「緑谷君!鳴神さん!」
「敵連合の奴がいたって……大丈夫だったか!?」
麗日による警察への通報からしばらくして。木椰警察はすぐに部隊を引き連れて現れた。雄英襲撃や保須市での事件もあり、警察は敵連合に対して特別捜査本部を設置していた。そうして対策していたからこそできた、迅速な対応であった。
ショッピングモールは一時的に閉鎖。区内のヒーローと警察が協力して捜査に臨むも、結局死柄木の姿はおろか何処に逃げたのかという痕跡すら見つかることはなかった。
風華と緑谷は警察署に連れられ、署で顔見知りであった塚内刑事から事情聴取を受ける。死柄木弔の人相や会話内容から分かる性格や思想など、伝えられる限りの情報を伝えた。
「ふむ……君達の話を聞く限りは、敵連合の内部も一枚岩って訳ではないみたいだね。オールマイト打倒という考えも変わらず……か。よし、取り敢えずこの辺にしておこうかな。捜査への協力ありがとう緑谷君、鳴神さん」
「ごめんなさい。わたしが個性を使ってでも止めていれば……むざむざと奴を逃すこともなかったはずだったのに……」
「そ、そんなことないよ!?僕の方こそ時間稼ぎができてれば、ヒーローや警察が来るのに間に合ったかもしれないのに……!」
風華も緑谷も、互いに責任を感じていた。あれだけ近くに世間を騒がせた敵がいたのに、緑谷は締め殺されかけて風華はそれを止められなかった。もちろん、下手に刺激したら周りにも被害が及ぶことが分かっていたからこそ動けなかった訳だが。何もできなかったことを歯痒く思う気持ちに、2人とも嘘はつけなかった。
そんな気持ちを察してか、塚内は悔しさと無力感で俯いている2人を励ますように言った。実際のところ塚内としては、迅速に通報する判断を下した麗日と共に、この2人に対しても高い評価を与えたいと思っていたということもある。
「そこまで悲観することはないさ。寧ろ自分や周りの一般人の命を握られていながら、よくぞ耐えてくれたと言いたいよ。君達が冷静に行動して死柄木の機嫌を損ねないでいてくれたからこそ、一人の犠牲者も出さずに済んだんだよ」
「そう……ですか」
「ありがとう……ございます」
「普通なら、あんな状況になったらパニックになってもおかしくない。学生の身分でできることも限られている中で、君達が取った行動はほとんど最適解と言ってもいい。一警官として……君達の勇気に感謝の気持ちを伝えるよ。ありがとう」
死柄木弔を逮捕できていれば、確かにその結果は最良の結果と言えただろう。しかしそんなこと不可能と分かっている中で、危機に晒されていた2人が最適解を取ったことで、誰一人として犠牲者を出さないという最善の結果を得ることができた。
無力感に歯噛みするのはいいが、そのことだけは分かっていてほしい。そう言って、塚内は事情聴取を終えた。外に出ると、空は既に太陽が西に沈んで紫がかり、三日月が浮かんでいた。
「緑谷少年!鳴神少女!」
「オールマイト?どうしてここに……」
保護者の迎えを待っていると、それよりも先にオールマイトが現れた。どうしてここに?と風華が疑問を口にすると、「個人的に話がしたかったから呼んだんだ」と塚内が答えてくれた。
「2人とも、無事で何よりだよ。助けてやれなくて済まなかったな」
「あ……はい」
「出久?」
「……どうした緑谷少年?何かあるのかな?」
──あのゴミが、救えなかった人間などいなかったかのように!ヘラヘラ笑ってるからだよなぁ!
