工場のようなマスクを着けたスーツの男。自身の名をオール・フォー・ワンと名乗る彼は、旧知の人間に話しかけるかのように、あくまでフレンドリーに風華との会話を試みていた。
迂闊に返事はできない。オールマイトが言っていた話からすれば、この男は大量の風華が見たこともないような個性を持っているかもしれない。その中にどんなロクでもない個性があるのかも分からない以上は、軽々しく会話することもできないのだ。
「個性研究所……昔ね、僕の好みに合う『個性』がないかと探りを入れていたことがあるんだ。あそこの研究員は優秀だし良識も備えていたから、結局は大した情報を得られなかったんだけどね」
「……」
「仕方なく、サンプルだけでも欲しかったから情報収集や隠密行動に長けた『友達』の助けを借りてみたんだけど。結局手に入ったのは、君と葵ちゃんのサンプルだけ。研究員達にはすぐ勘付かれて、彼は追放されちゃったんだ」
「……だから、黒霧はわたしのことを知ってるかのような口ぶりだったんだね」
USJ襲撃の時に、黒霧は風華のことを名指しで呼んでいた。その時は、自分への復讐に駆られていた敵が教えたものだと思っていたのだが。どうやら奴は、その遥か以前から風華のことを知っていたらしかった。
なるべく自分からは話さずに、会話は受け答えをするだけに留める。頭に電流を流して、洗脳系の個性を対策することも忘れない。最新の注意を払いながら話を進めていると、風華には初耳となる話題がオール・フォー・ワンから語られた。
「今回は、君と葵ちゃんのサンプルから造ってみた
「
「そう!造るのには苦労させられたよ。『蒼龍』は内包するエネルギーが多過ぎて、それに耐えられる器を用意するのが大変だった。『疾風迅雷』も元の出力が低過ぎて、僕が納得できるだけの個体が完成するまで何体も造り直しを余儀なくされたね」
「まさか……葵を拉致するように促したのは、お前だったのか!?」
自分達のサンプルから造られた人造人間が襲撃に加わっていたということを知って、風華は驚きの声を上げた。敵が集合場所としていた地点にはそうだと分かるような者は見当たらなかったし、自分達の分身とでも呼べるような存在が造られていたということも初耳だったからである。
──勝己が拐われた理由は想像つくけど。まさか葵まで拐われたのはコイツが……
一つの仮説に思い当たる。爆豪が今回ターゲットにされた理由に関しては、彼の素行言動的に敵側になってもおかしくはないと、そう死柄木が判断したのだろうと考えられる。
だが、葵に関しては死柄木の手に入るような情報だけでは、敵側に引き込みたいと思うような要素は皆無と言っていい。なのになぜ、あんな瀕死の重傷を負わせてまで拐ったのか。死柄木に拐う理由がないのならば、理由があるのは──
──オール・フォー・ワンの方なのだろう。
「正解だ。弔は爆豪君を仲間として欲していたようだけど、僕は葵ちゃんの方が欲しかった。あの個性はまだまだ、いろいろな可能性を秘めていることが分かってるからね。僅かな量の細胞をチマチマと培養し続けるよりかは……オリジナルを捕獲した方が話が早いだろ?」
「そんなことのために……あの子は!全身傷だらけにされて、片眼を抉り取られて!そんなくだらないことのために、葵を傷付けたのか!?」
「それは結果論さ。僕としては、彼女の身体を手に入れることができればそれで良かった。抵抗されるなら、おとなしくさせる必要があるだろ?それ故に仕方のないことだったのさ」
「屁理屈ばかりっ……並べるなァ!」
なけなしの電力で纒雷を発動し、風華はオール・フォー・ワンに蹴りかかっていく。しかし相手はそれを受け止める素振りすら見せず、真正面から受け止めてみせた。鋼の塊を蹴ったような、嫌な痺れが足先から全身に伝わる。
物理攻撃が通用しないならばと、
「何でッ……!?」
「そりゃあね、風華ちゃん。僕は数多の『個性』を持ってるんだぜ?身体強化に超再生、反射やワープに加えて個性阻害とかね。『疾風迅雷』を対策することなんて容易なのさ」
「それだけじゃ……説明がつかない」
「ああ……気付けるか。流石は『
そんな所が、日本に存在するのか?当然の疑問を抱いた風華であったが、返答は言葉ではなく衝撃波で返ってきた。
「がはッ……!?」
「『空気を押し出す』……そして『筋骨発条化』と『瞬発力増強』が四つに『膂力増強』が三つ。この組み合わせは使いやすくて楽しいんだ」
「ただ……複数の『個性』を持つだけでなく……!併用までできるのか……!?」
「今の手持ちじゃ、万全の君を相手にするのは骨が折れただろうけど。開闢行動隊に消耗させられてる以上、君に勝てる道理はない」
複数の個性により威力の後押しを受けた空気砲を食らい、風華は周りの機械などを巻き込んで吹き飛ばされていく。
爪が砕けて破片が指先に刺さり、ボタボタと鮮血を滴らせる。ただでさえここまでの個性の酷使で頭が割れるような痛みに襲われているのに、その上で更に身体にも傷を負わされてしまえば、風華がどれだけ我慢強かろうと関係ない。身も心も蝕んでいく激痛に、苦悶の叫びを上げた。
同時に、強い違和感に襲われる。
──な、ん……?空気が……!?
