「ん……あ、あれ?僕の部屋?」
緑谷が目を醒ました時、そこは寮の中の自分の部屋であった。記憶の中の自分は爆豪と互いの意地を賭けた喧嘩をしており、その途中からの記憶が曖昧になっていて思い出せない。あれだけ互いにボコボコにしたりされたりしたはずなのに、打撲痕ひとつ残っていないというのもおかしな話だ。
ちょっとしたモヤモヤを抱えながらも、時計の針が起床時間を指していることに気付くと身体を起こして部屋を出る。一階の食堂を目指して歩を進めていると、ちょうど目的を同じくする風華を見かけて声をかけたのだった。
「あ……おはよう、鳴神さん」
「おはよう出久。よく眠れたかい?」
「あ〜……そのことなんだけどさ。実はいつの間に部屋に戻ったのかとかよく覚えてなくて」
「ま、あれだけ派手にやってちゃね。ボコボコにされまくってたし、記憶のひとつやふたつ飛んでてもおかしくないよ」
緑谷は食堂へ向かう道すがら、風華に昨日の喧嘩がどういう結末に終わったのかを聞いた。お互い満身創痍になりながらも、意地だけで身体を動かして戦いを続けていたこと。最後は風華が止めに入ったことで同時にダウンし、結果は引き分けに終わったこと。あまりにもボロボロになり過ぎてて『オールマイト監督の元模擬戦形式で自主トレをしていたが、白熱してやり過ぎてしまった』という言い訳も使えそうになくなってしまったことなどを聞いたのだった。
「あれ?でも、それじゃあ何で僕は無傷……」
「『風雷回帰』だよ。あの重傷を2人分治し切るだけの電力供給は、かなりの無茶をする必要があったけど……どうにかなったよ」
「……ごめんなさい」
「謝る必要なんてないよ。そもそも2人の喧嘩を止めなかったわたしが悪いんだからね。相澤先生に説明するの大変だったよ」
風華とオールマイトが倒れた2人を背負って寮に戻った時、相澤は玄関前で待ち構えていた。爆発のような衝撃音が聞こえて起きてしまったので、いったい何があったのか知るためにその場へ向かおうとしたところ、気を失った緑谷と爆豪を背負った2人が帰ってくるのを見て、そっちから事情を知ることにしたのだ。
オールマイトが一緒にいたことから、黒鞭の訓練をしていたことは察していたようであったが。相澤はそのオールマイトの管理能力をあまり信用していなかった。疑り深い相澤を納得させるために風華とオールマイトがかけた説得時間は実に1時間。「監督役の言うことを信じましょう」の言葉を引き出した時は、心の中でそれはもう大きくガッツポーズをしたものであった。
「怪しまれないようにって風雷回帰で怪我を治したんだけどね……そのせいで『訓練をしてたはずなのに傷のひとつもないのはおかしくないか』って更に怪しまれちゃっててさ。質問全部に即興で言い訳を考えないといけないんだ、頭がどうにかなりそうだったよ……」
「ご、ご迷惑おかけしました……」
「だからいいって。わたしは喧嘩を止めなかったんだからこれも自業自得だよ。敢えて誰が悪いかって言うのなら、そもそも最初に喧嘩をふっかけてきた勝己が悪いよ」
「確かに、そりゃあそうだよね」
「……黙って聞いてりゃ、好き勝手言ってんな」
「あ、おはよう勝己」
「かっちゃん……いたんだ」
「いたらわりィのか?」
割って入り前を行こうとはせず、珍しく2人に並び立って歩こうとする爆豪。共に食堂に向かって歩きながら、昨日の喧嘩の話をする。
「……さっき、オールマイトが来てた。てめェの個性はもう俺にバレた以上、これからも隠そうとする意味はねえってな。てめェの個性……『ワン・フォー・オール』っつったか。その成り立ちから今までの道のり、てめェが継ぐに至った経緯まで含めて全部聞いた」
「オールマイトが……そうなんだ」
説明を聞いて、爆豪は少しだけ荒れた。小さな頃から憧れていて、その背中を追いかけてきたオールマイト。自分のせいで一線を退かせてしまったことに、ずっと責任を感じていた。
