「こうもすんなりといくモンなのか……」
「いえ、しかし……」
言おうかどうか逡巡したが……八百万は正直に自分がミスを犯していたことを告白した。カタパルトを発射する時、一度目で引き金を空振りしてしまっていたのだと。
相澤はそのミスに気付いた上で距離を取った。あんな大きな隙、カタパルト発射を防ぐことも容易であったはずなのに。
「先生は……故意に私の策に乗ったように見受けられました」
「隣の轟を警戒してただけさ。お前のことは見えていたが、轟は布を被ったままだったからな。氷結がどこかのタイミングでくると考えていた」
「……」
「俺は、あそこで退くのが最善手だと思ったから退いた。でもそれは、お前のプラン通りだった訳だ」
轟は八百万に言われていた。『このプランは時間さえあれば、確実に勝利まで導いてくれる』と。そして実際に、その通りになった。
「ありがとな、八百万。お前のおかげで……?」
「……………!!」
「どうした?気持ち悪いのか、吐き気には足の甲にあるツボがよく効くらしいぞ」
「な、何でもありませんわ!」
自分の作戦が上手くいった。自分がチームを勝利に導くことができた。
自信を失っていた八百万にとっては、このことがとても大きな成功体験となるだろう。きっと、これからの彼女は自分を見失うこともなく確かな成長を遂げるだろう。的外れな助言をする轟とそれに言い返す八百万の掛け合いを見ながら、相澤はそんなことを考えた。
「しっかし、超温差光線。マジで使いどころがねえな……エンデヴァーのトコで制御する特訓したんだけどよ、見せられなかったな」
「まぁ、流石に威力が高過ぎますからね。鳴神さんの『
「だな……八百万。何か、そういうののヒントとか思い浮かぶか?」
「えっ、私がですか?」
轟は八百万にヒントを求めた。職場体験の時も一緒の事務所にいた葵に「必殺技にするにしても、もう少し使いやすい方が良いんじゃないですか?」と言われていた。
轟も自分で色々と考えてみてはいたが、1人ではあまりいい考えが浮かばなかったのだ。だが八百万ならば、相澤を拘束する手段を考えついたように何かいい案があるかもしれない。轟は既に、八百万の出すアイデアを信頼していたのだ。
「でしたら、まず氷結の方は──」
その信頼に応えるべく、八百万は自分が考えついたアイデアを轟に伝えていく。轟も真剣にそれを受け止めようと耳を傾けていたが、相澤の言葉によって話し合いは中断された。
「……話し合いの前に、これ解いてくれ」
「あっ……も、申し訳ありません!」
「そういや、相澤先生捕まえたままだったな……」
〜
【緑谷・爆豪ペア】
「素晴らしいぞ少年達!折り合いの悪い相方でも協力して強大な敵に挑むその姿勢……ただ!2人とも!」
「ゲホッ……!」
「がっ……ハ、ァ……!」
「それは今試験の前提だからね、って話だぞ!」
試験終了まで、あと20分程残っている。その間どうやって、この暴れ馬2人を拘束しておこうと頭を悩ませるオールマイト。
いったい、何をされたのか。地に叩き伏せられた2人には、それさえも分からなかった。
それは、数十秒前のこと。
「あそこだ……脱出ゲート!」
「無駄に装飾が凝ってんな。まぁいい、どっちかでもアレをくぐることができれば試験クリアだ!」
爆風でオールマイトを退けた2人は、一目散に脱出ゲートを目指して走っていた。オールマイトが建物や舗装を破壊しながら真っ直ぐ進んできていたことで、ほとんど一本道であった。
……オールマイトの放った爆風は、一回だけだったはずだ。つまり、ほぼゲート前から俺らのいた中央まで爆風を届かせたってこと……!
