「やられた……!まさか、雄英高校が豆粒に見える程高くまで投げられるとは思わなかったよ!そういえば立甲少女は?尻尾引き千切っちゃったけど……大丈夫なのかい!?」
「大丈夫……ではないですけど。龍化した時の傷は栄養と休養をちゃんと摂れば治りますよ」
風華と葵は、試験を終えてすぐにリカバリーガールの治療を受けてベッドに寝かされていた。
風華の方は治療が必要になるような傷は負っておらず、赫災領域の反動で身体が怠いくらいで済んでいる。しかし葵の方は地面に叩きつけられ、電撃のフレンドリーファイアを食らい、尻尾の一本を引き千切られてかなりの重傷を負ってしまっていた。試験を終えて気が緩んだことで、気を失ってしまったくらいには消耗していたのだ。
そのため葵はリカバリーガールの出張保健所ではなく、校舎の中にある通常の保健室の方で寝かされていた。自由落下から戻ってきたオールマイトが真っ先に心配したのも、ここにいるはずと思って来た出張保健所に葵の姿がなかったからである。
「よかった……消えない傷にならなくて」
「そうだよ!再生するものだって、後から分かったから良かったようなものの!アンタ、教え子に一生消えない傷を負わせるところだったんだよ!緑谷と爆豪の時もそうだったけど……やり過ぎだ!」
「申し訳ない……そこは本当に申し訳ない!」
「その言葉は葵に言ってやってください。あの子もわたしと同じ……オールマイトに憧れて、ヒーローを目指したクチですから」
それもそうだな!と、オールマイトは爆速で踵を返して葵のいるであろう保健室へと向かった。移動の余波で生じた、凄まじい風圧がリカバリーガールを襲う。風華が個性で風を避けたことで、二倍の被害を受けてしまっていた。
「まったく、あの男は……!」
「そういえば、リカバリーガール。試験はクリアしましたけど……それでも赤点になることってあるんですか?」
「あぁ、立甲が心配かい?確かにあの子は、試験の大部分で気絶してたままだったからねぇ……試験をクリアしても、その内容次第では赤点になることは普通にあるよ。今回の場合は最後にオールマイトを退ける活躍をしたし、大丈夫だと思うけどね」
「そうですか、よかった……」
その言葉を最後に、風華は深い眠りに落ちた。オールマイトと話をするために、何とか気合を入れて起きていたが、流石に限界だった。
初めて会った時と比べて、どれくらい自分が成長したのかを聞いてみたかったのだが。そんな思考は睡魔に流されて消えていった。
「……お疲れさん。ゆっくり休むんだよ」
〜
所変わって……某所の人気のないバーで。雄英では悲喜交交の期末試験が終了した一方で、敵連合が三度、動き出そうとしていた。
死柄木は独り、三枚の写真を眺めていた。写っているのは雄英体育祭の時のもの。緑谷と爆豪、そして風華が戦っているシーンだ。写真を見つめるその眼には、いつものような忌々しさといった感情は見受けられなかった。
保須でステインの邪魔をするために脳無を派遣して以降、考え事が多くなっているのだ。
「死柄木さん、お久しぶりだな。こっちの方じゃ連日アンタの話で持ちきりだぜ。何かでけぇこと始めるんじゃないかってな」
「……で、そいつらは?」
バーの扉が開き、見知った顔が1人と見知らぬ顔が2人現れる。どちらも堅気ではない、見るからに敵と分かる顔ぶれだ。
1人の方は、闇のブローカー。敵連合を情報提供や必要なアイテム、人員の確保などでサポートする役割の男である。
2人の方は、この男が連れて来た新入り候補。どちらもステインとの繋がりがあった敵連合を求めてやって来た、所謂シンパという奴らである。
「生で見ると……気味悪りぃな」
「うわぁ手の人!ステ様の仲間だった人だよね!?私も入れてよ、敵連合!」
見ていた写真を握り潰し、塵に変える。2人の顔を見上げながら、死柄木はとても不機嫌そうに黒霧に「コイツら帰せ」と命じた。
「俺の大嫌いなモンがセットで来やがった……ガキと、礼儀知らず」
「はァ?」
「まぁまぁ死柄木弔……せっかくご足労いただいたのですし、話だけでも伺いましょう。義爛……あの大物ブローカーの紹介ですし、戦力的に間違いはないでしょう」
