風雷のヒーローアカデミア   作:笛とホラ吹き

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ワン・フォー・オールと期末テスト

 ──君に話さねばならないことがある。私とワン・フォー・オールの秘密についてだ。

 

 レースの後、こっそりとオールマイトから耳打ちされた話。緑谷は授業を終えて更衣室で着替えをしながら、その内容について考えていた。

 何か覚悟を決めたような、改まった言い方。少しだけ、聞くのが怖いと感じた。

 

「久々の授業で汗かいちゃった☆」

「俺、機動力課題だなー」

「情報収集で補っていくしかないか……」

「それだと後手に回んだよな……お前とか瀬呂みたいな奴らが羨ましいぜ」

 

「おいおい緑谷!ちょっとこれ見ろよ!」

「どうしたの、峰田君?」

 

 他のみんなは、着替えをしながら今回の授業で見つかった自身の課題やクラスメイトの長所について話をしていた。そんな中で、峰田が何やら酷く興奮した様子で緑谷に話しかけてきた。いったい何事かと峰田の方に視線を向けると、彼は更衣室の壁に空いた小さな穴を指差していた。

 男子更衣室の隣は女子更衣室。そして穴の存在を指摘したのがA組の性欲こと峰田実。これだけ情報が揃っていれば、この人為的に空けられたであろう穴がいったい何のために存在しているのかなど、容易に想像がつくというものである。

 

「峰田君、止めておきたまえ。ノゾキは立派な犯罪行為だぞ!」

「オイラのリトル峰田はもう立派なバンザイ行為なんだよお!八百万のヤオヨロオッパイ!芦戸の腰つき!葉隠の浮かぶ下着に麗日のうららかボディそして蛙吹の意外オッパ」

「み、峰田君!そんなことしたら鳴神さんが悲しむよ!君の精神を信じている彼女の心を裏切るつもりかい!?」

「ハッ……!そうだ……オイラは鳴神の……あああぁぁぁ…………!!やめとく…………!!」

 

 

 ──実のヒーローとしての精神なら、その有り余る性欲だって凌駕してくれるはずさ。わたしはそう信じているよ。

 

 

 かつて風華に言われたことを思い出し、血の涙を流しながらノゾキを諦めた峰田。クラスメイト達がせめて、人としての尊厳だけは失わずに済んだことに緑谷は安堵の息を吐いた。

 ちなみにこの後、風華の話題が出たことで反応してしまった爆豪が上鳴や瀬呂にしつこく追及されるのだが。彼はその件に関しては、完全黙秘を貫いて追及を退けていた。

 

「ふう……人の心はまだ失っていなかったか」

「ですが、何と卑劣な……塞いでしまいましょう!」

「ウチだけ……何も言われてなかったな……」

 

 覗くつもりなら、イヤホンジャックを突き刺して眼から爆音を流してやるつもりだった耳郎。自分だけ特に話題に挙げられなかったことに、密かにショックを受けていた。

 

「実……これからも、頑張っていきなよ」

 

 

 〜

 

 

「失礼します……オールマイト、僕にしなければならない話って……いったい何なんですか?」

「……まずは、かけたまえ」

 

 いつもの雰囲気とはまるで違うオールマイトに、緑谷は思わず息を呑んだ。

 

「色々大変だったな。師匠だというのに近くにいてやれず、済まなかった」

「そんな……オールマイトが謝るようなことじゃないですよ!それよりワン・フォー・オールについてのお話って……!?」

「そうだね……君が職場体験で会敵したヒーロー殺し。あれは確か、血を舐めることで身体の自由を奪うという個性だったね」

「はい。それが……何か?」

「ワン・フォー・オールを譲渡した時に、私が言ったことを覚えているかい?」

 

 そう言われて『食え……』と、髪の毛を唐突に千切られて食べさせられた時のモノマネをする。そのクオリティを褒めつつも、オールマイトは重要なのはそこじゃないと注意した。大事なのは、『DNAを取り込めるなら何でもいい』というところだ。

 

 オールマイト並びに緑谷出久、個性『ワン・フォー・オール』。連綿と受け継がれてきた平和の象徴たる個性。何代にも渡って人から人へと受け継がれ渡っていき、その度に持ち主の力を蓄えてきた。緑谷の時点で、継承者としては9代目である。

