風雷のヒーローアカデミア   作:笛とホラ吹き

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林間合宿:その8

「聞いたか拳藤!ぶん殴る許可が出た!」

「待てって鉄哲!お前、このガスがどういうものか分かって進んでるんだろうな!?」

「ヤベェ……ってんだろ?俺も馬鹿じゃねえさ」

「バカ野郎!」

 

 ガスの元を絞めようと、元凶となる敵を探して森の中を彷徨う鉄哲と拳藤。流石にこのガスの性質と敵の居場所くらいは、おバカな鉄哲でも予測がついているだろうと思って拳藤は質問したのだが。予想以上のおバカな答えが返ってきて、呆れ半分にツッコミを入れるのだった。

 ツッコミついでに、ただただ適当に走り回るくらいならばと自身の見解を伝える。ガスの流れについて感じた違和感と、敵の個性の考察を。できる限り分かりやすく、噛み砕いて伝えた。

 

「マンダレイはさっきのテレパスで、このガスについては少しも触れてなかった。つまりは広場から分かるところまで、このガスは広がっていないってことになる。変なんだよ……普通こういうガスや煙の類ってのは、発生源から拡散していくもんなんだ。なのにこのガスは、一定方向に向かってゆっくりと流れてる。この辺が分かりやすいな。見ろよ、私達がさっきまでいた所よりも、この辺のガスが濃ゆくなってるだろ?」

「つまり……どういうことだ?」

「発生源を中心に渦を巻いてるんだ。台風みたいな感じでさ」

「なるほど……!つまり台風の目の部分に、ガスの原因となっている敵がいるって訳だな!」

 

 そういうことだ。鉄哲が言いたいことを理解してくれたことに、拳藤は安堵の息を吐いた。この調子なら着いてきて正解だった、と。

 足を止めるのは程々にして、拳藤は改めてガスマスクを触りながら語った。渦の中心に向かう程ガスの濃度は上がり、ガスマスクも機能する時間が短くなってしまう。速攻で敵を見つけて速攻でカタを着けなければ、返り討ちに遭うだろうと。

 

「速攻勝負か!ならば俺に策がある。お前にばかり頭使わせ続けるのも申し訳ねえからな!」

「何だ、いい案があるのか!?」

「ああ!こんな感じで────」

「────成る程。こりゃ責任重大だな」

 

 鉄哲から作戦の概要を聞き、役割の重さに拳藤の額に汗が伝う。成功すれば確かに速攻でカタを着けられるが、敵の情報がほとんどない以上、失敗するリスクはかなり高い。

 

 だが、やるしかない。

 

 まだ森の中には逃げ遅れた生徒や、自分達の知らない敵と戦っている生徒がいるかもしれない。このガスを対処することは、そんな彼ら彼女らへの大きな助けとなるだろう。だからこそ、失敗する訳にはいかない大事な戦いとなる。

 

「……葵のやつ、あの黒いバケモノとまだ戦ってるんだろうな。チャチャっと終わらせて、そっちの加勢にも行かなきゃな!」

「ああ!こっちもやべェが、あっちもメチャクチャヤバそうだったからな!立甲があのバケモノを足止めしてくれてなきゃ、鱗や角取は死んでたかもしれねえ!立甲の捨て身に応えるぞ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……やっぱ、気付く奴は出てくるか」

 

 ガスの揺らめきから、『マスタード』はこちらに真っ直ぐ向かってくる者がいることに気付く。

 

 雄英高校の生徒は、やはり優秀だ。自身の学歴に大きなコンプレックスを抱くマスタードは、嫉妬や嘲笑の混じった笑いを溢す。口元を下卑た微笑みで歪ませながら、学ランの内ポケットから黒光りする凶器を取り出した。

 どんなに強い個性を持っていようと、人間である以上は絶対に殺せてしまう絶対の武器──

 

「いいぃたあああぁぁ!!」

「哀しいなぁ……どれだけ優秀な個性があったって人間なんだよね」

 

 ──ピストルの銃口を、ガスを切り裂いて現れた鉄哲に向ける。放たれた銃弾は鉄哲のマスクを撃ち抜いて、彼の素顔を晒させる。マスタードはそれを見て、ニヤリと口元を歪ませるのであった。

 

 

 〜

 

 

 常闇踏陰の『個性』は、それ自体が一個の人格を持つというとても特殊なものである。光がある内は弱く従えるのも容易だが。闇が増していくごとに力を増していき、完全な暗闇の中では常闇自身でさえ制御できなくなくなる程に凶暴化するという、厄介な性質を抱えていた。

