とあるビーチでのこと。美しい夜景を眺めながら浜の散歩を楽しんでいたとある観光客は、水平線の向こうが赫に染まっているのを見た。
深夜ということで人は少ないが、この時浜にいた人達全員が海に釘付けになっていたことから、目の錯覚ではないと分かる。ならば敵の仕業かもしれないし警察とヒーロに通報を……そう思い立ってスマホを取り出したところで、海の向こうの赫い世界は元の黒い星空を取り戻す。
「何だったの、今の……?」
「ねぇアレ、誰か向こうにいない?」
「ホントだ、人いるじゃんヤバくね!?」
「敵か!?いや……何処かで見たような……」
「女の子……?うわちょっと、大丈夫!?」
「救急車、救急車呼ばんと!」
海の中から飛び出た小さなシルエット。いったい何者かと身構えていた観光客達であったが、すぐにその正体は分かる。
海藻が絡まる腰まで伸びた金髪に、身体中を巡るように迸る翠色のスパーク。一糸纏わぬ全裸であるその人物が浜辺に降り立ったその時、雄英体育祭を観戦していた観光客には、彼女がいったい誰なのかすぐに理解できた。
「雄英の……鳴神風華じゃん!」
「わたしのこと……知ってるんですか」
「当たり前じゃん!体育祭優勝してたでしょアレ私生で見てて……って違う!何で海から!?」
「ちょっと事情がありまして……いきなりで申し訳ありませんが、どんな物でもいいので衣服を貸していただけませんか?」
息も絶え絶え、立っているのもやっとというような有様で、風華は服が欲しいと頼む。そう聞かれた観光客は変えの服は持っていなかったのだが、別の客が自分の服を貸すと申し出てくれた。服と言うか水着であったが……夜の海でも遊ぶために持ってきていたらしい。
人が少ないからか、そんな時間も惜しいからかは分からないが。風華は水着を受け取るとその場で着け始める。紐で大まかに調整するタイプだったこともあり、ピッタリであった。
「あの、このTシャツも要ります?水着だけじゃあ絶対足りないと思いますけど……」
「ズボンも、こんなのでいいなら……」
「ありがとうございます。行かなきゃいけない所があるんですけど、流石に全裸のまま行くのはマズいと思ってたので……うッ!?」
「だ、大丈夫!?救急車……ッ!」
最低限の衣類を手に入れ、それを着込んだ風華は衣服をくれた観光客に頭を下げて礼を言う。そのまま何処かへと飛んでいこうとしたところで、急に頭を抑えて呻き声を上げた。驚いた観光客が救急車を呼ぼうとするが、それを止める。どうしても今病院送りになる訳にはいかないと、強張る語気と表情で伝えていた。
左半身を蝕むように電子回路のような赫いヒビが広がっており、ずっと痛そうに頭を抱えて表情を歪ませている。どこをどう見ても大丈夫には見えないが、風華から感じる強い意志に感化された観光客はその意気を呑み、スマホをしまうのであった。
「飴玉舐めな?頭痛いなら甘い物がいいよ」
「これあげるね、自販機で買ったスポドリだけど」
「カロリーバーくらいなら……」
「本当に……どこまでも、ありがとうございます」
救急車を呼ばないならせめてと、観光客達は持っていた食べ物や飲み物を風華に渡す。渡される食品や飲み物を受け取ると、風華は感動したとばかりに何度も頭を下げた。カロリーバーを齧りスポドリで流すと、飴玉を口の中で転がして栄養と水分を身体中に行き渡らせた。
深海3700mを泳ぎ切った身体に、癒しが染み渡っていく。普通なら焼け石に水程度の小さな癒しであるが、極限状態を乗り切った今の風華にとっては大きく確かな回復であった。
「あ……そういえばここは何処なんですか?ずっと海の底にいたので分からなくて……」
「ここ?新潟県の二ッ山ビーチだけど……」
「新潟県……!?そっか、日本海の底に……」
「待って、普通にスルーしてたけど日本海の底ってヤバくない!?何で生きてんの!?」
サラッと出て来た発言に、観光客の一人が当然の疑問をぶつける。しかし、風華は華麗にその疑問をスルーすると『ごちそうさまでした』として両手を合わせた。そしてもう一度、衣服と食糧をありがとうと彼らに対して深々と頭を下げる。
「この御恩には、本当に感謝しています。わたしはもう行かないといけませんから……いつの日か必ずお礼をさせてください」
「お礼なんていいって!いつかプロになって救けてくれれば、恩返しはそれでいいから!」
「じゃあ、一枚写真撮らせて!」
「それくらいでもいいのなら」
未来のヒーローとのツーショット写真なんて凄いレア物だと、頼まれた写真に一緒に写る風華。体調は最悪も最悪であったが、どうにか笑顔を崩さずに撮影を終わらせることができたのであった。
「どこ行くのか知らないけど、頑張ってね!」
「応援してるぜ、雄英生!」
「何か雄英ヤバいみたいだけど、それでもどうにか頑張ってけよ!」
「……本当に、ありがとうございました」
最後にもう一度礼を伝えると、風華は葵の電磁波を感じる地点に向けて飛んでいった。
オール・フォー・ワンは葵の『個性』を気に入り利用しようとしていた。どう使うのかなんて知ったことではないが、ロクな使われ方はしないだろうということは確信できる。利用されるだけさせられて既に捨てられているのが最悪だが、そんなこと絶対起こさせはしない。決意した風華は、より一層飛行速度を速めていった。
身体は節々が痛むし、風華は気付いていないがヒビも少しずつ広がっている。頭を金槌で殴られるような痛みがずっと続いているが、今はそれさえも気にせずどんどん加速する。
──待ってて、葵。必ず助けるから!
