「お前らは気付きもしない」
保須市で最も高いビルの屋上。貯水タンクの上から奔走する警察官とヒーローを見つめる人影。
40人以上のヒーローを殺傷した、巷で噂のヒーロー殺し「ステイン」その人である。
「偽善と虚栄で覆われた歪な社会……ヒーローを名乗る者ども……俺が気付かせてやる……」
「探しましたよヒーロー殺し……ステイン」
背後から聞こえた声に向け、瞬時に抜刀した刀を突きつける。確認すると、そこにいたのはスーツを纏った黒い靄。男とも女とも判別できないそれは、落ち着いた語り口で自分がステインの同類であると告げた。
「悪名高いあなたには、是非ともお会いしてみたかった。少々お時間よろしいでしょうか」
〜
『さあこれが最後の戦いだ!名だたるライバル達を押し退けて決勝の舞台に立ったのは……ヒーロー科爆豪勝己と、ヒーロー科鳴神風華!』
『最後なんだ。悔いのないようにしろよ』
「勝己。悪いけど、わたしが勝たせてもらうよ」
「言ってろ。全力のてめェを捩じ伏せて……頂点に立つのは俺だ!」
「そろそろ始まるわよ!2人とも準備はいい!?」
戦闘態勢に構える爆豪を、風華はまじまじと観察していた。強がって去勢を張っているが、指先が震えているし肩で息をしている。ここまでで、かなり限界が近付いてきているのだろう。
それもそのはず。一回戦では麗日の流星群を迎撃するために最大威力を放ち、二回戦では緑谷相手に救護室送りされた。準決勝でも切島の攻撃を何度も食らった上、彼の防御を突破するために身も心も擦り減らした。それでも尚立っていられるのは、
「それでは試合……開始よ!」
「ブッ殺す!」
「やれるものなら……やってみな!」
雄英体育祭、最後の戦いが始まった。
決勝戦 爆豪勝己VS鳴神風華
「これで、一年の頂点が決まるんだね」
「爆豪辛そうだし、鳴神が勝つと思うね」
「いや、それでもアイツの体力はやべえぜ!」
「僕達は、決着を見守るとしましょうか」
一発で決める。そのために爆豪は空高くまで飛び上がった。自身最強の必殺技『
風華が察した通り、爆豪は激戦続きでもう殆ど余裕がない。普通に個性の撃ち合いをすれば、確実に押し負けてしまうだろう。それに『爆破』は風華の風ととても相性が悪い。ここまで使ってきたような規模では、攻撃にすらならないだろうということは既に爆豪にも分かっていた。
だからこそ、風に遮られない大技一撃で決める。
単純明快な力と力のぶつけ合い。小細工を弄する暇も余力もない以上はこれが最適解。工夫もへったくれもないやり方だが、こういうのも爆豪は嫌いではなかった。
風華もまた、その心に応える。左掌の先に空気を集め固めていき、『
実際のところ、風華に爆豪の必殺技を受ける理由はない。彼女は一回戦ではむしろ強化されたし、二回戦もほぼ無傷で勝ち抜き、準決勝は互いの速さもあり速攻で終わった。風華は爆豪と違い、リカバリーガールの世話になるようなことはなかった。大して消耗していないのだ。
だが、追い詰められた奴程怖いものだ。
油断はしない。爆豪の準備が終わるまでに、最大限に風を集める。彼の放つ最大の一撃を、真正面から捩じ伏せる。相手がどれだけ消耗していようとも勝利のためには躊躇わない。
「爆豪が回転を始めた……始まるぞ!」
「かっちゃん……鳴神さん……2人とも負けるな!頑張れ!」
「ケッ……!」
「ふふ……」
『麗日戦で見せた特大火力に、回転の勢いを加えている!まさに人間砲弾だ!』
『対する鳴神は、ここまでも何度かやってきている空気の砲弾か。大量の空気を押し固めて放つ……シンプル故に強力な必殺技』
爆破で自らを回転させ、その力を推進力に急降下する爆豪。緑谷の激励を聞いたからか、その顔にはニヤリとした微笑みが浮かんでいた。
風華も、集められるだけ風を集め切った。迎撃の準備は万全、後は爆豪にぶつけてやるだけ。彼女もまた、不敵に微笑む。
勝つのは……自分だ!
