風雷のヒーローアカデミア   作:笛とホラ吹き

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林間合宿:その4

「あぅぅ……肝試ししたかったよぉ……!」

「飴と鞭って言ってたじゃん……!」

「この際サルミアッキでもいい……飴が欲しい!」

「サルミアッキ美味いだろ」

 

 サルミアッキとは、世界一不味いと言われている北欧のお菓子である。基本的に人の味覚には合わないような味をしているそうだが、相澤はこのサルミアッキがお気に入りであった。

 施設の扉を開け、ぐるぐる巻きにしていた補習組を解き放って入らせる。あまりにも絶望的な顔をしていたので、相澤は仕方なしに彼らがやる気を出せるよう励ましてみた。

 

「今回の補習では、非常時での立ち回り方を叩き込んでやる。周りに遅れを取ってるって自覚を持ってねぇと、どんどん差が開いてくぞ。広義の意味じゃこれも飴だ、ハッカのな」

「ハッカは美味いですよ……!」

「あっれえ!?おっかしいなあ、優秀なはずのA組から赤点が5人も出てるんだ!?B組は一人だけだったのにおっかしいなぁ!?」

「おめーのメンタルどうなってんだ!?」

 

 もうここまで来たからには、大人しく補習を受けていくしかない。抵抗するのをやめて教室の中に入ると、B組で唯一の赤点となってしまった物間がここぞとばかりに煽ってきた。クラスの中で補習となったのは自分だけであるというのに、いったいどういうメンタルをしているのだと当然のツッコミが5人から入る。

 ちなみに、彼は昨日も全く同じ煽りをしていた。図太いと言うべきか、恥知らずというべきか。クラスの恥部すらA組への煽りに変換できる、その鋼メンタルは見習っていきたいものだと補習組は思うのであった。

 

「ブラド、今回は演習も入れたいんだが」

「俺もそう思ってたぜ、言われるまでもなくな!」

 

『みんな!』

 

「何だ……?」

 

「マンダレイのテレパスだ」

「これ好き!ビクッてするよね」

「交信できる訳じゃないのが困りものだ」

「静かに」

 

 突然届いたテレパスを聞き届けるため、生徒達を黙らせる相澤。静寂に包まれた教室内で響くマンダレイの叫び声が伝えていたのは、敵の襲来と施設への避難勧告。そして生徒は決して交戦することなく撤退すること、というものであった。

 もちろん、教室内は困惑に包まれる。それもそのはずだろう、この場所は生徒の家族にも伝えていない秘密の場所のはずなのだから。

 

 ──ならば、どうして敵の襲撃が?

 

 考えたくはない最悪の可能性が頭をよぎった相澤は、教室の警護をブラドに頼んで自分は生徒の保護に向かう。物間が「ここは誰にもバレないはずではなかったのか」と疑問を呈するのも構わず、一目散に施設の外へと駆け出していった。

 

「火の手……マズいな!」

「心配が先に立ったか、イレイザーヘッド」

「──ブラド!」

「邪魔はよしてくれよ、プロヒーロー。用があるのはお前達じゃないんだからな」

 

 森にたなびく黒煙を見て、これは一刻を争うと判断した相澤。生徒……特に肝試しのために森に入っているB組の面々を最優先に決めて、救助に動き出そうとしたその瞬間。

 

 相澤の前で、蒼炎が弾けた。

 

 

 〜

 

 

「拳藤!」

「鉄哲!茨!どうしたのそのマスク!?」

 

 個性で大きくした手で倒れた骨抜と小大を抱えながら森の中を彷徨っていた拳藤は、そこでガスマスクをつけた鉄哲と合流した。同じくガスマスクを着けて倒れた塩崎を抱えている。

 

「マスクはA組の八百万に作ってもらった!今は泡瀬がB組の待機場所にみんなを案内して救助にあたってる!お前らも持ってろ、予備をたくさん預かってるからな!」

「ありがと、早く施設に戻ろう!敵がどこに潜んでるかも分からないし危ないからね」

「いや……俺は戦う。だから拳藤は骨抜と塩崎を頼んでいいか?」

「は!?いや、交戦はダメって……!」

 

 ガスの犯人と戦うと言う鉄哲。拳藤はそれを止めようとしたが、「お前はA組との差を感じたことがないのか!?」と聞かれて言葉を詰まらせる。

 いつもはA組を煽る物間を嗜める立場だが、拳藤とてそのことを感じなかった訳ではない。同じ入試で雄英に入学して、同じカリキュラムの授業を受けてきた。なのにA組とB組には、拭い難い大きな差があると言われている。それは何故か?