 譲渡するには、持ち主のDNAを継承者が取り込む必要がある。血液や皮膚、そして髪の毛などから継承するのがポピュラーな方法だ。そしてこの継承に関して大事になることが、『渡す側にその意思がなければ継承は成されない』というものである。

 

 普通なら、個性は親から子への『遺伝』という形でしか受け継がれることはない。ワン・フォー・オールという個性は、その成り立ちからして特別な個性なのだ。

 

「もともと、ワン・フォー・オールはとある一つの個性から派生して生まれたものなんだ。オール・フォー・ワン……他者から個性を奪い己がものとし、そしてソレを他者に与えることのできる個性だ」

「みんなは、一人のため……」

 

 オール・フォー・ワン。明らかにワン・フォー・オールと関係のある名前に、緑谷は漠然とその意味を口にした。

 

 超常黎明期……個性の発現によってそれまでの社会は崩壊した。秩序を失い無法地帯となってしまった日本……ある人物はそれを、己が個性を用いて纏め上げていく。個性のせいで居場所を失った者からは個性を奪い、逆に個性がないせいで居場所を追われた者には個性を与える。そうして人々を服従、或いは屈服させていき……瞬く間に裏社会の筆頭へと男は成り上がっていったのだ。

 

「ネットでは噂をよく見ますけど……創作じゃないんですか?教科書でも見たことないですし……」

「裏家業の所業を教科書には載せんさ。力を持っていると、人はそれを振るえる場を求めるから」

「その話が、どうワン・フォー・オールに繋がってくるんですか?」

「言ったろ?与えることもできるって。そうして個性を与えられてきた者の中には、負荷に耐え切れずに廃人となるような者もいた。そうなったら物言わぬ人形……ちょうど、脳無のようになってしまう者も多かったそうだ」

 

 しかし一方で、与えられたことでもともと持っていた個性と混ざり合い新たな個性が生まれるというケースもあった。

 

 男には、『無個性』の弟がいた。彼は身体小さくひ弱だったが……正義感の強い男だった。彼は裏から日本を支配しようとする兄の所業に心を痛め、抗い続けていた。

 

 ある時、そんな弟に男は『力をストックする』という個性を与えた。その理由が何だったのかは知る由もないが……弟には個性が宿っていた。個性を他者に与えるという、気付けるはずのない、それだけでは何の意味もない個性が。

 

「彼がもともと持っていた『個性を他者に与える』個性と『力をストックする』個性が混ざり合い一つの個性となった!これがワン・フォー・オールのオリジンさ。皮肉なものだよ。正義はいつも、悪より生まれ出ずる」

「ま、待ってください……オリジンのことは分かりましたけど……どうして今さら、そんな昔の悪人の話を……?」

 

 超常黎明期はもう百年は昔の話だ。どうして今さらそんな昔の話をするのかという疑問は、出てくるのも当然であろう。

 

「個性を奪えるんだぜ……?何でもありだ。成長や老化を止めるみたいな個性を奪ったんだろう。そうして奴は生き永らえ、悪の限りを尽くした。弟はそれに抗うも、力及ばず……敗北した彼は、いつか必ず兄を止められる者が出てくると信じて力を次に託したんだ」

「……」

「そして、私の代で奴を討ち取った!そのはずだったんだが……どういう訳か奴は生き延びて、再び敵連合を隠れ蓑に力を伸ばしている」

「……………!!」

「ワン・フォー・オールとは言わば、オール・フォー・ワンを倒すために受け継がれた力!君はいつか奴と……あの巨悪と対峙しなければならなくなる時が来る……かもしれんのだ。酷な話になるが……」

「ぼ、僕は……頑張りますよ!」

 

 オールマイトがいてくれれば、自分はきっと何でもできるようになる。そんな気がすると、緑谷はオールマイトを励ますように言った。

 拳は強く握り締められて、小刻みに震えている。超常黎明期を纏め上げた巨悪と、いつか対峙する時が来るかもしれないという恐怖はある。それを踏まえても尚、次代の平和の象徴としての責任感と自負が彼の心を固めていた。

 

 ………言わねば。言うんだ、オールマイト。

 

