3日目、昼。
「補習組、動きが止まってるぞ」
今日も昨日と変わらず、地獄の個性伸ばし訓練の続きである。期末テストで赤点を取って補習になった5人は、眠気と取れない疲労で動きがほとんど止まってしまっていた。
「オス……!」
「すいません……すっごい眠くて……!」
「昨日の補習が……」
「だから言ったろ、キツいってな」
上鳴と砂籐は許容量が直接パフォーマンスに関わるため、その上限の底上げ。その許容量を上げるためには、反復して使い続けるのが基本だ。
瀬呂は出せるテープの量の増加に加え、テープ自体の強度や射出速度の強化。芦戸も溶解液を長時間出し続けると、皮膚が融解して自傷してしまうので耐久力の強化。切島は筋力トレーニングや攻撃を受けることで硬度上げとの相乗効果を狙っていく。
「そして何より……期末テストで露呈した立ち回りの脆弱さ!お前達が何故他より疲れているか、その意味をしっかり考えて動け!そして……麗日と青山!」
「はい……?」
「お前達もだ。赤点こそ逃れていたが、それでもギリギリだったぞ。30点が合格ラインだったとして、35点くらいだ。
「心……外……☆」
何をするにも、意識しておくべきは己の原点。何のために汗水垂らして、何のためにこうしてグチグチと言われているのか常に頭に入れろ。相澤は既にフラつき始めている生徒達に檄を飛ばす。
向上というのは、そういうものなのだと。
「そういえば相澤先生、もう3日目ですけど」
「言ったそばからフラつくな。何だ?」
「あ、いや……今回はオールマイトとか、他の先生方は来ないのでしょうか?」
合宿前にも言っていたが、今回は敵に動向を悟られないようにするために人員は最低限。出先のプロヒーローもなるべく少人数で済むように、把握力に優れた個性を持つプッシーキャッツを選んだ。
オールマイトに関しては、その殺害が敵連合の目的の一つであると推察されている以上は来てもらう訳にはいかない。その目的を実行するために、生徒が巻き添えを喰らう恐れがあるからだ。
「良くも悪くも、目立つからなあの人は……」
「悪くもの割合、メチャクチャデカそう……」
「あ、そうそう!それよりみんな、今日の夜はねぇクラス対抗肝試し大会を開催するよ!しっかり訓練した後は、しっかり楽しもう!飴と鞭は使い分けが大事だよ!」
「ああ……そんなのあったね」
「怖いのやだ……」
「イベントらしいこともあるんだな」
「対抗ってトコが気に入ったね」
「という訳で!みんな全力で励みな!」
「イエッサァ!」
鞭の後には飴が待っていると分かれば、みんなのやる気もいくらか取り戻されていく。ちょっとだけ生気と元気が戻ってくるのであった。
「いつまでも……ウェイ……」
「電気……進歩がないって相澤先生に怒られるよ」
〜
「爆豪君、包丁使うの上手いね!?」
「あァ!?意外とは何だてめェ包丁の使い方に上手いも下手もねェだろうがクソが!」
「出たよ久々の才能マン」
「お前変なところで多才だよな」
「オールマイトに何か用あんのか?さっき相澤先生に質問してただろ」
「うん……洸汰君のことでね」
「だれだ?」
「えっ、あの小さい子……っていない!?」
轟が知らないと言うので見てみると、洸汰はもう姿が見えなくなっていた。恐らくはあの秘密基地に行ってしまったのだろうと緑谷は推測する。
洸汰にどう声をかけるべきか、緑谷はいい答えを出せずにありきたりなことしか言えなかった。だからこういう機会を多く経験していそうなオールマイトに質問してみたかったのだが……合宿に参加する訳にはいかないとなれば仕方がない。緑谷はその代わりに、轟に質問をぶつけてみることにした。
「……場合による」
「それはそうだけども……!」
素性も分からない通りすがりがいきなり正論を言ってきても、それは煩わしいだけだ。大事なのは何をした、何をしてる者に言われるか。
言葉単体で動くならば、所詮はその程度の重さというだけで。言葉には常に、行動が伴うものであると轟は締め括った。その言葉を聞いて、緑谷はオールマイトと初めて出会った時のことを思い返す。ワン・フォー・オールを継承するきっかけとなった、あの時のことを。
