爆豪・轟と『ムーンフィッシュ』の戦いは、終始ムーンフィッシュの優勢で進んでいた。
口から飛び出す無数のしなやかで強靭、その上で伸縮自在の刃による動きに翻弄され、なかなか有効打を与えられないでいたのだ。
森の中では引火を防ぐために轟は個性の炎部分を使えず、爆豪も迂闊に爆破を繰り出すことができなくなる。その上途中で拾ったB組の円場を轟が背負っており、ガスを吸って気絶した彼を守らなければならないというハンデもある。ただでさえ立ち回りなどの基本的な部分で負けている相手、ハンデを背負わされているのは格下であるこっちの方。これで苦戦するなという方が無理な話である。
相手にはこちらを逃がすつもりなどなく、何処へ行こうにも執拗に追ってくる。後ろはガスで塞がれており、前に行くにはムーンフィッシュを突破しなければならないという袋小路。
爆豪は当たらない爆破を何度も繰り返したことで掌が限界を迎えようとしており、轟は氷結攻撃を刃を防ぐためにも多用しなければならないためかなり低体温化が進行していた。これでは2人がやられるのも時間の問題であったが、突如退路を遮っていたガスの渦が消え去った。
何故……と一瞬考えたが、そもそもあのガスは敵が発生させたもの。それが消え去ったということはつまり、ガスの大元となる敵を生徒の誰かが倒したということになる。
──誰か知らんが、最高の援護だ!
仲間がやられたことを悟って、ムーンフィッシュの動きに若干の動揺が見られるようになる。今まで付け入る隙もなかったが、これなら奴を倒すところまで持っていける。
轟は顔も知らぬ恩人に感謝を告げると、爆豪の方へ向き直って立てていた作戦を実行することをアイコンタクトで伝える。爆豪もそれを察してか、いつものように威勢よく吠えてみせた。
「いくぜ爆豪。タイミングミスるなよ」
「言われるまでもねェわ!アイツはぜってェ殺すと決めてるからなぁ!」
轟は背負っていた円場を「悪りぃ」と断ってから地面に置き、超温差光線の構えを取った。この技は当てたものを何だろうと消滅させてしまう恐ろしい技であるが、今回はこれが作戦の要となる。
「おら、死ねェ!」
「肉……!肉面……!見せて!」
「誰が見せるか!大人しくくたばりやがれ!」
「当ててはやらねぇ。だが……てめェのその機動力だけは奪わせてもらうぜ!『超温差光線』!」
冷気と熱気。相反する二つのエネルギーが折り重なって生まれた消滅の力を、轟はグルリと自分を回転させながら繰り出した。爆豪は空に飛び出していったし、円場は自分の足元にいるので巻き込む心配もない。
超温差光線は、辺りの木々とムーンフィッシュが機動力として使っている口の刃だけを消滅させて孤立状態とした。木を伝っていくアクロバティックな機動力と、鋭い刃による牽制のせいで近付くこともできなかったが、これなら爆豪が接近できる。
「あぁ……!肉ゥ!」
「見せねェつってんだろ!吹っ飛べェ!」
宙に投げ出されて、大きな隙を晒したムーンフィッシュ。そこへ爆豪が突撃する。迎撃しようと刃を伸ばすが、最大火力の爆破を前にして刃ごと吹き飛ばされてしまった。
どさり、と音を立てて墜落する。轟が確認のために近寄ってもピクリとも動かず、その辺に生えていた蔦で簡単に拘束できた。
「っしゃあ!ザマァみさらせ!」
「よし、施設戻んぞ爆豪。お前は敵のターゲットにされてんだから、ちゃんとおとなしくしとけよ」
「うっせぇ、ぶっ殺せば関係ねえ!」
「だからお前はおとなしく……」
「かっちゃん!轟君!」
「お前達も無事だったか!」
「お前らA組の!怪我はねぇか!?」
「あれ……円場!?助けてくれてたの!?」
ムーンフィッシュを倒した爆発を聞いて、緑谷を背負った障子と鉄哲・拳藤がやって来た。B組の生徒はB組に任せた方がいいかと、轟は背負っていた円場を鉄哲に渡す。ここまで守ってくれてありがとうとお礼を言って、鉄哲は円場を預かった。
「そうだ……マンダレイのテレパスはみんな聞いたかい!?敵の目的、その一つがかっちゃんだってことが分かったんだ!」
「ああ、聞いてた。だからここからは、爆豪を守りつつ施設まで帰還することが大事になる」
「テレパスは聞いてたけどな……『かっちゃん』が誰のこと言ってるか分かんなかったんだよな。爆豪のことを言ってたのか」
「それで、どうやって施設まで戻んの?広場じゃあまだプッシーキャッツが交戦中だし、道なりに戻るのは敵の目に付きやすくて危険だよ?」
真っ直ぐ森を突っ切るのが一番早いが、その手段を取るとしてどれくらい敵が潜んでいるのかが分からない。突然出くわす可能性もあるし、多少危険でも道なりに進んでいった方がいいのではないかという意見が出るが、緑谷がそれを却下して障子の力の有用性を伝えた。
障子は個性によって、身体の部位を複製することができる。そのため索敵能力に優れており、この力を使えば敵との遭遇を事前に回避することが可能となる。その上で防御力に優れた鉄哲や、氷結で壁を作ることができる轟もいる。
守り抜くことに関しては、オールマイトだろうと敵じゃなくなるような鉄壁の布陣が、偶然ながらも出来上がっていた。
「何だコイツら!?」
「お前中央歩けよ」
「俺を守んじゃねえクソ共!散れ!」
