エンデヴァーらが、外道大厳雷神との戦いを繰り広げていた頃。オールマイト・グラントリノ対オール・フォー・ワン・天威の戦いは、より熾烈なものとなっていた。
オールマイトが拳を振るえば、オール・フォー・ワンはグラントリノを転送して盾にする。そのままスマッシュの衝撃をオールマイトに返し、両者共にダメージを与えていくのだ。
「衝赫……『大雷』!」
「ぐうッ……紅い雷、厄介な奴め!」
そうして少しでも隙ができれば、天威が見逃さずに追撃を仕掛ける。期末テストの時に風華の雷を食らっているオールマイトには、それは一度食らえば『残る』ものであると知っている。動こうとするたびに弾けて妨害してくるあのスパークは、絶対に食らう訳にはいかなかった。
オール・フォー・ワンの持つ多彩な手札と、天威の純粋に高い身体能力に、絶対に触れてはいけない紅い雷。物理にも搦手にも優れたコンビで、着実に優位を取り続けていく。
対するオールマイトは既に活動限界が近付いてきており、グラントリノも高齢故そう長い間全力で動くことはできない。また、緑谷の職場体験の時まで現場を離れていた分のブランクもある。オールマイトとオール・フォー・ワンの1対1だけならまだしも。天威とグラントリノの戦力差は、戦いを始めて時間が経った今かなり開いてきていた。
「何だったっけ?オールマイト。確か僕が許せないとか何とか言っていたよね。そういうところ、君の師匠そっくりだよ。『ワン・フォー・オール』先代継承者……志村七奈に」
「黙れ……!貴様の穢らわしい口で、お師匠の名を口にするんじゃあない!」
「ワン・フォー・オールに見合わない、口先だけで実力不足も甚しい女だった……!せっかくだ、どこから話をしてやろうか?」
「俊典、見え透いた挑発に乗るんじゃねえ!」
嗜めようとするグラントリノを、天威が蹴り飛ばしてオールマイトと距離を開けさせる。『個性』で超加速ができるグラントリノだが、纒雷によってそれに追いつける速度を出せる天威を振り切ることができずにいた。
オール・フォー・ワンは言葉巧みにオールマイトを挑発し、彼から烈火の如き怒りを引き出す。怒りが動きや思考単調にさせ、更に沸点が下がり挑発を受けやすくなる悪循環。グラントリノとしては止めたいが、邪魔ばかりでどうしてもできない。
「お父様のところへは行かせません。老人の相手は最期までずっと私ですよ!」
「どけやい小娘、さっきから邪魔だぜ!」
報道のヘリが飛んでいるのを見て、オール・フォー・ワンはオールマイトをそこまで打ち上げる。その狙いに気付いたオールマイトはトゥルーフォームに戻っている右半身咄嗟に隠し、ヘリからは見えないようにした。
同じく気付いたグラントリノも、限界まで肺に空気を溜め全力で噴射する。一気に飛び上がることで天威を振り切り、宙に投げ出されたオールマイトを救出した。
「6年前と同じだぞ俊典!そうやって挑発に乗ったから奴を捕まえ損ねた!腹に穴を開けられた!お前のダメなところだ、奴と会話をするな!」
「すいません……!」
「まったく、邪魔をしてくれる……!」
「申し訳ありません、お父様。老人をオールマイトの下へ行かせてしまいました」
オール・フォー・ワンは、6年前にオールマイトと戦った時とは戦法も使う個性も違う。衝撃の反射に肉壁の転送、殴った時の感触からしてショック吸収と、恐らく超再生も持っているだろう。正面からの攻撃ではまず有効打にはならない。
勝つためには、活動限界が来る前にに天威の妨害を越え虚を突いて攻撃を加える必要がある。それを報道に活動限界のことを悟られないまま行う、という条件も付け加えて。
『悪夢のような光景です……!突如として神野区が壊滅状態となってしまいました!現在は、オールマイトが元凶と思われる敵と交戦しております!平和の象徴と互角に渡り合い、たった1人で街を壊した上に何人ものヒーローが……』
「え、何これヤバ」
「オールマイトボコられてなかった?」
「神野って何処だっけ?」
「他のヒーローは何やってんだ!?」
中継が緊急速報として、全国のお茶の間に流されていく。それを見た人々は街の崩壊を許したヒーロー達をここぞとばかりに責め立て、そして漠然とした不安を口にする。
最近は敵が暴れ過ぎ、むしろヒーローがいいようにやられ過ぎ、平和ボケして弛んでる。しかしどうあっても、結局はオールマイトなら何とかしてくれるのだろう。そんなどこか楽観的で、無責任な言葉が様々な場所で飛び交っていた。