「そうだね……確かに。通りすがりに何を言われたって、煩わしいだけだね」
「お前が、そいつのことをどうしたいのかは知らねえけどよ。デリケートな話題にズケズケと首を突っ込むのは危ねえぞ。お前意外と、そういうトコ気にせずにぶっ壊してくるからな」
「なんか……すいません」
「そこの君達、手が止まっているぞ!最高の肉じゃがを作る作業に戻りたまえ!」
飯田からの注意を受けて、2人は話すことを止めて肉じゃが作りの作業に戻っていった。爆豪の意外と器用だった手先や風華の空気操作による絶妙な火加減調整などがあって、肉じゃがは素人作品とは思えない程美味しく出来上がるのだった。
「さて……腹が膨れりゃ、お次は……!?」
「肝試しー!」
「その前に、大変心苦しいんだが……補習連中はこれから俺と補習授業だぞ」
「嘘だあああぁァ!!」
芦戸の慟哭が響き渡る。何とか肝試しに参加しようと抵抗する補習組であったが、相澤に捕縛布であっという間に捕獲されてしまった。そのままズルズルと引き摺られて連行されていく。勘弁してくれと泣きながら身を捩るのにも、相澤が聞く耳を持つことはなかった。
「すまんな。日中の訓練が思っていたよりも疎かになってたから、こっちを削って補う」
「勘弁してくれぇぇ!試させてくれぇぇ!」
「風華ぁ!助けてぇ!」
「……ままならないものだね」
風華は見捨てた。涙目になっている芦戸達5人が引き摺られていくのを見送ってから、肝試しのペアを決めるためのクジを引く。ペアとなったのは緑谷であった。
ルールは以下の通り。
先行、脅かす側であるB組は森の中でスタンバイしてA組が来るのを待つ。A組はクジで決めた二人一組になって3分おきに出発する。一回りできるルートの中に、自分の名が書かれた札が置いてあるのでそれを取って戻ってくる。
驚かす側は、直接の接触は禁止。個性を活用した多種多様な驚かしネタを披露してくるであろう。そうした創意工夫の元、より多くの人数を失禁させた方が勝者となるのだ。
「闇の狂宴……」
「また言ってる……」
「賑やかしメンバーがいないから、みんな神妙な空気になってるね」
「成る程……競争させることでアイデアを推敲させその結果、個性の使い方に更なる幅が生まれるという訳なのですね!流石は雄英……何という抜け目のなさだ!」
轟とペアになった爆豪や、尾白とペアになった峰田がそれぞれ交代を強請るなどのアクシデントはあったが。それは尾白のプライドが深く傷付いたくらいで、大した問題にはならなかった。
「それじゃあお次ー、行ってこーい!」
「怖いよぉ梅雨ちゃん、そこかしこでめっちゃ悲鳴上がっとるよぉ!」
「響香ちゃんと透ちゃんね。私は平気だから一緒に手を繋ぎましょ、そうしたら少しは紛れるわよ」
「カッカッカ……小大、お前の脅かし今のところ全員がビビってたぜ」
「体張るなぁ!」
「ん……」
「爆豪と轟とかマジでウケたよねー」
森の中に隠れて、やって来るA組を脅かしていたB組の面々。思いの外反応の良かった自分達のアイデアを称賛し合っていた。特に轟と爆豪のペアは反応が良く、普段クールなキャラで通っている轟の驚いた表情などは一生額縁に入れて飾っておけるレベルのものであった。
そして、違和感。轟と爆豪が通っていった後から漂い始めた煙や焦げ臭さを訝しむ。驚いたあまりに爆豪辺りが個性でも使ったのか……そう言って冗談めかそうとしたところで、骨抜が倒れた。
「骨抜!?……っ、唯、吸っちゃダメだこの煙!」
「んっ……!?」
「有毒だよ!」
骨抜が倒れたのを見て一瞬驚いたが、拳藤はすぐに落ち着きを取り戻して小大を自身の手で包み毒煙を吸わせないようにする。同時に火の手が森中から巻き起こり、黒煙を吹き上がらせた。
「なに……?この、焦げ臭いの……」
「黒煙……何で?」
木々を燃やして回りながら、荼毘は持ち場に回った仲間達に誰に言うでもなく告げた。
──ヒーローの威信を、地に堕とせ。
「始めるぜ……敵連合、開闢行動隊」
魔の手は黒煙を疑問視し、全員を一塊にして警戒に当たっていたピクシーボブにも及んだ。背後からの不意打ちを後頭部に食らい、血を流して倒れるピクシーボブ。倒れた彼女を踏みつけにして、敵は嘲るようにニヤリと笑った。
