「君が寝込んでる間、リカバリーガールにはかなり強めの治癒を施してもらってた。だからその手も動かせるとは思うけど……直視できないくらいグッチャグチャだったよ」
特に左腕が酷かった。ここは骨の一部が失われていた上に神経が完全に断裂しており、整形してその上で再生系の『個性』を持つヒーローに限界まで力を使ってもらって、漸くリカバリーガールの治癒が意味を成すようになったのだ。
「再生と言っても、切れた糸を縫い合わせるように神経を繋ぎ直したんだけどね。だから麻痺系の障害は残らないけど……君、以前にも大怪我してリカバリーガールの治療受けてるみたいだけど。ぶっちゃけその時とは比べ物にならない程酷いよ」
「比べ物にならない……とは?」
看護師にギプスを外してもらうと、緑谷は夥しい傷痕が残った腕をグイグイと動かし、具合を確かめながら医者の言うことを聞き返す。
これまでのカルテを借りて、その内容を確認してみたと医者は前置きして話し始める。緑谷はこれまでも何度か同じような怪我をしてきたが、毎回毎回同じような壊れ方をしているのだと。
「君の怪我はね、毎度爆竹が内側から爆発したかのような壊れ方ををしてんの。んで……それが今回は特に酷い。今までは複雑骨折まではいってなかったみたいだから、まぁ分かってると思うけど」
「爆竹が、内側から……僕の身体ってそんなことになってたのか……」
「通常人の身体っていうのは、80%程度の力しか出せないようにリミッターが掛かってるんだ。でも一旦危機的状況に陥ると、脳がリミッターを外して100%の力が出せちゃうことがある。所謂『火事場の馬鹿力』ってやつだね」
「僕はずっと……そうだったということですね」
リミッターが在るということは即ち、人の身体は100%の力に耐え切れないということ。
しかし今回、緑谷はその『火事場』状態のままで長時間戦い続けた上に高圧の電撃を浴びせられ続けていた。個性のおかげでタフネスが上がっていたから死は免れたものの……高電圧という強いストレスに晒され続けたことで、筋肉がすっかり萎縮してしまっている。これは腕だけではなく、全身……心臓をはじめとする不随意筋も含めた話だ。
神経を繋げ直すのに失敗していたら、確実に一生ベッドの上で生活せざるを得なくなっていたと医者は力強く断言した。強い確信を以って断言されたことで、緊張して唾を飲み込む。強い緊張状態にあるからか、梅干しを口に含んだ時のように唾液が際限なく溢れてきている。
「筋肉の話ばっかりだけど、骨……そして何よりも靭帯がマズい。靭帯っていうのは関節を保持するところなんだけど、そこが酷く劣化してる。あと三度か二度か……同じような怪我が続けば、腕の使えない生活になると思っといてね」
「リハビリで、治るようなものなんですか?」
「そこは大丈夫だよ。こういう怪我の時、元に戻すにはリハビリあるのみだからね。両腕は、痛くても我慢してガンガン使ってって」
「はい……」
萎縮した筋肉は、時間が経って身体がストレスを忘れれば回復する。しかし、それまでは心臓の機能低下など様々な問題があるため、無理をすることは厳禁。身体の調子と相談しながら、慎重かつ積極的にリハビリを行なっていく必要がある。
「後のことは地元……雄英の方でお任せすることになってるから。君は今日で退院だね」
「はい……お世話になりました」
正直、矛盾しているような気もしたが……緑谷はそこは口に出さず、医者に礼を言ってから診察室を後にしようとする。しかし医者は、何か思い出したかのように緑谷を呼び止め、彼に何かを渡した。
「リカバリーさん、呆れてたよ。きっとこれまでもたくさん怒られてきたんだろうね。でも……君に救けられた人は確かにいる」
「これ、洸汰君の……?」
「病は気から……あんまり悩んでないで、前向きに考えてね」
「……はい!ありがとうございました!」
『きんたまなぐってごめんなさい』
洸汰からの感謝の手紙。何度もボロボロになり死ぬような目に遭って、それでも救けると誓った男の子から……ヒーローなどロクなものではないと嫌悪していた子どもから送られてきた、純粋な感謝と謝罪の言葉が書かれた手紙を受け取り、緑谷は目尻に熱いものを感じる。今回、自分は爆豪を助けられなかった。それでも救けられた人がいるということを忘れてはいけない。
いつまでもウジウジしてはいられない。緑谷は潤んだ眼を擦ると医者に深く頭を下げ、『ありがとうございました!』といって診察室を後にした。
病室に戻って退院の準備をしながら、母に電話を掛ける。クラスメイトのお見舞いに診察と続いていたため、忘れていたのだ。電話口から聞こえてくる母の声は震えていて、ただ息子の無事を喜んでいるという訳ではないようであった。
