「なぁデク!何でなんだろうなぁ!?ずっと後ろにいたはずの奴の、背中を追うようになったのは!」
「ぐっ……眩しいッ!」
「クソザコのてめェが力を付けて、オールマイトに認められてどんどん強くなってんのに!何で……!何で俺は、強かったはずの俺は、オールマイトを終わらせちまってんだ!?」
「……!」
「ずっと……悩んでたんですね」
「ああ……気付いてやれなかった。私の落ち度だ」
閃光と細やかな立体機動で緑谷を翻弄し、黒鞭で掴ませずに立ち回る爆豪。攻撃と一緒に彼の口から漏れ出す心境は、今まで誰も気付けずにずっと抱え込ませていたものであった。
爆破によってより高く跳躍し、もう一度爆発を繰り出して一気に緑谷との距離を詰めていく。動きを追うために視線を逐一変える隙を見逃さず攻撃を続けていき、爆豪はとにかく緑谷に考える暇を与えないように立ち回っていた。
緑谷が攻撃を回避するためにはジャンプをするか身体を丸めて受け止める必要があるが、爆豪はそんな僅かな間にも距離を詰めて追撃を繰り出すことができる。絶え間ない連続攻撃に翻弄され続けることを嫌った緑谷は爆豪の腕を蹴り弾くことで攻撃を防ごうとするが、爆豪はその動きを読んでいたかのように急速に方向転換。
「がっふ……!」
緑谷の背後に回り込み、背後から脇腹に向けて強烈な右フックをお見舞いした。
重たい一撃を食らい吹き飛ばされ、その辺の木に激突する緑谷。肺に溜まった酸素が全て抜けていくような感覚と共に、間髪入れず向かってくる爆豪の存在を知覚する。向かってくる爆豪を迎撃するべく木の幹を掴み、腕を引いて身体を大きく浮かせ大振りの右手を回避。そのままカウンターで爆豪の顎に蹴りを入れてやった。
「はぁっ……息つく暇もない……!」
「何を笑ってやがんだァ!?さっきから逃げ回って防戦一方……サンドバッグにゃあならねえんじゃなかったのかよ!?」
「ならないさ!」
「どうせまた、何か企んでんだろうよ!」
「……凄いな」
「そうですね……身体ができてきたからか、個性に振り回されることが少なくなってます。黒鞭もしっかりと制御できてるし、出力超過での激痛も出てないみたいですし、出久はまだまだ伸びますよ」
「それもそうなんだけど……それ以上に爆豪少年の方がね」
「勝己が、ですか?」
オールマイトは語る。何も鍛えていない無個性の状態からここまでワン・フォー・オールを使いこなせるようになった緑谷は凄い。現在扱える最大出力は更に上がって30%、それに加えて戦力としてギリギリ数えられるようになった黒鞭もある。そのパワーだけならば、今でもプロのトップクラスにすら通用するだろう。
だからこそ、それに食らいついていけている上に寧ろ優勢を保っている爆豪の異常さを、オールマイトは実感していた。期末試験で戦った時に彼が扱っていた爆発の威力を考えれば、今の緑谷の出力には遠く及ばなくなっているはずである。林間合宿や敵の襲撃の中で成長した、とは言えなくもないが……それにしても何故、これ程に。
侮っていた訳ではない。寧ろ爆豪の実力を正確に測れていたからこその疑問。風華がその疑問に応えることができたのは、オールマイトの知らない爆豪を彼女は知っていたからだろう。
「確かに、林間合宿を経て勝己の爆発の威力は多少上がっています。でも、それだけじゃあ今の出久の出力を超えることはできません。だからウチに通って訓練を続ける中で……勝己はちょっとした工夫を取り入れることにしたんですよ」
「工夫を?」
「勝己の掌をよく見てれば分かりますよ。今までの彼とは少しだけ違うということが」
「いったい何を……成程!」
風華に促され、オールマイトは爆豪の工夫が分かるという彼の掌に目を凝らす。トップヒーローとして多くの戦場を駆けてきた彼には、その工夫が何かということはすぐに理解できた。
「勝己のコスチュームに付属してる手榴弾があるじゃないですか。あれの中身は勝己が分泌した爆発性の汗です。あんまり使ってるところを見ないから分かり辛かったですけど……勝己の分泌する汗は、ある程度爆破させるまでの時間に融通を効かせることができたんですよ」
「随分と大きな爆発を起こせるようになっていると思っていたが……アレは『溜め』だったのだな!」
