緑谷達が、神野に行く少し前のこと。
「雷羽ちゃん。こんな時間にどうしたんだい?」
「立甲のおじさん……お姉ちゃんは……お姉ちゃんは大丈夫なの!?大丈夫なんだよね!?」
雄英の合宿先が襲撃を受けたというニュースが流れてから、いても立ってもいられなくなった雷羽は家を飛び出て外を走っていた。
靴も履かずに出たせいで、足の裏はアスファルトに削られて血染めになってしまっている。まだ10歳の子どもの体力では大した距離は走れず、息切れして止まっていたところで立甲は声をかけた。
心配する気持ちはよく分かる。ただ襲撃されたというだけでなく、風華は行方不明とまでなってしまっているのだから。自分の娘を拐われている立甲には、その気持ちが痛い程分かっている。
「心配するのはいいよ……でもね、君がするべきことは助けに行くことじゃなくて、家で風華ちゃんの帰りを待つことだ。君のような小さな子どもが出る幕じゃないんだよ」
「でも……!それじゃわたし、お姉ちゃんに何にも返せない!ずっと、ずっと……赤ちゃんの時から守ってもらってるのに……!わたしは、お姉ちゃんに何も返せてないんだよ……!」
「……雷羽ちゃん、直接行動することだけが恩返しじゃないさ。君が無事に、平和に、健やかに生きていることこそが、あの子に対する最大の恩返しだと僕は思っているよ」
だから、君が危険を犯すことはない。そう言って立甲は暴走しようとする雷羽を止めた。ハンカチを渡して涙を拭わせ、頭を撫でて落ち着かせる。
「これは大人の仕事だよ。大丈夫……風華ちゃんは必ず連れ戻すから、安心して待っていてくれ」
「お願いします、おじさん……!」
──研究所は、しばらく休止だな。
久方ぶりの実戦となるが、大事な仲間を2人も奪われた怒りは計り知れない。個性研究所の研究員達はプロヒーローとして、拐われた子ども達の奪還に当たることを決めたのだった。
〜
「着いたな、神野」
「この街の何処かに、奴らが……」
神野駅を降りた6人は、既に遅い時間だがまだ人で賑わっている街並みを見て少なからず驚く。こんな賑やかな場所に敵が……そう思うと何か、平和の紙一重さというのを実感するものだ。
「よっしゃ八百万、爆豪は何処に……」
「お待ちくださいな切島さん!ここからは、用心に用心を重ねなければなりませんわ!私達は敵に素顔を知られているのですから!」
「うん、隠密行動しないとね」
「だが、それでは捜索もままならんぞ?」
そこで自分に提案があると、八百万はあるショップを指差した。この時の彼女は何だかソワソワしていて、顔も心なしか赤くなっていた。恥ずかしさと言うよりは好奇心で、『激安の王道ドンキオオテ』と看板を掲げた店に突撃していく。
小走り程度の歩幅のはずなのに、その歩く速度がめちゃくちゃに速い。八百万の謎のテンションの高さに着いていくべく、残りの男子勢も彼女を追って店の暖簾をくぐるのであった。
「ナ、ナニミテンダオラー!スッゾオラー!」
「違う、もっと顎上げてガラ悪く!」
「パイオツカイデーチャンネーイルヨー!」
「夜の繁華街……そんな所子どもが彷徨いていては目立ちますし、必要なことですわね!」
八百万の提案は、さまざまなアイテムが格安で売られているショップを使って変装してしまうというものであった。ドレスとサングラスでいわゆる嬢の姿になった八百万は、どこか満足げにフフンと鼻を鳴らす。
その後ろでは、緑谷と飯田が切島から演技指導を受けていた。彼らが変装しているのは、街のチンピラと客引きである。普段の彼らとは全く違う人種になり切らせるために、切島はかなり熱を入れて2人がそれっぽい演技をできるようにしていた。
「変装するのはいいんだがよ……別に店で道具を買わなくても、お前なら創れたんじゃねえのか?」
「そそ、それはルール違反ですわ轟さん!私が個性で何でも創ってしまえば流通が……そう!国民の一人として流通をしっかりと回していかねばなりませんものね!経済を!」
「ドンキ……行きたかったんだな」
「このピュアセレブめ……」
「あ、アレって雄英じゃね?」