 

 今日の夜は満月で、陽が落ちた後でも結構な光量があったために制御が取れていたのだが……肝試しのために森の中に入ったこと、遭遇した敵にペアを組んでいた障子を傷付けられたことで忘我し、完全に制御が効かなくなってしまっていた。

 

「鎮まれっ……鎮まれ、黒影!」

「イヤダネ……!モット、モットモットオレサマヲアバレサセロォ!」

 

 夜闇によって強化されているせいで、鎮めようにも手綱を握ることができない。暴走に障子を巻き込まないよう離れるのが精一杯のまま、常闇は木々を薙ぎ倒しながら森の中を彷徨っていた。

 

「……踏陰君?」

「お前はっ……立甲か!?何だその怪我は……」

 

 森を彷徨う中で自分を呼ぶ声に振り返ると、そこには足取りの覚束ない葵がいた。服はズタズタに引き裂かれ、全身から血を流し、右眼が抉られて無くなってしまっている。

 何があったのか……そう聞くまでもなく、下手人は葵を追って常闇の前まで現れた。

 

 全長15mはあろう体躯に、ムカデのように蠢く七対の尻尾。右腕には大剣のように肥大化した爪が月明かりに照らされて、血塗れたその刃を妖しく輝かせていた。

 色こそ違うが、体育祭で葵が見せた龍の姿と酷似しているそのバケモノに驚く常闇。何かしらの関連性を疑うも、すぐにその思考を打ち切った。黒影を制御しなければならない中、そんな余裕はない。

 

「もう……追いついてきましたか。申し訳ありませんが……踏陰君。奴を倒すため……僕に力を貸してくれませんか?」

「力をっ……?だがっ、今の俺はっ……!」

「そちらにも……何か問題があるようですね。恐らくは黒影の制御が効かない……と、言ったところでしょうか……ぐうっ!?」

「立甲!?」

 

 力を貸してくれと言われ、しかし今の自分にはそんな余裕がないと常闇は言った。今の体たらくでは協力どころか、むしろ同士討ちする危険の方が高いだろうと申し訳なさそうに言ったその瞬間。バケモノの爪が葵の肩を貫いた。

 痛みに呻き声を上げる葵を見て、更なる激情が自分の中で高まっていくのを常闇は感じた。バケモノは甚振るように爪をぐりぐりと回し、肩肉を少しずつ抉っていく。

 

「クソッ……やめろォッ!」

「待って……ください。今、動いては……また暴走してしまいますよ。しっかり落ち着いて……個性を制御してください」

「この状況でっ……!本当に落ち着いていられると思うのか!?」

「大丈夫ですよ……ぐっ!うぅっ……っ!少しだけ黒影と……お話をさせて貰えますか?」

 

 どれ程の痛みが葵を襲っているのか、常闇には分からない。一つだけ言えることは、彼女は死に体になっても諦めていないということ。敵を退けて生き残ることを、決して諦めていないのだ。

 黒影と話がしたいというのも、そのために必要なことなのだろう。ならば、自分が余計な真似をして邪魔になってはいけない。片方が潰れても尚輝きを残す瞳を見て、常闇はグッと口を閉じた。

 

「黒影……あなたは踏陰君の個性……彼と同じ存在です。彼と同じ時間を生きて……同じ人生を過ごしたはずです。なのに、何故……うぅっ!こんな仲を裂くようなことが……できるのですか?」

「オナジデハナイ!アクマデオレハダークシャドウデアッテ、トコヤミフミカゲデハナイノダ!オレトフミカゲハチガウ……ナニモシランクセニ、ワカッタヨウナコトヲイウナ!」

「同じ……ですよ。ヒーローに憧れて……ヒーローになるために、今日まで共に……2人で歩んできたのでしょう?ならば……あぐうっ!はあっ……あなたはっ……分かっているはずです。今ら……自分がどうするべきなのか……ヒーローとして……!何をするべきなのか……!」

「ウルサイッ……!ダマレトイッテイル!ワカッタヨウナコトヲイウナトイッタダロウガ!」

 

「立甲っ……!黒影、貴様ァ!」

「ウルサイッ……ダマラナイカラダ……!」

 

 ──ダメだ!おとなしくしろ黒影!

 

 ──ダマレェッ!オレニサシズスルナァ!