「オールマイトにも……助けられなかったこととかあるんですか……?」
「あるよ……それも、たくさんね」
死柄木の言葉が頭をよぎった緑谷は、オールマイトにそう尋ねてみた。帰ってきた答えは予想通りのものであったが。
今もこの世界の何処かで、誰かが傷付き倒れているかもしれない。どんなに強くとも、オールマイトも所詮は一人の人間である。目や手が届かないところににいる人間は救えないのだ。
だからこそ、オールマイトは笑って立つ。
「正義の、平和の象徴が……人々の、ヒーローの、そして悪人達の心だって常に照らせるようにね」
「……死柄木の言葉を気にしてるね」
オールマイトが現場に来て、救えなかった人間など一人としていない。救われなかった人間は言い方が悪いが、運が悪かったのだ。自分が助けられた側であるからこそ、風華はそう思った。
誰だって、一人でできることには限りがある。だからこそ人は助け合っていくのだ。死柄木弔の言うことは単なる、逆恨みのようなものであろう。助けられるということは、当たり前に起きるようなことではないのだ。
「お、迎えが来たようだよ」
「お母さん!」
「出久……!もうやだよ……お母さん心臓が保たないよ……!」
「ごめんね……でも、僕は大丈夫だったよ。何ともないから泣かないでよ。ヒーローも警察もしっかり守ってくれたから大丈夫だよ」
息子の無事に安堵したのか、それとも息子が知らぬ間に危機に陥っていたことに恐怖したのかは分からないが。緑谷の母……引子はハンカチも意味を成さなくなる程泣きじゃくっていた。涙の理由が何であれど、息子を心配して泣いていたということには変わりない。心配してくれている母親がいるということを、風華は少しだけ羨ましく思った。
「出久……これ、あげるよ」
「あ、ありがとう……キャンディ?」
「わたしのお気に入りだよ。今日はいろいろあって疲れたでしょ。それ舐めて、元気出しなよ」
「うん……ありがとう、鳴神さん。また明日ね」
塚内の命令で、猫のような顔をした三茶という刑事が緑谷親子を送迎する手配をする。三茶に着いて行って小さくなる緑谷の姿を見ながら、風華は緑谷が死柄木に対して問いかけた名前のことについて考えを巡らせていた。
オール・フォー・ワン。超常黎明期から恐らく現在までを生きる、不滅の犯罪王。個性を奪い、そして与えることのできる個性を持ち、今も尚死柄木弔を使って裏で暗躍する巨悪。
オールマイトが『討ち取った』という、殺人など御法度であるヒーローらしからぬ表現さえ使っていた相手。きっと近いうちに、風華もこの巨悪と相対することになるのだろう。
「……オールマイト」
「どうした?鳴神少女」
「……オール・フォー・ワンとは、いったい何を目的としているのでしょうか」
「……!?どこで、その名を」
緑谷との話を聞いていたことを、風華は正直にオールマイトに打ち明けた。もともとそんなつもりはなく、偶然であったことも付け加えておく。
オール・フォー・ワンの名は、話のほとんど初めの方から出していた。その名を風華が聞いているということはつまり、そういうことなのだろう。秘密にしておかなければならないことが知られていると悟ったオールマイトは、自身の不用心さにため息を吐いて言葉を続けた。
「奴の目的は私にもよく分からない。ただ一つ分かっていることは、奴は絶対に倒さねばならない悪だということだけだ」
「オールマイトの……そして出久の個性は、その巨悪を倒すために生まれたんでしたよね。いずれはきっと、わたし達もそのオール・フォー・ワンと相対することがあると思います。その時……オールマイトでも倒すことができなかったその敵を、わたし達が倒すことはできるのでしょうか?」
「できるさ」
「え……?」
オールマイトですら倒せなかった巨悪。いつか相対するとして、勝てるのだろうか。そう不安を口にする風華に対して、オールマイトは鼓舞するかのようにサムズアップして言った。
「USJでの襲撃事件に、職場体験では暴走する力の制御。そして今日、再び大きな悪意に晒されても冷静さを失うことなく、最適な判断を下して犠牲者をゼロに抑えられた!こんな経験、私だって学生の時にはしたことがなかったぞ!経験は、人を大きく成長させる……そして更に、君には叶えるべき目標もある。きっと……いや、確実に君は強くなれる!この私よりも確実に、素晴らしいヒーローになれるだろう!教師として保証するよ!」