「うん、今日で退院だけど……うん。まだ用事が残ってるから家に帰るのは明日……明後日くらいになりそうなんだ。うん……雄英も生徒を遠くに置いときたくないっぽい。マスコミ対策してるってこと又聞きした。うん……大丈夫。動けるようにはなってるよ。リカバリーガールにはかなり強めに治癒してもらってたそうだし、神経も繋がって後遺症はほぼ残らないそうだから……」
「……出久」
──雄英、行かなきゃダメ……?──
返事を待つことなく、通話は切れた。母の言葉を届けなくなったスマホを鞄に戻し、緑谷は心の中で何度も謝罪を繰り返す。これからまたしても危険な目に遭いに行こうとする親不孝を、心の中で何度も何度も謝った。
「ごめん、お母さん……僕は、行かなきゃ」
言ってしまえば、ヒーローになる程親不孝なことはないのかもしれない。見ず知らずの他人のためにその命を費やす……親の心情を考えれば、それはもう気が気でないだろう。
自分の手が届くというのなら……救けずにはいられないと、そう思ってしまうのだ。
「八百万……『考えさせてくれ』って言ってたけどどうすんのかな」
「俺らがどんだけ逸っても、結局はアイツが発信機を作ってくれなきゃ始まんねえからな……」
「……お待たせ致しましたわ」
「ごめん、遅くなったかな」
約束の時間となって、切島と轟は病院の正面玄関前で2人が答えを出しに来るのを待っていた。2人がどれだけ焦っていても、この作戦は八百万の協力がなければ始まらない。『考えさせてくれ』とは言われているが、それで答えがNOだった場合は諦めざるを得ない訳で……そうしてヤキモキしながら待っていると、緑谷と八百万は同時に玄関をくぐって現れた。
「八百万、答えは……?」
「私は、この作戦を……」
「待て」
「ッ……飯田君……!?」
「待てよ、オイラもいるぜ……」
「峰田君まで……?」
切島が八百万に考えが纏まったのかと尋ねようとすると、それを背後からの声が止めた。4人が振り返った先にいたのは、唇を一文字に結び激情を抑える飯田と……そして峰田であった。
「なぜ君なんだ……緑谷君!?俺の私的暴走を咎めヒーローでいさせてくれた君が……共に特赦を受けたハズの君がッ!なぜ俺と同じ過ちを犯そうとしているんだ!?あんまりじゃないか……ッ!」
「おい飯田、何言ってん……」
「俺達はまだ保護下にいる。ただでさえ雄英は大変な時だというのに、君達の行動の責任は誰が取るのか分かっているのか!?」
「い、飯田君、違うよ!僕らだってルールを破っていいなんて……」
そこまで言ったところで、緑谷の左頬に鈍い衝撃が走った。飯田が緑谷を殴ったのだ。勢いでよろけた胸ぐらを掴み、飯田は峰田が制止するのも聞かず感情を昂らせる。
「やめろよ飯田ッ、暴力は……!」
「俺だって悔しいさ!心配してる!学級委員長なんだからクラスメイトを心配するんだ!それは爆豪君のことだけじゃない!」
大怪我を負い、床に伏せる緑谷を見て……飯田はその姿を兄に重ねた。もし、緑谷達が暴走した挙句に取り返しのつかないことになったら──
──周りの心配は、自分の心配はどうだっていいと言うのか。
「僕の気持ちは……どうでもいいというのか……」
「飯田君……」
「飯田……俺達だって何も、正面切ってカチコミをかける気なんざねぇよ」
「戦闘行動なしで救け出すんだ!要は隠密活動って訳だ……それが俺らができる、ルールには触れねえ戦い方!」
戦闘行動なしで救ける……それがいったいどういうことかと分かって言ってるのかと、飯田は面食らって言葉を失う。そんな飯田に対して、八百万は自分はストッパーとして同行するつもりだということを告げた。万が一の時には決してルールに触れないよう、監視の役目をすると。
「八百万君、君まで……!?」
「ごめん……飯田君。僕は切島君にまだ手は届くと言われて、いてもたってもいられなくなった。自分が動いて救けられる人がいるなら……救けたいと思っちゃうんだよ」
爆豪を救けに行く。その意思は4人とも固いということを思い知った飯田は、フゥー、と大きく息を吐いた。話し合いは平行線……彼らを説得することはできないということを悟る。
「なら……オイラ達も行くぜ!」
「峰田君!?何で……」
「オイラ達は元々、お前らが行くのを止めるつもりで来た。でも……どうしても止められなかったならせめて、暴走して戦いになったりすることだけでも止めようと思ってたんだよ」
「そうだ……納得はできないが、だからこそ監視のために我々も同行する!少しでも戦闘の可能性があれば即座に撤退させるため……つまりは八百万君と同じウォッチマンという訳だな!」
