「まさか、これ程の力とはな……何としてでも制御したいと思う訳だ」
「それでこそ、超える甲斐があるってもんだァ!」
保須のヒーロー殺し戦とほぼ並行して、隣県のある雑木林ではベストジーニストヒーロー事務所の総力を上げた戦いが起こっていた。赫災領域に入った風華が、雑木林を越えて街まで被害を及ぼさないようにするための戦いが。
始まりと同時に、警戒していた前衛の3人が赫い雷の直撃を浴びて戦闘不能となった。それを受けたベストジーニストが自身の個性で風華を拘束し、後衛のサイドキック達が拘束用セメントガンの一斉掃射を仕掛ける。命中した灰色の弾丸は瞬時に固まって風華の全身を覆うように拘束したが、土を抉りながら吹き上がる赫い風によって全て剥がされてしまった。
拘束を脱した風華は、ベストジーニストの個性によって身体を縛る枷に成り下がった服を『雷上動』で脱ぎ捨て、素肌を露わにしながらセメントガンの射程外まで飛び上がる。冷たい翠緑の瞳──怒りを孕んだその眼で敵を見下ろす風華。もともとそこまで表情の豊かな人間ではないが、今は普段にも増して鉄仮面となっていた。
怒りを根源とする力だけあって、赫く染まった空気からは風華の強い怒りがこれでもかという程肌に伝わってくる。身も心も引き締めて、常に最善を尽くせるよう教えているサイドキック達が、いちいち竦んで動きを鈍くしてしまう程に。
ベストジーニストは、風華がどんな半生を送って来たのかを知らない。知らないからこそ、16にも満たない少女がこれ程の怒りを抱えるような人生とはいったい、どのようなものだったのかと考えてしまう。サイドキック達も同様。そんな思考をしてしまうことで、更に連携が拙くなってしまうことには意識がいかなくなっていた。
「どいつもこいつも……考えすぎなんだよなあ!」
「っ……!待て爆豪!勝手に飛び出すな!」
「足が竦んで動き辛いんだろ!?だったら俺が時間稼いでやるから、その震えさっさと止めやがれ!プロヒーローの名が泣いてんぞ!」
「ふっ……好き勝手言ってくれる!」
尻込みするヒーロー達に喝を入れながら、爆豪が飛びかかっていった。赫い風が爆豪を撃ち落とさんと吹き荒れるが、彼は風対策として十分な量の汗を籠手の中に溜め、推進力として使っていた。掌から逐一出していたのでは、いつか必ず間に合わなくなる。だからこそ、準備は万全にしておいたのだ。
爆豪が飛び出して行ったのを見て、ベストジーニストは慌てて風華が身に付けている下着の繊維を手繰り寄せ、きつく締め上げる。細い繊維が皮膚を越えて肉にまで食い込んでいき、血管をブチブチと切り裂いて赤い染みを作った。
No.4ヒーローベストジーニスト、個性『ファイバーマスター』。様々な繊維を操ることができるという、必ず服を着なければならない人の社会においては、絶大な力を誇る個性である。
とはいえ。彼にできるのはあくまで、締め上げて何とか動きを鈍くする程度のもの。火力役として頼りにしていたサイドキック達は初っ端から戦闘不能となり、拘束用セメントガンも簡単に脱出されてしまった。プロとしての建前上勝手に飛び出すなとは言ったものの、今は爆豪の火力も頼りにしなければならない状況であった。
「セメントガン、私の分をくれ!爆豪!この際仕方がない、フーライの足止めは任せるぞ!」
「分かってらァ!もともと、そのために俺はここにいるんだよ!」
どんなにダメージを与えようと、『風雷回帰』が風華を元の状態に戻してしまう。しかし、それはそれで構わない。どんなに身体に付いた傷を元通りに治すことができても、その時に失った体力は戻ってこないはずなのだ。
あの肉体に変換される赫い風と雷が、体力も回復できるというのなら話は別であるが。
悲観的な想像はやめて、攻撃を続ける。いつか必ず動きは止まる。その時きっと、こちらの声が届くと信じて。
