風雷のヒーローアカデミア   作:笛とホラ吹き

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残火にさよなら

「は……?」

「言ってたじゃないか。わたしがあそこから生きて帰って来たなら、拍手して迎えてやるって。約束を忘れたとは言わせないよ」

 

 オール・フォー・ワンは海底のアジトで風華の前から去る時、生きて帰って来れたら拍手で迎えてやると言った。風華はその時の口約束を、しっかりと果たさせようとしたのだ。

 一瞬呆気に取られていたオール・フォー・ワンであったが、すぐに正気に戻ってパチパチと大きめの拍手を繰り返す。

 

「あ、ああ……そうか。そうだったね。おめでとう風華ちゃん。よくぞ水深3700mの場所にある僕のアジトから、生きて帰って来れたものだ。本当に君が人間かどうか、疑わしくなるね」

「さんぜっ……!?そんな所に……!」

 

 あまりに途方もない数字が出て、オールマイトは戦いの途中ということも忘れて驚いた。ギラリと輝く眼を見開いて風華を凝視すると、ここまで戻ってくるまでにかけたであろう苦労を想像する。

 水深3700m……距離で換算すれば大した長さでもないが、実際は光の届かない極寒の世界であり常に、およそ370気圧の力に全身を圧されている状態となる。人間が生身で立ち入って良い場所では断じてないのだ。

 

 風華はそんな場所から、恐らくは赫災領域を維持し続けながら浮上して来たのだろう。いったい何度風雷回帰を発動したのだろうか。元々着ていた服も失い、何処からか調達してきたのであろう水着姿になっている。

 正直言って、場違いな服装である。ヘリから状況を見下ろすアナウンサーは完全に言葉を失い、中継を観ていた一般人や風華の安否を心配していた雄英の面々も困惑を隠せずにいた。

 

「えっと、鳴神少女、そのぉ……」

「服装はどうでも良いです。わたしが用があるのはあなたですから。オール・フォー・ワン、ちょっとくらい良いでしょ?悪の親玉はヒーローのイベントを待つものだよ」

「……成る程。一理ある……かな?」

「ありませんよお父様!?くっ……お父様が待つと言うのなら私が奴を殺します!」

 

 用があるのはオールマイトだけ。だからお前らはちょっと黙ってろと風華は宣った。悪人としての矜持を持っているオール・フォー・ワンはそれを受け入れようとするが、そんなこと知ったことではない天威は風華を殺そうと襲いかかってくる。

 人造人間である天威にとって、風華の存在は文字通り目の上のタンコブである。オリジナルが存在する以上、自分は紛い物……オリジナルが手に入らなかったから造られた代用品に過ぎない。人造人間としてもそうだが……何より一人の人間のプライドとして、それは我慢ならない事実であった。

 

 ここでオリジナルを斃し、自分がそれ以上の力を持つことをオール・フォー・ワンに示す。そうやって自分は『妥協の産物』ではないということをアピールするのだ。

 オール・フォー・ワンが動かないのなら、自分がこの女を排除するしかない。天威は全身に『威紅』を滾らせながら、風華を殺すべく飛び掛かろうとしてそして──糸の切れた操り人形のように、力なく地面に倒れ伏すのだった。

 

「待てって言ったでしょ。なら黙ってな」

 

 赫災領域の中では、空気をある程度風華の思うがままに操作することができる。その力を用いて空気中の酸素濃度を少しずつ下げることで、天威に呼吸不全を引き起こさせたのだ。

 USJの時に戦った敵も、職場体験でのベストジーニスト達も、合宿先を襲ったマスキュラーもそうだったが。どいつもこいつも、風華の戦った相手は窒息対策を万全にしていた。おかげで相手を酸素不足で昏倒させて楽勝という手が使えず、何度も苦戦することになったのはよく覚えている。

 

 天威の個性『威紅』は『疾風迅雷』から派生したものであるが、『疾風迅雷』とは違って空気を操る力を持っていない。その上オール・フォー・ワンのように酸素マスクを着けるでもなく、窒息を対策していないとあれば、こうして昏倒してしまうのも無理のない話であった。

 

「さて……オールマイト。こんな所まで来てなんですが……わたしは戦えません。あなたが背負う重荷を少しでも軽くしてあげたいけど、今のわたしにはそれができません」

「ッ……!鳴神少女、身体が……!」

 

 天威を退けた風華は、静観するオール・フォー・ワンを尻目に本題に入った。

 一言、一言。言葉を紡ぐ度に風華の身体には赫いヒビが入っていく。それを見たオールマイトは喋らなくていい、君も早く救急車へと風華の容態を心配して言う。しかし、自分の身が危ないからといってやるべきことを投げ出す風華ではない。

