「ふうちゃん、職場体験どこ行くか決めました?」
「いや……まだだね。決めかねてるよ」
午前の授業が終わって、昼休み。
食堂の陽当たりのいい窓際にある二人席で、職場体験についての話をしながら、風華と葵は一緒に昼食を食べていた。テーブルの上は持参した弁当箱とおにぎりを包んでいたラップの残骸で、一面全てを埋められている。
ちなみに、ゴミはちゃんと纏めてある。
体育祭を終えて風華には3547件、葵には1026件のドラフト指名がきた。その中から職場体験の行き先を一つ選ぶためには、学校側から渡された資料を元に情報を吟味していく必要がある。流石に四桁ともなれば、面倒な作業であった。
「ふうちゃんはどんなプロから指名がきてました?僕は『リューキュウ』とか、『エンデヴァー』とかからもきてました!」
「プロからの指名……わたしのところには『ヨロイムシャ』とか、『ベストジーニスト』とかから指名がきてたね」
「ビルボードでも上位に来るヒーローに人気を持たれてると思うと、何だか誇らしくなりますね!まぁふうちゃんは、オールマイト以外のヒーローのことなんてどうでもいいと思ってるんでしょうけど」
「……今は違うさ。雄英の先生だってみんなヒーローだし、ヒーローの活動にもいろいろな形があるって分かってるからね」
風華にとってのヒーローとは、オールマイトのことである。どんな時でも、どんな場所でも、どんな者であろうとも、必ず勝って助けるナチュラルボーンヒーロー。それ以外のヒーローは、ただそう名乗っているだけの偽物であった。
しかしその一方で、どんな動機でヒーローを名乗ろうと、しっかり人助けをしているならそれでいいじゃないかと思う心もあった。大事なのは行動することであり、その中で何を思っていようとも人助けをするということには変わりないのだから。
廃墟となった君沢市で、風華は我が身かわいさに幼児も平気で襲うヒーローに何度も遭遇した。
オールマイトの以外のヒーローがあんなのばかりであるとは、流石に思っていないが。それでもまだヒーローへ抱く不信感は拭えていないのだ。信用してやりたいと思う気持ちを、実体験が塗り潰しているのである。
「ちなみに、ふうちゃんは先生方のことはどう思ってるんですか?彼らもヒーローですけど」
「先生達は、ヒーローである前に教師だから。それに……USJでは、身体を張ってわたし達のことを守ってくれたんだ。アレを見たなら、先生が偽物とは言えないよ」
「なら、今回も見ていけばいいんですよ。せっかくの職場体験、知れること知りたいこと、何でも経験しなきゃもったいないですからね。そして、信用できるようにしていけばいいんです」
「……そうだね。葵の言う通りだよ」
〜
「オイラはMt.レディ!」
「邪な動機ね」
「ち、違えし!?」
昼休みと午後の授業も終わって、放課後。
A組の中でも、職場体験の行き先はどうするのかという話題は盛んに語られていた。多くのドラフト指名を受けた爆豪や轟、緑谷などは、風華と同じく資料と睨めっこをしていた。
「デク君もう決めた?」
「まずこのドラフト指名をしてくれた78名ののヒーローらの得意な活動条件を調べて系統別に分けた後事件・事故解決件数をデビューから現在までの期間でピックアップして僕が今必要な要素を最も備えている人を割り出さないといけないなそもそもこんな貴重な経験そうそうそうないし慎重に決めるぞ他にも事件がない時の過ごし方とか色々参考にしないといけないことも多く有るし見るべきところがいっぱいだああ忙しくなるぞうひょー」
「……ええ」
「芸だな、最早」
緑谷が最早お家芸となった早口をしている傍ら、轟も自分をドラフト指名したヒーロー達の事務所情報を見ていた。その視線は一つの事務所に注がれている。
『エンデヴァーヒーロー事務所』
「……」
「え、麗日さんはバトルヒーロー『ガンヘッド』の事務所!?ゴリゴリの武闘派じゃない!」
「うん、指名きてた!」
「てっきり、麗日さんは13号みたいなヒーローを目指してるんだと思ってた」
「最終的にはそうだよ!でもね、体育祭で爆豪君に負けて思ったんだ。強くなれば、それだけ可能性が広がる!やりたい方だけ向いてても見聞狭まるってね!……てか、さっきからずっと震えてるね?」
なるほど、と納得する緑谷。麗日はそんな彼がさっきからずっと、小刻みに震えているのが気になっていた。意を決して聞いてみると、緑谷は何でもないことのように普通に答えた。
緑谷は授業のはじめからずっと、空気椅子状態でいたらしい。身動きが取れない状態でもできるお手軽なトレーニングということで、体育祭以降取り入れているのだという。わいわいと盛り上がる2人をよそに、爆豪が「チッ!」と舌打ちをした。
「風華ちゃんはどこ行くか決めたの?」
「いや……
「レッドゾーン……USJの時のアレか」
「あのめっちゃおっかないやつ?」
ヒーロー名に赫の要素を加えた以上、その色の象徴である赫災領域を制御できないままにしておく訳にはいかない。だから制御のためのヒントが貰えたり、訓練ができるような場所が望ましいのだが。そういった都合のいい事務所は、なかなか見つからなかった。
必要なのは知識や経験、実力よりもメンタルコントロール。発動の鍵となる怒りの感情を制御する術こそが、今の自分に最も必要なものなのだと風華は考えていた。