「爆豪、君は確か以前にもあの状態のフーライを見たことがあるそうだな!些細なことでもいい、何か弱点と呼べるようなものは知らないか!?」
「一人の相手に集中してると、他の奴が目に入らなくなる!俺がヘイトを稼いでおけば、いい時間稼ぎになるだろうよ!」
「……号赫、『
「っ……!?全員、避けろおおっ!」
意識を自分に向けるため、爆豪が再び飛び出していこうとしてそれを見た風華は、左手に持った高周波ブレードを掲げた。柄から鋒へと赫い電流が流れていき、激しくスパークする。莫大なエネルギーを抱えたそれを、地上に固まるヒーロー達に向けて振り下ろした。
号赫『
「『
「させるかっ……てんだ、よォ!」
「チイッ……邪魔だ!」
「んな電撃が効くかよ!こちとら絶縁装備だ!」
溜めの短くなった『
近付く爆豪を撃ち落とさんと電撃を放つが、それを籠手で防ぐ。爆豪の籠手は、貯蔵した汗が誘爆しないように様々な衝撃に強くなるように造られている。もちろん、電撃への耐性も持っている。いくら電力が増大しようが、爆豪にダメージを与えるには至らないのだ。
電撃は通らない。そう判断してブレードを振ろうとした左手を掴み、右掌を抑えて個性の起点を塞いだ。暫しの膠着状態を作り出した爆豪は、いつものカッカするような語りを自制して風華に話しかけた。
「なあ、鳴神。お前が何に怒ってるのかなんてどうでもいいけどよ……それで八つ当たりをするのは違うんじゃねえか?」
「……何が言いたい」
「何に怒ってるのか思い出して、
「……!?」
ここで初めて、明確な反応が見えた。ベストジーニスト一行を殺すためだけに動いていた意識が、爆豪の言葉に向かう。今が好機とばかりに、彼は言葉を捲し立てていった。
「関心が向いた……いいぞ爆豪!そのまま話しかけ続けるんだ!」
「めっちゃ近いですけど……大丈夫ですかね!?」
「うるせえぞ外野ァ!黙ってろ!……続きだ。お前が巻き込まれた事件……『君沢の悲劇』だったか。調べればすぐに情報が出てきたぜ、随分と派手に敵をぶっ殺してたそうじゃねえか」
「……」
「
雄英体育祭で。風華が轟に呼ばれて、2人きりで話をしていた時。爆豪はたまたまその会話を聞いてしまっていた。
その時に、風華がかつての大事件に巻き込まれた被害者であることを知る。『君沢の悲劇』……あの事件のことは、オールマイトが解決した事件の一つとして覚えていた。町一つが滅ぼされた、オールマイトの台頭以降最大の事件。あんな事件を解決できたらカッコいいだろうななどと、子ども心に思っていたものだ。
調べれば詳細はすぐに出てきた。敵グループの人数や個性、武装、犯行動機。犠牲者や怪我人、行方不明者の数。事件を受けて解決に当たったヒーロー達のインタビュー。虚実入り混じった様々な情報を、調べる中で手に入れることができた。
中でも爆豪の気を引いたのは、君沢市跡地で見つかった敵やヒーローの遺体に赫いスパークが迸ったというもの。そして、赤ん坊を抱えて5歳の少女がオールマイトによって救出されたというもの。それがどちらも風華のものだということは、簡単に察せられた。
いろいろなものを見てきたのだろう。いろいろと思うところがあったのだろう。そうでなければ、当時5歳の少女がこんな大きな力を身につけるなんてことなどなかったはずだからだ。
オールマイトに救われてから、
「生存者の証言で……君沢のヒーローは市民を助けようとせず、むしろ敵のような振る舞いをしてたってあったな。お前が怒ってるのは、そういう身勝手な奴らなんだろ?」
「そう……!あんな屑がのさばれる社会は、絶対に許しておけない……!」
「じゃあよ……『何で』お前は、そいつらに対して怒りを覚えたんだ?」
「え……?」
