事件の翌日、見知らぬ白い天井の下で風華は目を醒ました。服は借りた水着から病衣に変わり、腕には点滴用の針が何本も刺さっている。どうやらこの病院に入院しているらしい。
身体に入ったヒビのことや、行方不明だった時のことに自身と瓜二つの敵のことなど、医者や警察から何度も事情を聞かれたことで、風華はもう一週間は病院に拘束されていた。ちなみに葵もこの病院に入院している。ベッドは隣同士であった。
「ふうちゃん……オールマイトの引退会見、アレ観ましたか?凄い反響でしたよね」
「一緒に見たでしょ……まさか忘れたの?凄い反響だったことは認めるけどさ……」
ヒーロービルボードチャートJP……それは事件解決数や社会貢献度に国民支持率など、諸々の情報を集計し年に二回発表されるヒーローの番付。デビュー以来不動のNo.1であったオールマイトの引退とその場で晒したトゥルーフォームは、日本のみならずヒーローの本場アメリカをはじめ世界各国を騒然とさせた。
オール・フォー・ワンとの因縁に、かつて負った大怪我のこと。既に戦える身体ではなく、体力ももう尽きたということを発表した。事実上のヒーロー活動引退宣言である。
それだけではない。神野で重傷を負ったベストジーニストは一命を取り留めたものの、療養のためにしばらくの間活動休止。
ワイルド・ワイルド・プッシーキャッツの一人であるラグドールも、事件後『個性が使用できなくなってしまう』という変調に見舞われ活動を見合わせることとなった。現在は3人の仲間によるサポートを受け復帰方法を模索しているところだ。
「たった一夜で、多くの人が……ヒーローが打撃を受けた。これからの日本は……そして、ヒーローはどうなるんだろうね」
「決まってるじゃないですか。僕達がより良い未来をこれから創っていくんですよ。今まではオールマイトが一身に背負っていたヒーローへの期待や信頼を、僕らで引き継いでいくんです」
ま、その前に僕達プロじゃないですけどね。そう言って戯けてみせる葵だったが、その眼はまったく笑っていなかった。
彼女は今回の事件、敵連合に拉致された被害者であると同時に、『外道大厳雷神』として神野の街を破壊した加害者でもある。曲がりなりにもヒーローの卵である自分が、良いように操られていたとはいえ敵の破壊活動に加担してしまったことを、ずっと気にし続けてきているのだ。
その身を犠牲にしてでも、多くの命を救い巨悪を討ち果たしたオールマイト。死柄木の甘言に乗せられることなく、どこまでも『ヒーロー』で在り続けた爆豪。2対1の状況に苦しんでいたオールマイトに、勝利の一押しをした風華。それらと比べて己の何と愚かなことか。そう自嘲し続けていた。隣でずっと聞き続けていた風華が、『個性』を使ってでも黙らせようかと検討するくらいには。
「これから風当たりは強くなるだろうね。葵は敵に操られてたし、わたしはわたしの
「雄英、追い出されるかもしれませんね」
「……そうかもね。それでもわたし達がやることは変わらない。全力を尽くしていくだけさ」
「そうですね。風当たりの強さくらいでヒーローを諦めたら、それこそ敵になるしかなくなりますよ」
風華は死にかけ、葵は敵の破壊行為に加担してしまった。今回の事件ではお互いに悔いの残る結果となってしまったが、いつまでもそれでクヨクヨしては仕方がない。気持ちを前向きに切り替えて、2人は腹を満たしに売店へ向かうのだった。
「お姉ちゃあああぁぁん!よかったあ……!無事で良かったよぉ……!」
「ごめんね、雷羽。またあなたに心配をかけて」
「ううん……ホントに、もう……!」
「姉妹愛……いいものですねぇ……」
体調が回復してきたことで、普通に面会もできるようになった。ここぞとばかりに抱きついて甘えてくる妹を見て、風華は心配をかけてきた分を打ち消そうとするかのようにそれを受け入れる。わしわしと頭を撫でられて嬉しそうにする雷羽を見て、葵は姉妹っていいものだなぁ……と呟くのだった。
「あ……そうだ!お姉ちゃん達これから寮住まいになるんでしょ?立甲のおじさんが、普通に過ごすのはもう危険だって言ってたよ」
「そうだね。雄英の敷地内に寮ができるから、これからはそこに住むことになる。研究所の時みたいに雷羽が遊びにくることは、難しいだろうね」
「離れ離れは辛いですよね。僕としては自由に使えてた施設が使えなくなることも辛いですけど」
「わたし達のせいで研究所は大変だからね。活動もしばらくは続けられないみたいだし」
