【轟・八百万ペア】
「八百万。相澤先生は、近付けば絶対に抹消を使ってくるはずだ。だから、来たことが分かりやすいように何か小物を絶え間なく生産していてくれ」
「はい……」
「一応、狙いはゲートを通っての脱出だ。会敵した時どうやって戦えばいいかあまり適当な作戦が思いつかなかったからな……ちゃんと考えとかねえと」
「……」
今回の2人の立てた作戦は先に相澤を見つけて先手を取り、轟が引きつけている間に八百万がゲートまで逃げるというもの。そのため個性の使用状況が分かり易くなるように、轟は何でもいいから創造を使い続けていてくれと指示を出していた。
轟の指示に従い、八百万は小物を作り出す。彼女のコスチュームは肌の大部分を露出しており、そこから大量のマトリョーシカが生み出されていく様は割と不気味な光景であった。
「いや、小物作ってくれとは言ったけどよ……それ何を作ってんだ?」
「マトリョーシカですわ。私、これなら特に意識せずとも創り出すことができるんですの」
「そうか……じゃあ、引き続き頼んだ」
「ええ……流石ですわね、轟さんは」
何が流石なんだ?と轟はそう聞く。その質問に対して、八百万はどこか悔しさを表情に滲ませながら答えた。
「相澤先生相手の対策もさることながら……状況に対して選択を即決できる判断力ですわ」
「……これくらい、普通だろ」
「普通、ですか……私達はお互い、雄英高校の推薦入学者です。スタートは同じはずでしたのに、ヒーローとしての実技において、私は轟さんとは違って何の結果も残せていませんわ……」
USJの時は、風華が敵を倒していなかったら人質に取られていた上鳴を助けられなかった。体育祭の時は騎馬戦では轟の指示通りにしか動けず、本戦では常闇に簡単にあしらわれて負けた。
いったい、どこで差がついてしまったのか。同じ推薦合格者同士、スタートラインは同じだったはずなのに。
「八百万……マトリョーシカは?」
「え?あっ……!」
「クソ……来るぞ!構えろ!」
「は、はいっ!すいませ……」
「『来る』と思ったなら、すぐ行動しろ」
轟は八百万の葛藤には口を出さず、ただマトリョーシカの生産がされなくなっている事実だけを指摘した。無意識でも作れるマトリョーシカが作られなくなっているということは、つまり。近くに相澤先生が潜んでいるということで──
──身構えたのは少し遅かった。電線に捕縛布を巻き付けて空中を移動する相澤を2人が視認したその瞬間に、相澤は轟の目の前に降り立ち彼を捕縛布で包み込んだ。
「チッ……」
「遅い」
抵抗しようと試みて腕を振った轟だが、あまりにも虚しい抵抗であった。降った腕は空を切り、轟は反動で体勢を崩す。このまま身動き取れなくなる前にと、彼は大声で八百万に呼びかける。
「八百万、行け!走れ!」
「……あっ!は、はい!」
「そういうアレか……まぁ、好都合だ。もともと、攻撃的なお前から捕まえるつもりだった」
捕縛布が轟を堅く縛り上げ、電線にぶら下げて蓑虫のような状態にしてしまう。宙に浮いた轟を眺めながら、相澤はポケットから目薬を取り出して乾いた両眼に点眼する。轟はその間も何とか拘束を解けないかともがいていたが、堅く自身を縛る捕縛布を解く手段は彼にはなかった。
……個性を使えば、話は別であるが。
「これで、俺を捕まえた……つもりですか?こんな布くらい、俺の火力なら普通に燃やせますよ。氷結で砕いてもいい」
「どっちでもいいが、落ちる先には気をつけろよ」
「撒菱……忍者かよ」
「俺はお前の個性を知ってる。八百万の個性もそうだが……情報をしっかりと仕入れていて迎撃体勢はバッチリの敵だ」
目薬を浸透させるために、相澤はパチパチとまばたきをした。封じられていた個性は復活し拘束を抜けることは可能となったが、しかし抜けた場合は多大なダメージを受けてしまうという状況を作られてしまう。迂闊に動けなくなった轟を見上げながら、相澤はダメ出しをしていく。
「随分と負担の偏った作戦だな。女の子を慮るのは立派な心掛けだが……もう少し、内容について話し合っても良かったんじゃないか?」
「話し……」
轟の返答は待たず、すぐに踵を返して八百万を追いかけに行く。空中を飛んでいけば、八百万はすぐに見つかった。まだ、あまり遠くへは行っていなかった。
──脱出ゲートまであとどのくらい?私はこれでいいの?残り時間は大丈夫?轟さんは無事?時間をかけてでも移動用アイテムを作るべき?私はこれでいいの?このまま逃げ切れるの?
