「午後からヒーロー基礎学だけど。どんなことをするんだろうね」
「基礎学ってくらいだし、座学中心なんやない?」
高校生活が始まって一週間くらい。割と普通な授業を乗り越えて、今日から初めてのヒーロー科らしい授業がある。風華は麗日と一緒にお昼ご飯を食べながら、その内容について話していた。
「そういえばさ、風華ちゃんってどうしてヒーローになろうと思ったん?やっぱり強い個性があったから?」
「いや……そうじゃない。わたしがヒーローになろうと思ったのは、他のヒーローなんて信用できないからだよ」
オールマイト以外のヒーローなんて、信用できないからね。そう語る風華に対して、麗日は多くを言及することはなかった。いろいろあったんやね、とだけ言っておく。食後に風華から貰ったバイオレットなキャンディを舐めながら、残りの時間で雑談に花を咲かせたのだった。
〜
「私が……普通にドアから来た!」
「オールマイト!」
「本当に教師になったんだ……!」
午後の授業、ヒーロー基礎学が始まる。扉から入ってきたヒーロとしてのコスチュームを着たオールマイトの登場に、クラスメイト達が色めき立つ。風華も態度にこそ出さないものの、オールマイトの登場に気分を高揚させていた。なんと言ってもオールマイトはやはり、画風が違うのだ。
「今日から始まるヒーロー基礎学!本日執り行われるのは……コレだ!」
教壇に立ったオールマイトが、『ばとる』と書かれたパネルを見せる。ヒーローっぽい授業きた、と皆が湧き立った。
「戦闘訓練!そしてそれに伴ってこちら!事前に君たちに提出してもらっていた個性届と要望に沿って造られたコスチュームだ!」
「おお!」
「壁が動いてる……秘密基地みたい」
黒板横の壁から迫り出してくる大量のアタッシュケース。その中に入っているのは当然、全員分のコスチューム。あまりのテンションの向上に、立ち上がるどころか跳び上がる生徒さえ現れた。
「ちゃんと自分のコスチュームは持ったかな!?着替えたら随時、グラウンドβに集合だ!」
「はい!」
ぞろぞろと更衣室に向かっていくクラスメイト達。それを尻目に、風華はまだ教室に残っていたオールマイトと向き合った。
「おや、鳴神少女。もうみんな出て行っちゃったが君は着替えに行かないのかい?」
「行きますよ。でも、その前に……ありがとうございました」
「えぇ!?どうしたんだいいきなり!?」
突然ありがとうと頭を下げられて、困惑するオールマイト。あたふたする彼の前で風華は顔を上げ、次の言葉を紡いだ。
「10年前……あなたに助けられなければ、きっとわたしと妹は君沢で死んでいたでしょう。今のわたし達があるのは、ひとえにあなたのおかげです。ずっと、お礼を言いたかった。本当に……ありがとうございました」
「なるほど、そういうことか。礼には及ばないよ、私はヒーローとして成すべきことを成しただけだからね。それでもお礼がしたいというのなら……たくさん勉強して、最高のヒーローになってくれ!」
「はい。もちろん、そのつもりですよ」
オールマイトにずっと言いたいと思っていたお礼の言葉を、風華は遂に言うことができた。
君沢の悲劇からの10日間、幼い妹を抱えて死地を彷徨い続けた日々。町のヒーローは自分のことで精一杯で、助けてはくれなかった。むしろ、自分が生きるために風華を襲おうとさえした。
誰も頼りにできない中で敵に囲まれ、心も身体も限界を迎えたその時に差し出された救いの手。ヒーローの存在価値を疑っていた風華でさえ、嬉しいと思わずにはいられなかった。
やっと、あの時の恩に報いることができる。オールマイトに無様な姿は見せられない。より一層の気合を入れて、風華は更衣室へ向かうのだった。オールマイトとの会話は短時間だったはずだが、既にもぬけの殻となっていた更衣室を見て、「……みんな早いな」と風華は感嘆の声を上げた。
〜
「自分は今日から、ヒーローなのだと自覚する……そのためにも恰好から入ることは大事だぜ!みんなとてもよく似合ってる!」
「鳴神のコスチュームは恰好イイな!軍服みてえで似合ってるぜ!」
「ありがとう。妹にデザインしてもらったんだ」
速攻で着替えを終え、グラウンドβまで走った風華。オールマイトも既に着いており、最後の登場となった。
