「さて……この数を相手にどうする?」
「どうも何も、正面突破しかねェだろ!」
土と蔓で構成された大量の魔獣を前にして、風華はクラスメイトにどうやってこの森を抜けていくのかと聞いた。爆豪が全員を代表して真っ先にその話に噛みつき、また魔獣の方を見やる。
風華は自分の個性を使えば、魔獣の群れも鬱蒼と木々の生い茂るこの森もスルーできる。とはいえ協力する必要はあるだろうし、自分一人だけがさっさとクリアしてしまうのも心証が悪い。ならば、自分はどう立ち回るべきなのか。
「なら、道を拓くくらいはしてあげるよ」
「おおっ!一気に木々を薙ぎ倒して……!」
「風華ちゃん、行かなくていいの?ウチらに協力なんかしなくても、風華ちゃんの個性ならどうとでもなるんやない?」
「確かに、雷上動なら一瞬だけどね。それでわたし一人だけゴールするってのは違うでしょ。ヒーローは助け合い、だよ」
しかし、たったこれだけで妨害を全て排除できた訳ではもちろんない。ピクシーボブの土操作によって創り出された土壁や、脇道から湧いてくる魔獣がやはり道征く彼らを阻む。これらの妨害を全て乗り越えていかなければ、風華達がゴールまで辿り着くことはあり得ないのだ。
「土壁はわたしがどうにかするから、魔獣の相手は任せてもいいかな?」
「道造りをありがとう、鳴神さん!おかげでだいぶ楽になるよ!」
「その通り!さぁみんな、突き進もう!」
「おう!」
脇道から湧いてくる魔獣は、耳郎や常闇の黒影が索敵して緑谷や爆豪などの火力自慢が迎撃。土操作による妨害は、轟が地面を凍らせることで氷の膜を張って対応。更にその上から、風華が風で土を散らすことで壁を創らせないようにする。残りの全員で討ち漏らしの排除や、背後からの不意打ちを警戒する布陣となっていた。
魔獣を倒し、土を散らし、そうして対応するのも一苦労な妨害を幾度となく乗り越えて。A組のみんなが宿泊施設のところに辿り着いた頃には、時刻はPM3:30となっていた。
「やァーっと来たにゃん」
「ハアッ……ハアッ……!やっと着いた……!」
「メチャクチャ長かった……鳴神が道の舗装やってくれてたのにこの体たらく……!あの距離で12時までに辿り着けるとか嘘だろ!?」
「ごめんごめん!アレはウチらなら、だったね!」
「腹減った……死ぬぅ……!」
「実力差自慢……ちくしょうめ!」
「アハハ!取り敢えず、お昼は抜くまでもなかったねえ!」
数多の妨害を乗り越え、道なき道を征き。A組の面々はようやく宿泊施設まで辿り着いた。正直もっと時間がかかると思っていたとピクシーボブは言うが、ここまで散々苦労させられたA組にはただの自慢にしか聞こえなかったであろう。
「私の土魔獣が、思ってたよりもだいぶ簡単に攻略されちゃったや。いいね君達……特にそこの男の子達とお嬢ちゃん。躊躇いのなさは経験値によるものかしらん?」
「あ、ありがとうございます……?」
「今の時点でこれとか、3年後がマジで楽しみになっちゃうじゃーん!今の内にツバつけとこー!」
「やめてください」
みんな3年後が楽しみだからと、ピクシーボブはツバをつけておこうとして風華に阻止される。かなり厳しめのトーンで拒否されて分かりやすく心にダメージを負うのを見て、相澤は変なモノでも見てしまったかのように指を差した。
「マンダレイ……あの人あんなでしたっけ?」
「彼女、焦ってるのよ。適齢期的なアレで」
「適齢期と言えば……」
「言うな!」
相澤とマンダレイの会話を聞いて、緑谷は何かを思い出したかのように話題を振った。ここまでずっと一言も話さずに、流れを静観していた少年が何者なのかを尋ねたのだ。
「さっきからずっと気になってたんですけど、その子はどなたかのお子さんなんですか?」
「ああ違う、この子は私の従甥だよ。洸汰!ホラ挨拶しな、一週間一緒に過ごすんだから」
「あ……えと、僕は雄英高校ヒーロー科一年の緑谷出久っていうんだ。よろしくね、洸汰君」
「ふんっ!」
「ああっ、緑谷君!おのれ従甥!よくも緑谷君の陰嚢を傷付けたな!」
「ちょっと洸汰!?何やってんの謝りなさい!」
「ヒーローなんざ目指してる連中とつるむ気はねェんだよ。邪魔だからさっさと帰れや」
「つるむ!?いくつだ君は!?」
緑谷に挨拶された洸汰は、その挨拶に対して股間を殴りつけることで返事をした。不意打ちで陰嚢にダメージを負った緑谷は悶絶して蹲り、声にならない声を上げて倒れた。
