先に試験を受けた10組の時間も終わり、次は風華と葵の番である。受験生の初期位置である会場中央まで移動してから、2人は試験が始まるまでの時間で作戦会議を行った。
「さて、相手はあのオールマイトですけど。僕達はどうやって彼と戦えばいいと思いますか?」
「そもそも、戦いにしちゃいけないと思う。動きを止めて距離を取って、基本的には脱出を狙う。オールマイトを確保するのは、出久がやった時みたいに相当な隙がないと無理だろうね」
「雷上動は禁止されましたしねぇ」
「ホント、機動力の要を封じられたのは痛い……」
会場入りする少し前、風華は相澤から「試験中はあの、雷上動……だったか?それ使うのは禁止だ。あれを許可すると、オールマイトと戦って勝つ選択肢を取らなくて良くなっちまうからな」という通達を受けていた。
まぁ、当然の措置だろう。雷上動は風華が電気のラインを伸ばす限り、際限なく何処へだって行くことができる。
禁じられた理由は納得する。だからといって使い慣れた必殺技を使えないのはもどかしい。仕方ないので雷上動抜きで作戦は考えるが……モヤモヤしたものは、心の中に残ったままであった。
「会敵した時は、僕が盾になってふうちゃんがその後ろから攻撃。この形が一番、オールマイトに対抗しやすいでしょうね。オールマイトの攻撃、僕どのくらい耐えられると思います?」
「知らないよ……自分のことでしょ。わたしは風雷回帰があるから、一応ダメージ自体はなんとかできると思うけど……それでダメージ→再生のループに持ち込まれたらどうしようもなくなるね」
「うーん……あ、じゃあこんなのはどうです?」
「作戦思いついた?聞かせてもらおうじゃないの」
別に誰かに聞かれるという訳ではないが、風華の耳元に口を当ててコソコソと話す。聞かされた作戦の内容は、お互いにかなりの負担を強いられる過酷なものであった。
「本当に、できるの……?葵、この作戦じゃあなただけが攻撃を受けることになるよ」
「いいんですよ、それで。僕は耐久力だけなら、オールマイトよりも高いと自負しています。何十回も耐えるというのは流石にキツいですが……勝つためならばこのくらいの負担、軽いものです」
「いや……でも、これじゃ流石に」
「そもそもの個性の性質上、僕が盾役を務める方が適当です。ふうちゃんは再生はできても、耐久力は人並みのままですからね。纒雷でも上げられるのは身体能力だけで、耐久力はそのままでしょう?」
お任せください。葵はそう言い、ドンと胸を叩き自信満々であることをアピールする。
そこまで言われては折れるしかない。風華は葵の立てた作戦を使って、オールマイトを攻略することを承諾した。
『さぁ、用意はいいかい!?演習試験、後半の部を始めるよ!』
「……
「龍化します!」
『制限時間は30分……スタートだよ!』
リカバリーガールによる合図と同時に、遥か彼方から爆発音が聞こえてきた。オールマイトがスマッシュで、辺りの建物や道路を吹き飛ばした音だ。規模自体は一発で中央まで届かせていた緑谷達の時よりも小さいが、先に一戦して消耗しているとは思えない程の威力である。
「ふうちゃん、暴走は大丈夫ですか!?」
「大丈夫……暴走は抑えられてるよ。このまま作戦通りいこう。潜赫……『
風華は地面に手を付き、そこから赫い雷を広げて電撃のダメージゾーンを作った。会場全てを包めるほどの範囲はないが、脱出ゲートまで延ばせていればそれで十分である。
その作業を終えると、風華は龍化した葵の背中に飛び乗った。赫風で巨体を浮かせ、擬似的に飛行能力を与える。耐久力に優れた、迎撃機能付きの運船の出来上がりだ。
「わたしは風の操作で手一杯になるから……オールマイトの迎撃は任せるよ!」
「お任せください!果たすべき責務は、しっかりと果たしてご覧にいれましょう!」
オールマイトが対応してくる前に、このまま脱出ゲートまで直行してしまえればいいが……葵の巨体を空高く浮かべながら、風華はそんな甘いことを考える。もちろん、そんな甘くはいかないであろうことは分かっているが……上手くいってくれと願わずにはいられなかった。
「ふふ……足場となる所を電撃で塞ぎ、その上を飛行していくか!いい考えだが、私にはこの程度の電力は効かないぞ!」
「オールマイト……!ヤバい、
「本当ですか!?まだ見えて来てませんけど……」
