風雷のヒーローアカデミア   作:笛とホラ吹き

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仮免試験 その3

「災害救助演習か……さっきの試験とは随分と毛色が変わるんだね」

「人命救助こそヒーローの本懐だからね。ヒーローを目指すのなら、やっぱりここは押さえておくべきってことなんだと思う」

 

 崩れた会場に続々と集まる人々を見ながら、風華と緑谷はそれぞれの感想を溢した。残った100名が最低限の強さを持っていることは、先の試験で既に分かっている。ならば次に見るべきはどれだけ人の命を護り、救ける術を持っているのか。

 

 次の試験は災害救助演習。被災現場に見立てて破壊された会場の中で、バイスタンダーとして救助を行なっていく。尚、バイスタンダーは一般市民という意味でも使われるのだが──

 

『当然、ここでは一般市民としてではなく仮免を取得したヒーローとして……どれだけ適切に行動できるのかを試させていただきます』

 

 ヒーローとして、災害に巻き込まれた傷病者をどれだけ適切に救出できるのか。今回は要救助者役を務める『HUC』の皆さんと、外から受験者を観察する公安の審査員の二つの採点を受け、演習が終了した時に基準点を超えていれば合格となる。

 

「なあ緑谷君、これは……」

「うん、神野区を模してるんじゃないかな……」

「あの時の神野をか……わたしは着いてすぐに気絶したから、あんまり覚えてないんだよね……」

「俺達は爆豪君を敵から遠ざけ、とにかくプロの邪魔をしないことに徹していた……その中では多くの死傷者もいた……」

 

 崩壊した会場を見て気付いた飯田は、ちょうど近くにいて尚且つ同じく気付いたであろう緑谷に声をかける。実際緑谷も気付いていた。この粉々に破壊された会場は、あの時の神野区をモデルにしているのではないかということに。

 神野区での大惨事を経験した者達は、声には出さずとも改めて気を引き締め直す。あの事件の真っ只中に割り込んでいった自分達は、事件を知る者として絶対に合格していなければならない。不合格になったならばそれは、あの事件を経て尚、何も教訓にしていないということに他ならないのだから。

 

「……頑張ろう」

 

 緑谷の言葉に、風華と飯田は首肯する。オールマイト最後の戦いのその場にいた2人、試験の意図に気付いた以上モチベーションは高い。緑谷に言われるまでもないということを、その真剣な表情は如実に物語っていた。

 

「あ、そうだ。響香、ちょっといいかな?」

「ひゃあっ!?……風華?なんかあんの?」

「あなたにやってほしいことがあってね。頼まれてくれるかい?」

「内容によるけど……何をしろと?」

 

 試験が始まる少し前、風華は部屋の隅で精神統一を図っていた耳郎へ声をかけた。

 風華は今回の試験、常に赫災領域(レッドゾーン)を使うつもりである。先の試験で一瞬だけ使った時は他の受験生への足止めとして役に立ったが、次の試験では怯まず動いて貰わないと困る。他の受験者への妨害行為と見做されて、減点を食らう恐れがあるからだ。

 

 そのためには、赫災領域(レッドゾーン)があくまで救助活動のために展開されているものだということを周知しておく必要があるのだが……生憎他の79名にいちいち伝えて回る時間はない。そのため個性で大きな音を出して広範囲に情報を伝えられる耳郎に、試験が始まったら赫災領域(レッドゾーン)について他の受験生に教えてやってほしいと頼みにきたのだった。

 

「あ〜……なるほど。そーいうことならウチに任せておいてよ。しっかり伝えといてあげるからさ」

「ありがとう。赫災領域(レッドゾーン)は時間制限ができちゃったからね……少しでも無駄にしたくないんだ」

「せっかくパワーアップするんだしね。少しでも強くなる時間は長い方がいいもんねぇ」

「本当だよ。あの時の無茶がなければ、ずっと時間無制限のままだったんだけどね……」

 

『敵による大規模破壊が発生!規模は○○市全域建物倒壊により傷病者多数!』

 

「演習のシナリオ……」

「始まった……ってこと!?」

 

 風華と耳郎の話が続く中、突如控え室にサイレンが鳴り響く。何事かと身構えた受験者達は続くアナウンスによって、これが試験の始まりであるということを悟った。

 またしても壁が倒れ控え室が開いていく中で、彼らは瞬時にスイッチを切り替えて試験に臨む精神を作った。いつでも動き出せるよう身体はスタンバイさせておきながら、アナウンスを聞き逃さないよう耳を傾けるのも忘れない。

 

『道路の損壊が激しく、救急先着隊の到着に著しい遅れが出ると予測される!救急隊が到着するまでの間は、その場にいるヒーロー達が救助活動の指揮を執り行うこと!一人でも多くの命を救い出せ!』

