「見つけた……お前達が火元だな」
「あァ……?目敏いガキがいるじゃねえか」
「何だコイツ!?何で隠れてたのに俺達の居場所が分かってるんだよ天才かよ!馬鹿だな!」
「支離滅裂な言動……いかにもって感じだね」
空を飛び回って火元を探していた風華は、ようやくその火元を発見することができた。
全身をゴムスーツで覆った男と、人工皮膚をピアスや糸で縫い留めた火傷男。そして黒いローブと仮面で姿を隠した大男。この内火傷男の掌から、蒼い火が燃えているのを風華は確認していた。つまりはこの男こそが放火犯。電撃で意識を刈り取ってやろうと指先を向けて電気の弾丸を放ったが、それはローブの男に防がれてしまった。
「危ねえ危ねえ……いきなり攻撃かよ。随分と躾のなってないヒーローがいたもんだぜ」
「電気の個性か!強個性だな!雑魚がよ!」
「おい荼毘!約束通り俺はコイツで遊んでいっても良いんだよな!?もう我慢の限界だぜ!?」
「ああ……俺は場所を変える。ソイツは追いかける元気もなくなるくらいには遊んでやれ。くれぐれも頼んだぜ……マスキュラー」
マスキュラーと呼ばれた大男は、ローブと仮面を外してその人相を露わにする。金に近い茶髪と左眼に嵌った義眼、そして裂けた頬。これから行われるであろう蹂躙劇を想像してか、裂けた頬をニヤリと歪ませた。
荼毘とゴムスーツ男を逃がしはしまいと、電撃の弾丸を再び射出する風華。しかしそれはまたしてもマスキュラーに受け止められる。飛びついてやろうにも巨体が壁となって抜けられず、手をこまねいている間に逃走を許してしまう。
「お前の相手は俺だよ!死柄木から渡された『優先殺害リスト』、てめェの名前が載ってたぜ……確か鳴神だったか?正直言ってな、お前と戦うのを楽しみにしてたんだよ!」
「がっ……!?」
腕に個性で増やした筋繊維を纏わせ、マスキュラーは地面を割りながら踏み込んでくる。腕をクロスさせて顔面を守る……その前に拳がクリーンヒットして、風華は勢いで木に叩きつけられた。
──速い!
眼で追うこともできなかった。命令を受けなければ動かなかったUSJの脳無とも、錘を着けて手加減していたオールマイトとも違う、圧倒的な速さとパワー。
今の状態では勝ち目がない。木を支えにして倒れた身体を起こしながら、風華はこの戦いの結末を察してしまった。相手は恐らく万全の状態で、自分は昼の訓練の疲れが残っていて動きが鈍い。ただでさえ殺す気でいる敵と殺し御法度なヒーローで、戦いには大きなハンデが付き纏うというのに。その上で実力的に劣っているにも関わらず、体調のハンデまで背負わなければならない。結果がどうなるかなど火を見るよりも明らかだろう。
「……マスキュラーとか言ったな。そんなに遊びたいっていうのなら、お望み通り遊んでやるよ」
「おおっ、これが
「ほざけ……その前にお前は倒すさ!」
風華はマスキュラーのことを知っている。いつかは忘れたが、ニュースでヒーローを2人殺して逃走した敵がいたというのを見たことがある。その時に公開されていた顔写真では、両眼がしっかり揃っていたし頬の傷も無かったが。その人相は、まさしくマスキュラーと同一であったから。
ここで奴を逃がせば、あのニュースの時のように暴れ回って最悪の被害を叩き出すだろう。それだけは相対した者として、阻止しなければならない。
──やるしか、ないよね。
覚悟を決めて、風華は一歩を踏み出した。全身で纒雷を発動し、赫い雷を纏った蹴りを放つ。しかしマスキュラーはそれを身を翻して避け、宙に浮いた風華の身体を再び木に叩きつけた。
肺に溜まっていた酸素を吐き出しながら、風華はやはり格闘では勝てないと結論付ける。ならば遠距離攻撃で……といきたいところだが、マスキュラーが身に着けているのは絶縁性のラバースーツ。電気ではダメージを与えるどころか、反応させることすらできないだろう。
「あ、そうそう……居場所を知ってたらで良いから教えてくれよ。爆豪っていうガキは何処にいる?遊んでばかりでいないで、一応は仕事もしなくちゃあなんねえからな……」
「勝己……!?」
「答えは『知らない』でいいか?いいよな!?よし仕事は最低限やったし、また遊ぼう!」
「ガッハア……っ!」
宙に浮いた身体が地に堕ちる前に、マスキュラーは風華の足を掴んで自分で叩きつける。バウンドしてガラ空きになった腹に向けて、蹴りを一発。周りの木々を薙ぎ倒しながら吹き飛んでいった。
……恐らくは、筋肉を肉体に収まり切らない程に増やす個性!パワーもスピードも段違い……!