緑谷をノックアウトした洸太は、そのままスタスタと走ってこの場を去っていった。マンダレイが謝れと静止するのも聞かず、そのまま森の奥へと消えていく。その際に吐き捨てた捨て台詞は、とても幼い子どものものとは思えない程にマセていた。
「マセガキめ」
「お前も似たようなもんじゃねえか?」
「あァ!?誰が似てるだとォてめェ轟ィ!?」
「悪い。でもやっぱ似てるな」
「茶番はいいからバスから荷物下ろせ。今日はもう荷物を置いたら夕食の準備。その後に入浴してから就寝だ。本格的な合宿のスタートは明日からになるぞ、さあ早く用意しろ」
用意と言っても、既にプッシーキャッツの面々が用意してくれていた作り置きのものを配膳したりするだけなのだが。
相澤に急かされて、みんなは先に着いていたバスから自分の荷物を運び出す。指定された男子と女子の部屋にそれぞれ別れ、そこに荷物を置いて食事スペースへと移動した。
ちなみに、男子の部屋は大部屋。女子の部屋は何人かで1組となる小部屋である。風華の同室はA組からは耳郎と葉隠、B組は塩崎、角取、取陰の6人部屋となっていた。
「いただきます!」
みんなで手を合わせて、朝食ぶりの食事を思いっきり頬張る。大皿に盛られたおかずを取り、丼いっぱいに盛られた白米を掻き込み、ご飯が食べられるという喜びを五臓六腑に染み込ませていく。泊まる部屋のことなどで話題は尽きぬも、彼らの箸が止まることは微塵たりともなかった。
「へぇ!女子部屋は普通の大きさなのか!」
「男子の大部屋ってどんな感じなん?あとで見に行ってみてもいいかな!?」
「おー、こいこい!」
「っしゃあ、お部屋訪問だあ!」
「魚に、お肉に、お野菜……!贅沢の極みなり!」
「……取り過ぎじゃない?食べ切れるの?」
「そうだぞ麗日君!たくさん走って疲れているのはよく分かるが、よそうのならば食べ切れる分だけにするべきだ!」
「まぁ、たくさん食いたくなる気持ちは分かる!」
「美味しい……お米が美味しい……!」
「五臓六腑に染み渡る……!ランチラッシュの飯に匹敵する粒立ち!いつまでも噛んでいたい!まさかこの食感……土鍋!?」
「土鍋なんですか!?」
「そだよー。ていうか、お腹空き過ぎてテンションおかしくなってるね」
空腹に染み渡る旨い飯の味。食事の世話を焼くのは今日だけだし、お腹いっぱい食べなとおかわりを用意してくれる。それもすぐにみんなが群がることでなくなっていく。
「洸汰、そこのお野菜運んどいてね」
「フン……」
「気になるの?」
「えっ?ああ……うん。まあね」
「今は見守るくらいにしときなよ。知らない相手にでしゃばってこられても、気分悪いだろうし」
「うん……そうだね」
洸汰のことが気になってる様子の緑谷。風華は余計な真似をして悪感情を抱かれないようにと釘を刺しておく。
一応、納得はしたようだが。それでもやはり気になるようで、緑谷は食事時間中ずっと洸汰のことを目で追っていた。
〜
「まァ、まァ……飯も美味しかったですけどねえ、ぶっちゃけこのメーンエベントに比べりゃあどうでもいいことなんスよ。求められていんのってそこじゃないんスよ。その辺のコト、オイラはちゃあんと分かってるんスよ……」
「一人で何言ってるの、峰田君……?」
「求められているのは……この壁を隔てた向こうの景色なんスよ……」
食事の時間が終われば、次は入浴時間。何やら様子のおかしい峰田が、女子の入浴している隣の壁を凝視しながら不穏なことを呟いていた。壁に耳を当てて、隣の声を聞き取る。「熱いお風呂が気持ちいいねぇ……」「こんなトコに温泉があるなんてサイコーじゃん……」などと、入浴を楽しむ女子陣の声が聞こえてくるのだ。
「ホラ……いるんスよ。今日日男女の入浴時間をズラさないなんて、それはもう事故……そう、事故なんスよ……」
「……!」
聞こえてくる女子達の声。その壁を隔てた先で行われているであろう戯れを想像し、誰かがゴクリと生唾を飲んだ。峰田の発言により情景を想像させられた面々は、己の煩悩を恥じて振り払うかのようにブンブンと首を振る。
「峰田君、やめたまえよ!君がしていることは己も女性陣も貶める恥ずべき行為だぞ!」
「やかましいんスよ……!壁ってのはなぁ!超えるためにあるんスよお!プラスウルトラァ!」
「速っ!?」
