「本当に、彼らだけでよかったのですか?」
「うん」
開闢行動隊による、林間合宿襲撃と同時刻。
死柄木はいつものように、アジトで写真を眺めていた。襲撃に参加しなくてよかったのかと黒霧が問うが、自分が出る幕ではないと即答する。
「ゲームが変わったんだよ。今までは言うなればRPG……装備や道具だけは万全で、レベル1のままラスボスに挑んでた。……もっとも、ボスに辿り着く前に負けてたけどな」
「そして、今は何をプレイするべきだと?」
「やるべきはSLGだったのさ。俺は駒の一つではなく、あくまでプレイヤーであるべきで。使える駒を使って、少しずつ格上を切り崩していくべきだったんだ……」
「そのために、超人社会にヒビを入れると」
開闢行動隊……彼らの犯行は、失敗しても成功してもどちらでも構わない。そこに現れたという事実そのものが、ヒーローを脅かすのだから。
捨て駒という訳ではない。少数精鋭、それ故に奴らの強さと悪意は本物だ。向いている方向こそバラバラだが、死柄木にとっては頼れる仲間なのだ。
一応、失敗しても別に構わないのだが。それでも死柄木は、開闢行動隊が目的を果たして帰ってくることを願っていた。
「法律で雁字搦めの社会……抑圧されてるのは何も敵だけじゃない」
「……成功を、願っておきましょうか」
〜
「あっ……おい!」
「大丈夫……まだ僕には、やらなきゃいけないことがあるから……!」
「そんなボロボロになってんのに……その上、まだ何をするって言うんだよ……!」
「さっきの攻撃……防御されることは分かってた」
あの速さと反応速度、どんな攻撃をしようと対処されることは分かっていた。だからこそ緑谷は全力をぶつけた。実際……限界を超えた出力でも、纒雷を剥がし切ることは叶わなかった。
思っていたよりも、遥かに強い敵だった。もしもこの夜襲に参加している敵が全員天威と同じくらいのレベルなら、みんなの命が危ない。
その上、爆豪のことを尋ねてきたように狙いは生徒かもしれない。知った以上は相澤やプッシーキャッツに伝えにいく必要がある。
「僕が動いて、救けられるなら……僕は動かなきゃいけないだろ」
「……!」
浮かぶのは、クラスのみんなの笑顔。
凄み、と言うべきか。緑谷から感じた得体の知れぬ雰囲気に、洸汰は思わず息を呑んだ。腕はボロボロになって、あちこちから出血して、それでも戦う意思だけは途切れさせない。そんな姿を幼い子どもが見て、何も思わない訳がないのだ。
「ひとまず……
「でも……大丈夫なのかよ!?」
「何よりまず……君を守らないといけない」
「え?僕を……?」
子どもだから、という理由だけではないのだろうと察して、洸汰はならば何故と問いかける。質問を受けた緑谷は、動かない腕の代わりに頭を振って火の手が上がる森の方を指した。
あの火を消すために、放水ができる個性を持つ洸汰の力が必要になるのだと緑谷は言った。膝を落として目線を合わせ、優しい瞳で彼を見据える。
「あの火が回れば、僕らはここに閉じ込められてしまう。君の力が必要だ」
「俺の……力……?」
「そう、僕らを救けて。さっきみたいに」
「……!」
洸汰は何度目かの息を呑む。緑谷の言っていることを本当にやるなら、洸汰の役割はとても大きなものになるだろう。この場にいる50人弱の人間の命がかかっているともなれば、緊張して震えてしまうのも無理のないことである。
「……うん!」
「さ、行こう!おぶるから背中に乗って!」
「は!?いや……そんな怪我で動けるのかよ!?」
「大丈夫、そのために脚は残した!」
あの激しい攻防の中で、緑谷は脚だけは消耗しないように気を付けて立ち回っていた。どんなに激しい戦いになったとしても、その後に身動きが取れなくなるということを対策していたのだ。
天威は爆豪を標的にしていた。その目的が殺害なのか拉致なのかは分からないが……爆豪だけが標的とも限らない。例えそうだったとしても、アドリブで誰かが攫われるということもあり得る。
──嫌な予感がする……早く行かないと!