オールマイトのような強い男になりたいと思っていたのに、自分は弱かったから。痩せこけた見窄らしい姿にさせてしまったことをずっと、悔やみ続けていたのだ。せめて恨み言の一つや二つくらい言って欲しかったのに、オールマイトは逆に自分を抱きしめて『その気持ちに気付いてやれなくてすまなかった』と謝罪をする。
「……そんなん、聞きたかった訳じゃねンだがな」
「?」
「何でもねえよ。……デク、てめェとオールマイトの関係を知ってんのはあと何人いんだ?」
「リカバリーガールと校長先生……生徒では鳴神さんと君だけだよ」
秘密を共有している人数を知ると、爆豪は「隠さなければいけないなら誰にも言わない。秘密にしておいてやる」と、緑谷とオールマイトの関係について黙秘を貫くことを約束した。言いふらすことで付いてくるリスクとデメリットを考えて出した結論であるが、爆豪が2人に気を遣ってくれたことには変わりない。
「てめェのようにバラしたりはしねえ。っと……何で当事者のてめェが真っ先にバラしてんだ」
「返す言葉もないね」
「ま、いろいろあったが……結局俺のやることは変わらねえ。オールマイトをも超えるヒーローになるため、全部俺のモンにして強くなる。お前が俺や周りを見て、そうしてきたようにな。オールマイトに選ばれたお前よりも、更に上に行ってやる」
「じゃ……じゃあ僕は更にその上を行くよ!」
2度のぶつかり合いを経て、緑谷と爆豪はこれまでの歪な関係から真っ当なライバルのような関係に変わった。いつものような言い合う姿も、こうして見ると微笑ましいもののように感じるが……風華はまだこの喧嘩を終わらせるつもりはなかった。
「楽しそうにしてるところ、悪いけどさ。2人ともまだ、お互いにやるべきことをやってないんじゃないかい?」
「やるべきこと?」
「何言ってんだてめェ……」
「喧嘩した後、どうするか。小さな子どもでも分かってることだと思うんだけどね」
歩く2人の足を止めさせ、風華は互いに向かい合わせにさせる。喧嘩をした後に、するべきことは何なのか。出久も勝己もそれを分かっていないことはないだろうと、無言の微笑みで語りかける。
「……」
「……そう、だよね」
当然、2人は察した。緑谷は喉に引っかかって出てこない言葉を吐き出すように喉を指先でポリポリと掻き、爆豪は何だかとてもバツが悪そうな表情で頭を激しく掻いている。
そうして、無言のまま数秒が経ち。ようやくいつまでも続きそうな静寂を破ったのは──
「やり過ぎてしまって、ごめんなさい」
「今までのことも含めて……ごめんなさい」
──同時に発せられた、謝罪の言葉だった。
「……うん。これにて一件落着、だね」
〜
「着いたぞ。みんなバスから降りろ」
「ここが受験会場……」
「何という数の受験者だ……全員がライバルか!」
「緊張してきたなァ」
「試験って何やるんだろうな……仮免ちゃんと取れっかなぁ……」
「峰田、取れるかじゃない。取ってこい」
「ウイッス!」
「この試験に合格し仮免許を取得できれば、お前らタマゴは晴れてヒヨっ子……セミプロへと孵化できる。頑張ってこい」
試験会場である『国立多古場競技場』へとやってきたA組の面々は、これから始まる仮免試験本番を意識してか、それぞれが緊張や不安の声を吐露していた。
取れるかどうか、ではない。何が何でも取りに行くのだと相澤に発破をかけられたことで、心を持ち直し改めて気を引き締める。
「わたし達は頑張った。その成果を発揮しよう」
「ああ、なってやろうぜヒヨっ子によ!」
「いつもの一発やっとくか!」
「せーの!Plus……「Ultra!」
景気付けにと、みんなでプルスウルトラの円陣を組もうと音頭を取った切島。しかし途中まで言いかけたところで、それは余所者の割り込みを食らい中断されてしまう。
声のした方を振り向けば、そこには『S』の刺繍が施された学生帽を被る少年の姿。その姿を見て正体に思い至ったようで、轟と八百万の推薦組2人は驚いたような表情を見せるのであった。