『大丈夫です皆さん!オールマイトはどんな時でも敵に打ち勝ち、平和を守ってきました!今回もきっとオールマイトが勝つでしょう!』
アナウンサーの言ったこの言葉が、国民の認識を表していると言っていいだろう。
オールマイトが現場に出て解決できなかった事件なんてないし、倒れなかった敵もいない。どんな状況でもオールマイトなら大丈夫という、その実かなり歪んだ信頼。敵連合が度々事件を起こしせっせと崩してきたヒーローへの信頼。しかしオールマイトへの信頼だけは、揺らいでいなかったのだ。
「せっかく弔がコツコツやってきたものを、僕が決定打を打ってしまっても良いものか……」
「この状況なら仕方ありませんよ。死柄木もそこまで道理の分からない男ではないでしょう」
「そうだね。なぁオールマイト、君は僕のことを憎たらしいと思ってるだろうけど。それは僕の方だっておんなじ何だぜ?」
「デカいの来るぞ!避けッ……!」
オール・フォー・ワンはオールマイトの師匠を殺したが、自分もオールマイトには多くの物を奪われたと言った。築き上げてきた立場、コツコツ増やしてきた強力な個性、健康な身体。だから、オールマイトには可能な限り惨たらしい死を迎えてほしいのだと宣う。
攻撃態勢に入ったのを見て、オールマイトに回避しろと指示するグラントリノ。『おいおい、避けていいのかい?』とオール・フォー・ワンが言うのを聞き、ハッとしたように背後を振り返る。グラントリノが見たのは、明後日の方向へと巨大な電撃を放とうとしている天威の姿。そしてオールマイトが見たのは──
「助けて……オールマイトぉ……!」
──瓦礫に足を取られ、動けなくなってしまっている一般人の姿。その姿を見てしまっては、避けることなどできるはずもなく。
「君が守ってきたものを奪おう。まずは怪我をおして通し続けたその矜持……惨めな姿を世間に晒せ」
「は……?」
「あっ……!?」
「何だあれ」
「何だあのガイコツ……」
『は……えっと、皆さん見えますでしょうか!?オールマイトが萎んでしまっています……?』
「オールマイト?」
衝撃波を相殺した反動で、まだマッスルフォームを維持できていた左半身もトゥルーフォームに戻ってしまう。
平和の象徴の萎びた姿が、中継を通じて全国に見せつけられていく。人々を笑顔で救い出す平和の象徴は、決して悪に折れてはならない。だからこの姿を知る者には、公表しないでほしいとずっと隠し続けてきた秘密。頬がこけ、目は窪んだ貧相なトップの姿。絶対に見せないようにしていた姿を白日の元に晒されてしまった。
「私の心は依然として平和の象徴!身体が朽ち衰えようとも、その姿を晒されようとも!一欠片とて奪えるようなものじゃない!」
「素晴らしい!まいったな、強情で聞かん坊だということを忘れてたよ。じゃあ……これも君の心には響かないのかな?」
──死柄木弔は、志村七奈の孫だよ。
オール・フォー・ワンによる、最悪の暴露。その言葉を聞いてしまったオールマイトの目から!光が消えていく。『ウソを……』とうわ言のように呟くことしかできなくなっていた。
「君の嫌がること、ずっと考えてた。モニターから見てたよ、弔に対して勝ち誇る君の姿。何も知らない癖に偉そうに説教垂れちゃって、何様のつもりだって感じだったね」
「ウソを……!」
「事実さ。君も僕がどんなことをやるかなんて分かってるだろ?」
「ダメだ……耳を貸すな俊典ッグウ……!」
「うるさい老人は嫌われますよ。黙りなさい」
止めに行こうとしても、電撃を間近で食らって動けないグラントリノにはそれが叶わない。せめて言葉で伝えようと叫ぶが、口内に天威の蹴りを食らい舌を引き裂かれてしまう。
命だけじゃなくて、心まで助けてこその真のヒーロー。怖い思いをした時程笑え。世の中笑ってる奴が一番強いのだから。
師匠の教え。オールマイトに根付いた常に笑顔でいるという精神。それを実践できずにいた。師匠の家族を敵に落としてしまったこと、それに気付きもせずに説教を垂れたこと。それらのことが、オールマイトの心に深くのしかかるのだった。
「あれ……おかしいなオールマイト。いつもみたいな笑顔はどうした?」
「きっ……さ、ま……!」
「やはり……楽しいなあ!どうだい、平和の象徴?君の矜持は一欠片でも奪えただろうか」
「ぉおお……おおおお……!」
「負けないで……」