「何ぃ!?というか校訓を穢すんじゃないよ!」
この時。この時のために、峰田はここまでの長く険しい道のりを越えたと言っても過言ではない。
もぎもぎを壁に貼り付けて、ボルタリングの要領でスイスイと壁を登っていく。一つ一つと登っていくたびに涎が垂れ落ち、煩悩を更に加速させる。こうなってしまえば、いつものように風華の名を出したところで峰田は止まらないだろう。このまま連帯責任で女子達からの折檻を食らってしまうのか──と男子達が覚悟したその時、救世主は現れた。
「洸汰君!?」
「ヒーロー以前に……人としてのあれこれから学び直せ!」
「クソガキいいイィぃ!!?」
「ふん……自業自得だ」
「やっぱり、最低なこと考えてたわね」
「ありがとーね、洸汰くーん!」
「わっ……」
「あっ……危ない!」
女子陣の尊厳を守るため、峰田をしっかりと突き落としてやった洸汰。呼ばれて振り向き、女湯の方を向いてしまったのが悪かった。
うら若き大勢の乙女の裸体。年端も行かない無垢なる男児には、とても刺激の強い光景であったのだろう。あまりの衝撃に深くのけぞってしまった洸汰は、そのまま台から足を踏み外して落下しようとしてしまった。
いち早く気付いた風華が風で彼を浮かせ、頭から落ちていくのを防ぐ。それをフルカウルで落下地点に先回りした緑谷がすぐさまキャッチ。失神してしまった彼を、医務室まで運んでいくのだった。
ちなみに、同じく落下した峰田の方は飯田が何とかしてくれた。落ちてくる尻を顔面で受けたことで凄まじい顔になっていた。その表情はさながら、潰れた男梅のようであったという。
「落下の恐怖で失神しただけだね。イレイザーから一人性欲の権化みたいな奴がいるって言われてたから、見張ってもらってたんだけど……最近の女の子って発育いいからねぇ。助けてくれてありがとう」
「とにかく、何ともなくて良かったですよ」
「よっぽど慌ててくれてたんだね」
「……洸汰君は、ヒーローに否定的ですよね」
本人が気を失っている内に、気になっていたことを聞いてしまおうと緑谷は口を開く。流れをぶった切っていきなり聞かれたマンダレイは、当然のように「ん?」と聞き返した。
「僕の周りは昔から……あ、僕もなんですけど。ヒーローになりたいって人ばっかりで。この歳の子ならヒーローに憧れてても何らおかしくないと思うんですけど、珍しいな……と思って」
「そうだね……当然、世間じゃあヒーローのことをよく思ってない人もたくさんいるけど。普通に育ってれば、この子も君の周りの子達みたいにヒーローに憧れてたんじゃないかな」
「普通に……?」
「そう。マンダレイのいとこ……洸汰君の両親ね。彼らはヒーローだったんだけど……2人とも、殉職しちゃったんだよ」
殉職……その言葉が意味するものに、緑谷は思わず息を呑んだ。つまり洸汰は、天涯孤独ということになるのだから。
洸汰の両親、『ウォーターホース』という2人のヒーローは二年前、凶悪な敵から市民を守るために戦い、そして殉職した。ヒーローとしてはこれ以上ない程立派な最期であったし、その死は市民を守っての殉職という名誉ある死だった。
しかし……物心ついたばかりの子どもにとってはそんなことは関係ない。幼い子どもにとっては、両親こそが世界の全てだからだ。
『自分を置いて、逝ってしまった』
それなのに、世間はウォーターホース夫妻をとても良いこと、素晴らしいことをしたとひっきりなしに褒め称え続けた。遺された息子とのことは、何一つ配慮もせずに。
「私達のことも、よく思ってないみたい。他に行くところもないからおとなしく従ってるだけ……って感じ。洸汰にとって、ヒーローってのは理解できない気持ち悪い人種なのかもね」
──オールマイトが……あのゴミが!救えなかった人間などいなかったかのように、ヘラヘラ笑ってるからだよなぁ!
思い出すのは、死柄木の言葉。
人間、誰もが全く同じ価値観を共有できるということはあり得ない。とてもありきたりで、無責任な言い方になるが……この世の中には色々な考えの人がいるのだ。
立て続けに思い知る価値観の相違。緑谷は聞かされた洸汰の境遇に対して、何の言葉も絞り出すことができなかった。
「それより君……早く服、着な?」
「あっ、すいません……」
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