「何とでも呼んでいいけどよ、紹介料はしっかり頼むよ黒霧さん」
気に入らない相手とは会話もしたくないとコミュニケーションを拒む死柄木を、紹介してきた相手が相手だと黒霧が諌める。金に関してはがめつく言っておきながら、義爛は自身が太鼓判を押す2人の紹介を始めた。
「ま、紹介だけでも聞いときな。まずはこっちの可愛らしい女子高生。名前も顔もしっかりとメディアが守ってくれちゃいるが、連続失血死事件の容疑者として追われてる」
「トガです!トガヒミコです!世の中は生きにくいものです!生きやすい世の中になってほしいと思っています!そして、ステ様になりたい!ステ様を殺したい!だから入れてよ弔くん!」
「意味が分からん……破綻者か?」
「会話は一応成り立つ。きっと役に立つよ」
自己紹介の機会に預かり、自身の決意と欲望をプレゼンするトガ。主張の訳の分からなさには、同じ破綻者である死柄木も困惑せざるを得なかった。
「次は、こっちの彼。目立った犯罪を犯した訳ではないけど、えらくヒーロー殺しの思想に固執してるんだ」
「不安だな……本当にこの組織、大義はあるのか?このイカレ女、入れる気じゃないだろうな」
「おいおい、そのイカレJKすらできていることがお前にはできてない。初対面相手なら、まず名乗れ大人だろう」
「今は荼毘で通してる」
通すな本名を名乗れと、死柄木は荼毘と名乗った目の前のツギハギ男に説教をする。自分も説教をできるような人間ではないくせに、こういう時だけは一丁前であった。
荼毘は死柄木の説教を面倒臭そうに聞き流し、心底ウンザリしたとでも言いたげな顔で小さくため息を吐いた。
「出すべき時が来たら出すさ。とにかく……ヒーロー殺しの意思は、俺が全うする」
「聞いてねえよ……聞いてないことは言わなくていいんだよ。どいつもこいつも、ステインステインと繰り返しやがって……」
「……!いけませんよ、死柄木弔!」
「良くないな……気分が、良くない!」
ふらり。
「駄目だ……お前ら」
ゆっくりと椅子から腰を離し、死柄木は幽鬼のように虚ろな眼と満天の殺意を2人に向けた。背筋にゾクリと衝撃が迸るのを感じ、ナイフを抜き腕を掲げてそれぞれが臨戦態勢を取る。一触即発の状況をどうにかしようと、黒霧が何とか場を収めようとする努力も虚しく。3人の敵は、黒霧の静止を気にすることなく戦いを始めた。
五指が触れたものを崩す死柄木の手。
トガの手に握られたバタフライナイフ。
個性を発動しようとした荼毘の手。
それぞれが互いの敵を殺すために振られ、そして黒霧のワープゲートによって空を切った。出鼻を邪魔されたことで、3人とも手を引っ込める。
「落ち着いてください、死柄木弔。あなたが望むままを行うのなら、組織の拡大は必須。奇しくも世間の注目を集めている今こそが、その組織拡大の絶好のチャンスなのです」
「分かってるよ、そんなこと」
「今はどうか、排斥ではなく受容を」
状況の全てを利用しろ。ステインの遺した影響やその思想も含めて、全てを敵連合のために。そして己の望むままを成すために。黒霧は死柄木に受け入れることが大事だと嗜める。
しかし、こういった小言の類は死柄木が最も嫌う言葉である。
「うるさい!」
「おい、どこ行く」
「どこだっていいだろ……うるさい!」
ガチャリ。無駄に強くドアを閉めて、不機嫌さをアピールしながら死柄木はバーから出ていった。衝撃で僅かに震える扉を見て、義爛は「取引先に言うことじゃないが、まだまだ未熟で青臭い」と死柄木を評する。
トガは「殺されるかと思った」、荼毘は「気味の悪りぃ奴」と、それぞれが一連の流れから死柄木に抱いた印象を語った。おおむね、組織のリーダーとして良い印象は持たれていないようだ。
「返答は後日でもよろしいでしょうか?死柄木弔も自分がどうすれば良いのかは分かっているハズ……だからこそ、何も言わずに出ていったのです」
「あァ?」
「へぇ?」
「ホォ」
リーダーがいなくなったのでは、新入り候補をどうするかなんて決められるはずがない。黒霧は死柄木の勝手な行動を代わって謝罪し、どうか返答は待ってほしいと言った。