「行くぞ!全員無事で帰るんだ!」
肉壁要員の鉄哲を前に、負傷している緑谷と気絶している円場を改めて障子が背負い、いざという時に大きくした手で爆豪を隠せる拳藤が爆豪の隣で警戒し、轟が最後尾で目を凝らす。現状で用意できる最高の布陣を以って、彼らは爆豪護衛の任務に当たるのだった。
ずっと話し合いから蚊帳の外にされていた爆豪の声が木霊するが、障子はその叫びを無視して号令をかける。爆豪魂の叫びは、状況によって黙殺されるのであった。
「ナイフ相手の戦い方なら……心得てる!」
「あはは……痛ったあい!」
蛙吹と麗日のペアは、襲って来たトガを返り討ちにしていた。卓越したナイフ捌きで蛙吹が舌を負傷させられたものの、麗日が職場体験でプロに教わっていた『ガンヘッド・マーシャル・アーツ』によりトガを組み伏せ、行動不能にする。
すかさず蛙吹が武装を外させて、トガが抵抗できない状況を作る。武器を失って、身動きも取らせてくれず、まさに一切の打つ手なしとなったはずであったが……トガはそんなこと知ったことではないとばかりに笑い、麗日に語りかけた。
「お茶子ちゃん……素敵。あなたは私と同じ匂いがします。好きな人がいますよね?」
「へ……!?」
「そして、その人のようになりたいって思ってますよね。分かります、私も乙女ですから。好きな人と同じになりたいのは当然ですよね同じ物を身に着けてみたり言動を真似てみたりして、でもそれで満足できなくなってその人そのものになりたいと思うようになっちゃうんですよね」
「何を、言って……!?」
トガは、自分は見て分かる程ボロボロになっていて血の香りがする人が好きだという。あの動画に映っていたステインなどは、まさしく自分の好みど真ん中であったと笑った。
血の匂いがする人が大好き。だから最後はいつも切り刻んで、血の匂いで埋めてやるのだと。
「恋バナって楽しいね!あなたの好みはどんな人?教えてお茶子ちゃん!」
「うっぐう……!?」
「お茶子ちゃん!?まだ武器を隠し持って……!」
「えへへ……チウ、チウ……」
「声聞こえたぞ、あそこだ!」
「麗日さんの声だ……何処にいる!?」
トガの狂気を孕んだ言葉に、麗日がゾッと背筋を震わせたちょうどその時だった。森の中を一直線に突っ切ってきた緑谷達一行が現れたのだ。
新手が大勢現れたのを見たトガは、自分を抑えていた麗日が安心した隙を突き拘束から脱出して森の中に消える。「またいつか会おうね」と捨て台詞を残して消えていった彼女の視線は、傷付いた緑谷に釘付けとなっていた。
不用意に追うことはせず、蛙吹と麗日は合流することを優先した。戦闘許可は出ているが、あれは自ら身を守るためのもの。敵を見つけたからと言って戦いを挑みにいっていい訳ではないからだ。
「何だ、今の女……」
「敵よ、それもだいぶクレイジーだったわ」
「麗日さん、怪我を……!?」
「いや、デク君の方がヤバいからね!」
無事に合流できたことを喜び話していると、拳藤からさっさと行くぞと声がかかる。
爆豪の護衛をしつつ、施設にみんなで帰還するところだということを2人に伝えると、蛙吹は予想だにしていなかった質問をする。
「その爆豪ちゃんは何処にいるの?」
「え?かっちゃんならそこに────!?」
何を言っているんだと思いながら振り返ると、そこにいなければならないはずの人間がいなくなっていた。
この非常事態に、油断している人間など誰一人としていなかったはずなのに。爆豪の姿は影も形もなくなってしまっていた。いったい何が起きた、どうしてこんなことにと緑谷が混乱していると、爆豪を消し去った張本人の声が聞こえてくる。
「彼なら、俺のマジックで貰っちゃったよ」
「誰だっ!?」
「コイツは、ヒーロー側なんかにいるべき人材じゃねえ。俺達が、コイツがもっと輝ける舞台へ連れて行ってやるのさ!」
「っ……!?返せっ!」
返せとは妙な話だと、Mr.コンプレスは緑谷を嘲笑う。爆豪はあくまで一人の人間であり、誰かの所有物扱いを受ける謂れはない。他人を物扱いするなんて失礼な奴だと。
轟の氷結を躱しながら、言葉を続ける。あくまで自分達は価値観が凝り固まった子どもに、「進む道はそれだけじゃないよ」ということを知るための手助けをしているだけだと。今の子どもは、価値観に進む道を選ばされていると主張した。
「爆豪だけじゃない……拳藤もいないぞ!?」
「ああ、爆豪君を貰うのに邪魔だったからね。そのついでだし彼女も貰うことにしたんだ。『マスタード』……ガスを出してた奴な。アイツの放出する強力なガスを前にして、決して冷静さを失わない理性と瞬時に特性を見抜いた観察眼!彼女も素晴らしい敵となれる素質があると判断した!」
「この野郎!貰うなよ!」
「緑谷、落ち着け!」
轟が再び氷結を仕掛けるが、コンプレスは身を翻してその攻撃を軽く回避してみせる。ムーンフィッシュを2人だけで倒せる戦闘力、回避と小細工しか取り柄のない自分が戦っても、勝ち目はないだろうと分かっていたからこその即時撤退であった。
──ムーンフィッシュの奴は、アレでも控訴棄却されて死刑が確定してる殺人鬼なんだがな!アイツを倒せるような相手と、単騎とはいえど戦うなんてゴメンだね!