 

「みんな、あなたの勝利を願っています。平和の象徴が悪を討ち果たすことを願っています。どれだけ惨めな姿を晒そうと……どれだけ無様な声を上げようとも、あなたはみんなのヒーローです」

「もういいッ……喋らなくていい、死ぬぞ!」

「わたしは、悔しいけどあなたと一緒に戦うことはできません。だからせめて……コレを」

 

 差し出す両掌に赫い閃光が迸る。今の風華に生み出せる最大の電力を全て、オールマイトの勝利のために使おうとしているのだ。攻撃のためではなく協力のために、他者に自らの電気を纏わせる……誰が為の雷『天合万雷』。

 疑うまでもなく感じられた。オールマイトにはこの雷の意味がよく分かっていた。自身の戦う意味を全うする……そのために背中を押してくれているのだということが、よく分かっていた。

 

「オールマイト……わたし達を、救けてください」

 

 その言葉が、最後の一押しとなる。

 

 痩せこけたトゥルーフォームから筋骨隆々なマッスルフォームへと再び変化し、纒雷やフルカウルと同じ要領で全身に赫雷を迸らせていく。やるべきことを終えて気を失った風華を遠い所まで運び、オールマイトはオール・フォー・ワンに向き直る。

 

「……随分と待たされたよ。教え子とのお別れはもういいのかい?」

「ああ……私は死なない、生きてもう一度あの子らの元へ帰るさ。いくぞオール・フォー・ワン!黎明期より続く因縁に終止符を打とう!」

 

『筋骨発条化』

『瞬発力』『瞬発力』『瞬発力』『瞬発力』

『膂力増強』『膂力増強』『膂力増強』

『増殖』

『肥大化』

『鋲』

『エアウォーク』

『槍骨』

 

 今までのように衝撃波を放つだけでは、ちょっと体力を削るだけで確実性がない。だからこそ確実に殺すために、掛け合わせられる最高・最適の個性でオールマイトを殴る。ここまで手を合わせたことでオール・フォー・ワンは確信を得ていた。

 

 

『オールマイトの中に、もうワン・フォー・オールは存在していない』

 

 

 オールマイトが使っているのは譲渡した後の余韻というか、残り滓のようなもの。次の薪に聖火を託した後の残り火なのだ。

 もはや、吹かずとも消えゆく弱々しい火。そこにかつて自身を恐れさせたような力はない。赫雷を分けられてある程度は持ち直したとは言え、勝利が揺らぐことはないだろう。そう確信して、オール・フォー・ワンは平和の象徴に引導を渡すべく天高くへと飛び上がった。オールマイトもまた、それを迎え撃つべく拳を振りかぶる。

 

「緑谷出久」

「!?」

「譲渡先は彼だろう?力に振り回されて……まるで制御できていないじゃないか。存分に悔いて死ぬといいよオールマイト。生徒を導く先生としても君の負けだ」

「そうだよ……だから!叱らにゃならんのだよ!」

 

 二つの拳が激突し、その余波だけで建物や道路が紙切れのように吹き飛んでいく。数多の『個性』で強化されているオール・フォー・ワンの腕がギシリと軋み、そこから赫い雷が流される。

 パワーではオールマイトが上手、しかしオール・フォー・ワンは動じない。『衝撃反転』で受けるはずであったダメージを、全てオールマイトに送り返そうとする。反射できるのは衝撃だけだが、多くのものを守ってボロボロのオールマイト相手ならそれだけで十分。天威のソレと同じ残る雷も、影響が消えるまで『超再生』で粘り続ければいい。

 

 結末は既に決まっている。オール・フォー・ワンはマスクの下で小さくほくそ笑んだ。

 

「先生として……叱らねばならんのだよ!」

「何ッ……!?これは!」

 

 オール・フォー・ワンは信じ難いものを見た。反射された衝撃で吹き飛ばされるはずだったオールマイトが、いつの間にか自身の背後へと回り込んできていたのだ。

 天合万雷は、風華の持つ電気の力を一時的に他者にも分け与えるというものである。これによりオールマイトは、効果中は風華と同じ技をいくつか扱うことができるようになっていた。その結果使用した技が今の雷上動と、ここからの──

 

「衝赫……『大雷(おおいかづち)』!」

「ぐはッ……!」

 

 

 ──いいか、俊典……限界だって、そう感じたら思い出せ!お前のオリジンってやつをな!