「オールマイト……」
「君も迎えが来たみたいだぞ。ほら、保護者の方も心配しているだろうし元気だというところを見せてやりなさい」
「風華ちゃん!大丈夫だったかい……!?」
息を切らしながら走ってくる、立甲研究員と叔父夫婦の姿を指差すオールマイト。風華が大事なさそうにしているのを見て、ホッとしたように小さく息を吐いていた。息切れする3人の後ろから、ひょっこりと葵と雷羽も出てくる。こちらの2人も風華に何事もなかったことで安心しているようだった。
「USJの時の主犯が出てきたんですって?本当に災難でしたね」
「お姉ちゃぁん……無事でよかったよお……!」
「ごめんね。心配かけちゃって……」
「ホントだよぉ!気が気じゃなかったんだから!」
塚内がもう一人警官を呼び、彼に案内されてパトカーまで着いていく。最後にもう一度、塚内から捜査協力と犠牲者ゼロの感謝を告げられて風華は個性研究所へと帰っていった。
パトカーが出ていったのを確認してから、塚内はオールマイトに彼を呼び出した本題を語る。それは雄英高校への警告でもあった。
「今回は偶然の遭遇だったようだが、今後彼ら……ひいては生徒が狙われる可能性は低くない。警察も引き続き警戒体制を敷くが、学校側も思い切った方がいいよ。光が強い程、影はより濃く、大きくなっていく。雄英を離れることも、視野に入れておいた方がいい」
「……教師生活、まだ三ヶ月とちょっとだぜ?」
「ははっ、だから前に向いてないって言ったろ。オール・フォー・ワン、今度こそ捕えよう」
「ああ、今度こそ……!またよろしくな、塚内君」
かつては共に、巨悪を追い詰めた仲。命を長らえて再び動き出そうとしているオール・フォー・ワンを今度こそは捕えようと、2人は既に太陽が完全に沈んだ夜空の下で誓い合った。
〜
「葵……わたしと勝負してくれない?」
「何ですかいきなり……まぁ、構いませんが」
個性研究所に帰還した風華は、帰ってきて早々葵に勝負を挑んだ。葵もその突然さに驚き呆れこそしたが、快くその申し出を受け入れた。
研究室の扉を開き、中の灯りを点ける。一面中が白で囲まれた広い空間は、多くを巻き添えにしやすい2人にも十分な広さを誇っていた。
「準備できた?」
「ええ。バッチリです。……いきますよ」
風華は
龍の身体能力で間合いを詰め、正拳突きを一発思いっきり振り抜く。風華は纒雷で強化した動体視力でその動きを見切り、腕を取ってその上でバク転をするように背後に回る。着地する際には尻尾を踏みつけて反撃を妨害しつつ、首筋に向けて
身体を翻し、葵は風華の方に向き直る。ついでに的を大きくするだけの龍化は解除した。力はある程度制限されるが、風華を相手にするならばやはり小回りの効く方がいい。
的が小さくなったことで、牽制のために撃った
今度は風華が躱せないタイミングでの
しばしの睨み合い。膠着状態が続く中で、風華は不意に葵に対して語りかけた。
「やっぱり強いね、葵は」
「それはどうも。しかし、何故今戦いを?」
オールマイトの言葉を聞いて、今よりも更に強くならねばならないと思った。あぁ言われて行動に移さないのは、違うと思った。だから風華は葵との戦いを望んだ。風華の知る中で、最も戦闘能力が高い相手は彼女だったから。
素晴らしいヒーローになれると、そう言われた。ならばその言葉を真実にするために、自分は努力しなければならないだろう。そんな思いがあったことを、風華は正直に話した。
「なる程。そう言われたなら、確かに努力しないといけませんね。いいでしょう!どこまでだって付き合いますよ!」
「ありがとう……流石、わたしの親友だよ。本当にどこまでだって、付き合ってもらうからね!」
言葉を交わすのは終えて、風華と葵は戦闘を再開した。夜が明けて疲労の限界になった2人が同時に寝落ちするまで、とても長い間戦いは続いた。
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