 

「アイツらにあって俺達にはなかったもの、それはピンチだ!」

「ピンチ……!」

「アイツらはUSJの時も、こんなピンチをチャンスに変えて成長していった!当然だ!人に仇為す連中を前にして、どうしてヒーローが背を向けられるだろうか!?」

「鉄哲……本当に行くつもりか!?」

 

 もちろん、そのつもりである。鉄哲には拳藤がどれだけ強く止めようとも、止まるつもりは微塵もなかった。先程言ったように、ヒーローとして敵に背を向けられないというのが理由の一つ。そしてもう一つ……どうしても、早急にガスの原因となっている敵だけでも倒さなければならない理由があった。

 

 

 ──グオオオォォ!!

 

 

「何っ、今の……咆哮……!?」

「……コイツも敵だ。それも相当ヤベェ、な。今は立甲が足止めしてくれちゃいるけど、それがいつまで保つか分からねえんだ」

「葵が……!大丈夫なの!?」

「分からねえ!俺から言えることは、ソイツは立甲よりも更に禍々しい龍だったってことと、既に2人やられてるってことと、足止めがある間にガスをどうにかしないといけないってことだ!一年B組ヒーロー科として、俺はここで更に向こうへ突き進む!」

 

 鉄哲達がいた所には、葵が『龍化』した姿を更に禍々しくしたような敵が襲ってきていた。その葵が敵を抑えたことで何とか逃げ果せることができたのだが、ガスを吸ってしまい塩崎がダウン。たまたま遭遇した八百万から、ガスマスクを作ってもらっていなければ。その時は最悪の事態になっていたかもしれなかった。

 そのことが、たまらなく悔しかった。危機を前にして何もできずに自分だけ逃げ回り、仲間が倒れていくのを見ていることしかできない自分が嫌で嫌で仕方がなかった。だからせめて、自分にできることを成し遂げていく。このガスを起こしてる元となっている敵を倒し、これ以上ガスの被害者が出るのを食い止めてみせる。鉄哲はそう決意していた。

 

「……なら、しゃーない!私も行くよ!」

「いいのか!?」

「もちろん!私だって、指咥えて見てるだけなんてできないよ!唯、倒れた奴ら頼むね!」

「ん……!」

 

 気絶している骨抜と塩崎を運ぶのはガスマスクを着けさせた小大に任せて、鉄哲と拳藤はガスの元を断ちに向かった。

 この危機を乗り越えて、更に向こうへ。ここでの2人の意思は、完璧に一致していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「グアァァウウウゥゥ……!!」

「皆さん、避難できましたかね……コイツの相手はそう長くは保ちませんよっ……!」

 

 蜚蠊のような光沢のある黒い身体に、大剣の如く変化した右腕と、大百足を思い起こさせる10本の伸縮自在な尻尾。体躯が数倍は大きいことと四足歩行になっていること、そしてその身体が漆黒に染まっていることを除けば、それは葵が龍化した姿とほぼ同一であった。

 いや、その姿を龍と呼ぶのは憚られる。仮に呼び名を付けるならば、この敵の呼び名は『山椒魚』とでも呼ぶのが正しいだろう。

 

 強さの次元が違う相手。何とか鉄哲達を見えなくなる所までは逃がすことができたが、だからと言ってここに放置する訳にもいかない。山椒魚は葵を敵と定めており、ここで葵が撤退すれば施設まで追ってくるであろうことは、残念ながら容易に想像がついてしまったからである。

 龍化した葵の強み。それは巨大な体躯と強大な身体能力に加えて、伸縮自在の尻尾や高い回復力などが挙げられるが……山椒魚はそれらの葵が持っている強みに加えて、大剣に変化した右腕や触れただけで強烈な痺れを与える吐息など、葵が持ち合わせていない能力まで備えていた。

 