「既にこの会場の空気は全部、わたしの支配下にあるからね……この赫い空気の中なら、どんなことでも手に取るように分かるよ。ていうか、酸素マスク着けてる!窒息対策しちゃってるよ……!」
「うわぁ……用意周到ですね!」
辺り一帯の酸素を奪って窒息させてやることも考えていたが、オールマイトは酸素マスクを着けてバッチリ対策していた。これでは酸素剥奪を実行しても、葵だけが被害を受けることになってしまう。
用意の良さに呆れていると、一際大きな赫いスパークがこちらに向かってくるのが葵の眼にも映るようになった。常人なら触れただけでもショックで昏倒する程の電撃を、そんなこと知るかと言わんばかりに突っ切って超スピードで近付いてくる。そのまま赫雷を振り切って飛び上がり、その拳を振りかぶった。
「テーキサース……スマッシュ!!」
「防ぎます!」
「おおっ、硬いな!これが蒼龍の力か!」
「邪魔は……させない!『
オールマイトの渾身のパンチ、大きく振りかぶって放たれる右ストレート『テキサススマッシュ』を葵は腕十字ブロックで防いだ。風華は衝撃の余波でよろける身体を立て直し、葵の背に手を着いてそこを起点に
「やってくれるな!だが、次はそうはいかんぞ!」
「もう一回来てる!葵!」
「分かってますよ!迎撃します!」
「おっと、言っただろ!?次はそうはいかないってな!」
まずは運船を堕とす。オールマイトはクレーターから再び飛び上がって2人に近付き、迎撃のために振られた尻尾を掴んで葵を地面に向かって思いっきり投げ込んだ。「あわわわぁ!?」と狼狽えた叫び声を上げながら葵は地面に叩きつけられて、赫雷を全身に浴びてダウンしてしまった。
風華は自ら浮くことで何とか耐えたが、頼みにしていたメイン盾が一瞬でのされてしまった。このままでは風雷回帰の再生ループに、制限時間いっぱいまで持ち込まれてしまう。気絶してしまった葵がいつ目覚めるかは分からないが、そうなってしまえば合格はもう絶望的だ。
オールマイトでも空を飛ぶことはできない。制空権がこちらにある以上は、それを活かさない手はないだろう。
ここからは独りでの戦い。オールマイトよりも有利な部分を活かして!どうにか勝ち筋を拾っていかなければならない。格の違う相手であるが……勝つためには、やるしかない。
「鳴神少女、油断は良くないぞ!確かに私には空を飛ぶことはできないが……空を歩くことはできるのだからね!」
「嘘でしょ……そんなこともできるの!?」
「ミズーリー……スマッシュ!!」
「ぐっ……!」
空から遠距離攻撃を続けて、どうにかしようと考えていたのは甘かったということを思い知る。オールマイトはさっきまでの二回のような一っ飛びのジャンプではなく、空気を蹴り上げて登るように風華との距離を縮めてきた。
そのま超パワーを纏った水平チョップ、『ミズーリースマッシュ』を放つオールマイト。風華はそれをブレードで受けるが、その衝撃でブレードは刀身が砕け、反動で左方向へと飛ばされた。せめて脱出ゲートに近くなる後方へ飛ばされたならよかったのだが。そんなお優しい気遣いは当然、してくれないようであった。
「ふざけたパワー……愛刀だったのに」
「それは済まなかったね、ハハハ!だが、敵にそんな恨み節をぶつけたって意味ないぞ、鳴神少女!」
へし折れたブレードの柄を投げ捨て、風華は纒雷を発動する。赫い雷が全身を迸り、身体能力を大いに底上げした。これでも尚、オールマイトを相手にするには不足だろうが……やらないよりは、遥かにマシであると判断した。
空中での肉弾戦。オールマイトの激しい攻撃を捌いていく中で、コッソリと脱出ゲートに近付くことを試してみているが、それには気付かれているようであった。オールマイトは決して風華が脱出ゲートのある方角に向かえないように、巧みに立ち位置を調整していた。
凌げては、いる。No.1ヒーローオールマイトといえど、滞空したままの戦闘はそうそう経験していないらしい。錘の負荷もあってか動きは纒雷込みで対処できるレベルに留まっていた。
もっとも、それでも攻撃が激し過ぎて反撃する暇が無いのであるが。
「ヘイヘイ、どうした鳴神少女!受け流しの技術は一丁前みたいだけど、それだけじゃあ私に勝つことは到底できないぞ!」
「無茶なことを……言ってくれますね!」
