩。辺りを見回してみると、多くの自分と同じ受験生であろう中学生がいることに気付く。
この中の全員がライバルであり、今後高校生活を共にするかもしれない仲間でもある。負けてはいられないなと、気を引き締めるため風華はキャンディの封を開けた。ワインレッドなそれを口に咥える。唐辛子の辛味がいっぱいに広がった。
「今日は、俺のライブへようこそ!!エヴァバディセイ!ヘイ!!」
会場に辿り着き、風華は「ボイスヒーロー」プレゼント・マイクから試験に関する説明を受ける。時折数千人いる受験生にジョークを交えて語りかけるもスルーされていたが、彼は構わず説明を続けていた。これがプロのメンタルかと、風華はちょっとだけ感心した。
実技試験の内容はこうである。
町を襲う仮想敵(ロボット)を倒し、より多くのポイントを稼げ。制限時間は10分。他の受験生への妨害行為など、ヒーローにあるまじき行動は勿論禁止。一発で失格となる。
仮想敵には1、2、3、0とポイントが振られており、高ポイントのものを効率的に倒していくのがオススメされていた。また、0ポイントはいわゆる「お邪魔虫」というやつであり、プレゼント・マイクのジョークのようにスルー推奨であるということも説明された。
「……ってことで、俺からの説明は以上だ。最後にリスナーの君達へ我が校の校訓を贈ろう。かの英雄ナポレオン・ボナパルトは言った。真の英雄とは、人生の不幸を乗り越えていくもの!
「よしっ……!頑張るか」
事前に割り当てられていた会場へと向かうバスに乗り、景色を見ながら会場まで移動する。周りの受験生達は緊張や不安で押しつぶされそうになっているのが殆どだったが、風華をはじめ何人かは、自分は合格して当たり前とでも言うかのように落ち着き払っていた。
会場に着いた風華達は、ビルの合間を抜けて所定のスタート地点に入る。いつでも始まっていいように準備を整えていると、プレゼント・マイクの間の抜けたアナウンスが響いた。
「はい、スタート!どうした、試験はもう始まってるぜ!走れ走れ!実戦じゃあカウントダウンなんてねーんだぞ!」
「おぉ……みんな慌てすぎじゃない?」
「あわ……あわわ……」
「あれ?君は行かないのかい?」
大慌てで駆け出す受験生達を見送りながら、風華は出遅れた緑髪の少年に話しかける。話しかけられたことで正気を取り戻したらしい彼が走っていくのも見送り、その間にも溜め続けていた電力を風華は解放した。
「準備完了、と。さて……わたしも行こうか!」
そう言うと、風華は風を纏ってその身を浮かび上がらせる。突風がスタート地点に吹き荒れ、風華は最も高いビルすら越えて宙を舞った。そのまま会場を見下ろし、仮想敵の多い所を選定する。
「あの辺りが良いかな。そら……よっと!」
風を噴射し、その勢いでアタリを付けた地点を急襲する。着地した時に真っ先につけた右足が、仮想敵の一体を粉砕した。2ポイントであった。
そのままの勢いで、急に現れた自分に対応しようとするロボット軍団の中に飛び込んでいく。極大の電力を纏った左手による貫手が前に出ていた一体を貫通し、爆散させる。同時にスクラップとなったそれに触れ、機構を確認。どうやら、そこまで難しいプログラムはされていないようだった。
「これくらいなら、まぁ……触れるだけでいいかな」
個性研究所で過ごしてきた長い年月の間に、『疾風迅雷』の電気を操る力は電化製品などへの干渉を可能としていた。その力を使えばさっきのように、大胆に電力を消費する必要もなくなる。一瞬だけ触れてやる。それだけでいいのだ。
「これで何ポイントくらいだっけ……?ま、いいか」
何体かの機能を停止させ、呟く。結構な数がいたために、いちいちそのポイントを把握していなかったのだ。
『残り5分だぜ!まだまだ気張れよ!』
「なんだ、まだそんな時間か」
アナウンスが制限時間の半分を過ぎたことを伝える。電力のチャージのために最も出遅れることとなったが、風華が思っていたよりも時間は経っていなかったようだ。
「おっと……危ない。大丈夫だったかい?」
「あ、ああ……おかげで助かったよ。ありがとう」
「別に。ヒーローは助け合いでしょ」
だいぶ仮想敵も減ってきて、次の獲物はどうするかと思考を巡らせていると、ロボットの攻撃を受けて血を流している受験生を見つけた。
指先に風を集めて固め、空気の弾丸として撃ち出す。ロボットが腕を振り下ろそうとしたところで空気の弾丸はその核を撃ち抜き、一撃で機能停止に追い込んだ。助けられた受験生が腰をガクガクと振るわせながら立ち上がり、礼を言う。
……ああ、そっか。ヒーローになるための試験だもんな。