 

 苦しみ出したかと思えば、黒影は腕を振り上げて葵を思いっきり殴りつけた。肩を刺していたバケモノの爪が肉を千切り、葵は木に激突してそれを根本からへし折る。

 

 どうにか立ち上がろうとするが、身体の何処にも力が入っていない。文字通りの満身創痍、呼吸すらマトモに行えなくなっている。

 このままここに居させては命が危ない。一刻を争う緊急事態に、常闇の方もマトモに頭が回らなくなってしまっていた。

 

「立甲っ!逃げろ死ぬぞ!」

「無理ですよ……はあっ、コイツをこのまま放っておくなんて……僕にはできません。それに……今は逃げられるような、げほっ……状況では……ないじゃないですか」

「だが、それではっ!」

「だから……踏陰君。そして……黒影。僕独りでは歯が立たなかった相手……一緒に、戦って……くれますか?」

 

「グオオオアアアァァ!!」

 

「マズいッ……黒影、立甲を助ける!力を貸せ!」

「ダマレト……イッテイル!」

 

 雄叫びを上げ、バケモノは今度こそ葵の息の根を止めてやろうと足を動かす。常闇はそれを見て助けに行こうとするが、黒影が止まったままでいるせいで動けない。どうにかして主導権を握って動かそうとしても、口答えをするだけ。

 

 ──早く!早くしないとっ、手遅れに……!

 

 状況が常闇を更に焦らせる。黒影を抑え込むのを怠れば暴走するし、抑えている今は今でバケモノに葵が殺されるところを、見ていることしかできなくなってしまっている。動けない原因である黒影への憎悪が募り始めた、その時であった。

 

「この通り……僕はもう動けません。お願いしますよ、ヒーロー。どうか……僕を助けてください」

「……黒影!ああまで言われて、尚もお前は駄々をこねて暴れるのか!?言ってみろ!お前がその力を振るうべき相手は!この場にいるいったい誰なのか言ってみろォ!」

「ダマレ……!オレハ……!」

「俺は何だ!?お前は誰だ!?お前は黒影!常闇踏陰という男の個性であり、共にヒーローを目指す無二の相棒!それ以外の何だというのだ!?」

 

 常闇は魂を込めて叫ぶ。個性が発現して以降常に苦楽を共にしてきた相棒に向けて。

 同じ目標を抱いた。同じものに憧れた。常闇踏陰と黒影は一心同体の存在である。ならばこの場でするべきことが何かなど、黒影にはこうして言わずとも本当は分かっているはずなのだ。

 ただ、闇のせいで暴走しかけているだけ。そこをどうにか抑えることさえできれば、2人はあのバケモノを倒すことができる。成すべきことをちゃんと見ろと、常闇は全霊を込めて叫んだ。

 

「ヒーローがするべきことはっ……徒に力をひけらかして暴れることか!?違うだろう!」

「アァッ……!ソウダ……オレタチハ、ヒーローニナルンダッタナ!スマネェナフミカゲ!メイワクヲカケチマッタナ!」

「御託はいい!やる気になったのならば……俺達の全身全霊をぶつけるぞ!」

「アア……!ヤッテヤルゼ!」

 

 目の前で傷付いて、失われそうになっている命があるのならば。ヒーローがそれを見て見ぬフリをしていていいはずがない。ようやく心を一つにした常闇と黒影は、山椒魚のバケモノを倒して葵を助けるべく必殺技を撃ち放った。

 

 黒影を「纏う」ことで常闇自身の戦闘能力を増大させる、緑谷のフルカウルや風華の纒雷から発想を得た『深淵暗躯』。そしてその状態で、黒影の闇の力を一点に集めて撃ち放つ必殺の正拳。

 

「バケモノ、俺達の全身全霊を食らえ!『ドゥームクラウン』!」

「ガッ……!?グワアアアァァ!!?」

 

 深き闇の一撃が、山椒魚の巨体を周りの木々ごと地に沈め落とす。振り下ろされていた爪はギリギリのところで葵から逸れ、何とか凶刃から彼女を守ることに成功した。

 

「ヤッタ……!?」

「ああ……!」

 

 這い上がってくる様子はない。何とかこの一発でノックアウトさせることに成功したようだ。

 深淵暗躯を解除して、葵の元へと向かう。倒れたまま動かない彼女であったが、意識はハッキリしているようで。潰れていない左の目で、常闇と黒影に向けて下手くそなウィンクをしていた。

 

