「お姉ちゃん……今日は晴れの日だよ?こんないい天気なんだから、今日はレインコートは要らないんじゃない?」
「無いと落ち着かないからね。室内でもない限りは着続けるよ。それじゃあ雷羽、行ってくるね」
「うん……いってらっしゃい」
雷羽が不満の声を上げる。風華がいつものようにレインコートを着けるせいで、雄英の制服を着ているのが見えなくなっているからだ。
憤慨する妹を宥め、風華は雄英へ向かう。今日から自分は高校生。制服に袖を通したことで、よりそのことを実感する。いったいどんな人間や授業が待っているのだろうか。まだ見ぬ高校生活を想像しながら、歩みを早めていくのだった。
雷羽の住む叔父夫婦の家から30分程歩いたところで、雄英の施設の一角が見えてきた。
……いつ見てもデカい施設だ。
思いを馳せながら校門をくぐる。異形型の大柄な生徒でも問題なく入れるようになっているとのことだが、流石に、ここまで大きくする必要があるのかとも思う。
余計なことを考えている間に見つけた校内の案内図から、自身のクラスである1-Aの在処を探す。情報を元に、校舎の中を移動する。途中途中貼られている貼り紙の助けもあって、風華はなんとか迷うことなく教室まで辿り着くことができた。
「……ドアもデカいなぁ」
背丈の2倍はありそうなドアを開け、教室の中に入る。朝のHRの時間まで30分以上あるが、既に中には何人かの生徒が先駆けて入っていた。張り切ってるなぁ、と風華は感心した。
「む、おはよう!……お、確か君は試験会場が一緒だったな!合格していたのか!」
「おはよう。そういえば、見たことのある顔だ」
「俺は聡明中学出身の飯田天哉!これからよろしく頼む!」
「鳴神風華。これからよろしく」
教室に入った風華に気付いた眼鏡の生徒が、挨拶と自己紹介をしにやって来る。飯田天哉と名乗る彼のことは、試験の時によく質問をしたりしていたのが印象に残っていたのを覚えていた。
出席番号順に並んでいる机を辿って、自分の席を探す。鳴神風華と自分の名前が書かれた席を見つけてそこに座る。しばらく時間潰しに本を読んでいると、勢いよくドアを蹴り開けて男子生徒が入ってきた。金髪、着崩した制服、全てに対して威嚇するような目つき。こういうのを不良とかいうんだろうなと思い、風華は彼から目線を離した。
少年は自分の席を見つけて鞄を置くと、そのままの勢いで座って机に足を乗せる。あまりの傍若無人な態度に、飯田が苦言を呈しに行こうとした。
「おい、君!机に足を乗せるんじゃない!その机を作った製作者の方に失礼だと思わないのか!?」
「ああ!?思うわけねえだろモブが!てめえどこ中だ!?」
「俺は聡明中が……「天哉」鳴神君!?」
風華は少年に注意を続ける飯田を止め、代わりに少年の前に立つ。彼女の放つ怒気を感じ取ったか、少年は一瞬怯む。しかし、すぐに気を取り直して風華を威嚇し始めた。
「今度はどのモブだよクソが!てめーはどこ中「口を閉じろ」
「ああ!?」
「喧しいし、態度も悪い。お前がどこの誰かなんてどうでもいいけど、周りの迷惑になっているなら放ってはおけない。HRが始まるまで後10分くらいだが。お前はそんな短い時間ですら、大人しくしていられないのか?」
「んだとぉ!?」
「そして、机は学校の備品だ。乱暴に扱って破損したら弁償が必要になる。嫌ならその足は降ろせ。これ以上は言わないが……お前の考えるヒーローは、周りに迷惑をかけ続けて、それでもヘラヘラ笑っていられるのか?」
言い返せなくなったのか、少年は大きく舌打ちをして足を下ろした。不機嫌になっているのが態度でよく分かる。あまりにも雰囲気の険悪になった空間に、丁度入室してきた緑髪の少年が「何事!?」と素っ頓狂な声を上げた。