何に怒っているかは分かる。じゃあ、何故そいつらに対して怒りを覚えたのか?風華は答えることができなかった。そんなところまで、思い出していなかったからだ。原因を探り出したところで止まって、その理由にまで意識が入っていなかった。
「何でっ……て……!わた、し、は……?」
「原因まで思い当たったんだろ!?こうしてまた
「う……うるさい!黙れ……黙れぇ!」
「誰が黙るかァ……!俺は離しゃしねえぞ!」
「全員、セメントガン発射!」
「シュア!ベストジーニスト!」
狼狽えるままに、風華は赫風を吹かせる。刃のように鋭い風が、爆豪の身体を斬り裂いていく。コスチュームを越えて皮膚と肉が断たれるが、それでも爆豪は風華を掴む手を離さない。むしろ傷が増えるたびに、その力は増していっていた。
それを見たベストジーニストが、サイドキック達に命令してセメントガンの一斉掃射を行う。灰色の弾丸は風華の全身に命中し、その重みで宙に浮かぶ彼女を墜落させた。爆豪に気を取られていた風華には、反応することさえできていなかった。
「何度だって言ってやらあ……!鳴神ィ!てめェの本当のオリジン……思い出してみやがれェェ!」
「わ、たし、は……!」
記憶に靄がかかっている。誰かの姿が浮かんでいるはずなのに、それが誰なのかが分からない。
怒り?何故?何故わたしは怒っているの?
「セメントを絶やすな!常に拘束し続けるんだ!」
「ダメです……こっち側、弾丸が弾かれてます!」
「ならばここまで回ってこい!弾丸を弾かれない所まで移動しろ!」
「う……うう、ああぁ……!」
「まだダメかよ……いい加減、思い出しやがれ!」
「頭突き!?」
「なんて乱暴な……!」
頭突き。個性も戦術もクソもない、とても乱暴な一撃だったが……それが、風華の頭にかかった靄を払った。
──ほぎゃ、ほぎゃ……!
──大丈夫だよ、雷羽……泣かないで。あなたのことは、お姉ちゃんが守るからね。
──ふえ……
そうだ。風華は守りたかったのだ。
家族が全員死んで、ようやく首が据わったばかりの幼い妹と二人きりとなったあの時。爆音に怯えて泣き出した雷羽をあやすために、四苦八苦したのを思い出した。赤ん坊の小さな眼で見つめられたあの時、絶対に守り切ってみせると誓ったのだ。
だから、力が欲しかった。幼い自分でも妹を守り切れるだけの力が必要だった。悪意と死が蔓延する街の中で、それぞれの欲望を以ってあの子を奪おうとする輩への強い怒りが。風華のその想いに応えて風雷を赫く染め上げた。
怒りを以って、数多の悪意から妹を守る。それが
「ああ……そうだ。思い出した。雷羽を……あの子を守るために、この力は生まれたんだ」
「ケッ……やっと、正気に戻りやがったか……遅えんだよ、クソ女。力を制御した気分はどうだ」
「……最悪だね。今でも気を抜けば、怒りに呑まれそうだよ」
「へっ、気を付けろ」
「どうやら……成功したようだな。構えよし」
「ふう……マジで殺されるかと思いましたよ」
風華の身体を覆うセメントを、爆豪が破壊して自由にさせる。立ち上がった風華は、
空気の赫みは消えてなくなり、夜空は正常な色を取り戻した。雲一つない黒い夜空は、数多くの星が輝いて美しい光を放っている。優しい光はまるで、大きな戦いを終えた風華らを労っているかのよう。ゆっくりと空を見上げ、一身にその光を浴びた。
「あー、フーライ。夜空が綺麗だから鑑賞したいのは分かるが……君はまずこれを羽織りたまえ」
「あ……服……!」
ベストジーニストからタオルケットを手渡される風華。戦闘中、彼の個性から逃れるためにコスチュームを脱ぎ捨てていたのだ。下着まで全部繊維からバラバラにされているため、着ていた服は全て使い物にならなくなってしまっている。
即ち……今の風華は、全裸なのである。
「……!」
「男性陣、あまり見てやるなよ。事務所に戻ろう」