風華のコスチュームは黒を中心とした軍服状のものに、上から黒いローブを纏ったもの。本当はいつものレインコートを付けたかったが、脆いしボロいしで活動の邪魔になるだけだと雷羽からダメ出しを食らったので、仕方なく似たようなものを作ってもらったのだ。
初めて袖を通したが、昔から着慣れているかのようにしっくりくる。電気系統の個性ということで親近感を持っている上鳴から褒められたのも、妹を褒められたということで悪い気はしなかった。
「それじゃあ始めようか戦闘訓練!準備はいいかい有精卵ども!」
「オールマイト!戦闘訓練とは、どのようなことをするのでしょうか!」
「試験の時みたいなロボット相手?」
「いや……さらに二歩ほど先へ進む。屋内を使ったシミュレーションさ!」
真に賢しい敵は闇に潜む。だからこその屋内での戦闘訓練だとオールマイトは言う。内容はこうだ。
それぞれがクジを引いていき、同じクジを引いた者同士でチームを組む。そして、ヒーローチームと敵チームに分かれて2VS2を行う。
シチュエーションは『核兵器を隠している敵が見つかったと情報が入った。ヒーローはアジトに潜入し、核兵器の確保もしくは敵の捕縛を行え』というもの。制限時間は10分。ヒーロー側の勝利条件は敵全員または核兵器の確保。敵側の勝利条件はヒーロー全員の確保またはタイムアップ。
核兵器は触れることで確保した扱いになり、ヒーローまたは敵は支給される確保テープを巻くことで確保した扱いになるというものであった。
「このクラスは21人だから、普通にクジ引きをすると一人余ってしまう!なので、この内の3人には2回戦ってもらうことになるぞ!」
「2回戦うのは大変だけど、より多くの相手と戦えるのは面白そうだね」
「ば、
風華が笑いながらそう言うのを聞いて、軽く引く緑谷。しかし、クジ引きの結果2回戦うことはないと分かりしょんぼりしている彼女を見て、慰めの言葉をかけるのだった。
「わたしのチームは……実か。よろしくね」
「おっ、おっおおう!よろしくたのむうぜぇっ!」
「思いっきり舌噛んだね……大丈夫かい?」
クジ引きの結果、風華とコンビを組むことになったのは個性『もぎもぎ』を持つ少年峰田実であった。頭の球体と同じ色のマスクに黄色いマントを羽織り、まさにヒーローという出立ちとなっている。
風華は不思議に思っていた。峰田は自分に限らず女子と会話をする時、必ずと言っていい程こんな風にどもってしまう。男子には普通に話せているし、女子相手でも風華と会話をする時程酷くなりはしないのだが。だから、この機会にその理由を知りたいと思っていた。
「実はどうして、女子と話そうとするとこうなるんだ?男子相手なら普通に話せているじゃないか」
「女子だからダメなんだよ!お、オイラは……もう察してると思うけど性欲がヤベェ……!だから女子からは大抵キモがられてドン引きされるし、会話なんてほとんどしたことねぇんだ!オイラからしたらなぁ、キモがらない鳴神がおかしいんだよ!」
「なるほど、そういうことか」
自分の態度を不思議に思う風華の疑問に、峰田は割と気色の悪い告白をする。涙を浮かべながら迫真の表情で叫んでいるのが、より一層の気持ち悪さを醸し出していた。周りからも「うわぁ……」とドン引きした声が聞こえてくる。
しかし、風華は動じない。もちろん「気持ち悪いなぁコイツ」とは風華も思った。それよりも、彼のヒーローとしての精神は性欲なんかに負けたりはしないと信じることにしたのだ。
「どんなに気味悪がられようと、それでもヒーローを目指した実のことをわたしは尊敬するよ。今はまだ難しいとしても……君の心は性欲なんかに負けたりはしない。そうだろ?」
「なっ……鳴神ぃ……!!オイラ、お前のこと一生崇め奉れるぜぇ……!!」
「なら、一緒に頑張ろう。わたし達の力を、ここにいる全員に見せつけてやるんだ」
「おお!俄然やる気が出てきたぜぇ!」
目線を向けるのは、自分達の対戦相手。目線に気付いた爆豪は威嚇するように睨みを返し、轟は一瞥だけして目を閉じた。
個性研究所で10年間磨いてきた『疾風迅雷』の力。オールマイトに見せつけてやるんだと、風華は気合を入れた。初めての実技授業、『戦闘訓練』の始まりである。