「一週間ありがとうございました。……ほら、勝己もちゃんとお礼言って」
「……チッ、ありがとうございました」
最終日を終えて、風華と爆豪は事務所の前でヒーロー達に別れの挨拶をしていた。「一週間お疲れ様でした」や「将来が楽しみだ」などと労いの言葉がサイドキック達からかけられる。それを聞いていたベストジーニストも、力強く頷いていた。
「次に来る機会があるとしたら……いや、それはその時になったら聞かされるか。一週間、よく我々について来ることができたな。お疲れ様。最後に、お前達には一言ずつ残しておこう」
「何でしょう」
「早よ言え」
「よし、爆豪!お前は敵を積極的に倒そうとする姿勢や今の時点での実力、知識共に申し分ない水準に達している!しかし市民に対する態度が悪過ぎる!我々プロヒーローは公務員であり、その活動は市民の皆様の血税にやって賄われているということをゆめゆめ忘れるな!ファンサービスをしろという訳ではない、真摯に声を受け止めろということだ!分かったか!」
「……ああ!」
「そしてフーライ……いや、鳴神!お前は
「……はい!」
ベストジーニストからの激励の言葉。一息で捲し立てられたその言葉を2人は真摯に受け止め、力強く返事をした。
「お前達が卒業し、プロヒーローとして大成するその時を楽しみにしているぞ!以上だ!」
「ベストジーニスト、ありがとうございました!」
「……ありがとう、ございました!」
事務所を後にして、駅へと向かう。そんな2人の後ろ姿を、ベストジーニスト達ヒーローは見えなくなるまで送り出していた。
「終わった、ねえ……」
「……個性研究所って、俺にも使えんのか」
「わたしが一緒なら使えるけど……まだまだ動き足りないって感じかな?」
「ッたりめーだろが。習ったこと学んだこと、反芻して自分のものにしなくちゃなんねえ。てめェの所ならソレができんだろ」
流石の上昇志向だな、と感心する。
感心はしつつも街中でイキり立つなと嗜め、爆豪の口にキャンディを一本突っ込んだ。ブラウン色のそれから放たれるとてもキャンディが出していいとは思えない味に、爆豪は深く咳込む。
「何しやがんだこの野郎!ってか、てめェの渡してくる飴玉全部クソ不味ィんだよ!今度は何味食わせやがったんだ、言え!」
「これは納豆味だね。わたしは結構好きだな。まぁ街中でうるさくする奴には丁度いいでしょ」
「んだとてめェ!」
「そのうるさいのは、研究所で解放しなよ。欲しいなら相手だってしてあげるからさ」
上等だァ……!潰してやらァ!とおよそヒーローがしていい表情ではない顔になる爆豪。ワナワナと身体を震わす彼を置いて、風華はそそくさと駅まで早足で歩いて行った。
その後。
個性研究所に殴り込んだ爆豪は、風華と葵のコンビと2対1で戦いコテンパンにのされたことを追記しておく。流石に
「クソァ……いつか必ず潰すッ……!」
「正直、済まなかったって思ってるよ」
「ま、頑張ってくださいな」
〜
「みんな、職場体験どうだった?」
「あんまり踏み込んだことはしなかったなー」
翌日。
職場体験が終わって初めての登校となれば、当然話題は職場体験のことである。
基本的にできたことといえば、事件発生時の避難誘導やプロの後方支援くらいで直接敵と戦闘するということはなかったというのが大半であった。
しかし、中には派手に活動できた者もいた。蛙吹が行った『セルキーヒーロー事務所』では、隣国からの密航者を捕えるという出来事があり、しっかりと当事者として関わったそうだ。
「凄い活躍してるじゃん!」
「それ程でも。お茶子ちゃんはどうだった?」
「とても……有意義な時間だったよ……!」
持て囃されて気恥ずかしくなったのか、麗日の方に話題の転換を試みた蛙吹。話題を振られた麗日の様子からは、闘気のようなものが滲み出ていた。
バトルヒーロー『ガンヘッド』の元で身につけた格闘術の一部を披露してみせる。腰をしっかりと入れた正拳突きは空気を切り裂き、音を置き去りにして真っ直ぐに線を描いた。