 

「それじゃあ響香、よろしく頼んだよ」

「はいはい、ウチに任せてさっさと行きな!」

 

 アナウンスが終了し、試験が始まる。その瞬間に風華は赫災領域(レッドゾーン)を発動させて会場を包み、全体の被害状況を把握。赫い世界に反応したいくつかの人の気配の中から、おそらく自分しか助けられないであろう者達を見極めていった。

 

『皆さーん!心配いりません、この赫い空はヒーローの個性によるものです!敵意や害意のあるものではありません、突然のことで驚かれるでしょうけど安心してください!危険なものではありません!繰り返します、危険なものではありません!』

 

「これが個性……?範囲広すぎだろ!」

「空飛んでるアイツの個性か……」

「ぐすっ……大丈夫なの……?」

 

「響香の方はやってくれてるね。さて……わたしもしっかりとやらなくちゃね」

 

 赫災領域(レッドゾーン)が広がると同時に、耳郎は事前に頼んだ通り赫災領域(レッドゾーン)が危険をもたらすものではないとその個性で喧伝してくれた。あちらが約束を守ってくれているのなら、風華も約束通りしっかりと赫災領域(レッドゾーン)を存分に活かして働くべきだ。

 現状、赫災領域(レッドゾーン)の持続時間は300秒程度。先の試験ではほとんど時間を消費しなかったため、持続時間は結構残っている。それでも救い出すべき要救助者はたくさんいる。間に合うかどうかは分からないが……気持ちは必ず、終わらせるつもりで。

 

「……いこう」

 

 空を飛んで自分の目でも被害状況を確認していた風華は、雷上動で最初のHUCの元へと移動。建物が倒壊し火災が発生しているそこでは、瓦礫に潰されたり炎の中で身動きが取れなくなったりしている多くのHUCが救助を待っていた。

 風華はまず風で火を払い退け、要救助者達が炎により発生する有毒ガスをこれ以上吸い込まないようにする。炎に酸素を奪われて酸欠状態になってしまうことを防ぎ、同時に視界も良くした。炎が消えて見えやすくなった視界に映ったのは、のべ11人の要救助者。目で見た彼らの容態と電磁波の強弱からトリアージを判断し、風華は状況の逼迫している者から救助に当たっていく。

 

 ……腹に瓦礫が刺さって大量に出血してる。呼びかけても反応はない。肌も蒼白になって脈拍も弱まってるし、呼吸もほとんどしていないけど……まだ生きてるなら、救けられる。

 

「……『天合万雷』、風雷回帰」

 

「おお……重傷者がみるみる内に回復していく!」

「治癒系の個性の持ち主か!?いや、それにしてはここに来る時に瞬間移動をしてたような……」

「うおっ、瓦礫が浮いてる……!」

 

「西の方角に見える大きな旗の場所に救護所が設営されています。歩くことができる方は、ご自身で救護所まで移動をお願いします。足に怪我を負って歩くことが難しい方は、わたしがお送りします。お手数をおかけしますが、少々お待ちください」

 

 風華は腹に刺さっていた瓦礫を抜き取り、ついでに瓦礫に挟まって身動き取れなくなっている者を救け出す。本来ならば安易な除去は不安定な状態で積み重なっていた瓦礫を崩し、要救助者を危険に晒してしまう行為である。しかし赫災領域(レッドゾーン)の中にいる風華の個性出力なら、そんな重なった瓦礫ごと除去するのも容易。結果的に、HUC達は新たな危険に晒されることもなく無事救助された。

 瓦礫が刺さり大量出血していた者、全身に大きな火傷を負っていた者、有毒ガスを吸って昏睡してしまっていた子ども。頭を打ってしまって意識を失っていた者。トリアージ的に優先される者達を風華は1箇所にまとめ、風雷回帰を施していく。

 

 致死の外傷はたちまち治る。酸素を体内で大量に循環させ、吸い込んでしまった有毒な気体を排出させることで、一酸化炭素中毒者の呼吸器の正常な働きも取り戻させた。

 これで全員、一応の命の危機は去った。風華は自力で救護所に向かうことが難しい者達を事前に用意していた担架に乗せていき、風に浮かせて運んでいく。少しの無駄な揺れもない繊細な移動に、HUC達は演技を忘れることはなくとも心の中でその個性制御技術に驚嘆した。

 

「な、なあ……アンタ、治癒の力が使えるんだろ?その力で俺達の足は治してくれないのか?」

「……天合万雷で他者を治すのには、大量の電力を消費します。リソースに限りがある以上は重症の方を優先する必要があります。ご期待に添えず申し訳ありませんが、まだ全員の救助が完了していない今は待ってもらいたいんです」

 