オールマイトの慟哭を掻き消したのは、そんな小さな救いを求める声であった。瓦礫に埋もれて身動きが取れず、オールマイトが負けたらここで死ぬしかないという一般人の、涙ながらの懇願。
「オールマイト。お願い……助けて」
中継がその声を拾ったかは分からないが……その声に呼応するように、戦いを見守っていた者達はこぞって応援を始めた。
「オールマイトヤバくない……!?」
「……──てや」
「そんな……嫌だよ!」
「アンタが勝てなきゃ……あんなバケモノ誰が勝てるってんだよ……!」
「元の姿が何だったからって、オールマイトはオールマイトのままでしょ!?」
「いつだって何とかしてくれたじゃん!」
「オールマイト……頑張れ!」
「負けるな!勝ってくれェ!」
「頑張れオールマイト!」
声援は力に変わる。最も憎むべき悪を討ち果たすために、なけなしの力を振り絞るのだ。
「勝てや!オールマイトぉ!」
右腕で翠緑の閃光が炸裂し、一時的にマッスルフォームを再び呼び起こす。膨れ上がった腕をゆっくりと曲げ、救けを求めて泣き叫ぶ女性に向けて笑いかけた。
「救ける……もちろんさお嬢さん。多いなァ……!ヒーローってのは、守るものが多いんだよオール・フォー・ワン!だから負けないんだ!」
「……そうかい。オールマイトよ、僕だけを見るのは悪手だぜ?」
「何を……グァアアアッ!?」
「私のことを忘れてもらっては困ります。どうですお父様、救けにはなれたでしょうか?」
いい援護だ。オール・フォーワンは不意打ちでオールマイトに雷撃を放った天威を称賛する。グラントリノを退けた天威は、オールマイトを倒す機会を虎視眈々と狙っていたのだ。
せっかく戻ってきたマッスルフォームがまたしても崩れ、トゥルーフォームに戻ってしまう。対象が事切れるまで延々と苦痛を与え続ける紅い雷撃を受けて、悶絶し叫ぶオールマイト。平和の象徴が痛いなどというくだらない理由で無様に喚き散らすのを聞いて、オール・フォー・ワンはそれはもう楽しそうにゲラゲラと笑っていた。
「ははは……!まさか君のそんな無様な姿が見れるなんて思ってもみなかったよ!とっても良いものを見せてもらったよ……流石は天威、僕が丹精込めて造った娘だ!」
「がっ……ぐ、ぅうう……!」
「お父様、もっと電力を上げてみますか?」
「ああ……そうだね。もう涙腺なんてないのに涙が溢れそうになったよ。あんまり苦しめ過ぎて限界を越えられても困るし、苦しんでいる内に引導を渡してやりなさい」
──了解です♪
天威はそう言うと掌をオールマイトに翳し、電力を少しずつ上昇させていく。筋肉を、骨を、神経を凌辱する痛みに、もはや声すらも出せなくなってくるオールマイト。
象徴が敗れ、平和が崩れ去る。この光景を見ていた誰もがそんな未来を幻視した。もうオールマイトを苦しめないでくれ、あんな奴らなんかに負けないでくれと矛盾のような叫びが響く。
「飛べ……『
緑谷も、爆豪も……中継を見ていた誰もがオールマイトの敗北を確信したその瞬間に、神野区は赫の空気に染まった。
赫色の風が倒れたヒーロー達を包み、空へ浮かび上がらせていく。それを阻止せんと衝撃波を放ったオール・フォー・ワンであったが、放たれた衝撃波は反転して自らを襲った。その上暴風の砲弾が襲いかかってきたことで、トドメを刺す寸前だったオールマイトを諦めざるを得なくなってしまう。
「駅前の方で、救急車が何台か待機しているのを確認しました。そこまで送っていきます。虎、皆さんをお願いします」
「待てッ、お前も……!」
「わたしには、まだやることがありますので」
「……まさか、生還できるとはね」
「鳴神少女……無事、だったのか……!」
「アレが、私のオリジナル……」
意識が戻っていた虎に、ヒーロー達の後のことを任せて駅前まで送り出す。虎はいきなりのことで困惑しっぱなしであったが、すぐに気を取り直し気絶している仲間と救出したラグドールを抱え、救急車の待つ駅前まで向かっていくのであった。
目論見を崩されたことで、忌々しそうにそう呟くオール・フォー・ワン。天威も初めて実物を見た自身のオリジナルを前にして、殺意と紅い雷をバチバチと迸らせる。そんな2人の姿を見て、風華は彼らの怒りには興味がないと言ったように、一つだけ小さく語りかけた。
「お久しぶりだね、オール・フォー・ワン。拍手はどうしたんだい?」
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