「勝手に他所様の円陣に加わるのは良くないよ、イナサ」
「ああ、しまった!どうも、大変失礼いたしましたァ!」
「ヒィィ!?」
「何だこの、テンションだけで全てを乗り切ってきたみたいな感じの人は!?」
「飯田と切島を足して二乗したような……!」
「この男……」
「……あの制服、士傑高校!」
少年と同じ制服を着た別の少年が『イナサ』と名前を呼び、円陣に割り込んだ彼を嗜める。彼らの制服をみた者達は、周りの野次馬も含めて全員がその正体を思い出した。
東の雄英、西の士傑。
並びそう称される、雄英高校と双璧を成すもう一つの名門高校。そんな同格の相手の登場に、風華は警戒してグッと目を細める。いったい何用でノコノコと姿を見せたのか。額から血を流しながら勢いよく顔を上げた少年が紡ぐ言葉を待って──
「一度言ってみたかったっス!プルスウルトラ!自分雄英高校大好きっス!雄英の皆さんと一緒に競い合えるなんて光栄の極み!今日はよろしくお願いしますっス!」
──すぐに警戒を解いた。少年の言葉はあまりにも純粋で、まっすぐで。腹に一物を抱えている様相など微塵も感じなかったから。これから合格枠を競う相手に対して、無神経過ぎるとは思ったが。
「夜嵐イナサ。昨年度……つまりお前らの年の推薦入試。トップで合格したにも関わらず、何故か入学を辞退した男だ」
「え、じゃあ一年生ですか!?ていうか推薦入試トップって……実力は轟君以上……!?」
「雄英好き好き言ってる割に、入学は蹴るってよく分かんねえな」
「ねー。変なの」
「あなたが鳴神風華さんっスね!?」
「え……あ、うん。そうだよ。ち、近い……」
A組のみんなが注目する中、夜嵐はそんな声を意にも介さず一目散に風華の前へとやって来た。あまりにも近過ぎる距離感と大きな声に若干怯まされる風華であったが、持ち直して会話に応じた。何故自分に対して話しかけて来たのかは知らないが、流石にここで無視するのは露骨過ぎるだろうという判断であった。正直なところ、無視して今すぐ立ち去りたいと思っている。
「神野での中継見たっス!敵を瞬殺してオールマイトに力を託し、勝利に貢献した姿!あの姿を見て俺は本気でアンタを尊敬したっス!同じ風系の個性の持ち主で、歳も同じ人間のあの活躍!ヒーローの卵としてマジ刺激受けました!」
「そ、そう……ありがとう」
「試験ではお互い敵同士になるっスけど……その時は俺、アンタに挑戦させてもらうっス!合格に向けて頑張りましょう!」
「う、うん……頑張ろうね」
そこまで言うと、夜嵐は士傑の仲間達と共に会場の中へと消えていった。唐突に現れた嵐が過ぎ去っていったことを、風華は露骨に安堵して深く息を吐くのであった。身長が高く体格もいい男が、鼻先が付きそうになる程近い距離で大声を捲し立てる。敵でもないし悪意もないと分かっていても、心のざわつきを抑えられぬ相手であった。
思い出しただけで顔が火照り、紅くなる。異性にあそこまで接近されるという経験は、風華にとっては初めてのもの。感情を激しく乱されてしまうのも仕方のないことである。
「おい鳴神。これからコスチュームに着替えて説明会だぞ。みんなもう先にいってる、お前も時間を無駄にするなよ」
「もう少し……落ち着いてから行っても?」
「……まぁ、少し深呼吸してからでもいい」
無駄を嫌う男、相澤消太。そんな彼ですら、ここで風華を急かし続けることは諦めた。むしろ深呼吸して心を落ち着けるように言う。それだけ今の風華は酷く狼狽えていたのだ。
大きく息を吸って、吐く。未だドキドキと脈動の激しい心臓を十分に落ち着けてから、風華は誰もいなくなった道を1人歩いていく。
──あの男……夜嵐イナサ。会敵したら真っ先に潰してやる……!
両頬を叩いて気合いを入れ直しながら、そんな物騒なことを考える風華なのであった。
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