「バトルヒーローのとこ行ったんだっけ」
「目覚めたのね……お茶子ちゃん」
「オーラヤバいわ」
「たった一週間で変化やべえな……」
「変化?違うぜ上鳴。女ってのはなあ……元から悪魔のような本性を隠してるモンなのさ!」
「Mt.レディの所で何を見たんだお前は……あと爪噛むの止めろ。汚ねえぞ」
いったい、何が彼をそこまで追い詰めたのかはどうでもいいこととして。上鳴は爪を齧るのを無理矢理手を離して止めさせると、話題を最もキャッチーな3人……ヒーロー殺しの事件に関わった飯田、緑谷、轟の3人に変換した。
「そうそう、ヒーロー殺しだよ!」
「……心配したんですわよ」
「命があって何よりだぜ、まったくよ」
「エンデヴァーが助けてくれたんだってな!流石はNo.2ヒーローだぜ!」
ヒーロー殺しとの交戦によって、緑谷は右腕に大きな数を負い、飯田も右足をやられていた。幸い神経に傷は付いておらず、病院に出張に来てくれたリカバリーガールの治療によって回復はしたが……一歩間違えていれば確実に死んでいた。クラスのみんなが心配するのも当然である。
最も、ヒーロー殺しに2人を殺す気はなかったのであるが。本物のヒーローの資質を持つ者を殺さないポリシーに、あからさまに『生かされた』のだ。
それが分かっているからこそ、「うん……」と言うだけに留めていた。
「俺、ニュース見たんだけどさ。ヒーロー殺しって敵連合とも繋がってたんだろ?もし、あんな恐ろしい奴がUSJに来てたらと思うとゾッとするよ。立甲さんもよく最後捕まえられたよね」
「でもよ……確かに怖えけどさ。尾白、動画見た?アレ見ると一本気っていうか、執念っていうか……カッコいいって思っちゃわねえ?」
「か、上鳴君……!」
「あっ……悪りぃ!」
無神経ともとれる上鳴の軽率な発言を、緑谷が嗜める。彼もすぐに自分の失言に気付いてすぐに謝罪を口にしたが、飯田はそんな上鳴を咎めようとはせずに「気持ちは分かる」と流した。
「確かに……奴は信念の男だった。アレがカッコいいとか、クールだと思う人が出るのも分かるよ。だが!奴は信念の果てに粛清という間違った道を選んだ!どんな高潔な考えがあったとしても……そこだけは間違いなんだ。だからこそ、俺は奴が粛清を選ばずとも済むようなヒーローを改めて目指そう!」
「飯田君……!そうだよね、頑張らないとね!」
「いいぞ委員長!」
「さぁ、そろそろ授業が始まるぞ!みんなそろそろ席に着くんだ!」
「うるさい……」
「なんか……すんませんっした……」
「……出久、ちょっといい?」
「あ、鳴神さん。どうしたの?」
飯田が着席を促すのは一旦無視して、風華は緑谷に話しかけた。事の当事者となった葵から、風華はあらましを幾らか聞いていた。その時に緑谷と飯田には、何らかの処分が下るのではないかという話が出ていたのだが。ヒーロー殺し逮捕の功績が全てエンデヴァーに被せられている件も合わせて、より詳しい事情を知っているであろう当事者本人から話を聞いておきたかったのだ。
「……知ってるんだね。秘密にしなきゃいけないからあまり大きな声じゃ言えないけどさ。取り敢えずこっちは大丈夫だったよ」
「……そう。なら、良かったよ」
「そっちこそ、
「わたしの方も……大丈夫。もっと精進していかなくちゃならないけどね」
周りに知られないように、緑谷は多くは語らなかった。しかし察することはできる。エンデヴァーに功績を全て被せて自分達はあくまで『たまたまヒーロー殺しと相対した』とすることで、保護監督なしで個性を人に使った事実を抹消したのだろう。
でなければ、『規則を踏み倒してでも人助けのために戦った』として処分と称賛を受ける立場にいるだろうから。
そしてあの日、
緑谷がヒーロー殺しと交戦したあの日、
風華の方も大丈夫だと言ったことで、緑谷はその言葉を信じることにした。特に誰かに被害が出たとかいうニュースはなかったし、風華はこうして今も学校に通えている。つまり、