だが、精神修行ができるようなヒーロー事務所なんてそうそう有る訳がない。風華の事務所選びは難航を極めていた。
「……ねえ、出久。君はどういう基準で職場体験の行き先を選んでるの?」
「えっ……あっ、僕!?僕は……自分にとって最も必要な技術や心構えなんかを備えてる所を選ぼうと思ってるよ。多分、鳴神さんも他のみんなも、だいたい同じなんじゃないかな」
「……なるほど。出久は、わたしが選ぶなら何処へ行くべきだと思う?」
緑谷の場合、個性によって強化される身体能力をより活かすための経験を積める所を選ぶつもりであるという。個性が出たのが中三からの緑谷は、身体遣いや戦闘技術などが他のクラスメイトと比べても拙い。その拙いところを埋められるようなヒーローの事務所を探しているとのことだった。
その話を聞いて、そういえば緑谷は重度のヒーローオタクであったことを思い出す。彼ならば風華が行くべき事務所に関して、何かしらのヒントを出すことができるかもしれない。少し期待して、風華は緑谷に問いかけてみた。
「うーん、難しい質問だね。僕は鳴神さんを指名したヒーローどんな人達か知らないし、鳴神さんがどんな需要を抱えているかも分からないからね。どんな所が良いかとか、抽象的でいいから聞かせてくれない?」
「……精神修行ができる所がいいな」
「……なるほど。それならベストジーニストヒーロー事務所はどうだろう。彼の所は非行少年の更生事業なんかも行ってるからね。非行に走る子どもっていうのは、心に何かしらの問題を抱えていることが多いから。きっと精神面に関する何かしらのトレーニング方法とか、メンタルケアの心得とかが有ると思うんだ」
「……ヒーロー事務所って、そういうこともやってるんだ。知らなかったや」
ヒーローの仕事は、敵を退治して人々を救ってそれでおしまいというわけではない。
元来奉仕活動であるヒーロー業務は、例えば麗日が行くガンヘッドヒーロー事務所が、護身術教室を開いているように。蛙吹が行くセルキーヒーロー事務所が、夏場ビーチでライフセーバーをやっているように。オススメされたベストジーニストヒーロー事務所が、非行少年の更生事業や、それらに関する相談業務をやっているように。様々な副業が一緒についてくるのである。
人助けの形は、一つではないのだから。
「時間は少ないけど、焦ってても良い選択はできないと思うから……自分に必要なものは何か、ゆっくり考えてみればいいと思うよ」
「……そう、だね。ありがとう、出久」
何も決められないまま、ずっと居残っていても仕方がない。風華は資料を纏めて鞄に詰め込み、足早に教室を出た。
……わたしの目指すヒーロー像に必要なもの、しっかりと見つめよう。
「職場体験か」
「ええ、早い奴はもう希望出してますよ」
「ちゃんと考えて決めさせろよ。三年生なんか今になって後悔してる奴もいるからな」
「そうですね……」
相澤は既に候補を決めている生徒達の希望届けを確認していた。その中で、飯田の選んだ行き先がふと目に入る。
ノーマルヒーロー『マニュアル』のヒーロー事務所。彼をスカウトしていた事務所の内の一つであるため、選ぶこと自体に不思議はない。しかし、飯田はもっと実績のある事務所からも指名が来ていたはずであった。
マニュアルヒーロー事務所は、保須市に本拠地を構えている。飯田の兄、インゲニウムが敵にやられた地。そこにあるヒーロー事務所を選んだということは、つまり……
……杞憂だといいがな。
詮索はできない。生徒が自分の意思で決めたことに無理に反対する訳にもいかない。相澤にできることといえば、何も問題が起こらないよう心配するくらいであった。
〜
職場体験、当日。
「コスチュームは持ったな?本来なら公共の場じゃ着用厳禁の身だ、落としたりするなよ」
「はーい!」
「伸ばすな。はい、だ。くれぐれにも先方に失礼のないように!じゃあ行ってこい」
「……」
無言のまま立ち去ろうとする飯田に、緑谷が心配して声をかける。
体育祭後に聞いた、インゲニウムの事件。逃走中のその犯人は、過去に17人ものヒーローを殺害し23人を再起不能に陥れた。
付いた仇名が『ヒーロー殺し ステイン』。神出鬼没の大悪党である。
「苦しい時は言ってくれよ。友達だろ?」
「……ああ」
「……天哉。わたしからも、一つ。職場体験と言っても、現場に出る以上はわたし達もヒーローだってことを忘れないでくれよ」
「……分かって、いるさ」
足早に小さくなっていく彼の背中。もっと強くあの背中に声をかけるべきだったと、緑谷は後悔することになる。
〜
「何でてめェが一緒なんだよ」
「知らないよ。そっちがわたしと同じ事務所を選んだんじゃないか」
駅でみんなと別れて、風華は爆豪と一緒に職場体験先のヒーロー事務所の玄関に立っていた。移動中ずっと不機嫌だったが、今はそれに輪をかけて不機嫌になっている。正直とても鬱陶しかった。
ぎゃあぎゃあ吠える彼を無視して、風華はインターホンを押した。聞き慣れたリズムから少しの間を置いて、スピーカーから声が聞こえてくる。
「はい、こちらベストジーニストヒーロー事務所です」
「雄英高校から来ました、ヒーロー科一年A組の鳴神風華と申します。本日から一週間、こちらで職場体験をさせていただくことになっています。よろしくお願いします」
一週間。長いようでとても短い、プロの現場を経験できる時間が始まった。