【蛙吹・常闇ペア】
『レディ……ゴー!』
「っ!先生がたくさん……!?」
「待ち伏せしてくるかと思っていたが……奇襲攻撃を仕掛けてきたか!」
「言い忘れていたが……我々教師陣は、君達を全力で叩き潰す所存」
リカバリーガールによる開始の合図と同時に、蛙吹と常闇は8体のエクトプラズムに囲まれる。試験の構造上、待ち伏せしてゴール付近での不意打ちを狙ってくるものだとばかり思っていた2人は虚を突かれる形となった。
「黒影!蛙吹を咥えろ!済まないが投げるぞ!」
「ええ!常闇ちゃん、捕まって!」
完全に囲まれる前に、常闇は黒影に指示を出して蛙吹を遠くまで投げさせる。投げ出された蛙吹は舌を伸ばして常闇の身体に巻きつけ、一緒に自分が飛ばされた方向まで引き寄せた。
「ホウ……ウマイナ」
「ヤハリ戦闘ハ避ケルカ」
鮮やかな手腕と連携で不意打ちの危機を脱した2人に、エクトプラズムは高評価を付ける。
コミュニケーション能力とは、ヒーローにとって地味だがとても重要になる能力である。例えば、災害や敵による被害から民間人を救い出す時には彼らを不安にさせないよう振る舞う必要がある。それに仕事中は、自身の雇ったサイドキック以外にも他所のプロヒーローや警察などとの連携もこなす必要がある。
特定の相手と抜群の連携を取れるよりも、誰とでもある程度以上の連携をこなせる方がヒーローとしては良しとされるのだ。
「蛙吹・常闇ペアはその辺問題なさそうだね。まぁ一番コミュニケーションに問題がありそうなのは、この2人かねぇ……」
リカバリーガールが、あるペアの映ったモニターに目を向ける。最もコミュニケーション能力が心配される2人の映るモニターを、少しばかりの不安を抱えながら眺め始めた。
「さて……緑谷・爆豪ペアはどう転ぶか」
〜
【緑谷・爆豪ペア】
「……分かってると思うけど。今の僕達の実力ではオールマイトには絶対勝てない。躍起になって挑む分だけ、丸々時間と体力の無駄だ」
「だからってよ、最初から逃げの一択っつー訳にもいかねえだろ。オールマイトの速さなら、俺らが全速力出しても普通に追いつけるぞ」
「つまり、牽制が重要になるってことだ。かっちゃんの爆破なら、閃光や爆音で目眩しも聴覚への妨害も一度にできる。そうして、少しでも怯ませてから僕が遠くに吹っ飛ばして逃げる隙を作るよ」
「てめェにできんのか?オールマイトはパワーだけじゃねえ、タフネスだって相当なモンだぞ。いくらてめェに身体強化の個性が有るとはいっても、そう簡単にできるようなことじゃねェだろ」
リカバリーガールの心配とは裏腹に、緑谷・爆豪ペアは意外と建設的なコミュニケーションを取ることができていた。ハンデがあるとはいえ、自分達とオールマイトの実力は隔絶している。それをどうやって覆し、尚且つ勝利のための布石を置くか。
緑谷が爆豪に対して抱いていた苦手意識は、体育祭での殴り合いを経てある程度解消されている。今なら臆さずに、爆豪と対等にコミュニケーションを取ることができていた。お互いの個性の特性を考慮して作戦を立案することができている。
爆豪の方も、直前に上鳴に突っかかっていた時のような不安定さは鳴りを潜めていた。緑谷の考案した作戦に対して、自身の見解を含めて内容に訂正を入れたり、疑問をぶつけたりできている。
「オールマイトがいつ動き出すか分からないし、作戦を話し合うのはこの辺にしておこう」
「ああ。てめェ、しっかり作戦通り動けよ」
「分かってるさ。……かっちゃん、君がこの前上鳴君に突っかかっていたのは、鳴神さんの
「……それがどうした」
「まだ何か喋ってるね」
「仲悪いそうですからね。何かしら、大事なことがあるんでしょう」
作戦の話だけでなく、緑谷は再び荒れ始めた最近の爆豪の態度についても言及した。職場体験を終えて以降の彼は、苛ついているのが目に見えて分かるくらい荒れていた。その原因はきっと職場体験……一緒に参加していた風華に関するものだと緑谷は予想していた。
実際、爆豪は以前にも真っ先に風華に対して苛立ちの矛先を向けていた。その時はついでのように自分と轟にも流れ弾が来ていたが……職場体験明けで
爆豪は上昇志向の強い男だ。そして、同時に酷くプライドの高い男でもある。膨らみ切った彼のプライドは、緑谷との戦闘訓練の時に破裂させられ多少はマシになった。それが、あの向かう者全てに怖気を与えるような力を目の当たりにして再発してしまったのだろう。