痛みなんて、今はどうでもいい。この危機を絶対に乗り切ってみせると、緑谷は意気込んで森の中を駆け出した。
〜
「まァ……こうなるよな!」
「出ねえよ」
緑谷と天威の戦いが決着する数分前。
施設の前では、相澤と荼毘の戦いが繰り広げられていた。掌から放たれる蒼い炎を間一髪で回避した相澤は、その個性を『抹消』して一直線に捕縛布を投げつける。
今度こそ焼肉にしてやると手を翳す荼毘であったが、炎は不発となり捕縛布に身体を抑えつけられてしまった。もがこうとしたその瞬間、相澤は荼毘を手繰り寄せて身体を浮かせ、自由に身動きを取れないようにする。
顔面に膝蹴りを一発。怯んだところで捕縛布を引っ張って浮いた身体を回転させ、うつ伏せになる体勢にしてから頭を地面に叩きつけ、腰と腕を抑えて完全に拘束した。
「目的・人数・配置を言え」
「何で?」
「こうなるからだよ」
「……っ!」
荼毘を抑えたまま、相澤は尋問を開始する。飄々とした態度を崩さずシラを切ろうとする荼毘であったが、即座に掴まれていた左腕をへし折られた。
答えがなければ、相澤は次は右腕を折ると脅すと荼毘を脅す。しかしそれでも荼毘が情報を吐くことはなく、口から出る言葉はただただ挑発と愚弄のみであった。
「何だ……?」
「先生!」
「あっ……敵……!?」
「よっと……ああ、痛ってえ」
荼毘の右腕をへし折ったその時、同時に二つの方向から轟音が鳴り響いた。どちらからも赤い稲妻のようなものが空に向かって飛んでおり、恐らくはどちらかに風華がいるのだろうと察する。実際片方は空気が赫く染まっており、赫災領域を発動しているのが見て分かった。
──ならば、もう一つの稲妻は誰の……?
そうして思考を始めたところで、生徒が自分を呼ぶ声が耳に入ってくる。声の主は飯田をはじめとするA組の一部と、何人かのB組の生徒であった。
その声に気を取られたことで荼毘を拘束していた手が弛み、その隙に脱出を許してしまう。捕縛布を解かれることは阻止したものの、不気味な微笑みを絶やさない荼毘に警戒は緩めない。
「そろそろ……ダメか。流石に雄英の教師を務めるだけはあるな。舐めてたぜイレイザー」
「動くなっ……!?」
「必死だなァ……そんなに生徒が大事か?」
「崩れっ……!?」
再び個性を抹消し、捕縛布を手繰って荼毘を引き寄せようとした相澤。しかし捕縛布は荼毘の身体を貫いて、それだけが帰還してくる。さっきの炎とはまた違う、明らかに個性による力。瞬きはまだしておらず、抹消は機能しているにも関わらず起きたこの事態に、流石に困惑の色を隠せなかった。
「守り切れるといいな……また会おうぜ」
「先生っ、今のは……!?」
「……中、入っとけ。すぐ戻る」
さっきまで荼毘だったモノは、ヘドロのような液体となって崩れ落ちやがて消滅する。それがいったい、どのような『個性』によるものなのかは分からないが。分からないものを考えるのに費やせる時間など今はない。
──この状況、施設を狙ってきたこと……そしてあの火傷野郎の言い草的に、奴らのターゲットは明らかに生徒。ならば、やむを得まい!
これは生存率の話だ。抵抗すらできずに逃げ惑うよりかは、戦い己の身を守る術を与える。後で処分を受けるだろうが……生徒の命の方が大事だ。
重要事項を伝達するため、相澤は森の中を駆けてマンダレイの元へと向かう。彼女のテレパスを使えば範囲内の誰にでも、情報を一方通行で伝達することができる。いちいち相手を探して回るよりも余程楽で早いため、一刻を争うこの状況ではどうしても必要なことであった。
「あ……相澤先生!よかった……!」
「緑谷……?っ、お前!」
「大変なんです……!伝えなければいけないことがたくさん、あるんです……けどっ……!取り敢えず僕、マンダレイに絶対に伝えなきゃいけないことがあって……!」
「おい……おい!待て緑谷!」
森の中を走っていると、洸汰を背負った緑谷と遭遇した。無事に戻ってきたことを喜んだのも束の間そのあまりにも酷い怪我が目に入る。
言葉の順序がめちゃくちゃだし、抽象的なことばかりで要領を得ない。しかし意識ははっきりとしているようで、相澤の言葉を無視して洸汰を預けるとマンダレイの元へ向かおうとする。頭がハイになってしまっているようであった。
「その怪我……お前またやったな?」
「あっ……いや、これは……」
恐らくはあの轟音のした方向のどちらかで、敵と交戦したのだろう。何を言われているのか心当たりはあるようで、緑谷は幾らか落ち着きを取り戻して立ち止まった。
資格を持たぬ者が、例え相手が『敵』であろうとも個性を用いて人に危害を加える……これは立派な規則違反だ。だからこそ、やらなければならない処置がある。どうせマンダレイの元へ向かうつもりであるのなら、連絡は緑谷に頼んで自分は施設の防衛に専念するべきだと相澤は判断した。
「この子は俺が責任持って守る。だからお前はマンダレイにしっかりと伝えろ……────ってな」
「っ……はい!」
伝言を受け取ると、緑谷はフルカウルを発動して一目散に駆け出していく。伝えたらすぐに戻れと言い忘れていたことに気付くのは、その姿が完全に見えなくなってしまってからであった。ホウレンソウのホの字もないなと自嘲するが、それも程々にして洸汰を抱えて施設に戻っていく。
緑谷があの負傷で尚動けているのは、エンドルフィンがドバドバと分泌されることで痛みが麻痺しているからだ。目的を達成したら、落ち着いてしまって動けなくなるだろう。相澤としては、施設までの帰還を目標とさせることで動けなくなるのを先延ばしにしたかったのだが……
「おじさん……アイツ、大丈夫かな」
「ん?」
「僕……アイツのこと殴ったんだ。なのに、アイツ僕のこと救けてくれたんだよ。あんなにボロボロになってまで……!僕まだ……ごめんなさいも、ありがとうも言ってないんだよ……!アイツ、大丈夫かなあ……!?」
「大丈夫さ……アイツも死ぬつもりなんかないからボロボロになってでも戦ったんだ。俺はそのことを叱らなくちゃならんがな」
この騒動が終わったら、「ありがとう」の方に力を込めて言ってやってくれ。そう言って、相澤は自分の胸の中で泣きじゃくる洸汰を慰めた。
──後で処分は受ける……!だから、こんな訳も分からんままやられるなよ……卵ども!