オールマイトがそう言ったように、爆豪はただ分泌した汗を爆発させるのではなく『溜めて』爆発させることを覚えていた。これにより底上げされた威力は爆豪の機動力をも底上げし、緑谷の出力に勝るとも劣らない状況を作れている。
職場体験以降個性研究所に通うようになった爆豪は、そこで自分の『個性』を再認識するのと同時に新たな使い方を模索していた。既にレベルが上がりにくくなっている自分が、それでも更に上を目指せるように。慣れない個性の使い方に振り回されながらも、思考と努力を止めず辿り着いた答え。
「うぎっ!?地雷……!」
「あれもまた、修行の成果と言えますね」
「緑谷少年の行動を先読みして、そこに予め罠を仕掛けておいたのか……!」
爆豪の攻撃を躱した緑谷が地面を踏み締めると、まるでそこに来ることが分かっていたかのように地面が爆発し、緑谷の体勢を崩す。分泌した汗をすぐには爆破させず、辺りにばら撒いて地雷原を創り出す。これもまた『溜め』を覚えた恩恵であった。
確実に成長している。個性の使い方が、これまで以上に磨きがかかっている。その成長は今のこの状況で歓迎すべきものではないはずなのに、緑谷の顔は微笑みを浮かべていた。
「爆発力の強化に、地雷原の作成……当たり前だけど、強くなってる……!」
「何を笑ってやがんだあ!?ピョンピョン跳ね回って避けてばっかり……サンドバッグにゃならねえんじゃなかったのかよ!?っていうか、さっきと同じこと言わせてんじゃねえ!」
「ならない!」
元々持っていた優れた反射神経や、それを活かせる柔軟な思考と身体能力。それに加えて研究所で伸ばした新たな個性の使い方。事前に持っていた情報や、戦いの中で得た情報から予測して動く緑谷とは相性の悪い戦い方。
防戦一方、避けてばっかりと爆豪に言われるのも仕方ない体たらくではある。実際黒鞭の制御にも気を回さなければならず、爆豪だけに集中して戦うことは難しいのだから。
「てめェのそういうところがなぁ……その何考えてんのか分かんねえのところが!そういうのが気色悪かったんだよ!どんだけぶっ叩いても張り付いてきやがって、何もない野郎だったくせに……俯瞰したような、見下した目で見てきやがって!」
「……っ!?」
「目障りなんだよ!見下ろしてるような……本気で俺のことを追い抜いていくつもりのその態度が!」
「……そんな、風に」
──そんな風に、思ってたのか。
体育祭で戦ったあの時、緑谷も爆豪も自分の本音は出せるだけ出したはずだった。それだけでは時間が足りず、ここまで表に出ることのなかった更なる本音。
爆豪は緑谷に対して恐怖心のようなものを抱いていた。それは無個性で何もできない出来損ないだったはずの緑谷が、当然のように何でもできて誰よりも強かった自分を救けようとすることに対する気持ち悪さだけではなく。どこをどう進むにも必ず引っ付いてきて、自分のことを観察するかのように、見下ろすような目でずっと見続けてくる。
何度も何度も、突き返した。その態度が、目線がどうしても気に入らなくて、気にならなくなるようにしようとした。それでも緑谷は決して自分の近くから離れることなく、ジッとこちらを見続ける。
そんな相手、怖いと思って当然だろう。
突撃しようとした緑谷の足が止まる。その代わりに動いた緑谷の口は、心の堰を切るかのように言葉を紡いでいく。
「そりゃ……気持ち悪いって思うよ。普通ならバカにされ続けた相手とは、関わりたくないって思うようになるよね……でも」
「……」
「それでも、君の凄さは鮮烈だったんだよ」
ここまで爆豪が何度も言っていたように、緑谷にはヒーローとしてあるべきものがなかった。だからこそというべきか。自分にないものをたくさん持っていた爆豪は、緑谷にとってはオールマイトよりも誰よりも身近な、『凄い人』であったのだ。
「だから、ずっと……君を追いかけて来たんだ!」
「はっや……!」
緑谷が飛ぶ。これまでよりも更に一段と速いスピードは、ワン・フォー・オールの出力をより向上させたことを意味している。フルカウル35%、緑谷自身ですら想定外に上がったスピードは、咄嗟のガードごと爆豪を蹴りつけて吹き飛ばした。