「おっと!危ない危ない。今のはちょっとだけ肝が冷えたぜ!」
「何で避けられるんですかっ……!」
振り抜かれた拳を下に向けさせ、自分に当たることは何としてでも阻止する。余波がアスファルトを砕き、風華は衝赫『
渾身のカウンターをスカされ、忌々しそうに呟く風華。しかし赫風の流れから何かを察知し、呟きはすぐに不敵な微笑みに変わった。
「これはっ……!立甲少女の尻尾!?」
「ふふ……オールマイト、僕はまだやれますよ!」
「何の……これしきっ!」
「十分だよ……いい時間稼ぎだった!」
風華が微笑む理由を探ろうとしたオールマイトに巻きついた、蒼く巨大な百足。意識を取り戻していた葵が、風華に集中しているオールマイトの隙を突いて巻きつけたのだ。
オールマイトは百足を引き千切り、何とか拘束から脱出する。地面の方では、尻尾を千切られた痛みで葵が呻いていた。しかしこれが、形勢逆転の大きな一助となった。
「少しだけ、止まってもらいます。……『エアーズロック』」
「うおっ……だが、この程度!」
「この程度でいいんです!衝赫……『
「グハアッ!?」
対象の周りの空気を固めて、即席の檻を作る必殺技『エアーズロック』。これで一瞬だけオールマイトの動きを抑え、ありったけの電力を込めて重ねた両拳を撃ち下ろす。赫いスパークがオールマイトの胸元で激しく炸裂し、莫大なダメージとなって彼を襲った。
腕を振り切り、オールマイトを地面に堕とす。衝撃で建物や電線が砕けて倒れ、アスファルトの地面にクレーターが出来上がる。これでもまだ、オールマイトは倒れないと薄々分かってはいたが。土煙が晴れた時にはもう起き上がっているのでは、電力を消費し切った甲斐がないというものであった。
「スピード、パワー、タフネス。基礎能力の全てが超一流……だからこそのNo.1。やっぱりあなたは最高のヒーローですよ。いや……今は、最悪の敵でしたね」
「ハハハ……それで、これ以上の火力が鳴神少女にはあるのかな!?」
「火力はもう要りませんよ。仕込みなら『
「ほう……うっ!?」
着地はせず、滞空したまま風華はオールマイトと会話をする。勝利のための布石は、既に打ち終えていると彼女は言った。ならばその成果を見せてもらおうではないか……オールマイトがそう言おうとした瞬間に、彼の身体を赫いスパークが迸った。
衝赫『
伏雷の中を突っ切ってきたオールマイトは、ダメージゾーンに入ったその瞬間だけ僅かに動きを止めていた。電撃に反応するその瞬間だけは、ショックをモロに浴びて硬直してしまうのだ。
だから、継続的にではなく断続的に電撃を与えて一瞬の硬直を連続で起こさせる。いくらオールマイトが超人と言えども、強い電気を浴びて硬直するという生理現象には逆らえない。葵のサポートのおかげで、オールマイトの動きを大きく制限することに成功した。
「そして……僕の尻尾は、一本だけでは……ないんですよ!」
「やっちゃえ、葵!」
「クソ、力が入らな……おわあああぁぁ!!?」
「オールマイト……綺麗な星に成りましたね」
断続的に放たれる電撃で、行動を著しく制限されてしまう中でも。オールマイトは諦めずに風華をどうにかしようとする。電撃が放たれていない僅かな時間の間に、一気に距離を詰めて……そう思って実行に移そうとしたところで、今度は2匹の蒼百足に阻まれた。
電撃のせいでまともに力を入れられず、オールマイトは一度目とは違って、成す術なく巻きつかれていく。そのままきつく締められて、天高くへと放り投げられた。今の状態では、空気を蹴って宙を歩くやり方はとてもできない。落下してくるまで、そのまま空の旅を楽しむことになるだろう。
ここで、事実上の決着が着いた。
「ほら……龍化解いて。担いだげるからさ」
「ありがとうございます……」
龍化を解き小柄な少女に戻った葵を背負い、脱出ゲートに向けて走っていく。
纒雷を再び発動して、身体能力を強化することは忘れない。ありったけの力で天高くまで飛ばしてやったとはいえ、いつ戻ってくるかは流石に分からないのだから。そうして速さを意識して壊れた街並みを突っ切っていった結果、オールマイトが戻ってくる前に脱出ゲートをくぐることができた。
『鳴神・立甲ペア、条件達成だよ!』
当SSが面白いと感じたら、評価や感想などをお待ちしております。