〜
「あーん近いわ!アイテム拾わせてよ!」
「コイツっ……!」
「こんのっ……しつこい!」
「しつこいのはお前だっ……!いい加減に粛正されちまっ……!?」
「マンダレイ!洸汰君は無事ですっ!」
「君……」
アイテムを叩き落として弱体化させたまではいいものの、自身のキャットコンバットを読んだ動きをされて攻めあぐねる虎。そしてスピナーの振るう大量の刃物のせいで、迂闊に動けないマンダレイ。
防戦一方になっている内に、足を滑らせて隙を晒してしまう。その隙を目敏く突こうとするスピナーであったが、振り上げた大剣は乱入してきた緑谷によって蹴り砕かれた。丹精込めて造り上げた武器を瞬く間もなく破壊され、スピナーは「へ……?」と間抜けに呟いた。
「ちょっと君!何て酷い怪我っ……!?」
「あっ……!相澤先生からの伝言です!テレパスでみんなに伝えてください!」
「ちょっと!?ああもう何!?」
「A組、B組総員──」
──プロヒーロー『イレイザーヘッド』の名において戦闘を許可する!
「伝達ありがと!でもすぐに戻りな!君のその怪我尋常じゃないよ!」
「いやっ……すいませんもう一つ!敵の狙いは少なくとも一つ……かっちゃんが狙われてる!これもテレパスをお願いします!」
「かっちゃ……誰!?待ちなさいちょっと!」
「何で知って……まさか、マスキュラー!?」
情報を漏らすような奴は、マグネの中で心当たりはマスキュラー一人だけ。さっきの地鳴りのような轟音はつまり、緑谷に情報を漏らした上で負けたということなのだろうと判断する。
マグネの中で、緑谷への警戒心が最高レベルにまで膨れ上がる。それと同時に今ここで始末しておくべきだと飛び出すが、それはあろうことか味方であるはずのスピナーに阻止された。
「ちょっとスピナー!?あの子優先殺害リストにあった子なのよ!何で邪魔すんの!?」
「アイツはステインが救った男。即ち英雄を背負うに足る人物!ならば俺はその意思に従ぅっ……!」
「やっといいの入った!」
「ようやく捕まえたぞ!」
仲間割れした隙に、スピナーの顔面目掛けてハイキックをクリーンヒットさせる。せめてあだ名ではなく本名を言ってほしかったが、もう行ってしまった以上は仕方がない。マンダレイは諦めてあだ名のままテレパスで敵の狙いを伝えた。
『敵の狙いが一つ判明!生徒の『かっちゃん』!かっちゃんはなるべく戦闘を避けて!単独では動かないこと!分かった!?かっちゃん!』
「爆豪……?」
「バクゴー君が……!?」
「かっちゃかっちゃうるせェんだよ……人の頭ん中でよお……!クソデクてめェ、何かしたなオイ!」
「不用意に突っ込むんじゃねえ!爆豪、お前が敵に狙われてんだぞ!?」
テレパスを受けて、『かっちゃん』が誰を指しているのかを知っているA組の面々は分かりやすく困惑した。本人も戦えと言われたり戦うなと言われたりが立て続けに起きて、かなり苛立っていた。一人だけ感情の方向性が違いすぎる。
「肉……見せて?」
「見るからにヒョロガリの癖しやがって……!」
「地形と個性の使い方が巧ぇんだ、クソ」
前方の敵、後方の毒ガス。そして背中には気絶した同級生。分かりやすく縛りをかけられている現状に、轟と爆豪は歯噛みしていた。
「立甲……逃げろっ!巻き添えになる前に!」
「無理ですよ……放っておくなんて、できる訳がありません。それに……逃げられるような状況ではないでしょう?」
「それはっ!そうだがっ……!」
「グウワアアアァァ!!」
「踏陰君、黒影。一緒に戦ってくれますか?」
「そうっ……したいのっ!だが!」
戦いは、佳境を迎える。
このSSが面白いと感じましたら、評価・感想などをよろしくお願い致します。