松永沙耶は神である   作:スナックザップ

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一部、諏訪組に対して否定的な表現があるかもしれません。
決して諏訪組に対して批判する意図はありませんが、
不愉快に感じる方がいらっしゃったら、申し訳ありません。

あと、もし分かる人がいれば、こんな時につけるタグも教えてください。


また、あくまで一人称視点なので、事実として書いているのではなく
登場人物の主観的なものだとご認識頂ければと思います。


無色の光

勇者はみんなのところへ戻り、魔王のことを話ました。

 

 

 

 

 

けれど、いくら話しても誰も勇者の言葉を信じてくれません。

 

 

 

 

 

ついには、勇者は石を投げられ、せっかく作った野菜も果物も踏まれて、

 

 

 

 

つぶれてしまいました。

 

 

 

 

勇者は魔王の元に帰り、悔しくて泣きました。

 

 

 

 

 

どんなに大変な旅でも頑張ってきた勇者も、たくさんの人たちに恐れられた魔王も、

 

 

 

 

どうしていいのかわかりません。

 

 

 

 

魔王は戻ってきた勇者を慰めてあげました。

 

 

 

 

 

そして、二人で野菜を食べました。果物も食べました。

 

 

 

 

一緒にお料理だってしました。

 

 

 

 

勇者はこんなにおいしかったなんてビックリです。

 

 

 

 

それを魔王に笑顔と一緒に伝えたら、魔王も笑顔で喜びました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「見えた…四国だ」

 

空中に外の様子を映し出す。

諏訪の人たち全員が、グレイグーの天井に映った四国と瀬戸内海を見上げて歓声を上げる。

 

「あれがそうなのね。あそこに乃木さん達がいるのね」

「うたのん…本当に着いたんだね。これでみんなも助かるよね」

 

諏訪をグレイグーに収容した後、何故かバーテックス達の攻撃は急に弱くなった。

過去の経験からもう少し攻撃してくると思ったんだけど、バーテックスもグレイグーに対抗できる進化を遂げるまでは不用意な攻撃を控えたのかもしれない。

 

バーテックスが進化する。これはどういうことなのか?

普通に考えたら脅威だろうけど、私はこれを良い情報だと思っている。

進化するということは、今のままでは問題があると言うことだ。

 

例えば、バーテックスは無限に増えることはできるけど、何故か一度に襲ってくる数は無限じゃない。

 

理由が何であれ、無敵と思われているバーテックスの明確な弱点だ。宇宙中のバーテックスをすべて倒せば、一時的にその行動を制限できる可能性は高い。

 

(その間に高天原に侵攻する。悲劇なんて終わらせてやる。

そのための準備もできている)

 

この分ならグレイグーを自爆させなくても良くなりそうだし、うまくすれば、他の地域の生き残りを探すこともできるかもしれない。

 

「それじゃ、そろそろ諏訪を四国の近くに降ろすね。やっぱり紀伊水道の浅いところになるかな」

 

グレイグーの一部を近くの代わりにすれば、諏訪の人達を四国に移動させる間くらいは固定できるだろう。

 

もちろん、バーテックスもこの瞬間を狙ってやってくる。

今のところ、進化型を含めてすべてのバーテックスは相転移砲や、マイクロブラックホール弾頭で対応できている。

 

完全に倒せているかは分からない。世界自体が破壊されるので元の場所や時間に意味がない。

 

(ま、今、考えてもしょうがないことだけどね)

 

諏訪の着水まであと1時間ほどだろう。諏訪の人たちも興味深そうに海に浮かぶ四国を見ている。

 

「ん? あれは…海上自衛隊の船? なんで? 出迎えかな?」

 

諏訪の人たちは船を見て喜んでいる。やっぱり出迎えなんだろうか?

でも、なんで武装船なんて?

 

「ねぇ? 沙耶。この船って地上からのアタックには強い?」

「どうしたのうたのん?」

 

歌野の様子がおかしい。さっきまであんなに喜んでいたのに。

 

「まあ、バーテックスも何してくる分からないから、地上に向けても相転移砲は打てるけど…」

 

もともとはピスケス、地下に潜れるバーテックスを想定したものだけど、まあ、それは良いか。

 

「できれば、もうちょっと弱いウェポン…光とか音とかでサプライズだけみたいなのを用意して」

 

そう言い残すと歌野はどこかへ行こうとする。

 

「うたのん? どうしたの?…まさか!?」

 

水都の言葉に私も気づく。あの船は出迎えじゃなくバーテックスに追われているの?