「良いなぁ!血だ!これが楽しいんだよなぁ!もっと遊んでくれるんだろ早く立てよ!?」
爆豪のことを狙っていると公言されて、何故という思考で頭がいっぱいになってしまう。だがそれではいけない。目の前敵に集中しなければ、この場の勝利は得られない。
「『
「何だァ!?空気の弾丸か!いい速さだがパワーが足りてねぇな!」
「ぐあっ」
「教えてやるぜ、俺の個性は筋肉増強!皮下に収まんねえ程の筋繊維によって、増強されるパワーとスピード!何が言いてえかって!?自慢だよ!空気と電気を操れる……魅力的な言葉だが!圧倒的で純粋な力の前では、ゴミも同然よ!」
個性をひけらかし、歴然と示された力の差を前にして高らかに笑うマスキュラー。わざわざ勝てないと分かっている勝負なんかしないで、尻尾を巻いて逃げればよかったのにと風華を嘲った。
勝てないことは分かってたはずだ。合宿の最中で疲れが溜まっているのだから。逃げ出したいと思っていたはずだ。殺人すら厭わない敵と見習いの自分では、勝負にすらならないことは歴然としていたのだから。そんな気持ちを押し殺してまで、戦わなければならないということはなかったはずだと。
「なぁ鳴神!自分に正直に生きようぜ!」
「ヒーローを殺したって時も……そんな風に考えていたのか?」
「ああ?あぁ……ウォーターホースか!しっかりと覚えてるぜ……俺の眼を、義眼にした2人だ。別に恨んでる訳じゃねえが……まぁその通りだな!俺はあの時もやりたいことをやった!そしてあの2人はそれを止めたがった!そして俺が勝って、最後までやり遂げた……ただそれだけの話さ」
「人の命を奪って……お前は何も……本当に、何も感じなかったのか!?」
ただ快楽を貪るためだけに、壊して殺して全てを奪っていく敵。風華にとっては、その存在自体が逆鱗に触れているような相手。込み上げてくる怒りと共に風の弾丸をぶつけるが、マスキュラーにはまるで効いた様子もない。
ヒーローが感じてほしいと思うような感情など、何一つとして持ち合わせてはいない。風華の怒りを更に煽るように、マスキュラーは宣言した。
「感じたさ……楽しいって気持ちをなぁ!」
「だったら……人の痛みを思い知らせてやる!」
「面白ぇ、やってみろよ!」
同時に飛び出していく2人。このままぶつかり合えば風華が吹き飛ばされるのは自明であるが、それでも構わずに突撃した。
「馬鹿の一つ覚えだ……何っ!?」
「馬鹿はどっちだ……言っただろ、お前に人の痛みってものを教えてやるってね!」
マスキュラーが振りかぶった拳をフルスイングするその瞬間に、風華は雷上動で背後に回る。標的が消失して拳が空を切ったその一瞬、作り出した決定的な隙を逃さず……ガラ空きになった背中に向けてありったけの風力を込めた
風の暴威がマスキュラーを巻き込みながら多くの木々を薙ぎ倒し、役目を終えて霧散する。これで終わっていてくれと願いながらも、風華は追撃の必要性を確認するべく近付いていった。
「あー……痛ってえなぁ!今のは効いたぜ!」
「嘘だろ……!?何でそんな……!」
そして風華が見たのは、大したダメージもなさそうに首を回すマスキュラーの姿であった。
「ピンピンしてるのかって!?いいぜ、折角だから教えといてやるよ!今の風は確かに凄え威力だったけどな!アレは俺が増強した筋繊維を弾き飛ばしただけに過ぎない!本体はこの『対衝撃・斬撃・電撃スーツ』によって完全に無傷!お前は単純に体力を浪費しただけって訳だな!」