「雄英襲撃、そして保須のヒーロー殺し。既に彼は二度も鼻っ柱を折られている。……必ず、導き出すでしょう。納得するお返事を……」
「……だと、いいがねぇ」
「良いお返事を期待しています!」
「ま……こっちは待てるさ。死柄木さんがちゃんと答えを出してくれるまで、いくらでもな」
死柄木弔……USJ襲撃の時の様子から、オールマイトより『子ども大人』の評を受けた男。そんな幼稚な精神をした男にも、悩み考えて……成長するべき時がきていた。
〜
翌週。期末試験を終えて休みが明け、最初の登校日となったA組の教室はお通夜のような重苦しい雰囲気となっていた。
「うっぐ……ひぐぅ……!みんなのお土産とお話を楽しみにして……待ってるから……!」
「ま、まだ分からないよ!?個性把握テストの時みたいなどんでん返しがあるかもしれないよ!」
「緑谷……それは口にしたらなくなるパターンだ」
「試験で赤点取ったら、林間合宿には行けずに学校でずっと補習!そして俺らは演習試験をクリアできなかった!これでまだ分からんのなら、貴様の偏差値は猿未満だ!」
どうどう、荒ぶる上鳴を嗜める瀬呂。彼は試験をクリアしているが、それでも不安が残っている。彼は試験中ほぼ寝ていただけであり、峰田がいなければ詰んでいたからだ。
「それに……採点基準は明かされてないから。まだ赤点の発表がされてない以上は、希望を捨てるのは早いと思うよ」
「同情するならなんかもういろいろとくれ!」
「予鈴が鳴ったら席に着け」
「全員着いております、相澤先生!」
風華も上鳴を落ち着かせようと、瀬呂に助け舟を出そうとしたが。精神状態が通常のものではない彼には無意味であった。
どうしたものかと手をこまねいていると、授業開始5分前を知らせる予鈴が鳴り響く。同時に相澤が勢いよくドアを開けて入室し、更に同時にクラス全員が自分の席に戻っていった。相澤の合理主義に適応した、いつもの形である。
「おはよう。今回の期末テストだが……残念ながら赤点が出た。したがって……」
空気が重くなる。演習試験をクリアできなかった芦戸・上鳴・切島・砂籐は、この後に続くであろう言葉を想像して唇を噛んだ。
空気を操る個性の持ち主として、この状況の重さを何とかしてやりたいと風華は考えていたが。流石にこんな概念すらどうにかできる程、風華の個性は都合の良いものではない。せめて補習が何とかなるレベルのものでありますようにと、祈るくらいしかできなかった。
しかし、相澤先生である。
「林間合宿には全員行きます!」
「大どんでん返しきたあああああぁぁぁ!!!」
「赤点は筆記の方ではゼロ。演習で芦戸・上鳴・切島・砂籐、あと瀬呂が赤点だ」
「やっぱりぃ!」
誰も、演習試験はクリアできたら合格とは一言も言っていない。クリアできずに不合格よりもよっぽど恥ずかしいと、瀬呂は恥で赤らめた顔を隠すように手で覆った。
「今回の試験、我々は生徒達に勝ち筋を残しつつどう課題と向き合うかを見ていた。でなきゃ課題がどうとかの前に詰む奴ばかりだったろうからな」
「じゃあ、全力で叩き潰すってのは……」
「追い込むためさ。そもそも……林間合宿は君達の力を高めるための強化合宿だ。赤点とっちまった奴こそ、ここで力をつけてもらわなきゃならん。合理的虚偽ってやつさ」
「ゴーリテキキョギィイー!!」
確かにそうだ。試験の時、オールマイトが時間いっぱいまで脱出ゲート前に陣取っていたら風華達に勝ち筋はなかった。わざわざ戦いに来てくれたからこそ「オールマイトを振り切って脱出する」ではなく、「戦って脱出する隙を作る」戦法を取ることができたのだ。
教師陣は全力は尽くしていても、最善を尽くしてはいなかったのである。まだまだ、経験も地力も足りないということを思い知らされた。
……林間合宿、頑張らないとな。
演習試験未クリア組が林間合宿参加できる事実に沸き立つ傍で、風華は密かに決意を固めた。
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