「君の話によると、
精神修行用の道場のような一室で、風華はベストジーニストから説明を受けていた。説明といっても風華が伝えたことの復唱のようなものであるが。
これからするのは、
外では爆豪がトレーニングでガンガン爆破音を鳴らしているが、完全防音が成されているお陰で気にならない。座禅に集中するにはもってこいの環境となっていた。
「暴走の兆候は、身体に赫い閃光が迸り始めるというものだったな。そうなりそうだったら、その時は私が止める。安心して記憶を探ってくれ」
「はい。……それじゃあ、お願いします」
まずは床に座る。表面を滑らかに磨かれた木製の床が、靴下を脱いだことで地肌を露出した脚部に触れて冷んやりとした感触を伝えた。右足背が左の腿に、左足背が右の腿に付くように足を組み、腹の前で両手を合わせる。座禅におけるオーソドックスな体制を組み終えた風華は、記憶の底深くは潜るべくゆっくりと目を閉じた。
「雑念が見えたらこの棒で肩を叩く。辿り着くべき記憶が今から遠ければ遠い程、記憶に潜るべき時間は増えていくからな。くれぐれも、焦らずゆっくりと探したまえ」
……もう聴こえていないか。
大した集中力だ。座禅を組んですぐに意識を深く閉じた風華に対して、ベストジーニストはそんな感想を抱いた。「これは棒は要らなかったかもな」とは思いつつも、彼女の背後でしっかりと様子を観察し続ける。
聞いた話が本当なら、万が一風華が暴走した時は周囲に甚大な被害をもたらすだろう。それは彼女の人生をも巻き添えにする程に。日本No.4のプロヒーローとして、子どもの矯正や更生を行う専門家として、そんな未来をもたらす訳にはいかない。実物を見たことのない未知の脅威に対して、ベストジーニストはデニムのベルトを引き締めて気合を入れるのだった。
「っしゃあ!次、こいやァ!」
「さっきからずっとこれだ……はあ、どんだけ体力有り余ってんのさ」
「私達、もう終業時間近いんだけどねえ」
「るっせえわ!プロヒーローが後輩の育成する手間惜しんでんじゃねえ!」
風華が過去の記憶に潜り始めた頃。爆豪はといえばベストジーニストのサイドキック達を相手にひたすら模擬戦を繰り返していた。それはもう、入試の時のようにタフネスを発揮して。
他にもいろいろ仕事あるんだけどなあ……そんなサイドキック達の嘆きは、爆豪によって黙殺されるのであった。
〜
わたしの記憶……オリジン……
意識を深く集中させ、15年の半生を振り返っていく。少しずつ遡っていくように、人生の記憶を掘り返していくのだ。
──平和の象徴、オールマイトに息絶えていただきたいと思っておりまして。
──今回はゲームオーバーだ。帰ろっか。
USJを襲撃した敵連合。あまり時間が経っていないため、記憶にもまだ新しい。平和の象徴……市民の心の拠り所をゲーム感覚で殺しにきたチンピラの集団。かつての事件の生き残りや、人間の尊厳をとことん踏み躙った兵器までもが存在した。
改人『脳無』。生きた人間を素体として作られた最悪の兵器。どこまでも命というものを踏み躙ったその在り方が、
この記憶は違う。
この時点で、風華は
更に深く、潜らなければ。
──何だよアレ……!入試なんかで出していいようなヤツじゃねえだろ!?
──に、逃げなきゃ……あんなの絶対勝てる訳がないって……!