空気が薄い。肺が本来ならば取り込んでいて然るべき量の酸素を取り込めていない。個性研究所での個性伸ばしの中で、風華はどんな場所でも問題なく呼吸ができるようになっているのだが……その力が全くと言っていい程機能していなかった。
「ゲホッ、なん……で……!?」
「ここは密閉空間でね。真空にしない程度の最低限しか酸素は供給されないんだよ。どんな場所だろうと空気があるなら呼吸ができる君も、肝心の空気がなければ形なしだね」
鳴神風華、個性『疾風迅雷』。空気と電気を支配し操る強力なものだが、自力で発電できる電気とは違って、空気の方は操れる空気がなければそもそも機能しない。自分の呼吸で酸素を消費してしまっている以上は、その力も全く意味のないものとなってしまっているのだ。
無いものを操ることは、如何な個性であろうとも不可能なのである。吹き荒ぶ大風が不発に終わったのも、この空間に在る空気がそもそも少なかったからという理由があった。
呼吸不全に陥り倒れた風華を見下ろし、オール・フォー・ワンは小さく頷いた。それが何を意味する仕草なのかは分からないが。風華にはそれが死神の所作のように見えていた。
このままトドメを刺されるのかと思ったが、何を思ったかオール・フォー・ワンは風華に背を向けて個性を起動する。漆黒のヘドロのような液体が彼の身体を包み、その姿を覆い隠した。先程その存在を明かしていた、ワープの個性なのだろう。
「ここいらで僕は行かせてもらうよ。風華ちゃんの個性は、僕の性に合わないからいらないかな。独りここで、海の藻屑になるといいよ。もともと勝手に上がり込んできた君は、僕が弔に代わって始末するつもりだったんだよね」
「待て……なん、で……葵を……!?」
「葵ちゃんの個性を量産すれば、脳無なんて目じゃない強さの兵隊をたくさん用意できる。これからの敵連合の躍進のためには、強力な兵隊はどれだけ数を用意しても足りないからね」
「そんな、バカなことの……ために……!あの子を利用なんて……させるものか……!」
止めようとしても、身体が動かない。脳に酸素が行き渡らないためそもそも身体に動けという命令が為されず、指先ひとつだって動くことはない。視界もぼんやりと霞んできたし、臭いも音も少しずつ遠くなっていく。
「ああ……そうだ。僕が脱出した後は、ここは自爆する手筈になっているからね。万が一生きて帰ってくることができたら拍手してあげるよ」
「……」
「それじゃ、次があればまた会おう」
「……!」
もはや声も出ない。オール・フォー・ワンが黒いヘドロを被ってその姿を消すのを、風華は地に伏せながら見ていることしかできなかった。
役目を終えたヘドロが消失すると、施設が赤い光に包まれて消魂しいアラーム音が響き渡る。役目を終えたことで、自爆装置が起動したのだ。
間もなく、日本海の底に建てられたこのアジトは風華を巻き込んで海の藻屑となる。その前に脱出を果たさなければならないが、窒息して脳が死にかけている風華に動くことはできない。このまま、後は完全に脳死して、生命活動が止まるのを待つばかりというところで──
「あ……れ……?」
──まだ、命運は尽きてはいなかった。
自爆による崩壊が始まったことで、壁に阻まれていた海水が室内に侵入してきた。それにより海水に溶けた酸素が個性によって取り込まれ、風華の脳に若干の活力を与えたのだ。
活力を取り戻した脳は、瞬時に
窒息死からは逃れられたものの、依然として危機に在ることに変わりはない。風華は開闢行動隊との戦闘で体力をほぼ使い果たしており、赫災領域はいつまで保つか分からない。風雷回帰のおかげで水圧に潰されても再生することができているが、途中で
──絶対に、わたしは生きて帰る!
叶えたい夢がある。帰りを待つ人がいる。風華はここで死ぬ訳にはいかないのだ。
風雷回帰にないに等しい体力を消費し続けることになるため、纒雷すらマトモに扱うことは今の風華にはできない。
それでも。どれだけの時間をかけようとも絶対に生きて帰ると己に誓った。血の匂いに誘われてやって来た深海の生物達を蹴散らしながら、風華はおよそ3700mの深さを泳いでいく。
およそ370気圧の圧力が風華の身体をぐしゃぐしゃに押し潰し、光届かぬが故の低音が急速に体力を奪っていく。しかし風雷回帰によって潰れ冷えた身体はすぐに再生され、一瞬だけ浮上してまた潰れるというサイクルを繰り返していた。
──オール・フォー・ワンは、わたしだけは始末するつもりだったと言っていた。それならここには葵も勝己もいない!敵連合……死柄木が潜んでいる方のアジトにいるはず!
海から脱出したら、すぐに2人を探しに行かなければならない。敵連合のロクでもない目的に加担させられる前に、絶対に救け出す。水圧が弱くなれば纒雷も電磁波感知も再開できる。まずは一秒でも早く海から出ることが最優先。
絶対にトドメを刺さなかったことを後悔させてやると意気込みながら、風華は地上に向けて進んでいく。赫雷の閃光が、太陽光の届かない暗い海を赫く明るく照らしていた。
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