「ちょっとスピナー……!アンタのせいよ!」
「ようやく捕まえたぞ……そして黙れ!誰かのせいとするのなら……悪事を働いた己のせいだ!」
「そういうことよ、敵のスピナー君」
「ええい、離れろ不潔女!」
虎、個性『軟体』。とても柔らかい身体で平たくなったりもできる。崩落事故などでの救助活動も繊細に行えるし、その絞め技から抜け出すのはただの力技では困難である。
どうにか広場を襲った2人を鎮圧し、捕らえることに成功したマンダレイと虎。両腕と腰を抑えつけられながら、ステインがどうのこうのと喚き散らすスピナーであったが──
「そういや、アンタ自分の『個性』を少しも使ってこなかったわね」
「うるさい、どけぇ!」
──個性の話になると、うるさいどけ殺すと喚くだけの機械となる。馬鹿の一つ覚えのように同じ言葉を繰り返す様に、もうウンザリしたマンダレイは黙らせようとロープを取り出した。
「ちくしょう!ステインのご遺志を甦らせるための聖戦を台無しにしやがって!絶対にお前は殺してやる!どけ!」
「こんな状況でまだ、そんなことを言え──!?」
「そう……お2人とも、どいていただきましょう」
「貴様っ……黒霧!?」
スピナーの叫びに呼応するように、湧き出てきた黒い靄。黒霧は巧みにプッシーキャッツの2人を避けてマグネとスピナーを回収し、そしてまた何処かへと消えていった。
「クソッ……やられた!」
「ここを知られていた時点で、奴の存在には警戒するべきであったのに……畜生!」
〜
「追いかけっこは不得意か?意外と大したことないなぁ雄英生!」
「クソ、このままじゃ離される一方だ!」
「諦めちゃ……ダメだ!追いつかないと……!」
「……麗日、俺達を浮かせてくれないか。そしていい感じのところで解除してくれ」
「何か、作戦があるん?」
機動力に差があり過ぎるせいで、どんなに必死に追いかけても差が付くばかりの状況。気絶している円場はB組の2人に任せて極力足手纏いは減らしているが、それでも状況は好転しない。轟は起死回生の一手を打つべく、全員に作戦を持ちかける。
まず、麗日が自分と障子を浮かせて重さをゼロにする。そうしたら浮いた自分達を蛙吹が舌を使って投げ、空中では障子が軌道を修正しつつ敵の真正面に行けるようにする。
そうして距離を近づけることができれば、麗日の個性は解除して重みを取り戻し攻撃力を確保。轟が敵を叩き落すという算段であった。
この作戦の中に、緑谷は含まれていない。足以外の全てがボロボロの緑谷は、痛みで作戦どころではないだろうという配慮であったが……爆豪を助けるためエンドルフィンを出し続けている緑谷に、痛みなど有って無いようなもの。
「お前、自分の状態分かってんのか!?左腕なんか骨まで飛び出てんだぞ。そんな状態で、どうやって爆豪を助けに……」
「右腕はまだ動く……動かせる!それに痛みなんて今は知らない!僕は動けるよッ……!早くしないと手遅れになる!」
「ッ……!デク君、せめてこれ……!」
「準備できた?できてたら投げるわよ」
緑谷の執念に根負けした麗日は、木の枝と自分の服を使って腕を固定する応急処置を行なった。せいぜい気休め程度の処置だが、何もしないよりは余程した方がマシである。
応急処置を終えると、蛙吹は重さがゼロになった3人をグルグル巻きにして投げる準備をする。そのまま勢いよく敵に向かって投げ放ち、「必ずみんなを助けてね」と激励をかけた。
「おおおおおおぉぉ!!?」
「障子、右にズレてきてる!方向転換してくれ!」
「分かっている、大丈夫だ……!」
「『無重力』が解除されたよ……!轟君、ここからどうやってあそこまで行くの!?」
障子の背中に乗った轟に、緑谷はここからどうやって追いつくつもりなのかと尋ねる。そんな緑谷の問いに対して轟は何も言わず、黙って左腕を後方へと向けた。
──ただ、放出するだけじゃない。熱を噴き出す力を活用する……!