 オールマイトは口を噤んだ。緑谷に伝えなければならないことがあるのに、口がそれを言おうとしてくれない。

 

「……ありがとう」

 

 その言葉しか、出てこなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「オールマイト……嘘、でしょ……?」

 

 たまたま、聞いてしまった。

 

 オールマイトからの呼び出しに慌てていて、自分の荷物を忘れていった緑谷。相談室は近いからと届けに行った風華は、少しだけ隙間の空いていた扉から2人の話を聞いてしまっていたのだ。

 合点はいった。緑谷の身体を壊してしまう個性のことや、オールマイトが雄英に教師として赴任した理由など。個性の継承者を探していたオールマイトは雄英をそのための場所として選び、しかし先に緑谷を見つけてしまったことで彼に譲渡された。

 

 つまりは、そういうことなのだろう。

 

 来たばかりを装って忘れ物は渡したので、会話を聞いていたことはバレていないだろうが……オールマイトすら逃した巨悪が存在するということに、驚愕せずにはいられなかった。

 

「……誰にも言わないようにしないとね」

 

 聞いてしまったところで、今の風華に何かができるという訳でもない。できることといえば、この秘密が自分から他所に漏れないよう口を閉じることくらいであった。

 

 

 〜

 

 

「えー、雄英もそろそろ夏休みだが……もちろん君達が30日間丸々休める道理はない」

「まさかっ……!」

「夏休み、林間合宿やるぞ!」

「知ってたああああぁぁ!!やったあ!!」

 

「肝試し!」

「ふ……やめとく!」

「花火」

「カレー……だな!」

 

「自然環境となりますと、また活動条件がいろいろと変わってきますわね!」

「如何なる環境でも正しい選択を……か。面白い!」

「寝食をみんなで!ワクワクしてきたあ!」

 

 わいわいガヤガヤ騒ぎ出す面々を、相澤は目力で黙らせる。そして「ただし合宿に行けるのは、期末テストを無事に終えられた者のみ……ダメだった奴は学校に残って補習地獄だ」と脅しをかけた。特に中間テストで成績の悪かった面々が一気に慌てだす。

 

「みんな頑張ろおおおぜ!」

 

 ……そういえば、オールマイトは自分の話はしてなかったな。

 

 風華は騒ぎに加わる余裕はなかった。昨日聞いてしまった緑谷とオールマイトの話の内容が、ずっと頭の中をグルグル回っていたからだ。

 個性の話はしていたが、オールマイトは個性を手にした自分の話はほとんどしていなかった。どういう経緯で手に入れたとか、手放した後はどうなるのかとか、聞いてしまった以上知りたいことはいろいろあるが……風華はそこで思考を打ち切った。

 

 どうなるにせよ、やることは変わらない。オールマイトに報いるために、これからも最高のヒーローを目指して精進していかねばならない。

 

 どんな凄い話が隠れていようと、日常はこうして進んでいくのだから。

 

 

 〜

 

 

「ヒーロー殺し。まさか捕まっちゃうとは思わなかったけど……概ね想定通りだね」

 

 何処かで、巨悪がそう言った。

 

 暴れたい奴や、思想に共感した奴など。様々な人間が衝動を解放する場として、敵連合を求めてやって来ている。ヒーロー殺しが逮捕されるなど少々の誤算こそあったものの、想定通りに事が進んでいるとほくそ笑んだ。

 

「そして……死柄木弔は、そんな奴らを統率しなければならない立場となる!」

「できるかね、あんな『子ども』に……ワシはアンタが直接出向いた方が、早く事が進むと思うが」

「ハハハ……なら、早く僕の身体を治してくれよドクター」

「無茶を言うない。死亡確実の状況から救い出せただけでも御の字だというのに。ああ……『超再生』を手に入れるのがあと5年早ければなぁ!傷が癒えてからでは意味のない、期待外れな個性だった」

 

 自分が出ることはできないが、それでいい。死柄木弔にはたくさん苦労をしてもらおう。自分からあらゆる悪意を取り込んで、彼が次なる“巨悪(ぼく)”となるために。

 

「あの子はそう成り得る……“歪み”を持って産まれた子だよ。今の内に甘受するがいいさ……オールマイト。仮初の平和(茶番)をね」

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