戦闘訓練を終えた後、彼は風華や轟には勝てないと思ってしまったということを言っていた。あの時点では自分の方が下だと認め、絶対に追い越して見せると努力した。だが、職場体験で大勢のプロ相手をものともせず無双した風華の姿を見て、その後に
「……あン時は悪かったな。どうシミュレーションしても鳴神に勝てるビジョンが浮かばなくて、焦ってたんだ」
「かっちゃん……君が謝るなんて珍しいね」
「るっせえ!てめェが何を言いたいかなんて自分でもう分かってんだよ。分かってるよ……俺は勝つ。全てに勝つ!オールマイトも、鳴神も、轟も、お前も!全部超えて一番になってやるんだよ!てめェも付き合え!まずはここで……オールマイトを超えていく!」
「……!それでこそ、かっちゃんって感じだ!」
もう、迷わない。爆豪は全てを乗り越えて一番になるという覚悟を決めた。
ベストジーニストが言っていた。No.1ヒーローとは、ただ強いだけの者に得られるような称号ではないと。自分に愛想はない。ファンの気持ちなんて、いちいち考えられるような人間じゃない。今の爆豪はまさしく、ベストジーニストの言うただ強いだけの者だ。
ならば、これから成ってみせよう。その強さだけで全てを引っ張り上げるようなNo.1に。強さを突き詰めて、誰もがこの背中に着いて行きたくなるようなヒーローに成ってみせよう。
ずっと、自分の在り方について考えていた。自分がなりたいヒーローとは、自分が憧れたオールマイトとはどんなヒーローなのか。職場体験からではなく、戦闘訓練の時からずっと考えていたこと。多くの葛藤を乗り越えて、爆豪は答えを出した。
ここからが、爆豪の新たなスタートなのだ。
「ッ………!来たぞ。覚悟はできてるか?」
「もちろん……僕だって、オールマイトに挑む!」
「話は終わったみたいだな!随分と待たされたぞ!さぁ、
多くのビルを薙ぎ倒しながら、オールマイトは悠然と2人の前に現れた。ただそこに立っているだけだというのに、底知れない威圧感がひしひしと伝わってくる。
これがNo.1ヒーロー。最強の男。今から自分達はこの男に挑むのだということを、強く自覚した。
「試験だなんだと考えていると痛い目を見るぞ!今の私は敵だ……街への被害などクソくらえよ!」
「くるぞデク!作戦通りやれよ!」
「ああ!足止めは任せたよ!」
「いくぜオールマイト『
「うおっ、眩しっ!」
「まずは目眩し!」
「相変わらず多芸だね」
先制必勝、まずは爆豪による目眩しでオールマイトの視界を奪う。強い閃光を避けるために目を瞑ったところで緑谷が背後に回り込み、フルカウルの出力を20%に上昇。最高威力の回し蹴り『セントルイススマッシュ』をぶちかました──
──と思いきや。オールマイトは伸び切った緑谷の足を掴んで蹴りを無理矢理止めさせ、振り下ろして地面に叩きつけた。アスファルトが緑谷の形に砕けて大きな亀裂を生み、彼の肺に溜まった空気を全て吐き出させる。
「げっほぅぅ……!」
「デクゥ!そのまま腕抑えとけ!」
「うっお、コレはマズいな……!?」
話し合いの最中でも手榴弾型の籠手に貯蔵しておいた、自身の分泌する爆発性の汗。オールマイトにそれを向けながら安全ピンを抜き、一斉に起爆させる。緑谷を巻き込まないように胸より上を向けて放たれたその一撃は、見事にオールマイトを怯ませて緑谷を掴む手を離させた。
爆風の衝撃で短くない距離を吹っ飛んだオールマイトを横目に、爆豪は倒れた緑谷を担いで出口へと向かっていく。べちべちと気絶している緑谷の頬を叩いて起こし、自分の足で歩かせる。
「一瞬の間にいろいろありましたね」
「みんな速いから目まぐるしいね」
「クッソ、気ぃ失ってた……!かっちゃん、今の状況ってどうなってるの!?」
「出口に向かってるところだ!とは言え、オールマイトのことだしすぐに追っかけて来るだろうがな!何か良い作戦立てろやデク!勝つために頭回せ!」
「起き抜けに無茶な……!ああもう!かっちゃん、籠手片方貸して!」
「路地裏に逃げ込んでから出てこないね」
「隙を窺っているのでしょう」
観戦している2人が、動きの少なくなったモニターを見てそんな感想を言う。実際今モニターに映っているのはオールマイトだけで、緑谷と爆豪は少しの気配も感じられなかった。画面の中のオールマイトも、完全に息を潜められたことで探しあぐねているようだし、思いもよらぬ隠密性を2人して発揮していた。
──まぁ、姿を隠したってことは戦闘を避けようとしてるってことだし!出口の方まで向かえば何処かでカチ合うよな!