閑話休題。話は新たに建てられる雄英学生寮への引っ越しに移り変わった。オールマイトの引退により敵の活動がこれまで以上に活発化することが予想される中、ヒーローの卵である雄英生が普段通りに生活することは本人・家族などの安全面から厳しいだろうという予測が立てられている。
そのため、8月下旬頃に完成予定の学生寮『ハイツアライアンス』に生徒は引っ越し。雄英高校は全寮制に生まれ変わる。
そのための話し合いは、少し前に2人の保護者ということになっている立甲の同伴の元行われた。血縁である葵の話し合いはすぐに終わったが、風華の話は少し時間がかかった。最終的には雷羽と叔父夫婦を危険に遭わせないためということで、寮住まいに同意したのだが。
セキュリティという面では、実は雄英と個性研究所ではそこまでの差はない。むしろ、より利用者にプロヒーローの資格も持っているスタッフが近い分安全とも言える。それでも引っ越すことになったのは風華達のせいで、研究所が敵との関連を疑われているからだ。
殺到する抗議の電話に、メディアからの取材依頼や押しかけ取材。これでは利用者に安心して研究所に通ってもらうことができないため、今は熱りが冷めるまで活動を休止することになっている。さっさと活動を再開するためにも、当事者である風華と葵は邪魔なのである。
「研究所を使うのは僕達だけじゃないですからね。個性のせいでマトモに社会を生きられない者、自らの命すら脅かされている者、研究所を必要としている方はたくさんいらっしゃいます。彼らのためにも僕達はすぐに退散する必要がありますから、寂しいものではありますが仕方がありません」
「しばらくは、あなたとこうして会ってお話しをすることはできなくなっちゃうけど……メールだとか手紙だとか、いつでもどれだけでも送ってきてくれていいからね。どこに行ったって、お姉ちゃんは雷羽のことを忘れたりはしないから」
「うん……お姉ちゃんの方からも、ちゃんとお手紙送ってよね!約束だからね!」
長くない面会時間は終わり、雷羽は差し入れを置いて帰っていった。ずっと起こしていた身体をベッドに横たわらせ、2人は寮についてそれぞれの思ったことを話し始める。一応『部外者』である雷羽のいる場では、話せなかったことを。
「今回全寮制になったのはさ……学校の中にいるであろう内通者を炙り出すためだと思うんだ」
「内通者……確かに、敵連合は雄英のことを何でも知ってるかのように先回りしてましたからね。情報を送っている何者かがいる、そう考えるのが自然なことでしょうね。下手に動かさせるよりは監視下において泳がせる……そういう狙いなのでしょう」
敵の影響を受けた葵や、行方不明の間にオール・フォー・ワンと接触することになった風華を監視するため、という理由もあるだろう。何せどんな影響を受けているのか分からないのだから。監視できる環境に置いておくに越したことはない。いるかもしれない内通者も含めて、そういうことなのだろうと2人は考えていた。
「やあ、お2人さん!具合はどうだい?」
「オールマイト?どうしてここに……」
「僕達のお見舞いにきてくれたんですか!?」
「その通りさ!君達……特に鳴神少女は消えない傷を負ったようだからね……私が不甲斐ないせいで君達に要らぬ害を与えてしまったこと、本当に済まなかった。この通りだ……」
雷羽が去って少ししてから、オールマイトが2人の病室にやって来た。入室して早々に深く頭を下げて自身の不手際を詫びる。
オールマイトの言う消えない傷……それは風華の左半身を蝕むように付いた、赫い電子回路のようなヒビのことである。
個性の影響による傷や病気を治す手段は、ほとんど存在しないと言っていい。風華は、これから先もずっとこのヒビと共に生きていくことになる。
「大丈夫ですよ、オールマイト。わたしがやりたいことをやり通した結果ですから。これであなたを救けられたのだから、安いものです」
「オールマイトがあの敵を1人で抑えてくれていたからこそ、暴走する僕を他のヒーロー達が止めることができたんです。あなたがいなければ僕はずっと暴れたままだったでしょう」
オールマイトが奮起してくれたからこそ、最悪の結果だけは免れることができた。だからそんな風に頭を下げないでほしいと2人は言う。その言葉を聞いたオールマイトは、ゆっくりと顔を上げて2人の顔を交互に見つめる。
「………ありがとう。少し気が楽になったよ」
そして、フッと笑った。
「私はもう、戦える身体じゃなくなってしまった。ナチュラルボーンヒーロー……『平和の象徴』オールマイトはここで終わりだ」