同時に入ってきた茶髪の女生徒を含めて、風華はその姿を見て「あ」と呟く。試験の最後、0ポイントを粉砕した少年と、瓦礫に足をやられて動けなくなっていた少女。
……二人とも、合格していたんだ。よかったね。
怯えたような目でこちらを見ている二人に手を振り、「おはよう」と挨拶を交わす。しばらくはフリーズしていた二人だったが、なんとか再起動して挨拶を返してくれた。
「お……おはよう!確か、試験で僕を助けてくれた人だよね!あの時は本当にありがとう!僕もなんとか合格できました!あ、緑谷出久です!」
「麗日お茶子です!あの時はありがとね!あ……!まだあなたの名前を聞いてなかった!」
「鳴神風華。これからよろしくね、出久、お茶子」
互いに自己紹介をして親交を深める。席が出席番号順になっていることを伝えて自分の席に戻ると、丁度HRの始まりを示すチャイムが鳴った。
「もうHR始まるぞ。お友達ごっこがしたいなら他所へ行け。ここはヒーロー科だぞ」
チャイムが鳴ってもしばらくはクラスメイト同士の交流が続けられようとしていたが、壇上にあった寝袋から聞こえてきた一言によってそれは終わりを迎える。寝袋から出てきた小汚いという表現が適当な男は、自身が担任であると自己紹介をした。
「担任の相澤消太だ。よろしくね」
「担任!?」
「早速だが、机の中に君達の分の体操服が入っているはずだ。それを着てグラウンドに集合。10分で支度しろよ」
「先生、質問があります!」
「却下。10分きっかり、遅れないようにな」
担任教師の意外な姿に驚く声も、突然の指示に対する質問も全て無視して、相澤は必要な事項だけを伝えて外に出る。これ以上言うことがないならと、風華は体操服を持って更衣室に向かった。
「ちゃんと10分で集まったな。それじゃあ始めるぞ。個性把握テストだ」
「テスト!?入学式は!?ガイダンスは!?」
「そんな非合理なことをしている暇はない」
式典など非合理的と言い切り、ざわめく生徒達を黙らせる。静かになってから相澤は次の言葉を話した。
「中学でもやってた体力テストがあるだろ?あの合理的じゃないテストをだ。ここではアレを個性アリで行う。……そうだな、爆豪。中学の時のソフトボール投げの記録は何mだ?」
「67m」
「んじゃ、個性を使ってやってみろ。円の範囲から出なければ何でもアリだ」
相澤にボールを手渡された爆豪が、ソフトボール投げの円の中に入る。個性を使える、それを聞いているからか、獰猛な笑みを浮かべていた。
「爆破の勢いをスイングに乗せる……死ねぇ!!」
一流の投手のような豪快なフォームから、しっかりと己の個性を活かしてボールを飛ばす。爆風に乗ったボールは瞬く間に小さくなり、皆の視界から消えていった。しばらくして、液晶を眺めていた相澤が「705m」と記録を告げた。
「おお、すげえ!」
「個性使うとこうなるんだ!楽しそう!」
「ほう……楽しそう、か」
楽しそう、聞こえてきた言葉を相澤は否定する。
「楽しそう……君達はそんな心算で3年間を過ごすつもりなのか?ならばこのテストでトータル成績最下位の者は、見込み無しとして除籍するとしよう」
「除籍!?そんな横暴な!」
「雄英は自由こそが校風。それは教師が生徒の処遇をどうするかにも当てはめられる」
天災も、人災も、いつどこからだってあり得る。世の中は理不尽なことがたくさんあるのだ。ヒーローはいつだって、それらに備えていなければならないのだと相澤は言う。確かにそうだ、と風華は彼の言葉に同意した。
「ピンチも理不尽も、超えていくのがヒーローだ。雄英は君達に試練を与え続ける。
もちろん、目指すのは一番である。ここにいるクラスメイトの個性なんて一部しか知らないが、誰にだって負けるつもりはない。両の拳を打ち合わせ、風華は気合を入れるのだった。