そんなことを考えながら、出口に向かって走っていくオールマイト。スーパーカーよりも速いその脚力で一気に……行こうとしたその時、背後から聞き覚えのある叫び声を聞いた。
「どこ見てんだァオールマイト!」
「おっと、背後だったか……」
叫び声に反応して、即座にオールマイトはその声のした方向へ振り向いた。だが、この叫び声は爆豪なりの陽動である。
「デク!撃てェ!」
「何っ……!?」
爆風で目眩しをしながら、横に回り込む。ただ動いただけではない。それは、緑谷に付けさせた籠手の範囲から逃れるためのものであった。
「ごめんなさい……オールマイト!」
「撃ったら走れ!すぐ追いついてくんぞ!」
「分かってる!『9%』……フルカウル!」
先程の会敵で分かったのは、緑谷による直接攻撃は防がれてしまうことと、爆豪の最大威力なら吹き飛ばすことができるということ。そしてゼロ距離からなら、オールマイトでもこちらの攻撃に対処することは難しいということ。
だが、爆豪は片方の貯蔵を使い切り、もう片方を使おうにも次は確実に警戒されてしまうだろう。ならばどうすればいいか。その答えが、「爆豪は陽動に徹して緑谷が撃つ」であった。
一度目よりもさらに接近しての一撃。保証された確かな破壊力で、オールマイトを遥か彼方まで吹き飛ばすことに成功した。余波を受けた爆豪は派手に転がされたが、すぐに起き上がって再び出口に向かって走り出す。
緑谷も、慣れない道具を使った反動で腕を痺れさせながら、爆豪に追従して走り出す。フルカウルの身体強化の恩恵で、出遅れてもすぐに前を行く爆豪に追いつくことができていた。
「うーん、やられたね……!」
爆煙を振り払いながら、オールマイトはそんな感想をポツリと溢す。あらゆる面で圧倒的に勝る自身を相手に、ダメージを与えつつも逃げるための時間を稼ぐ妙策。即席で考えたにしては機能した作戦に、心の中で赤丸を贈った。
その上、街に与える被害もオールマイトが既に破壊した場所に重ねることで軽減している。
かつて戦闘訓練の時に指摘したことがあった。ヒーローでも敵でも、守るべき牙城に徒に被害を与えるのは愚策であると。しっかりと教えたことを実践できていることに、心の中で更に花丸を加える。
2人とも、本来ならクレバーな男。これまでは合わさると途端に破綻してしまっていたが……今は機能することができている。そのことに少なからず安心を覚えていた。
──羨望、嫌悪、追走。
──畏怖、拒否、自尊心。
話を聞く限り、お互いに様々な想いが重なっているようであった。そのまま、時間だけが過ぎていき、互いにどう接したらいいのかが分からなくなってしまっていたのだろう。
体育祭を経てある程度マシになったとはいえ、そう簡単に解決するような問題ではない。しかし、こうして『協力』したことこそが……必ずや2人にとっての大いなる一歩となるだろう。オールマイトはそんな確信を持って、力強く身体を伸ばした。
「さてと……先生、頑張っちゃうぞ!」