無線で残っている仲間達に、『目的を達成したから5分以内に合流地点に向かえ』というメッセージを入れる。
「短い間だったが、これにて幕引きだ!」
「させるか!絶対に逃がさねえ!」
爆豪とついでで捕まえられた拳藤、さらに障子はコンプレスが球を二つ持っているのを見た。2人が捕まっている球と同じ形状……ダミーという訳でもなければ、更に2人は捕まっているということ。
これ以上の犠牲を出す訳にはいかない。轟の号令を合図として、同時に全員がコンプレスを追いかけて走りだした。
〜
「聞いたか荼毘!Mr.コンプレスが早くも目的を達成しやがったってよ!ホント遅えってんだよなあ眠くなってきちまうよ!」
「そう言うな、よくやってくれてる。後は、全員がここに戻ってくるのを待つだけだ。あの女のガキも撒けたことだしな……マスキュラーの野郎はやられちまったみてぇだが」
マスキュラーに足止めを任せて逃げてきた荼毘とゴムスーツの男……『トゥワイス』は、合流地点で仲間が帰ってくるのを待っていた。
予定ではこの場所は、ガスと炎がカムフラージュとなって見つかり辛いはずだったのだが、ガスが晴れてしまっている。その上本来は、ヒーロー側に見つかって逃げる予定もなかった。何事も予定通りには行かないものだと、荼毘は肩を竦めて小さく息を吐いた。
「そういや荼毘、どうでもいいことだがよ!脳無って奴はどうしたんだ!?アイツはお前だけの言葉に従うんだろ!?大事なことだぜ!」
「ああ……忘れてたな。何のために俺は戦闘に加わらなかったんだって話だ」
「だろ!?感謝しな!」
「死柄木から貰った、俺専用の脳無……一人くらいは殺してるかな?」
「いいや……誰一人だって、殺させはしないさ」
「嘘だろもう追いついて来たってのか!?遅すぎて欠伸が出ちまうぜ!」
「マスキュラーを相手にして無傷だと……?」
荼毘は襲撃の前に、死柄木から脳無を一体プレゼントされていた。自分の声だけに従う特別製の個体ということで、『取り敢えず生徒を殺せ』とだけ命令して放置していたのだが……いざ呼び戻してみた脳無は、風華に倒されて引き摺られながら『ネホヒャンッ……!』と呻き声を上げていた。
「……やっと追いついた。今度こそ逃がさない」
「やべェぞ荼毘!戦うか!?」
「いや……見てくれこそ無傷だが、随分と荒く肩で息してるじゃねえか。マスキュラーに加えて脳無を相手にしてんだ、無事な訳がねぇ。いくら戦闘苦手といっても、今なら殺せるだろ!」
「やってみるかい……?本気で、わたしに勝てると思ってるならね!」
正直に言って今は、二対一での戦いをするのはかなり辛い状況である。だが、さっきの叫びとこの2人の会話を総合して考えれば、ここが敵の合流地点ということになる。この後も、どしどしと敵が合流して数の不利はキツくなるだろう。せめて、それまでにこの2人だけでも倒しておきたかった。
──泣き言を言ってる、暇はないよね!百からの頼まれごともやらなきゃだし……!
唇を一文字に結び、風華は覚悟を決める。どんなに体調が辛くても、体力的にキツくても、戦いを避ける理由にはならない。
そうして臨戦態勢に入った3人を──青山は息を殺して物陰から見ていた。
ガスを吸って倒れた耳郎と葉隠を、八百万に頼まれて施設まで運んでいたところで荼毘達を見つけてしまった。だから物陰に隠れてやり過ごそうとしていたのだが、最悪なことに2人とも居座るつもりであるということを聞いてしまった。
出るに出られず、時間だけが過ぎていく中で。ガスは晴れたし倒された脳無を引き摺って風華がやって来た。自分が恥知らずにも隠れている中で、みんなは戦っていると知った。自分だって戦わなければならないのに。倒れた2人を、施設まで送り届けなければならないのに。
──僕は。僕は……!
覚悟が、どうしても決まらなかった。
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