「ふざけた威力だぜ、マジでよ……!」
「オールマイト、追ってこないね。まさかさっきの一撃で気絶しちゃったんじゃ……」
自身のお株を奪うオールマイトに、嫉妬混じりの愚痴を漏らす爆豪。緑谷はそれを聞きながら、オールマイトが追ってこない現状に疑問を抱きそれを口にしていた。
爆風でオールマイトを吹き飛ばしたあと、彼がどうなったかは2人とも確認していない。そんな手間と時間を惜しんででも、脱出ゲートに向かうことを優先したからだ。
「てめェ、散々オールマイトを倒せる訳がねェって言っておいて何を言ってんだ。あんなんが一発当たったぐらいで、どうにかなるようなタマじゃねえだろうが」
「それもそうか……だとしたら何で」
「どうでもいいわ、そんな理由。次オールマイトが追いついてきたら、今度はまだチャージが終わってねえから対応ができなくなんぞ!無駄口叩いてねえでさっさと脱出しねえと」
「うんうん。それでそれで!?」
「!!?」
「デッ……デトロイトッ、「やらせんよ!」
走りながら話し合う2人。その中にオールマイトは割り込んできた。面食らった爆豪が籠手を向けて迎撃しようとするが、小パンチ一発で籠手を破壊された挙句膝蹴りを腹に受けてしまう。
爆豪がやられたのを見て、足を止めてしまった緑谷も同じように籠手を破壊されてしまう。そのまま反撃のために振りかぶっていた左腕を掴んで、彼の身体を宙に浮かせた。何とか抜け出せないかともがいてみる緑谷であったが、オールマイトはビクともしない。倒れた爆豪の方も踏みつけられて抑えられており、完全に2人ともやられてしまった。
『報告だよ。最初に条件達成して、轟・八百万ペアが合格だよ!』
「ほう……驚いた、相澤君がやられたとは!こっちもウカウカしていられないな……埋めるか!」
「クソがぁ……!」
「速……過ぎる……!」
圧倒的なスピード、パワー、タフネス。
シンプル故によく分かる、彼我の格の違い。敵として対峙したからこそ改めてよく分かる。オールマイトは……この男は世界一のヒーロー、世界一高い壁なのだと。
「まったく、なんて顔だよ少年……最大火力で私を引き離しつつ、脱出ゲートをくぐる。これが君達の答えだったようだが、その最大火力はもうない。これで終わりだよ!」
「うるッ、せえ……!」
「なっ……!?」
籠手の最大火力と遜色ない威力の爆破を撃ち、自身を踏みつけていたオールマイトの足を引き離した爆豪。ズキズキと痛む掌を握り締めながら、「ブッ飛ばす」と緑谷を掴んで脱出ゲートまで思いっきり投げつけた。
「スッキリしねえが……今の実力差じゃまだこんな勝ち方しかできねえ!」
「痛った……!マジかよかっちゃん!?」
いきなりの暴挙に驚いた緑谷だったが、すぐに落ち着きを取り戻した。さっきの爆破によってオールマイトは身体を浮かされた。着地してから立て直すまで一秒か二秒……それだけあれば十分、ゴールまで届くだけの飛距離が稼げる。合格できる……!
「ニューハンプシャー……スマッシュ!」
「おぼっぶ……!?」
「チィッ……!」
「甘いぞヒーロー!ゴールには行かせんよ!」
オールマイトの必殺技、風圧で自身を砲弾として撃ち放つ超速のタックル『ニューハンプシャースマッシュ』。それを背中でモロに受けてしまい、緑谷の背でメキメキと嫌な音が鳴り響いた。
それを見た爆豪は、目論みが失敗に終わったことを舌打ちして悔しがりながらも飛び込んでいく。タックルを受けて飛んでいった緑谷に追撃を仕掛けようとするオールマイトを弱い爆撃で止めてから、再びの最大火力を撃ち放った。
「バカだったぜ……そもそも籠手は最大火力をノーリスクで撃つための物だ。ノーリスクでアンタに勝てるはずなんて、無かったわな!」
「ぐおおっ……!」
「行け、デク!さっさと走れ!」
三度目となる最大火力。最早腕もイカれて、まともに動かすことすら辛くなっているはずなのに。爆豪は限界を超えて尚、オールマイトに食らいついていた。
「早よしろ!近接格闘なら、まだ俺の方に分があるんだよ!役に立てやクソカス!」
発破をかけられた緑谷は、オールマイトを足止めする爆豪から目を逸らして脱出ゲートのある方に目を向ける。20%フルカウルならば一っ跳びで辿り着ける距離、しかしオールマイトがそれを見逃されくれることなんてないはずで……
……走れ!よりゴールに近い僕を、オールマイトは無視できない!かっちゃんなら、そこを突いてくれるはず……!