でなければ、あんな力を街中で使ってタダで済む訳がないのだから。
「これからも……頑張っていこう」
「うん……そうだね」
どうせニュースになるならば、正規の活躍をして堂々と紙面を飾ろう。
そう誓い合う2人であった。
〜
運動場γ
「はいっ!私が来た。ってことでね、やっていくよヒーロー基礎学!久しぶりだな少年少女!元気してたか!?」
「ヌルッと入ったな」
「パターンが尽きたのかしら」
「む、無尽蔵だっつーの!職場体験の直後ってことで今回は、遊びの要素を含めた救助訓練レースをするぞ!」
パターンの地味さを突かれたオールマイトが、それに反論しながら今回の内容を説明する。救助訓練をするならばUSJがいいのではないかという飯田の質問に対して、「これはレースだぜ!」と一喝した。
今回は、工業地帯を模して造られたこの運動場γで5人4組……1組は6人に分かれて訓練を行なっていく。運動場の何処かに陣取ったオールマイトが救難信号を発したらスタート。外から誰が最も早くオールマイトを助けられるかを競うのだ。
「勿論、建物への被害は最小限にね!」
「指差すなや」
「じゃ、初めの組は位置に着いて!私の準備が終わり次第すぐに始めるぞ!」
「はい!」
風華は最初の組に選ばれた。相手は緑谷・飯田・尾白・芦戸・瀬呂の5人である。ちなみにヒーロー基礎学の授業であるが、風華は体操服だ。ベストジーニストに破壊されたので修復中なのである。
「誰が勝つと思う?俺は瀬呂!」
「芦戸も運動神経凄えぞ!」
「機動力なら飯田じゃん?いや……体育祭から緑谷も何か上手くなってるよな!」
「流石に鳴神だろ!あいつ瞬間移動できるぜ!そうでなくとも風に身体強化でめっちゃ速いぞ!」
「大穴で尾白だ!」
見学のみんなで一位が誰かを予想し合う。最も多く予想されていたのが風華で、次点が瀬呂。その次に飯田と緑谷が続いて、芦戸と最後に大穴で尾白という予想となった。
『スタート!!!』
一斉に飛び出していく……風華を除く5人。瀬呂がごちゃごちゃと入り組んだ地面を避けて上を進んでいき、緑谷がパルクールのようなアクロバティックな動きでそれを追い越していく。残った3人が地道に地面を進みながら彼を見上げる中、風華は一人スタート地点から動かずに手を胸に当てて精神統一を図っていた。
おいおい、早く行かなくていいのか?
みんなが心配し始める中、ゆっくりと閉じていた風華の瞼が開かれる。その瞬間、運動場γは赫い空気に支配された。
「
「暴走……して、ない……!?」
「暴走克服かよ!?」
「よし……『雷上動』」
みんなの驚愕をよそに、オールマイトの待つゴールに向けて手を翳した風華。そのまま『雷上動』を発動し、コースを進んでいた5人を置き去りにして一直線にゴールまで辿り着くのだった。
「……お待たせしました。助けに来ましたよ、オールマイト」
「……暴走、克服したんだね」
「はい。まだまだ暴走時のような、圧倒的な出力を出すことはできませんけど……一歩だけ、踏み出すことができました」
「おめでとう!ここからが鳴神少女の、真のスタートということだな!これからも頑張っていけよ!そして助けに来てくれてありがとう!優勝商品の贈呈だ!」
オールマイトから『助けてくれてありがとう』と書かれた襷をかけられ、風華は嬉しさが分かりやすい笑みを浮かべる。そして
まだまだ暴走時のように出力を全開で扱うことはできないし、制御に意識を向けなければならないため範囲もかなり狭まった。ここから正気を保ったまま暴走時と変わらぬ出力を出せるようにするには、かなりの時間と努力を要するであろう。
ここからが、本当のスタートライン。人々をその存在だけで安心させられるヒーローになるための最初の一歩。過去と向き合い、怒りを乗り越えて、風華はようやくそこに立ったのだ。
「はぁっ……負けてしまった!やっぱり、こういうレースで雷上動はズルいな!」
「
「ふふ……わたしだって、負けるつもりはないよ」