「ありがとう……ございます。助かりました……」

「シャベルナ!ヤスンデロヨ!」

「そうだ、傷が深過ぎる。その状態では動くこともままならないだろう。肩を貸して……!?」

「キエタ!?ナンデ!?」

 

 肩を貸そうと常闇が手を伸ばした瞬間に、葵の身体は彼の目の前から消失した。黒影が驚愕の声を上げたのと同時に、常闇も視界が暗転して身動きが取れなくなってしまう。

 どうやら、自分達は球状の何かに閉じ込められてしまったらしい。張り上げた声が近いところから跳ね返るのを聞いて、常闇は確信した。そしてこの状況を打破する手がないことも、黒影にも破壊できていないことから察してしまう。

 

「棚ぼた棚ぼた。まさか、『御雷入道』を一発KOできる奴がいるとはな。お兄さんビビッたぜ」

 

 何処からか気配もなく現れた男。

 派手な服装に嘲るような表情の仮面、そして背高のシルクハット。まさしく奇術師とでも呼ぶべきその男……『Mr.コンプレス』は、自身の個性の力で幽閉した2人をポケットにしまい、次なるターゲットの元へと向かっていくのであった。

 

 地面に埋まった御雷入道を見ると、その身体には無数の切り傷や打撲痕が付いている。あのKOされた一撃だけでは、到底説明などできない程に大量に付いた傷痕。自分が観察を始めた時には既に瀕死だったこの少女も、それだけの力を持っているということなのだろう。

 

 ──よく分からんけど。死柄木じゃなくて先生がターゲットとして選ぶ辺り、このお嬢ちゃんも相当やべェんだろうなぁ……

 

 仕事をやり遂げる中で、そんなことをコンプレスは想像して背中をゾワリと震わせるのだった。

 

 

 〜

 

 

「何でっ……銃弾を弾いただと!?」

「そんなっ、もんがぁ!効くかァ!」

 

 放たれた凶弾は鉄哲の頭に命中し、そして弾かれ宙を舞った。鉄哲の個性『スティール』の防御力を極限まで高めた、絶対防御態勢『スティルオブフォートレス』の前には、例え大口径のマグナムや榴弾だろうと無力と化すのだ。

 絶対に殺せると確信して、マスタードは発砲したにも関わらず。秘密の一撃は呆気なく無効にされてしまい、狼狽える間もなくガスマスクを貫いた正拳突きによって気絶させられる。これにより森を蝕んでいたガスは晴れ、マスクが不要となる。

 

「しゃあ!作戦通りやったな!」

「お前の必殺技で無力にできる程度の奴で、本当に良かったな……私も結局いらなかったし」

「何言ってんだ!拳藤がガスを散らしていてくれたおかげで、俺はここで戦うために必要なだけの深呼吸ができた!瞬殺したのはあくまで結果論!お前がいなけりゃガス吸って御陀仏だったかもな!」

「役に立ったならいいや。お疲れ鉄哲、やることはまだまだたくさんあるけどね」

 

 2人の立てた作戦はこうだ。まず速攻でカタを着けるために、中心部にいるであろう敵に向かって直進していく。この時最もガスの濃度が上がる中心部でも攻撃役の鉄哲が動けるよう、拳藤がガスを払って深呼吸ができるようにしておく。拳藤は個性で腕を大きくすることで、一気に広範囲のガスを払うことができる。なのでこれはどうしても、拳藤にしかできない役割であった。

 そうして動くのに十分な酸素を確保したら、鉄哲を前衛として中心部に乗り込む。ガス以外の攻撃手段が未知の相手と戦うには、防御力に優れた鉄哲の個性がちょうど良かった。

 

 後のことは今の通り。顔面狙いの一撃をクリーンヒットさせてKOし、ガスの流出を阻止することに成功した。

 

「まだ戦ってる音がする所がある。早く加勢に行こうぜ拳藤!まだガスにやられてる奴も残ってるかもしれねえからな!」

「ちょっと鉄哲、待てってば!音だけじゃあ何処に行くべきかなんて分からないだろ!?考えなしに走ってないで止まれって!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「っ……!ガスが晴れたぞ!誰かがガスを留めてた奴を倒したんだ!」

「へっ、やる奴もいるじゃねえか!轟ィ!もうガスを気にする必要もねぇだろ、いい加減しつこいミノムシ野郎ぶっ殺すぞ!」

「殺しはしねぇよ、そもそも当てねえからな」

「そういう意味で言ってんじゃねえ!分かれや!」




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