翠緑の電閃が空を伝う。雷上動の力により風華の速さは更に増していくのであった。
〜
「クッソ、触んな!」
オールマイトがオール・フォー・ワンと戦っている中で、爆豪は先程までとは打って変わり強引な方法を取るようになった連合と渡り合っていた。
オールマイトが助けに行こうとしても、オール・フォー・ワンがその度に邪魔をしてくる。ただでさえ数的不利がある上に、触られれば終わりな相手もいる。どうにか今はいなせているが、捕まるのもこれでは時間の問題だろう。
「クソ……クソッ!」
「切島、静かに……ッ!」
爆豪が逃げられれば、オールマイトは心置きなく戦えるようになるはずだ。こんなピンチの状況下にあるのに、切島達に戦うことは許されていない。
どこか一瞬でも救け出せる隙があれば、そこに乗じて爆豪を連れて逃げ出せるのに。どうしてもその隙を突く瞬間というのが、頭に──
「飯田、峰田……協力してくれ!」
「ダメだぞ切島君、戦闘は……!」
「戦闘はしねぇよ!この場から逃げつつ、その上で爆豪も救け出す方法を思いついたんだよ!」
「何だそれ、ちょっと言ってみろ!」
この時、切島に名案が浮かんだ。決して戦闘行為にはならず、この場から逃げた上で爆豪を救けられる方法が。
しかし出発前に麗日が言っていたように、爆豪は救けられるのを屈辱に思い拒むかもしれない。そうしたら全てはご破算になるが……ネガティブな皮算用は後にして、切島は概要を伝えた。
「……成る程、いけんじゃねえかコレ!?」
「そうだな……成功すれば全て好転するし、何より失敗した時のリスクも高くない。危険なバクチではあるが……やろう」
決行のタイミングは、爆豪が敵と二歩以上離れたその瞬間。
まず、後ろの壁に峰田の『もぎもぎ』を設置。飯田が前面に切島を抱え、峰田がその背中にしがみついてフォーメーションを作り、レシプロ起動と同時にもぎもぎに峰田を押し付けて反発による推進力を確保。硬化した切島が壁をぶち抜いて、即座に爆豪まで接近する。
これまで散々敵に出し抜かれて来たが、今は自分達がそれをできる立場にある。敵の手の届かない距離と速さから、戦場を横断。オール・フォー・ワンは爆豪を助けようとするオールマイトを妨害しているが、それは逆も然り。
「来い!」
「へっ……バカがよ」
最後は切島が呼びかける。飯田でもなく峰田でもなく、今までずっと対等な関係を築いてきた切島からの呼びかけ。最も爆豪が耳を傾けてくれる可能性の高い呼びかけで、爆豪に来てもらうのだ。
目論見は成功した。爆豪は敵連合の追跡を振り切って切島の差し出した手を掴み、そのまま3人と共に動いていく。飯田のレシプロに合わせて爆破を繰り返し、遂に離脱に成功した。
「クソ、やられた……!遠距離ある奴は!?」
「荼毘と黒霧!両方ダウン!」
「ああもう!アンタらくっ付いて!」
爆豪を連れて行かれたことで、焦ったマグネは自身の必殺技を繰り出した。
マグネ……もとい引石健磁、個性『磁力』。自身を中心に半径4.5km圏内の人間に磁力を付与することができる。全身・一部など力の細かな調整も可能。男がS極、女がN極となり、自身に磁力を付与することはできない。
この個性を応用した必殺技、同性の人間2人を最大限付与した磁力で反発させ撃ち放つ『反発破局夜逃げ砲』。Mr.コンプレスを射出することで爆豪を撃ち抜こうとしたが、その一撃は巨大化して射線を塞いだMt.レディに阻まれた。
「救出優先……行きな、バカガキ!」
「Mt.レディ……!」
間に合う内にもう一発、マグネはトゥワイスとスピナーで夜逃げ砲を打とうとするが、その直前で謎の一撃により意識を刈り取られた。