「インチキ効果も大概にしなよ……!」
ゲラゲラと笑いながら、マスキュラーは義眼を新たな物へ付け替えてマスクを被る。風華の空気操作の力を失念していたことを思い出したのだ。『マスタード』が操作している毒ガスから、肺を守るという意図もある。
義眼を付け替えたのは、気分だ。マスキュラーは気分によって、着けている義眼を入れ替えることがある。これまでは『遊び』の義眼……そしてここからは、『本気』の義眼。血狂いマスキュラーという敵の、本領発揮である。
「はっや……!今までのは本気でも何でもなかったってのか……!?」
「こっからは本気……遊びは止めだ!お前思ってたよりもだいぶ強えもんな!手加減なんてしてやらねぇで、全力でぶっ殺してやるよ!」
「このっ……出鱈目な奴め……!」
「出鱈目、俺がか!?俺みてぇに行動原理が単純な奴なんて、そうそういねぇと思うけどな!俺は思いっきり羽を伸ばして暴れ回って!個性をぶっ放せれば何でもいいんだよ!」
成す術なく、叩き伏せられる。
その宣言の通り……義眼を付け替えてからというもの、マスキュラーのパワーは先程までとは比べ物にならない程上がっていた。もともと纒雷を全開にしても尚大きかった力の差が、更に絶望的なまでに広がってしまっている。
遊びだったのだ、本当に。マスキュラーは完全な遊び感覚で風華を殺そうとしていたのだ。風雷回帰の再生能力がなければ、本当に遊びで風華は殺されていたのだろう。地面に転がされながら、そんなことを風華は考えた。
思い返せば、
それが今はどうだろうか。風華は無様に地べたを這い蹲り、敵は勝利と自分の死を確信して下婢たニヤケ面を浮かべている。制御のために多少出力を落としているとはいえ、
──やっぱり、おっかなびっくりでマトモに使いこなせるような力じゃないね。
暴走を恐れて制御に気を回すことで、安全に扱うことはできてもその分出力が下がってしまう。もしも今までのような暴走状態だったなら、この状況ではマスキュラーなど敵でなかっただろう。
だが、それではいけない。マスキュラーを倒すことはできても、その後に問題があり過ぎる。ベストジーニストやサイドキック、そして爆豪の頑張りを無駄なものにしてしまう。
「お前を殺したら、次は他の奴らだ。緑谷とかいう奴が面白そうだったんだよな!」
「行かせると……思ってるのか?」
「は?」
「言っただろ……お前はわたしが倒すってね!」
──冷静に、怒れ。
マスキュラーは、その存在自体が風華の逆鱗に触れているようなもの。相対しているだけで、強烈な怒りが込み上げてくる相手だ。怒りを力の根源とする
だが、同時に忘れてはならない。この力は怒りに呑まれて暴走しながら振るうものではなく、守りたいものをあらゆる敵の悪意から守り切るために振るうものであるということを。大きな力を持つ者として、そこだけは間違えてはならないのだ。
それに……制御できているからこそ、しっかりと使える新たな力もある。
「よっしゃ!じゃあ……やってみやがれ!」
「みんなの元には……絶対に行かせない!」
三度、激突する2人。怒りによって纒雷の出力が増大したことで、先程までとは違って互角にまで持ち込めている。しかし互角止まりな上、それも一瞬だけのこと……風雷回帰の反動とこれまで受けたダメージで既に消耗し切っている風華と、ほぼ元気そのものなマスキュラーでは、そもそも互角以上になれる道理などないのである。