行くのを止められないならば。監視役として同行すると飯田と峰田は言った。戦闘行動になりそうなら絶対に止めるし、そうなることなく救けられるのならそれに越したことはない。それに迂遠な行動を取りながら救けるというならば、人手は多い方がいいだろうと。
「皆さんのお気持ち、よく分かるからこそ妥協案を受け入れたということをお忘れなきよう」
八百万がそう言うと、峰田が小声で「戦闘皆無で救けるなんて、そもそも非現実的だけどな……」と耳打ちしてくる。その通り、冷静になれていたならそもそもこんな案は出てこない。
実際、クラスのみんなに話した時は『そんな作戦絶対に無理だ』と反対されていた。麗日などは作戦の難易度だけでなく、『爆豪君……きっとみんなに救けられんの屈辱とちゃうかな……』と爆豪の心情の観点から苦言を呈している。連れ去られる直前の爆豪の言葉を聞いていた緑谷は、心当たりがあるというようにグッと唾を飲み込んだ。
言葉では通じなくとも、現場をその眼で確かめれば自分達の考えがどれだけ非現実的であったかに気付くはず。八百万が同行すると決めたのは、そんな打算もあった。
「発信機の示した座標は……神奈川県横浜市神野区という所ですわ。長野から約二時間……10時頃の到着です」
「一応聞いとくが……俺達がやろうとしてることはエゴってやつだ。引き返すなら今だぞ」
「迷うくらいならそもそも言わねえ!アイツを敵のいいようにさせてたまるかってんだよ!」
「オイラもだ……!怖い、怖いけど!何処かでまだ鳴神が頑張ってるかもしれねえんだ……!アイツが頑張ってるなら、オイラが頑張らない訳にはいかねえんだよ!お前らを止められなかった以上、死なば諸共よ!」
「だが……そういう訳にはいかない。監視役として必ずや、君達にルールは犯させない!」
「緑谷さんは……どうなんですの?」
「僕は……」
──余計なお世話ってのは、ヒーローの本質でもあるんだぜ!
緑谷がヒーローを夢を諦めずに済んだのは、オールマイトに見初められたからだ。世界が誇る平和の象徴に全てを貰った。ならば……
「……後戻りなんて、できないよ」
〜
「どうだいドクター、天威と御雷入道は?」
「順調に回復しとるよ。『疾風迅雷』のような高い再生能力があれば、こんなメンテナンスなど要らんのだがなぁ……」
「しょうがないさ。あの力を再現するには複製程度じゃ不可能って結論が出ただろ?『超再生』もキャパが足りないせいで持たせられなかったし、実験はコストと足がつくリスクを考えればやり辛い。天秤にかけた結果さ、仕方ないことだ」
「それでも……ううむ、どうしてももったいないと思ってしまうのは性かのう」
サンプルから複製した『疾風迅雷』には、死すら否定するあの再生能力は付いてこない。何度も実験を繰り返して結論は出ているが、今ある『超再生』の比ではない強力な能力が手に入らないというのはドクターには悔しいものであった。未だに未練がましく唸っている。
襲撃で返り討ちに遭ったことで、大きなダメージを負った天威と御雷入道は治療を受けていた。巨大水槽に満たされた薬液に浸かり、大量の酸素と栄養を取り込んで傷を癒していく。
脳無のように知力が落ちている御雷入道は呻き声を上げるばかりであったが、天威は治療の間ずっと緑谷への復讐心で頭を満たしていた。次会った時はどうやって殺してやろうか……栄養や血液を送るためのチューブで繋がれた頭で、ずっとそんなことを考えていた。
「緑谷出久……次は必ず殺してやります!」
「いい心がけだ。次は頼むよ……僕の愛娘」
「ところで先生よ……御雷入道はいつ頃『取り入れさせる』つもりなのかね?」
「ああ……そのこともあったね」
ドクターは視線を2人の入っている水槽からもう一つの水槽へ移し、その面をコンと叩く。オール・フォー・ワンはそんな音を聞いて、意識の戻らないまま水槽で揺蕩う葵を見やる。
栄養と休養さえ摂っていれば、どんな怪我からだって快復できる龍の力。そのおかげでより多く質の良いサンプルを手に入れることができた。敵連合の戦力は、大幅に向上したと言えるだろう。後はもうこっちで数は増やせるし、オリジナルをいつまでも置いておく意味はない。
どうせ処分するのなら、最期まで敵連合のために使ってしまおう。オール・フォー・ワンは御雷入道に葵を取り込ませることで、その力を更に引き出すことを考えていた。
「最期まで、役に立ってもらうよ」
悪は唇を歪め、ニヤリと嗤った。
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