「邪魔な飼い猫ちゃんだから、始末しないとね」
「何で……万全を期したんじゃなかったのかよ!何で敵が出てきてるんだよぁ!?」
「ピクシーボブ!?」
「そうだ、出久……洸汰君は!?」
風華に言われて、緑谷はハッとした。今の洸汰は一人で秘密基地にいるはずであり、そこに彼を守れるものは何一つとして存在しない。
もし、そこに敵が来ていたら?洸汰は何も抵抗できずに、悪意にその命を奪われるだろう。そんな最悪の事態を起こしてはならないと、緑谷はマンダレイに洸汰の居場所を知っていると伝えて彼の元へと一目散に駆け出した。
「マンダレイ!僕、洸汰君の居場所知ってます!」
「っ……分かった、任せていい!?テレパスで緑谷君のことは伝えておくから!」
「ありがとうございます、行ってきます!」
「虎、わたしは出火元を探してきます。アレを放置してたら、中にいるみんなが危ない……!わたしの個性なら飛んですぐに探せます!」
「そうか……ならば、任せていいか!?この敵共は我々が何とかする!」
「分かりました、お願いします!」
緑谷が駆けていくのと同時に、風華も出火の原因を探して空を飛んだ。自分ならば毒の煙を吸い込む心配もないし、空気操作で燃えるだけの酸素を回収すれば消火もできる。火元を探す役目としては適任であろうと自ら申し出た。
「おっと……行かせないわよ!」
「ぐっ……磁力か!こんなもの……効かないよ!」
「あら、逃げられちゃった」
「いいさ、あれは荼毘が何とかするだろう。ご機嫌麗しゅう……雄英高校の諸君!我々は敵連合、開闢行動隊!」
飛行して森に向かおうとする風華に、サングラスを着けたオカマの敵が手に持った金属製の長い得物を向けた。すると、飛んでいた風華の身体が得物に引き寄せられていく。
風華はそれを磁力によるものだと看破し、電気で磁力を相殺することで難を逃れた。そのまま森の中へと消えていった風華を見て、オカマの敵……マグネは口惜しそうに口笛を吹いた。
そして、もう一人のトカゲのような姿をした敵によって自己紹介が為される。彼らは自分達のことを『敵連合開闢行動隊』と称した。
「どうする?この子の頭潰しちゃう?」
「させぬわっ、この……!」
「まぁ待てマグ姉。虎も落ち着け!ヒーローの生殺与奪は全て、ステインの仰られた主張に則って行われるべきもの!まだその確認ができていない以上は殺すには早い!」
「ステイン……当てられた連中か!」
飯田がそう言うと、トカゲは彼の方を殺意に満ちた目で睨みつける。保須市にてステインの終焉を招いた一人である飯田に対しては、確実に殺すつもりで来たのだと告げた。
「申し遅れたが、俺の名はスピナー。ステインの夢を紡ぐ者だ」
「虎!他の生徒の安否はラグドールに任せて、私達はコイツらをどうにかしよう!委員長に従ってみんなは逃げて!」
「しょ……承知致しました!みんな、行こう!」
「お、おお!」
布に包まれ、隠れていた得物を抜いたスピナーとマグネ。重量を感じさせる巨大な金属の棒と、無数の刃物がベルトや鎖で繋ぎ合わされた歪な大剣がその姿を露わにする。
ヒーローと敵……両者が臨戦態勢を取ったことでこの場は、肌を指すような緊張感に包まれた。マンダレイの指示で、飯田が場を離れた2人以外を施設まで避難させていく。生徒達の姿が完全に小さくなって見えなくなったところで、マグネが口を開いて2人を挑発した。
「アンタ達もすぐ、この飼い猫ちゃんみたいにしてあげるわよ。今回はそれが、お仕事だからね」
「どうでもいいが、貴様らなぁ……!そこの倒れてる女……ピクシーボブは最近、婚期を気にし始めていてなぁ。女の幸せ掴もうって……いい歳なっちまったけど頑張ってたんだよ!」
「ハァ……?」
「そんな女の顔をキズモノにして……男がヘラヘラ笑ってんじゃねぇよ!」
「ヒーローが人並みの幸せを夢見るか!」
虎の怒りと、スピナーの嘲り。この二つによって戦いの火蓋は切って落とされた。雄英高校……そしてプロヒーローの威信を賭けた戦いが、ここに始まりを告げる。
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