「『
「『
爆豪が突撃するその瞬間に、風華は風を地面へと叩きつけた。圧縮から解き放たれた暴風が空高く駆け上がり、強烈な上昇気流を生み出す。
それにより、急降下していた彼の身体は一転高々と打ち上げられる。爆風は虚空を穿ち、視線は明後日の方向を向く。場外に向かって流される身体を立て直そうとする爆豪だったが、『纒雷』を発動した風華はそれを許さず追撃を仕掛けた。爆豪は咄嗟に防御の体制を取るが、そんな暇は与えない。
「ごっば……!?あ……?」
「衝翠……『
翠緑の稲妻を纏った蹴りが爆豪の鳩尾を貫き、腹の中の物を逆流させる。吐き出すまいと口を閉じて耐える彼に、更に追撃で鳩尾を突き刺す爪先から電気を流し込んだ。
人間スタンガン。電気抵抗を軽く超えるだけの大電力が全身へ流れ込み、爆豪の自由を奪った。
『ひいぃ!あんなの俺食らいたくねー!』
『一歩間違えればそのまま感電死させる……危険な技だな。まあ、それも制御できるからこそやってるんだろうが』
「これで……終わりだ!」
「ん……なわけ……!あるかよおおぉぉぉ!!」
執念の一撃。電撃により全身を麻痺させられて動けないはずだったのに、爆豪はそれを乗り越えて腕を振りかぶった。掌は真っ黒に焦げて煙を吹き出しており、その所作に気迫以上の力はない。それでも風華を逡巡させるには、十分な気迫であった。
ぼすり。振りかぶった腕は風華の掌にすっぽりと収まり、受け止められる。気力と体力を振り絞った最後の一撃が防がれたのを見て、爆豪の意識はそこで途切れた。意識を失い倒れる彼を、しっかりと受け止めて着地する。その一部始終を見届けて、ミッドナイトは審判として最後の宣言をした。
「爆豪君、戦闘不能!鳴神さんの勝ち!」
「ふう……対戦、ありがとうございました」
「かっちゃんに勝っちゃった……!凄い、凄かったよ鳴神さん!」
「風に巻き上げられて飛んできた爆風……凄まじい規模でした。あれだけ消耗していて尚、あの火力を出せたんですね」
『2人ともコングラッチュレーション!これで雄英体育祭は全ての種目が終了!一年生の頂点に立ったのは……A組鳴神風華だあ!』
『おつかれさん』
救護ロボットが意識を失った爆豪を運んでいき、風華もフィールドを後にする。退場していく2人に対して、観客からは惜しみない盛大な拍手が送られていた。
テレビで姉の勇姿を見ていた雷羽も、同様に家中に響くような絶叫をした。隣で一緒に姪っ子の戦う姿を見ていた叔父夫婦が、あまりにも声量の大きい高音に耳を塞ぐ。
「お姉ちゃん……おめでとー!」
決勝戦 WINNER、鳴神風華。
「さて、それじゃあ表彰式の始まりよ!三位の子は2人いるけど、飯田君はお家の事情で早退することになりましたのでご容赦くださいな!そして……メダルを授与するのはこの人!」
「私が!メダルを持ってき「我らがヒーローオールマイト!」
「被った……」
「でも、今年の一年はいいよなあ」
「オールマイトに見てもらえるんだもんな」
タイミングが絶望的なまでに噛み合わず、オールマイトはショックでぷるぷると震えている。せっかくの登場シーンを台無しにしてしまったミッドナイトは平謝りしていた。
オールマイトには同情するが、それよりも緑谷は早退した飯田のことを心配していた。何せ早退した理由が『プロヒーローの兄が敵にやられて重傷を負った』というものだったのだから。
「……大丈夫だといいけど」
「飯田ちゃん、張り切ってたのに残念ね」
しかし、今は心配していても仕方がない。勝ち進めた者達を見届けなければならないのだから。心配に思う気持ちを振り切って、緑谷は表彰台の方へと向き直った。
「まずは三位、切島少年!強いな君は!」
「ありがとうございます!」
「攻防一体の個性はシンプル故に様々な応用戦術が取れる!これからもしっかり鍛えていけば、君は更に強くなれるだろう!』
「……はいっ!」
「そして二位、爆豪少年!」
「……おう」
「伏線回収ならず、残念だったな。だが激戦をあれだけ続けて尚も決勝で出したあの火力、素晴らしかったよ。この悔しさをバネに、更に強くなっていってくれ!」
「……言われなくとも!」
「そして、最後に鳴神少女だ!体育祭優勝、本当におめでとう!」
「ありがとうございます……!」
「『疾風迅雷』……君の個性はとてつもない強力なものだ。しっかりと鍛え上げていけば、以前話してくれたように私のような素晴らしいヒーローになれるだろう!これからも是非、夢に向かって精進していってくれよ!」
「はい!」
表彰台に立つ全員にそれぞれメダルを授与し、オールマイトは観客席の方へ向き直る。憧れの人から直接プレゼントされた金色のメダルを見て、風華は横の爆豪が舌打ちする程にやにやと笑っていた。
「さあ、皆さん!今回表彰台に立ったのは彼らだったが、この場の誰もがここに立つ可能性は有った!ご覧いただいた通り、競い合い高め合い、次代のヒーローは確実にその芽を伸ばしている!これからも是非!彼らのことを応援してください!」
好敵手と書いて、「とも」と呼ぶ。よく漫画などで描かれる歯の浮くような言葉。誰もがそれを実感した日となった。
「こんな感じでそれでは最後に皆さん!ご唱和ください!せーの!」
「プルスウルト「おつかれさまでした!!!」
「えっ……」
「そこはプルスウルトラでしょ!」
「何やってんですかオールマイト!」
ぐだぐだな閉会の挨拶を以って、雄英体育祭は終了となった。オールマイトへの激しいブーイングが響き渡り、平和の象徴は威厳の欠片もなく狼狽えるのだった。
「ふふ……お疲れ様でした!」