──私、どうしようとしてるの?
考えが纏まらない。自分がどうすればいいのかが分からない。自分が何をしているのか、何をしようとしているのかさえも。
混乱する頭をどうにか落ち着かせようとしても、混乱してグルグルと思考が回り続ける。今の八百万にできていることといえば、ただ走って脱出ゲートを目指すことくらいであった。
「体育祭以降、自信の喪失が見てとれる」
「えっ……もう轟さんを!?」
八百万に追いついた相澤は、捕縛布で彼女の手を縛り上げて自身の元へと引き寄せる。
相澤先生を相手に、自分では万に一つの勝ち目もないと諦めかけた八百万?しかし個性が抹消されていないことに気付き、縛られた腕に車輪を創造することで拘束を抜け出すことに成功する。自由の身となった彼女はすぐに踵を返し、轟の元へ走った。
「判断を委ねに行ったか」
八百万は轟と自分を比べて、轟の方が自分よりも格上だとしてしまっている。良くも悪くも迷いが少なく判断の早い轟を見て、自分の考えに自信が持てなくなってしまっている……というところかと、相澤は推論を締め括った。
高潔な精神を持つとはいえど、まだまだ15歳の子どもなのだ。
どうにか自信を取り戻させてやりたいが、それは今の相澤がするべきことではない。失ったものは、自分で取り戻すべきだろう。息を切らしながら走り去っていく背中を見て、相澤は追跡を再開した。
「そういや……俺ばっかり喋ってて八百万の意見は聞いてなかったな……」
──もう少し、内容について話し合っても良かったんじゃないか?
轟はぶら下げられている中、相澤に言われた言葉を頭の中で反芻していた。自分だけが作戦を立てたり喋ったりしてて、八百万の意見を何も聞いていなかった。チームとしてコミュニケーションを取ることを怠っていた。
「轟さ……轟さん!?」
「八百万」
「すいません……私、やっぱり……!」
「相澤先生来てるぞ!」
振り返ると、恐ろしい勢いで迫ってくる相澤の姿が見えた。思考がパニックに陥り、轟を助けるかこの場から逃げるか相澤と戦うのか自分でも分からなくなってしまう。
「八百万!何か、作戦があるんだよな!?」
八百万の堂々巡りする思考を断ち切ったのは、轟の言葉だった。
「お前にも聞くべきだった、すまねえ。ちゃんとこれでいいのかって確認を取るべきだった!何かいい作戦あるんだろ!?喋りたそうにしてたのに、俺がずっと喋ってたから言えなかったんだろ!?」
「で、ですが……私の作戦なんて……轟さんの作戦も通用しなかったんですのよ……?」
「いいから早くしろ!こういうのでは、お前の方が適任だって言ってるんだよ!お前、学級委員決める時二票入ってただろ?その内の一票を入れたのは俺だ!こういう時に力を出せる奴だと踏んだから、お前に投票したんだ!」
「轟……さん……」
口内にグッと力が入った。奥歯が擦り合わさって不協和音を奏でている。
格上だと、そう自分で決めつけていた轟が。自分のことを認めてくれている。
──ああ、なんてみっともないんだろう。
──けど。
──けれど!
「轟さん、目を閉じてくださいな!」
「!?何だこれ……!」
懐に忍ばせていた、大量のマトリョーシカを投げつける。それを相澤が手で振り払うと、壊れて中から手榴弾が現れた。
それはすぐに爆発し、辺りに強烈な閃光を撒き散らす。至近距離でモロに光を浴びた相澤が怯んで動きを止めた隙に、八百万は轟を縛り上げていた捕縛布を解いて彼を救出した。
「あります、轟さん。私ありますの!相澤先生に勝利するための、とっておきのオペレーションが!」
「とっておきの……オペレーション?」
「ええ!私、本当は最初から考えてましたの!」
「教えてくれ、俺はどうすればいい?」
「さて、USJの後遺症……発動時間の短縮とインターバルの増加。気付いて突いてくるようなら上出来だが……どうだ?」
「炎で迎撃する……いや無理か!」
「轟さん、まずは隠れますわよ!」
USJ襲撃で脳無にやられて以来、相澤の個性は少なからず弱体化してしまっていた。八百万はそのことに気付いており、轟に対してその事実を伝えたが……作戦のキモはそこではない。
「一旦、視界から外れなければなりません。今から作戦をお話ししますので、常に氷結の発動確認をお願い致します!」
「……分かった!」
「無闇矢鱈に走るだけじゃ……追いつくぞ」
八百万曰く、『相澤に見られている間、個性が使えないというのは悪い思い込み』である。相澤の個性は性質上、必ず何処かで隙が生じるようになっている。瞬きしてから、再び個性を使えるようになるまでのその一瞬。