 

 

 オールマイトは教師だ。導いていかなければならない教え子達がたくさんいる。信じて力を託した愛弟子がいる。

 平和の象徴としてだけではなく、彼らを一人前のヒーローに育て上げなければならない。師匠が自分にそうしてくれたように、今度は自分がそうしていかねばならないのだ。

 

 ここで死ぬ訳には、いかないのだ。

 

「ここまで醜く抗っていたとは……誤算だった」

 

 吹かずとも消えゆく弱々しい残り火。役目を全うするまで消えぬよう、必死に抗っているのだ。右腕を囮にして背後に回るなどというらしくない小細工までして、懸命に。

 

「誰の影響なのか……だが、浅い!」

「そりゃあ……腰が入ってなかったからなァ!」

 

 不意を突くことだけを考えたパンチでは、腰を入れられず大した威力にはならなかった。オール・フォー・ワンは衝撃を殴られた頭部から左腕まで伝播させ、衝撃波として押し出す。ダメージをある程度逃すことに成功していた。

 ワン・フォー・オールは既に、天合万雷によって何とか繋ぎ止められている状態。電力が途切れればもはや動くだけの力も維持できず、儚く消えてしまうだろう。その電力に関しても、今の一撃でかなり消費された。オールマイトは勝利する最大のチャンスを不意にしてしまった──

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──皆が笑って暮らせる世の中にしたいです。そのためには『象徴』が必要です。

 

 ──まだ動けるな!?限界超えろよ!

 

 ──何人もの人が、その力を次……そのまた次と託してきたんだよ。みんなの為に……一つの希望になりますようにって。次はお前の番だ。

 

 

 

 

 ──頑張ろうな、俊典!

 

 

 

 

「おぉぉおおおぉおおォ!!」

 

 歯を食いしばり、叫び、全霊の力を込める。残り火はここでその役目を終える。赫雷はツナギとして役割を全うしてくれた。ここでオール・フォー・ワンを倒し、平和を後に託そう。

 最後の一撃。腰を入れて、爪先から肩まで全身を連動させて放つ最強の一打。そこにはどんな小細工だろうと、入る余地は存在しない。赫色の雷が何よりも激しく弾ける。ワン・フォー・オールが放つ碧色のスパークと赫い雷が混ざり合い、天に昇り曇天を晴らした。その最後を見届けるかのように……星明かりがオールマイトを優しく照らす。

 

 

 ──さらばだ……オール・フォー・ワン。さらばだ……ワン・フォー・オール!

 

「UNITED STARS OF……!」

 

 

 

 

 

──SMASH!!!

 

 

 

 

 旋風が巻き起こった。ヘリを揺らし、駆けつけたヒーロー達を吹き飛ばし、地面に巨大なクレーターとオール・フォー・ワン形の穴を開ける。

 拳が離れても、オール・フォー・ワンはピクリとも動かない。『衝撃反転』『ショック吸収』『超再生』etc……数多の個性を捩じ伏せて巨悪を討ち果たしたオールマイトは、静かに……そして真っ直ぐに左腕を天に掲げた。

 

『敵は────動かず!勝ちました!オールマイトが勝ちました!勝利のスタンディングです!』

 

「そうか……俊典」

 

 グラントリノにはその意味が分かっていた。若き日にオールマイトが言っていたこと。この国には平和を支える『柱』がない。だから自分がその柱になるのだと。

 

 あれは仕事だ。平和の象徴……No.1ヒーローとしての、最後の……

 

「この下、2人います!あっちにも……」

「了解!」

 

『オールマイトの交戦中も、ヒーローによる懸命な救助活動が続けられておりましたが!死傷者はそれでもかなりの数になると予想されます!元凶の敵は今……あっ、今!オールマイトらによる厳戒態勢の中移動牢に入れられようとしております!』

 

「こちら、毛布配布していまーす!」

「電車動きません!あちらの方で介抱施設の案内を行っています、立ち止まらずゆっくりと……」

 

「慎重に運べよ、身体中に酷いヒビが入ってる!不用意に動かしたら崩れるぞ!」

「この子が……最後のアレで、オールマイトを助けたんだよな。よく動けたよ……ホントに」

 

 オール・フォー・ワンが牢に入れられ、風華もまた到着した救急車によって搬送されていく。牢の方を警戒する傍ら、オールマイトは去っていく救急車を見送って小さく『……ありがとう、君には本当に救けられたよ』と呟いた。

 

 日本中を震撼させた神野事変。それは平和の象徴の終焉と共に終わりを告げるのだった。




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