礼には及ばないと返したところで、風華は気付いた。ただ敵を倒すだけがヒーローの仕事ではない。むしろ、その本分は救助活動。
少ない合格枠を賭けて争うライバルだって、困っているならば助けに行かなければならない。そういうところも、将来のヒーローとして、雄英で学ぶ者として相応しいか見られているのだということに。
「ま、ただの想像だけど……けど、そうと分かったなら」
「うおぉ!?た、助けられた……?」
「ま、こうするよね」
他の苦戦している受験生を助ける。ロボットの攻撃を受けてやられかけている者を遠隔でロボットを倒して助け、逃げようとしている者には、風で瓦礫を退かすなどして道を作る。怪我をしている者には、持ち込んだガーゼや包帯、消毒液などで応急処置を。
とりあえず、目についた助けられそうな者を助けていく。直接ポイントにはならないだろうが、アピールくらいはできるだろう。そんな打算の下の行いではあったが、助けられた者からは、風華は確かに感謝されていた。
『残り1分!ラストスパート、まだまだ頑張れ!』
「は……?デカ過ぎない?ホントにこれ使うの?」
残り1分。アナウンスが流れると同時に、3階建てのビル程の大きさのロボットが現れた。見ると、頭の方にデカデカと0ポイントであることを示す数字が描かれている。
試験でこんなの出るの?嘘でしょ?一歩踏み出す度に衝撃で地面が揺れる。他の受験生達がパニックを起こす中で、呆れるように風華はそう呟いた。
流石に大き過ぎるし、アレを止めるのは少し時間がかかりそうだ。だったら最初のやつのようにスクラップにしてやる。そう思い、風を掌に風を集めていく風華。0ポイントが攻撃しようとしている先に、瓦礫に足を取られて動けなくなっている少女が見えて、その行動はより早くなる。
「『
「SMAAASH!!!」
デカブツを粉々にしてやるだけの風は集まった。後はこれを撃ち出して0ポイントを穿つだけ。その直前で、空気を震わす叫び声が響いた。瞬間、0ポイントが粉々に砕け散る。叫び声と共に飛び出した少年が、パンチの一発でそれをやってのけたのだ。
「あの子、さっきの……って!危ない!」
飛び出したのは、共に出遅れていた緑髪の少年であった。あの子にそんな力があったのか。そう感心していた風華だが、彼が気を失って落下しようとしているのを見てすぐに集めていた風を撃ち出し、そっと地面に降ろした。
0ポイントが粉砕されたことに周りが騒つく中、風華は倒れたまま動かない少年の元へと駆け寄った。
『終了!お疲れ様!気を付けて帰ってくれよ!』
「酷い怪我だ……個性の反動?それにしてもえげつないというか……君の方も、怪我はない?」
「えっ、あっ、はい!ウチは大丈夫です!ウチなんかよりも、その人は大丈夫なんですか……!?」
「……わたしではどうにもできない。だから……」
「おおぅ!?年寄りに何すんだい!」
足はあらぬ方向を向き、0ポイントを殴りつけた右腕は見るも無惨にぐしゃぐしゃになっていた。
一応、応急手当てができるだけの用意はある。が、それでは足りないことは一目瞭然だった。なので、治療ができる人を風で引き寄せる。雄英高校が誇る看護教諭、リカバリーガールだ。
「突然すいません。この子の治療をお願いします、リカバリーガール。右腕と両足が酷いことになっていて」
「ああ……こりゃ酷い。体力が保てばいいがねぇ」
そう言うと、リカバリーガールは口を針のように尖らせ、少年に突き立てる。『チュー!』という音と共に、みるみる内に少年の身体は元の様相を取り戻していった。怪我が治ったからか、少年も意識を取り戻す。
「意識が戻ったか。自分で歩くことはできる?」
「ん……大丈夫です……っ!そうだ!試験は!?」
「もう終わったよ。合否発表は一週間後だ。気を付けて帰るんだよ」
リカバリーガールのその言葉に、少年はショックを受けて顔を青ざめさせる。どうやらあの瞬間まで、あまり成果を出せていなかったようだ。
「ぐっ……くそっ!」
「そこまで悲観することはないと思うけど」
「え?」
「どういうこと?」
「……何でもない。『治癒』は体力凄い使うそうだから、ちゃんと帰って栄養と休養を取ってね」
悔しそうに地面を叩く少年に、風華はそう悲観することはないと告げる。キョトンとした顔になる彼を見て、別に想像を言う必要はないだろうと続く言葉を打ち切った。その代わりに彼を心配する言葉を告げて、その場を立ち去ろうと背を向ける。
「あ……!さっきは助けてくれてありがとうございました!」
「う、ウチも!合格してたらまた会おうね!」
二人の感謝の言葉に、背を向けたまま左手を上げて答える。振り返ることなく、風華は己の身を風に変えて会場を去っていった。