 天合万雷は他者に赫災領域(レッドゾーン)の電力を与え、纒雷を使わせる技である。疑似的に赫災領域(レッドゾーン)の力を他者にも使わせることができるのだが、風力を与えることはできず、電力しか使えない分風雷回帰による再生の効率も落ちてしまう。

 そのため、自分ならともかく天合万雷で他者を治すのには大量の電力を必要とする。致死の重傷者ならばそれは尚更。赫災領域(レッドゾーン)の持続時間が短くなってしまう程に消耗するのだ。神野でオールマイトに電力を与えた時は、その時の自分が作れる全電力を与えたが……今回はそういう訳にもいかない。出力強化に会場の状態把握、要救助者の居場所特定や電磁波感知による視覚に頼らない救助優先度の振り分けなど。多くのことができる赫災領域(レッドゾーン)は、できるだけ長く維持する必要があるからだ。

 

 意識もはっきりしており、怪我があるとはいえそれも命にはかかわらないものであるなら、天合万雷で電力を与える優先度は低い。そのことをできる限り丁寧に手短に説明し、風華は質問をしてきたHUCに頭を下げた。丁寧に説明されてなんとか納得したようで、それ以上は何も言わずHUCも引き下がる。天合万雷を使わない理由の説明になんとか成功したことで、風華は軽く息を吐くのだった。

 

「あら、鳴神さん!要救助者の方を連れて来てくれたのですね、ありがとうございますわ!」

「百。この方達はあなたに任せてもいいかな?」

「当然ですわ!では、適切な治療を施すために意識レベルや症状などの情報をくださいますか?」

「オーケー。まずは……」

 

 連れてきたHUCの容態を、風華は分かりやすいようなるべく簡潔に八百万に伝える。情報を聞いた八百万は、他の救護所担当の受験者達と共に風華が連れてきたHUC達を引き継いで、治療を行っていく。全員が案内されていくのを見た風華は、これならもう大丈夫だろうと踵を返して再び救助へと向かっていった。

 救護所から遠くの電磁波、それもかなり弱々しいそれに向けて。要救助者を感知し、高い機動力と治癒能力で生きてさえいればほぼ確実な救助を風華は行うことができる。赫災領域(レッドゾーン)が持続する間だけとはいえど、今最も動けるのは自分だという自負が風華にはある。だからこそ、立ち止まっているわけにはいかないのだ。

 

「……救けられず、申し訳ありません」

 

 時に、既に事切れておりどう足掻いても救けようのない者もいた。ただし、そういう役割の人形であるが。そんな時は救助優先順位最下位(トリアージブラック)を示す黒のタグを付ける。手が震えて動作が少し緩慢になっているのを自覚しながら、風華は人形の腕にタグを巻き付けた。

 自分がもっと手際良く救助を行なっていれば、救けられていた人かもしれない。これがもしも本番だったのならば、自分の不用意や不手際がこうやって取り返しのつかない結果を生むのだ。何のためにトリアージが存在するのかということを頭の中で何度も再確認し、風華は雷上動で次の要救助者の元へと向かっていく。

 

 災害時などにおける救助優先度を示すトリアージレッド、イエロー、グリーン、ブラック。一人でも多くの被災者を救い出すのがトリアージの存在意義である。いつまでもトリアージブラック(助かる見込みのない者)に構っていては救けられる者も救けられない。ヒーローは時に非情な判断も下さなければならないのだ。

 

「……爆発?そういえば、敵による大規模テロっていうシチュエーションだったね。事件現場へ戻ってきたって訳か」

 

 突如遠方から聞こえてきた爆音を訝しみ、風華は電磁波を確かめてみる。すると、40人分程度の電磁波が会場の壁に開いた穴から乱入してきていることが確認できた。シチュエーション的に、災害を引き起こした敵が再び襲いかかってきたといったところなのだろう。いくつかの最初からあった電磁波が救護所に敵が侵攻のを止めようと抗戦しているのが感じられる。

 動きから推測するに、敵と交戦しているのは緑谷と轟であろう。氷壁で広範囲を守り、抜け出そうとしてくるのを緑谷の機動力で各個撃破。即席のコンビなら妥当だなと考えたところで、風華は敵を彼らに任せて自分は救助を続けることに決めた。敵よりも人命が優先、まだ弱々しい電磁波がいくつか残ってる以上は、そちらの方に行くべきだからだ。

 

「うん……やっぱり出久と焦凍だね。あの様子ならここまで戦闘の余波が来ることはなさそうかな。敵はあなた達に任せるよ、よろしくね」

 

 赫災領域(レッドゾーン)で要救助者を感知し居場所を特定できる風華の活躍により、既に残りの要救助者は最初の3割程度にまで減っている。着実に減ってきてはいるものの、油断は禁物。再び頭の中でトリアージの意義を反芻しながら、風華は何度目かの雷上動を発動するのだった。

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