「いったい、僕の遺伝情報なんて何処で手に入れたんですかねぇ……!」

「ガアアアアアァァァ!!」

 

 山椒魚は何も答えない。大気を……そして大地を揺るがす咆哮だけが、森の中に木霊していた。

 

 

 〜

 

 

「人影を見かけたので来てみたのですが……まさかこんな幼児と出会うことになるとは。珍しいこともあるものですね」

「あ……あ……!」

 

 尻餅をつきながら後退りする洸汰。言葉は声にならず、足は震えて思うように動いてくれない。全身を黒と仮面で覆い隠した誰かの放つ圧倒的な殺意を前にして、心が竦んでしまっていた。

 マンダレイから、大変なことになっているから施設に戻ってこいというテレパスが来ていた。彼女らは洸汰の秘密基地がある場所を知らないため、助けに行くことができないからと。森中で立ち昇る黒煙を見て、異変が起きている事を知った洸汰はその言葉に従おうとした……その矢先で起こってしまった出来事であった。

 

「ああ、仮面が怖いのですか?それに関しては申し訳ありません……私のような新参者は納期が間に合わないからと、こんな大して格好良いとも言えないデザインの物を渡されているのです」

「あっ……ああっ……!」

「おっと……逃がす訳にはいきません」

「いだっ……!?」

 

 身体を無理やりに翻して、四つん這いになってでも逃げようとする洸汰を踏みつけにする敵。その身体には薄っすらと、真紅色のスパークが巡るように迸っていた。

 

 

 ──ウォーターホースは素晴らしいヒーロー達でした。しかし2人の輝かしい人生は、たった一人の心ない犯罪者によって絶たれてしまいました。

 

 

 両親を失ったあの時に、耳にタコができる程聞いたニュースを思い出した。街で暴れていた敵を止めようと戦いを挑んだ両親は、そのたった一人の敵によって返り討ちに遭い命を奪われた。

 状況こそ全然違うが……洸汰もまた、一人の敵によってその命を散らそうとしていた。恐怖で全身がガクガクと震え、歯がカチカチと音を鳴らす。具体的にどうされるなんて知らないが、これから自分がどうなるのかなんてバカでも分かる。

 

「パパぁ……!ママぁ……!」

「痛みはありません。神経が麻痺して痛みを感じることもできなくなりますからそれでは……哀れなる幼き命に、さようなら」

 

 紅雷を右腕に纏わせると、敵は五指をまっすぐに揃えて洸汰に向ける。祈るように……若しくは憐れむように別れを告げると、その手を洸汰の後頭部めがけて振り下ろした。

 

「デラウェアスマッシュ……エアフォース!」

「ぐっ……!何者です……!?」

 

 貫手が洸汰を貫くことはなかった。ギリギリのところで辿り着いた緑谷が、エアフォースでその身体を弾き飛ばしたのだ。

 そのまま『セントルイススマッシュ』で追撃を入れつつ、2人の間に挟まるように立ち洸汰を守れるようにする。避けざまの反撃でスマホを破壊されてしまったが、顔面には大きな一発が入った。敵は蹴り砕かれた仮面を捨て、素顔を露わにする。

 

 肩甲骨の辺りまで届く白い髪に、身体の左半身を伝う電子機器の回路のような紅い紋様。そして一際緑谷の目を引いたのは、風華とほぼ瓜二つという敵の顔立ちであった。

 一瞬血縁を疑ったが、風華からは妹以外の家族は亡くなっていると聞いている。目の前の敵はどう見ても自分と同年代くらい。風華の妹ということは流石にないだろうと緑谷は判断した。

 

「あなたは……『リスト』に顔がありましたね」

「……!」

 

 洸汰を敵と接触させないようにするために来たはずだったのに、まさかピンポイントで敵がいたとは何という不運だろうか。

 

 スマホはさっきの攻防で壊された。この場所を知らせることもしていなかったため、増援が来ることには期待できない。

 

 一人で敵を退けて、洸汰の安全を確保しなければならない。できるかどうかは関係ない。今、ここでやるしかないのだ。

 

「大丈夫だよ……洸汰君。必ず救けるから」

 

 何としてでも敵を倒して、この涙を止めなければならない。




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