思い出すのは、自分の父親の戦い方。フレイムヒーロー『エンデヴァー』の必殺技、『赫灼熱拳』をイメージしていく。
炎を噴き出す力を利用して、機動力を向上させたり滞空したり格闘能力を底上げしたりと、炎を出すというだけのシンプルな個性で、エンデヴァーは実に多彩な戦法を轟に披露していた。
悔しいが、実に参考になった。扱うのを避けていたせいで制御の危なっかしい轟には、余計にその技術が素晴らしいものに見えていた。家庭では最低の屑でも、エンデヴァーはヒーローであるのだということを思い知った。
「障子……緑谷落とすなよ!赫灼熱拳、『ジェットバーン』!」
「それって、エンデヴァーのっ……!?」
「何だ、騒がしッ……!?」
「かっちゃんを……返せっ!」
「もう一度だ、赫灼熱拳『ジェットバーン』!」
「ぐっはあっ……!?」
父を模倣した、轟の赫灼熱拳。エンデヴァーには出力やコントロールでは及ばないが、今の状況ならこれでも十分。逃げるコンプレスと一気に距離を詰めた上で、そのまま障子の体格を活かしてタックルを仕掛ける。3人分の重みが乗ったタックルをモロに受けて、コンプレスは地に堕ちていった。
「何だ……Mr.コンプレス!?クソッ、待ってろすぐに助けてやるから……!」
「やらせる訳ないでしょ。炎は返すよ!」
「クソガキィ!邪魔だ!」
「ああもう、鬱陶し過ぎるぜ!ってか、あのガキ共見たことあるな!誰だっけ!?」
少し離れた所に落ちてきたコンプレスを、荼毘は炎で緑谷達3人を焼いて助けようとする。しかしその炎は風華の風に阻まれた上、逆に自分とトゥワイスを焼き尽くすべく跳ね返ってきた。
風に炎を流されるせいで、風華に対してマトモに攻撃を加えることができない現状。ただでさえ荼毘は苛立ちを隠せずにいたが、そこに組み敷かれたコンプレスが現れたことで、その苛立ちは更に加速していくのであった。
「優先殺害リストにあった顔だな、そこの地味目な緑と半分男!まぁなかったけどな!」
「チィ……邪魔だ!」
「トガです出久君!さっき見てて思ったんですけどもっと血ィ出てた方がカッコいいよ!」
「はあっ!?ぐうぅ……っ!」
「痛っててて……まさか飛んでくるとは!身体だけじゃなく、発想までトんでやがる!」
「Mr.、目標は!?」
「もちろんしっかりと……!?」
「お前の個性は分からんが……組み伏せている間に回収させてもらった!爆豪と拳藤……そして誰かは知らんがあと2人……!確かに取り返したぞエンターテイナー!」
トゥワイスが3人をコンプレスから離させ、何処からともなく現れたトガが緑谷を足止めする。その間に脱出したコンプレスは、荼毘に言われてポケットから爆豪達を閉じ込めた球を出そうとしたが……それは障子が既に回収していた。
あの短時間で隠し場所を見つけ、その上で回収するとはまさぐり上手な6本腕め。そう毒突くコンプレスであったが、余裕な口調は崩れていない。爆豪達を奪われたことで、荼毘が取り返そうと前に出ようとするがそれを抑える。
すると、虚空から黒い靄が噴き出した。
USJでも見た、神出鬼没のワープゲート。黒霧の登場によって、それまで戦いを続けていた敵達は戦いを止めて撤退していく。
「合図から5分が経過しました……帰りますよ」
「ごめんね出久君、またね!」
「待て、まだ目標が……」
「ああ、それなら大丈夫さ。マジックの基本……何かを見せびらかす時は、見せたくないモノがあるってことだぜ?」
「何っ……!?」
「氷結攻撃をされた時に、氷の一部を割ってダミーを用意した。右手で持ってたモンが、右ポケットに入ってるのを見たらそりゃあ嬉しくなって走り出すわな。まったく……悪い癖だぜ」
爆豪を取り返せていないと言う荼毘に、コンプレスは仮面を外して口の中に隠してあった『本物』を取り出して見せる。障子が手に入れていた球は弾け中身を曝け出し、氷が地面に落ちた。
「そんじゃ、お後がよろしいようで」