「ッ……オ、オッラア……!」
通行人の何気ない一言だったが、今の彼らにはこれ以上ない程刺さる発言でもある。取り敢えず図星突かれたのを誤魔化そうと、チンピラらしい言動を取る緑谷だったが……通行人の話に出ていた雄英は自分達ではなく、テレビに映っている相澤先生達のことであると知るのに時間はかからなかった。
『では、先程行われた雄英高校謝罪会見のVTRをご覧ください』
「アレって、相澤先生……!?」
「B組のブラド先生もだぜ……!」
『この度……我々の不備からヒーロー科1年生26名に被害が及んでしまったこと、ヒーロー育成の場でありながら敵意への防衛を怠り社会に不安を与えたこと、謹んでお詫び申し上げます。まことに申し訳ございませんでした』
「メディア嫌いの先生が……」
「悪者扱いじゃねえか……!」
メディアを嫌い普段は表に出てくることのない相澤が、髭を剃り髪を整えて、スーツをしっかりと着用して会見に臨んでいる。そのことが、緑谷達には異様な光景に見えていた。
記者から寄せられる質問は、『生徒の家庭にはどんな説明をしていたのか』『具体的にどのような対策を行なってきたのか』など、体育祭を開催していたことから分かるようなことばかり。雄英の基本姿勢なら、メディア側も把握しているはずなのに。
『周辺地域の警備強化や、校内の防犯システム再検討……強い姿勢で生徒の安全を保障すると説明しておりました』
「は?」
「何言ってんだコイツら」
「守れてねーじゃん」
厳しい声が街に響く。どんなに対策して安全に気をつけようとも、襲撃が起きて生徒に被害が出たということに変わりはない。
ヒーローは結果が全て……最良の結果を出せなかった先生達へ、厳しい視線と批判の声が街の人達から寄せられていった。
空気が澱んでいく。
「……行きましょう、皆さん。こんな所で長居している暇はありませんわ」
「発信機を二つ……?何かあったのか?」
「ええ……付けてもらった発信機は、一つだけではありませんの。なのでここからは、二手に別れて行動することを提案しますわ」
八百万が泡瀬に頼んで発信機を付けてもらっていた敵は、風華によって倒された。逮捕者の中にその敵がいなかったことから、反応の内一つはその敵のものであると分かる。
もう一つは、敵を追いかけていった風華に頼んでいたものである。こっちは既に一つ付けていたことと風華がかなり消耗していたことから、あまり期待していなかったのだが……どうやらしっかり付けてくれていたようであった。
行方不明となった3人は、恐らくこの反応のどちらか……或いは両方にいる。隠密行動を取るならば一緒に動く人数は少ない方がいいということもあって、八百万は二手に別れて行動することを提案したのである。反論もなく、全員が了承した。
「取り敢えず、ケータイで連絡はこまめに取り合うとしてよ。どうやって分けんだ?」
「僕らと八百万君は別れた方がいいだろうな。監視役は両方に一人は置いておきたい」
「変装のコンセプトが似てる俺が、八百万と一緒に行こう。緑谷と切島はどうする?」
「僕は……もしもの時に逃げるには機動力があった方が良いし、轟君達と行こうかな」
「んじゃ、俺は飯田達とだな」
「決まりですわね、それでは参りましょう!」
〜
ほぼ同時刻。
いつものバーに集まった敵連合は、爆豪をコンプレスの球から普通の拘束具に移して彼を仲間に引き込むべく勧誘を行っていた。
「不思議なもんだよなあ……」
どうしてヒーローが責められてる?会見のVTRを流しながら、死柄木は拘束した爆豪にそう言って語りかける。
「彼らは少し対応がズレてただけさ。守るのが仕事だからとはいうが、誰にだってミスの一つや二つはあるものだ!俺達は別に良いが、お前らはいつでも完璧でいろって?現代ヒーローってのは堅っ苦しいモンだと思わねえか……?爆豪君よ」
「守るという行為に対価が発生した時点で、ヒーローはその名の持つ意義を失った。これはステインのご教示でもある!」
人の命を金や自己顕示に変換する異様。