「アレは……緑谷君の職場体験先の!」
「グラントリノ……遅いですよ!」
「お前が速すぎんだ!まったくアイツら……お前に似てきてねえか!?主に無鉄砲なところ!」
「まさか来ているとは……10代!しかし情けないが、これで心置きなく奴と戦える!」
「やられたな……一手で綺麗に形勢逆転だ」
オール・フォー・ワンは、悔しそうに言いながら指から黒いラインを伸ばした。オールマイトが回避するとそれは気絶していたマグネに当たり、彼の個性を強制的に発動させる。
その結果、この中で唯一の女性であるトガに気絶している男性陣と死柄木が引き寄せられ、先に強制発動させられていた黒霧のワープゲートの中に全員消えていこうとしていた。
「待て……ダメだ先生!アンタの身体じゃ……俺はまだアンタに……!」
「弔……君は戦い続けろ」
最後にそう言葉を残し、オール・フォー・ワンは消えていく死柄木達を見送った。これにより戦場に残ったのは彼とオールマイト、そしてグラントリノの3人のみとなる。
「心置きなくは戦わせない。ヒーローってのは守るものか多いよな」
「黙れ……壊し、奪い、つけ入り支配する!日常を生きる方々を理不尽が嘲笑う!私は、そんなお前が許せない!」
「2対1だ、さっさと倒すぞ!」
「いいえ……2対2ですよ」
オールマイトがオール・フォー・ワンの着けていたマスクごと顔面を殴り抜き、地べたに背を付けさせる。ここまで受けてきたダメージと経過した時間により、活動限界を迎えかけているが……人数ではこちらが有利。畳み掛けてすぐに終わらせるぞとグラントリノが言うと、上空からそれを否定する声が聞こえてきた。
「ぐはッ……赫い電撃、まさか!?」
「遅かったじゃないか、天威。ドクターから許可は出たのかい?」
「ええ。お父様を助けるため、参りました」
「新手か……しかもお父様だと!?」
オール・フォー・ワンに向かう2人、その攻勢を紅い稲妻が止めた。傷が癒えて再出撃が可能となった天威が、不意打ちで襲ってきたのだ。
赫い電撃ということで一瞬風華の姿がチラついたオールマイトであったが、相手の姿を見たことでその考えを改める。天威と呼ばれた敵は顔立ちこそ風華と瓜二つであったが、髪色や纏う雰囲気などが全く違っていたし何より、赫災領域特有の赫い空気が広がっていなかった。
「これで数の上でも互角だ……さァ、戦おう」
〜
「切島君、そっちはどうなってる!?」
「爆豪の救出成功した!今は駅前の方で、衝撃波もここまでは来てねえみたいだ!」
「いいか、俺ァ救けられたんじゃねえ!一番確実な脱出経路がてめェらだっただけだ!」
「緑谷、そっちはどうだ……?」
緑谷達の方は、外道大厳雷神の襲来によって大変な状況になってしまっているため、ヒーローが総出で避難誘導を行なっている。それに乗じて遠ざかるように逃げているところであった。爆豪はおらずヒーローや警察が戦っているなら、留まる意味はないのだから。
爆豪も、オールマイトの足を引っ張るのは嫌だったからと素直に救けられてくれた。自分達にできることはやり切った。
グラントリノだっているし、オールマイトが負けるなんてあり得ない。これで良かったのだと、無理矢理自分を納得させるのであった。
──ヘリ……報道のか!
不安は心にへばり付いて離れない。それでもオールマイトなら大丈夫だと、切島達は心の中で呪文のように繰り返していた。
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