「どうしたァ!さっきの風の方がよっぽど痛かったぜぇ!もう限界なんじゃねェのかァ!?」
「うるっ……せえ……!」
均衡は崩れ。風華の膝が折れて地に着き、大きなクレーターを作った。窪みに着地した瞬間、マスキュラーはここぞとばかりに筋肉を増強させてラッシュをしかける。うざったい再生能力をここで終わりにしてやろうとスパートをかけたのだ。
「血ィ……見せろやあああぁァ!潰れちまえェ!」
「うるっ、せえ……つってんだろうが!」
赫く、風華の身体を迸るスパークがその勢いを急激に強めていく。それに呼応するように、風華のパワーも少しずつ上がる。
地面に埋め込もうとするように、風華を殴るマスキュラーの腕。ただ受け止めて耐えるしかできなかったそれを、風華は遂に捕まえて引き寄せ……天高くまで放り投げた。
諸刃の剣、危険な賭けだった。必要な電力を生産し切る前に、風雷回帰の限界を迎えるかも知れなかった。先に意識を失って、
「こんなっ、程度でどうにかなるとっ!」
「衝赫……『
「グッガアアッ……!?」
強化された蹴りが、筋繊維を貫きラバースーツの防御性能を超えてマスキュラーに大きなダメージを与える。
「号赫……『
「ギャッ……!?」
握り込んだ木の枝に赫き雷の力を与える。ただの枝は鋭利な剣へと変わり、ラバースーツを障子紙のように容易く斬り裂いた。
「潜赫……『
「あっぎゅうっ……!?」
堪らず落下したマスキュラーを襲う、赫き雷の洗礼。地を這う稲妻に巻かれたマスキュラーは、極大の電圧を浴びて狂ったように痙攣する。
「響赫……『
「みゅっ……!?」
雷鳴が全身を震わせる。電撃により麻痺した筋肉に続いて、音を通しやすい血液に向けて爆音による追撃が行われた。
「燎赫……『
「ばっ……ぼぼっ……!」
雷によってラバースーツの残骸とマスキュラーの体毛が発火。それほど多くもなかった髪の毛や陰毛を燃やし尽くしていく。
電撃のフルコースでマスキュラーを滅多打ちにする風華。ここまでの電力を溜められる程のダメージを受けた鬱憤を晴らすかのように、何度も何度も執拗に攻撃を加えていく。
別に、恨みを晴らしている訳ではない。この手の増強系の個性を持つ者は、総じてタフであると相場が決まっているものだ。手を緩めれば反撃が来るかもしれないとあれば、妥協はできないのだ。
「『
「…………………………っ!!」
最後に、風華はありったけの風力と電力を込めた
息はあるが、意識はない。風華がおぼつかない足取りで近付いてみても、何の反応も示さない。これは即ち……風華がこの戦いに勝利したということに他ならないのだ。
「勝っ……た……!」
勝利の余韻に浸る暇はない。荼毘と呼ばれていたツギハギの敵と、ゴムスーツの男を追わなければならないのだ。恐らく今、あの2人の存在を知っているのは風華だけ。風華だけが、奴らを対処しにいくことができる。
ならば、休んでいる暇などない。風雷回帰の反動で身体を動かすこともままならないが、そんな動かない身体を風華は無理矢理風で浮かせ、2人の消えた方向へと進んでいった。
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