高校入試。実技試験の終盤で妨害用の0ポイントがその姿を表した時、多くの受験生が尻尾を巻いて逃げ出していった。逃げ遅れた者や、何らかのアクシデントで逃げられなくなった者を見捨てて。
非道い奴らだ。これでも本当に、ヒーローを目指して受験したのかと思った。ヒーローの本分は敵を倒すことでも、報道で映えるような華やかな活躍をすることでもない。困っている人を、自分の持てる力で救い出すことなのだ。
逃げ遅れた者を助けようともせず、我先にと逃げ出していくコイツらに、ヒーローの仕事が務まるものかと怒り……というよりも憤りを覚えた。
この記憶も違う。
逃げ出す受験生達に対しては、怒りというよりも憤りの方が強かったし、我が身の犠牲を顧みずに0ポイントに挑み、そして粉砕してみせた緑谷に対して尊敬の念を抱いていた。これもまた、原点となる記憶ではない。
まだだ。更に深く、潜らなければ。
「……いたっ」
「まだオリジンは掴めていないようだな。だがもう遅い時間だ。保護者の方も心配するだろう、今日はもう帰りなさい」
「……はい。また明日、よろしくお願いします」
肩を強く叩かれ、風華は記憶の流れから無理矢理引き戻された。時計を見ると、針は21時を指している。本来の終業時間は19時で座禅を始めたのは17時であるため、実に四時間も記憶の海を彷徨っていたようだ。
ふと腕を見ると、大量にかいた汗でコスチュームのシャツが腕にくっついてしまっていた。喉もカラカラに乾いていて、口の中が水分を採れと盛りに主張している。ただ座って過去のことを思い返していただけなのに、どっと疲れが溜まっていた。
〜
「一日、やってみてどうだった?」
「大したことねェな。こんなんがNo.4の仕事ってんなら拍子抜けだぜ」
「ま、今日体験した分だけじゃあ絶対にないと思うけどね」
事務所を後にして、駅までの道のりを一緒に歩く風華と爆豪。別に一緒に帰らなければならない決まりはないのだが、行き先は同じということで自然に一緒になっていた。
一緒に帰るのなら、何か話題がないとつまらないだろうと職場体験のことを話題に出す。爆豪の返事はとてもぶっきらぼうなものではあるが、無視したりもせず返事はしてくれていた。
今日行ったことといえば。ベストジーニストとサイドキック達への挨拶にはじまって、町のパトロールと帰還後のトレーニング。この事務所ならではの業務というのを体験することは、残念ながらできなかった。
まあ、ベストジーニストも不良・非行少年の更生というデリケートな業務に、学生を携えることはしないだろうから仕方ないが。それでも残念なものは残念であったが。
「俺らはあくまで『お客様』だからな。危険なことやプロでも難しいことはさせられねえんだろ。プロをトレーニングの相手にできるところぐらいしか今のところ良いところねえぞ」
「慣れてきたら、パトロール中に敵が出た時とかにわたし達に出番をくれるかもしれないけど。確かに今のところ、勝己はプロらしいことさせてもらえてないよね」
「るっせえわ、てめェがベストジーニストの関心を独占してるからだろうが。俺はあの野郎にダメ出ししかされてねえんだぞ」
「そこは勝己の態度の問題だったじゃないか」
パトロール中、ヒーローは市民に声をかけられることがままある。その時はちゃんと町の安全を守りますとアピールをして安心してもらう。いわゆるファンサービスをするのだが。
しかし、爆豪は声をかけてきた市民を怒鳴りつけて追い返してきた。そのせいで何度もベストジーニストに叱られていたのである。もともと爆豪を指名した理由が『その凶暴な性格を矯正する』であっただけあり、かなり厳しく叱られていた。
『敵を倒すだけがヒーローではない。市民と交流してヒーローが健在であることを示し、安心感を与えることもまた大事なことなのだ。君のように誰彼構わず怒鳴っていては市民は萎縮し、こんなヒーローには助けられたくないと感じるようになるだろう。なんなら君が助けに来ても、それを拒否するようになるかもしれないな。人を助けられないヒーローはどんなに強かろうと価値はないぞ』