ワン・フォー・オールの残り火は消えて、風華が分けてくれた電力も使い果たした。絶対に折れない不動のNo.1はもういない。
それでも、『オールマイト』はここにいる。先を行く者の責務として、これからはヒーロー科の育成に全力を注ぐと約束した。これから先の平和を担う若きヒーロー達を、全力で育てていくと誓った。
両の拳を2人に差し出し、オールマイトはニッコリと笑う。導かれる側の人間として、君達も頑張ってくれというオールマイトなりの激励である。勿論2人ともその拳を快く受け入れ、自分の拳を差し出された拳にぶつけるのであった。
「次は君達だ。私も教師としては新米……共に成長する立場にある。お互いに……これからも頑張っていこうな」
「はい!」
「もちろんです!」
〜
「えー……取り敢えず1年A組、無事にまた集まれて何よりだ」
「みんな許可貰えたんだな」
「ウチ厳しかったや」
「フツーはそうだよね……」
「透と響香は、直接ガスの被害受けたからね」
「鳴神も、その傷大丈夫なのかよ?」
雄英校舎から徒歩5分の所に建つ、築三日の学生寮『ハイツアライアンス』。相澤をはじめとするA組の面々は、その正面玄関の前に集まっていた。無事で何よりだったという相澤に、蛙吹が『先生も無事でよかった、いなくなってしまうんじゃないかと思っていた』と言った。
襲撃を許したことを発端とする今回の事件。担任2人は普通なら懲戒解雇のような重い処分を免れなかったはずだが、半年間の減給と始末書だけで済んでいた。そのことには相澤も驚いているらしい。
「ま……いろいろあるんだろうさ」
「何にせよ、みんな無事でよかったわ」
「そうだな。それじゃ、寮について軽く説明するがその前に一つ……当面は合宿の中で取る予定だった『仮免』取得に向けて動いていく」
「そういやあったな、そんな話!」
合宿中はいろいろあったし、襲撃のせいで頭から抜けていたとみんなが騒ぎ出す。『大事な話だ』そう言って相澤は騒ぐ生徒達を黙らせてから、飯田・切島・轟・緑谷・峰田・八百万の名前を呼ぶ。爆豪救出に赴いた6人の名前……もっとも実際に救出を果たしたのは3人だけであるが。
「その様子だと、みんなも行く素振りは把握してたみたいだな。いろいろ棚上げした上で言わせてもらうがな……俺はオールマイトの引退がなけりゃあ爆豪・鳴神・耳郎・葉隠以外は全員除籍してる」
「ッ……!?」
オールマイトの引退により、しばらくの間日本は混乱が続く。敵連合の出方が読めない以上は雄英から人を追い出す訳にはいかないのだ。だから除籍をしないだけで……行った6人はもちろん、把握しながら止められなかった11人も自分の信頼を裏切ったことに変わりはないと相澤は言い聞かせる。
「鳴神、お前もだ。お前がオールマイトに協力したおかげであの敵を倒せたのは事実だし、行方の分からなかったお前の戦闘許可は解除できなかったのもその通りだ。だが、生還できたならお前は真っ先にヒーローか警察に通報するべきだった。あの場所へ戦いに行く必要も理由も、本来はお前にはなかったんだ。それを忘れるなよ」
「……もちろんですよ。忘れるものですか」
「分かってるならいい。最後に……理由はどうあれ君達が信頼を裏切ったことには変わりない。正規の手続きを踏み、正規の活躍をして、信頼を取り戻してくれるとありがたい」
「はい!」
話は以上だ、中に入るぞ元気にいこう。そう言って踵を返した相澤であったが、風華以外は重くなりすぎた空気のせいでまったく元気に行く気にはなれていなかった。
この傷は戒めだ。自分が弱かったから葵も爆豪もあそこで助けることができず、身体にヒビが入る程
もっと力を着けなければならない。誰もが安心できるような強いヒーローへの道はまだ遠い。オールマイトは引退し、これからの時代は否が応にも物騒になっていくだろう。そんな時代を生きていく者の一人として、そんな時代を守る一人のヒーローとしてもっと強くならねばならない。後ろの方で爆豪と上鳴が何かの茶番を繰り広げている中で、風華はただ一人決意を改めて固めていた。
──まずは、仮免からだね。
第一部ということで、『風雷のヒーローアカデミア』は一旦完結とさせていただきます。またいつかこの続きは近いうちに書くと思いますので、その時はまた応援をよろしくお願い致します。
最後に、私の初めてのSSにここまでお付き合いいただいた読者の皆様に感謝を伝えます。ここまでの読了、本当にありがとうございました。