「くっそ……待てぇ!」
「待てって言われて、誰が待つかって……!?」
「優雅!いつの間にそこに……!?」
四つの球を再び口の中に閉まって、コンプレスは仮面を付け直す。そうして黒霧のワープゲートの中に退散しようとしたところで、青山が放ったレーザーが仮面を撃ち抜き、球を吐き出させた。
ここまでずっと隠れていたのか。
「球がっ……!」
「みんな、早く取って!」
風で浮かせたまでは良いものの、激しい頭痛に襲われて制御が途切れてしまう。これでは自分の元まで引き寄せるのは無理だと、風華は緑谷達3人に球を取ってくれと叫んだ。
同時に飛び出していく緑谷・障子・轟。しかし傷の痛みがぶり返したことで緑谷の足が止まり、動けるのは障子と轟だけとなる。球に飛びついて四つの内二つを回収することに成功したが、残った二つは荼毘が伸ばした腕に取られてしまった。
「哀しいなぁ……轟焦凍」
「クソ……ッ!」
「確認する、解除してくれ」
「まったく……何だ今のレーザー!?」
せっかくのショーが台無しだと、コンプレスは愚痴を吐きながら指を弾いて個性を解除した。球の中に囚われていた4人の姿が露わとなり、回収に成功していた常闇と拳藤が尻餅を着く。
気を失っている葵はコンプレスが担いで、爆豪は荼毘が首を掴んで生殺与奪を握る。そうして身動き取ることを防いだ上で、黒霧が2人も含めてワープゲートに入れようとするのを見て、風華は雷上動を起動した。稲妻のラインがワープゲートまで届いたのと同時に、緑谷も爆豪を助けようと駆け出す。
「葵……絶対に助けるからね!」
「かっちゃん……!」
「デク……来んな」
「成果は上々、問題なし……良い仕事ができたな」
足がどうしても重くて、身体が思うように動いてくれない。緑谷の決死の突撃が届く前に、ワープゲートは閉じて敵連合は虚空へと消えた。爆豪と葵とそして──風華の姿ごと。
「あ……ああっ……!!」
見上げてもそこには何もない。倒すべき敵も守るべき人も全てが消えた森の中で、緑谷の叫びだけが虚しく木霊していた。
生徒数42名の内、敵のガスによって意識不明の重体となったのが15名。重軽傷者が合わせて10名と、無事に済んだのは14名だけであった。
そして──行方不明が3名。
プロヒーローは、6名の内1名が頭を強く打たれる重体。1名が大量の血痕を残して行方不明となっていた。そして軽傷が2名。
一方で敵側はマスキュラー・マスタード・ムーンフィッシュの3名が現行犯逮捕。しかしそれ以外は全員跡形もなく姿を消した。
──完全敗北。
みんなが楽しみにしていた、そして楽しんでいた林間合宿は……最悪の結果で幕を閉じた。
〜
「ゲホッ……何処……ここ……?」
「やあ、久しぶり。まさか君も来るとはね」
薄暗い中に飛ばされた風華は、辺りを見回して地理を確認しようとするがやはり分からない。何処かの屋内であるということは分かるが、それだけでは情報としては不足。
もっと情報を集めないとと、ズキズキと痛む頭でどうにか発電して灯りを確保する。そうして翠色の電閃が部屋の中を照らしたところで、足音と聞いただけでゾッとするような声が、とてもフレンドリーに風華に語りかけてきた。
「誰だ……?ロクな奴じゃ、ないだろけど」
「ははは……君と初めて会ったのは、このマスクを着ける前だったからね。僕が何者か分からないのも無理はないさ」
「……質問に、答えろ!」
「そうだな……何て呼んでもらうのがいいのかな?世間では、僕のことを『オール・フォー・ワン』と呼ぶけどね」
オール・フォー・ワン。その名前を聞いた瞬間に風華の背筋に悪寒が走った。自分は今、オールマイトですら倒せなかった宿敵と相対している。そのことが、風華をより緊張させた。
「オール・フォー・ワン……!」
「いかにも。個性研究所で会って以来だね」
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