お前にヒーローとしての価値はない。そう断言されてぐぬぬと歯を食いしばっていた爆豪の姿が思い返される。以降は声をかけられても怒鳴らなくなったので、ある程度は効いたようだ。
風華としても、体育祭で準優勝した彼がこんなくだらない理由でヒーロー失格とされるのは嫌だったので、態度を直してくれて安心していた。怒鳴らなくなっただけで、直ったとは言い難いが。
「……」
「……」
話題がなくなる。初日ということもあってそう多くを語れるようなことはしなかったため、気まずい無言の空気が流れていた。この空気だけは風華にも操ることはできない。駅まではまだまだ遠く、この空気が続くのは避けたい。
何か、話題を作れるものはないか。そう思って鞄の中を探っていると、風華がいつも食べているキャンディが出てきた。たくさん入っていた内の一つを差し出し、爆豪に分け与える。
「……食べる?」
「チッ」
爆豪はキャンディを受け取ると、乱暴に包み紙を剥がして口に咥えた。舐めて味を確認し、「ん?」と怪訝な顔をして首を傾げる。彼の髪と同じ金色のキャンディから滲み出たよく分からない味に、いったい何を食わせたのかと詰め寄る。
「おいてめェ、これ何味なんだよ」
「金箔味だね。何袋かに一つしかないレア物だよ。ラッキーだったね」
「良くねえわ!百味ビーンズのハズレだってもっとマシな味してんだぞ!?」
味に文句をつける爆豪を受け流して、風華も自分の分のキャンディを口に咥える。スカーレットな色をしたそれからは、トマトの味が広がっていった。
「……クソ。おい鳴神、あの
「……勝己が応援?珍しいじゃない」
大ハズレを噛み砕いて飲み込み、その味の酷さに悪態を吐く。口直しに水を飲んでから、爆豪は風華のしているトレーニングに対して激励をした。珍しいこともあるものだと風華が言うと、彼は素直になれない子どものように激昂して続きを叫んだ。
「応援じゃねえわ!てめェの全力があの赫い姿ってんなら、俺はそれさえも超えていかなきゃいけねえんだよ!いつまでも暴走するから使えませんじゃこっちが困るってんだ!一番への踏み台は、何よりも高くなくちゃいけねえだろ!?」
「ふふ……確かにそうだね。職場体験が終わるまで後6日あるし、それまでに何とか制御できるようににしてみせるよ」
「そうしろ。でなきゃ俺が超えるべき壁として張り合いがねえからな」
「偉そうに」
キャンディから始まった話題のおかげで、何とか駅に着くまで黙らずにいることができた。また明日と挨拶をして、二人はそれぞれの買った席へと向かうのだった。
〜
「なるほどなァ……お前達が雄英を襲撃したという奴らだったか……そして、その一団に俺を加えようというのか」
「ああ。頼むよ大先輩」
「……目的を聞こう」
「取り敢えずは、オールマイトを殺したいな」
敵連合の本拠地。人の来ることがないとあるビルの一室で、死柄木弔とステインは出会った。
自分を仲間にしようとする死柄木に、ステインはどんな理由があって自分の力が欲しいのかと問いかける。死柄木は一枚の写真を取り出してステインの前に差し出し、「オールマイトだけでなく、こういうクソガキとかもさ……全部ぶっ殺してやりたいんだよ」と答えた。写真には体育祭の時の表彰される風華が映っている。
「興味を持った俺が浅はかだった……お前は、俺が最も嫌悪する人種だ」
「は?」
「子どもの癇癪に付き合えと?ハァ……信念なき殺意に何の意味がある?」
死柄木の答えを一蹴し、両腰に備え付けたナイフを抜くステイン。それを見た黒霧がモニターの向こうにいる「先生」に助けを求めるが、先生は取り合わなかった。
「せ、先生……止めなくていいのですか!?」
『これでいい!答えを教えるだけでは意味がない。至らぬ点を自分で考えさせる!教育とは、そういうものなのだよ』
ステインとの出会いが、死柄木弔に更なる成長を齎すと信じて。