ゴッ
「寝てな、爆豪少年。そういう身を滅ぼすようなやり方は……教師として看過できない」
実際その通りに隙を突こうとした爆豪は、逆に頭を掴まれて地面に叩きつけられた。その衝撃でアスファルトは砕け、爆豪の首辺りからピシッ……と嫌な予感を感じさせる音が鳴る。
「痛っ!?」
「折れて……」
それでもまだ、心まで折れてはいなかった。
「折れて……折れて!自分を捻じ曲げてでも選んだ勝ち方で……!それでもまだ敵わないなんて……嫌だ!」
「かっちゃん……!」
「おっと……行かせないぞ緑谷少年……!?」
緑谷は踵を返した。全身にフルカウルを20%で発動させ、思いっきりオールマイトを殴りつけて爆豪から引き離す。そのまま吹っ飛ぶ方向に向けて前進し、追撃の一発──踵落としを上からではなく下から繰り出す『マンチェスタースマッシュ』を顎にぶつける。
オールマイトは両手でそれをガードしたが、攻撃の反動を受けて空中高くへと飛ばされた。これはマズいと着地しようとするその瞬間を見逃さず、緑谷は更に構える。
自身唯一の遠距離攻撃、『デラウェアスマッシュエアフォース』。職場体験で習得して以降、サポート科に作成してもらったアイテムで押し出す風圧に指向性を持たせることに成功していた。これにより射程、威力共にそれなりの安定感を得たが……既にガードを固めているオールマイトを貫ける程の威力なんて、到底出せるはずもない。
「デラウェアスマッシュ……エアフォース!」
「構わず撃ったな……!」
そんなことはどうでもいいのだ。大事なのは、エアフォースを防ごうとするその腕に──
「コレは……!」
「はぁっ……はあっ……!オールマイト……僕達の勝ちです……!」
「……やられたね!」
──ハンドカフスを掛けてやることなのだから。
オールマイトは攻撃をガードする時、両手を合わせて防御態勢を取る。両手を合わせているということはつまり、ハンドカフスを掛けるには絶好のチャンスという訳で。身動きの取り辛い空中に浮かせて顔狙いでエアフォースを放つことで、緑谷は顔面を守らせて視界を塞いだ。エアフォースに乗せたハンドカフスの存在を、悟らせないために。
『緑谷・爆豪ペア、合格だよ!』
嫌だった。
ただ、嫌だった。
勝利のみを好む男が、自分のプライドだけは絶対に曲げようとしなかった男が、自分を曲げようとする姿なんて見たくなかった。だから緑谷は、脱出ではなくオールマイトに挑むことを選んだ。爆豪のプライドを曲げさせたくなかったからだ。
自分を曲げてしまえば、それはもう爆豪勝己ではなくなってしまうから。
「思いっきり殴ったね……まったく、あと一歩だけでも駆けていれば、それでクリアできていたかもしれないのに!」
「それは……そうですけど……」
「ま、君はそういう人間だったな!君は誰だろうと助けてしまう!そしてその時……そこに相手との関係がどうとか、実力差がどうとか、そんな壁は一つもないんだ!君はそういう人間だった!」
「はは……は、は……」
脱出ゲートに書かれていた「頑張れ!」の文字が「よくぞ!」に変わる。それと同時に合格して気が抜けたのか、負ったダメージに耐えるのが限界を迎えたのか、緑谷も倒れて気を失った。
オールマイトは、倒れた2人を両脇に抱えてリカバリーガールの元へと運んでいく。緊張の糸がが切れて眠るように気絶する2人を抱えて歩くオールマイトの姿をモニターで眺めながら、風華と葵は激戦を制した緑谷と爆豪に惜しみない拍手を送る。
「お疲れ様でした!」
「2人とも、凄かったよ。次はわたし達の番だね」