ギチギチのルールでそれを守る社会。
敗者を励ますどころか責め立てる国民。
敵連合の戦いは今の社会に対する『問いかけ』であると、死柄木はそう言った。
ヒーローとは、正義とは何か?この社会の有り様は本当に正しいのか?そういったことを一人一人に考えてもらうのだと。そのために敵連合は戦ってるのだと力説した。
「俺達は勝つつもりだ。君も、勝つのは好きだろ?雄英体育祭は残念だったな。鳴神がいなけりゃ君が優勝だったろうに……残念なことに、アイツに復讐する機会は二度とないが」
「死柄木、脱線してるぞ」
「おっといけねえ。荼毘、拘束外せ」
「いいのか?暴れるぞコイツ」
スカウトなんだから対等に扱うと、死柄木は荼毘に命じて拘束を外させる。どうせこの状況では反抗もできないと分かっているはずだと、そういう信頼もある。
荼毘は鍵をトゥワイスに渡して、彼に鍵を開けさせた。口では嫌だと言っているが、いそいそと拘束を外すのであった。
「強引な手段だったことは謝るよ。けど……我々は悪事と呼ばれる行為に勤しむだけの暴徒ではないということは分かってほしい。君を拐ったのは分かり合えると思ったからだ」
「俺達は事情は違えど、人に、ルールに……そしてヒーローに縛られ苦しんできた。君ならその気持ちを分かって……!?」
「死柄木ッ……!?」
「黙って聞いてりゃダラダラと……!馬鹿は要約ができねぇから話が長え!要は『ヒーローに嫌がらせしたいから仲間になれ』ってことだろ!?無駄な話ご苦労だったなァ……!」
もっと近くで話をしようと、死柄木は拘束の外れた爆豪にゆっくりと歩み寄っていく。目線を合わせようとしゃがんだところで……爆破が死柄木の顔を覆う掌を吹き飛ばした。
死柄木達の話は、爆豪には少したりとも響いてはいなかった。そもそもが的外れ……爆豪はただ個性を使って暴れたいから、ヒーローを目指しているという訳ではない。
オールマイトが、勝つ姿にこそ憧れた。
彼のようなヒーローに……勝つことで救けるヒーローに憧れた。そんな姿をカッコいいと思い、超えてやりたいと思った。誰に何を言われようと、そこだけはもう曲がらないのだ。
「お父さん……」
飛ばされて落ちた掌を見て、死柄木は呆然としたまま立ち尽くしている。身に纏う雰囲気がガラリと変わったのを、全員が直感した。
〜
「錚々たる顔ぶれが集まってくれたな」
「そりゃあそうだ!敵連合をどうにかできるかもしれないともなれば、いろんなヒーローに協力を募るのは当たり前さ!」
「一週間という短い期間ではあるが、教え子が拐われたというのなら助けに行かぬ訳にもいくまい」
「フン……!ソイツに関しては、自分から拐われに行ったと聞いているがな。そもそも何故俺が雄英の尻拭いを……!」
「何を言っている、エンデヴァー。アンタも拐われた教え子を助けに来たのだろう?ならばベストジーニストとそう変わらんだろう」
No.1ヒーロー
『オールマイト』
No.2ヒーロー
『エンデヴァー』
No.4ヒーロー
『ベストジーニスト』
No.5ヒーロー
『エッジショット』
それだけでなく、神野区近辺に事務所を構えるヒーローや地方から駆けつけたヒーローなども戦力として加わっている。一介の敵組織を相手にするには異例な顔ぶれが、対策本部に集まっていた。
「あなた達まで来るとはね。いつも研究ばっかりでヒーローの活動には興味がないものと、そう思っていましたが……」
「研究だって奉仕活動の一環。それに大事な仲間を助けるためだ、手間も暇も惜しめんだろう」
「必ず取り戻します。そのために協力するのです」
「さぁ……作戦会議を始めよう」
現在は捜査は難航中……雄英に協力してもらって社会にそう思ってもらうよう仕向けている。誰にも意識されていない今がチャンス。ここからは完全なスピード勝負となる。
オールマイトをはじめ、日本の名だたるヒーローが集まったこの空間で、敵連合を一網打尽にするための作戦会議が始まった。
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