ぶつかった木がへし折れて、バキバキと派手に音を鳴らしていく。爆破をクッション代わりにしなければ、そのまま意識を失っていたであろうダメージに、少なからず動揺する。
「速い!」
「個性の出力が上がった……それだけじゃない。黒鞭を勝己より後ろの木に引っ掛けてそこに行くようにして、更に加速していた……!」
「いや、爆豪少年もよく反応できたな!」
「ホントですね……攻撃自体はクリーンヒットさせられたとはいえ、凄まじい反応速度です」
プルスウルトラしただけではない、制御に苦心していた黒鞭を活かした工夫も取り入れた一撃。戦いの趨勢を見極めていた2人は、一瞬の攻防の中で取り入れられていた技術に心から感服する。だが、そんなところに思いを馳せている暇はどこにもない。高速の戦いは既に、新たな攻防を2人に繰り広げさせていたのだから。
緑谷が跳び、爆豪が迎撃する。蹴撃の風圧を爆風でいなしつつ、直撃させる隙を狙う。足を伸ばし切った身体は次の動きにすぐに移れる体勢ではなく右の大振りが眼前まで迫るが、黒鞭を広げてどうにか直撃だけはガード。爆風で吹き飛んでいく身体を足をジタバタさせて何とか着地し、体勢を整えてすぐさま次の攻撃に移る。
「こんなもんかよ!?」
「はああぁぁ!?んな訳ねェわクソが!」
「緑谷少年、随分と口悪くなっちゃって……」
「まるで、勝己みたいですね」
緑谷は時折、口が悪くなることがある。「勝たなければ」という気持ちが高まる時になりやすいというこの癖は、彼の無意識に勝利の象徴として、爆豪の姿があるからであった。
本人は流石に気色悪いからと、このことは誰にも言わないでいる。しかし、風華の言っていたことはそれ程的外れでもなかった。
「バッ……カ正直に跳ねやがって!」
「速いっ!?」
「空中なら、俺の方が有利だ!」
「ッ……それが、どうした!」
緑谷はここまで、跳躍からの蹴りや黒鞭を飛び道具として扱うことで攻撃を行なっていた。しかしそれらは予備動作が大きく、いくら速いと言ってもまだ見てから反応が間に合うレベル。今回も跳んでからの蹴りというパターンできたのを見た爆豪は、それを撃ち落としてやらんとばかりに振り上げたその足下へと飛び込んでいった。
「んなっ……!?」
「いつまでもワンパターン……な訳ないだろ!」
しかしそれは、緑谷の仕掛けた罠であった。何度も同じ手を繰り返していれば、爆豪がその中に生まれる隙を見逃すはずがない。必ず、どこかでカウンターを仕掛けにくる場面がくる。
黒鞭を爆豪の左右を塞ぐようにして飛ばし、直進以外の選択肢を遮断。カウンターを仕掛けてやろうと思っていたのに、実はそれは自分がやられる側であったということを理解すれば、少なからず動揺して動きに迷いが生じる。そこに渾身の一撃を叩き込むというのが、緑谷の思い描いていたシナリオであった。
「君に……勝つ!」
ワン・フォー・オール『45%』、セントルイススマッシュ。勝負の行方を決める爪先が、爆豪の顎に触れた。
「負け……るかああぁぁ!!」
緑谷の蹴りが命中するその瞬間。爆豪は両手の爆破によって身体をコマのように回転させ、スマッシュの威力の大半を殺したのだった。その回転の勢いのまま、右の掌を緑谷の顔面へと突きつける。溜めていたありったけの威力を解放した一撃の余波は、緑谷が周りに展開していた黒鞭の壁ごと彼を吹き飛ばしていった。
「何て、威力……!」
「どうなった……!?」
爆風で視界を遮られ、戦いの顛末がどうなったのかが分からない。煙が晴れて見えるようになったその光景は……半死半生、息も絶え絶えになった2人がそれでも尚、拳を振りかぶる姿であった。
「かつ……んだ……!」
「まけ、ねえ……!」
「……もう終わりだよ。これ以上はダメだ」
弱々しく放たれた二つのパンチ。もうどちらにも戦う力は残っていないと判断した風華は、雷上動でその間に割り込み拳を受け止めた。
爆豪に勝ちたい。
緑谷には負けたくない。
そんな意地だけに突き動かされていた身体は、第三者の介入によってようやく、その動きを止めて意識を手放したのだった。
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