それだけで、轟にはできることがある。
「……!轟の最大出力か!狙ってきたな。それでいい……痛いところは突いていけ」
体育祭の時に瀬呂に対して撃ち放った、天を穿つ程の大氷壁を作り出すことができる。
冷気は相澤が機動力の要としている捕縛布を絡め取って砕き、凍った部分を切り離すために無駄な時間を浪費させる。氷壁は相澤の視界を遮って2人の姿を隠し、探すために回り込まなければならなくなるという時間稼ぎを行っていた。
「復活した瞬間に遮ったから、これで個性も問題なく使える。今の内に作戦の全容を……って、それは相澤先生の武器か……?」
「ええ。素材や詳しい製造過程を知らないので厳密に同じものを創ることはできません。その代わりにある素材を混ぜ込んだ、私仕様の捕縛布ですわ」
住宅街である以上、建物への被害はなるべく抑えなければならない。最初は超温差光線で氷壁を溶かして、水責めにすることも考えたが……浸水被害が酷くなってしまうので取り止めた。
その上で、相澤の強みを挙げていく。捕縛布を使った立体起動と個性を抹消する眼。そして拘束や相手の無力化に長けた立ち回り。
素早く捉え辛い上に、妨害が巧い。敵に回せばこれ程厄介な男はそうそういないだろう。
「──……これなら、先生から逃げ切るよりも成功確率は高いはずですわ。勝負は一瞬……覚悟はよろしいですか?」
「……ああ。文句なしだ」
「ったく……」
脱出ゲートは相澤の背後にある。下手に探して動き回るよりも、2人の出方をじっくりと伺っている方が賢明だ。
──私ありますの!相澤先生に勝利するための、とっておきのオペレーションが!
そう言うからには、試してやろうではないか。
そうして待っていると、黒い布で全身を覆った二つの人影が姿を現した。この空間にいるのは3人、自分と轟、そして八百万のみ。即ちアレは轟と八百万ということ。布で全身を覆っているのは、抹消されるのを嫌ったからだろう。
確かに、見えなければ抹消はできないが……
「デメリットの方がデカいだろ、それは」
全身を覆う黒い布。それはつまり、自分の視界すらそれで塞がれているということに他ならない。そんな状態では前の確認がせいぜいで、後ろにいる相澤まで注意を向けることは到底できない。
相澤は捕縛布で人影の首部分を縛り、その頭部同士をぶつけさせた。人影の片方から「痛っ!」という声が聞こえ、もう片方の布が外れてその中身が露わになる。
声は布が外れていない方から聞こえてきた。ならば姿が見えるようになったのは八百万のはずで……
「マネキンかよ」
「やることは……一つ!」
互いの頭をぶつけさせたと思っていたが、八百万の方は本人ではなく上半身だけのマネキン。本体は相澤の方を向きながら屈んで、不意打ちの用意を始めていた。
何かを発射するためのカタパルト。発射するための引き金を引くのに失敗したことで何が出てくるのかは分からなかったが、まぁ何だろうと危険なことに変わりはない。今の内に距離を取ろうと、相澤はバックステップで八百万から離れていく。
「逃がしは……しませんわ!」
「コレは……撹乱かな?」
「轟さん!お願いします!」
「ああ……任せろ!」
カタパルトから飛び出してきたのは、相澤が装備しているのと同じ長い捕縛布であった。それは円を描くように相澤の周りを囲み、包囲網を作る。そしてそこに、黒布を破って放たれる轟の炎。
自分ではなく地面を狙って放たれた炎。いったいどういう狙いがあるのかと考えを巡らせようとしたその時。ギチッ……と、相澤の周りを囲む捕縛布が軋むような音を立てた。
「先生を相手に、個性での攻撃を決め手とするのは不安が残ります。ですから用意しました……ニチノール合金をご存知ですか?加熱することによって瞬時に元の形状に変形する……」
「……!」
「形状記憶合金ですわ!」
轟の放った炎によって、捕縛布は急速に縮んでいき相澤をきつく縛り上げた。
ニチノール合金。相澤の物と全く同じアイテムは創れないため、自分仕様のものとして加えたオリジナルの素材。加熱することで瞬時に元の形状に復元される、形状記憶合金である。元の形状を、ちょうど相澤を縛り上げられるように調整していたのだ。
「……大したもんじゃないか」
動けなくなった相澤に、八百万が背後に回り込んでハンドカフスを掛ける。試験の合格条件を満たしたことで、リカバリーガールから『轟・八百万ペアが合格だよ!』とアナウンスがなされた。
「何だかんだ、甘い男だこと」