 

「すぐにヘルプするわ。沙耶、もっとネイバーまで船を寄せられる?」

「わ、分かった。グレイグー地上100mまで降下」

 

けれど、次に起こったことは私の、いえ、歌野の予測さえ上回っていた。

 

「そんな…」

 

歌野が足を止めて目の前の光景を呆然と見つめている。

1年間共に行動してきて歌野がこんな表情をしたことなんてない。

 

 

目の前で歌野の手の中の勇者服が光になって解けていく。

まるで役目を終えたように。

 

「まって、待って、まだバーテックスは残っているのよ。お願い」

 

歌野の悲痛な声が響く。いくら何でも今はないだろう。

 

 

ただでさえ戦える勇者は少ないのに…

 

(しかも、ようやく諏訪の人たちを助けられるって時にどうして?)

 

けれど、それは始まりですらなかった。

 

何かが空気を裂いて町に降り注ぐ。それは空に浮かんだ町に赤い花を満開に咲かせる。

 

 

――炎と血でできた赤い花を――

 

 

 

 

旧海上自衛隊の護衛艦が発射したミサイルが諏訪の町に降り注いでいく。

 

「そんな…いやいや、何? 何故? 何が? 何なのこれは!?

 

今起こっていることが全然理解できない。防御結界は?

諏訪の土地神様はどうしたの?

そもそも、なんで海上自衛隊の船が私たちを攻撃するの?

 

私が混乱している間に四国を見ようと出てきていた諏訪の人たちが吹き飛ばされ、燃やされていく。

 

あたりに蒸発した血の匂いが立ち込める。

 

「くっ、沙耶、とにかく、みんなを避難させて」

 

立ち直った歌野の声に、はじかれたように立ち上がる。

そうだ。歌野が勇者に変身できない以上、私がみんなを守るしかない。

 

「ナノマシン戦闘濃度散布。降雨装置起動。地上は…」

 

火災を止めるために雨を降らせる。

ナノマシンを空中に散布してミサイルのエンジンを不活性状態にする。

 

人体への影響はないはずだけど、ここまで控えてきたのに、こんな形で空中散布をしてしまうなんて…

 

歌野が無線に飛びついて、何かを呼びかける。

 

「そこの船の人たち、聞こえますか? 聞こえていたらお願いです。攻撃をやめて」

 

けれど、返事は無言のミサイルだった。

 

(どうして? 国際救難信号は出ているはずなのに?)

 

今はミサイルや大砲だから撃ち落とすこともできる。

でも、もしもっと近づいて銃とかだったら?

たとえナノマシンで不活性化できても近づくことはできなくなっちゃう。

 

でも、でも…

 

(武装船を止めないと四国に下りられない。でも、あれは人が・・・)

 

歌野を…、水都を…、諏訪の人たちを…、守るためにはどうすればいい。

 

相転移砲を使えば護衛艦を沈めることはできるだろう。

でもそうなったら四国の人たちは私たちを受け入れてくれるの?

大体、なんで四国の人たちが私たちを攻撃してくるの?

 

水都は土地神様に必死に呼びかけている。

でも表情から反応が良くないことははっきりわかる。

 

火災はある程度収まったけど、武装船の人たちは狂ったように攻撃を続ける。

 

どうして? どうしてこんなことに?

 

グレイグーがバーテックスに見えた?

 

でも白旗は振っているはずだし、無線から歌野の声は聞こえているはず。

こんな状態でいきなりバーテックスと間違えたっていうの?

 

低い警告音が響く。

 

視界の隅にバーテックスの襲来を告げるアラームが表示される。

どういうこと? なんで水都にお告げが来なかったの?

 

「そんなこと、そんなのって、それじゃあ、私たちは何のためにここまで生きて…」

 

突然水都が立ち上がるけど、その貌を見れば良くない神託だってすぐに分かる。

 

「どうしたの? みーちゃん」

 

慌てて歌野が駆け寄る。

 

その間にも接近してきたバーテックスは、グレイグーの自動防衛装置の設定圏にまで入ってくる。

相転移砲が攻撃を始めるけど、すでに億を超えるバーテックスはグレイグーにとりつきつつある。

 

侵入したバーテックスに対して、ナノマシンが障害物を配置したり、船内でも急造の相転移砲が船もろともバーテックスを消し飛ばす。

 

でも、このタイミングは…

 

(まるで、神樹と天の神の両方が協力して攻撃してきているみたいじゃない?)

 

慌てて嫌な妄想をふりほど…

 

「私たちは…諏訪は最初から助からなかったんだよ。 最初から…四国の準備ができるまでの時間稼ぎ…ただの」

 

私の妄想は軽く吹き飛ばされていった。

 

(何を言っているの水都、それじゃあ、まるで…)

 

「捨て石だったんだよ!」

 

水都はそれを言葉にした。言葉には力があり、現実となる。

 

歌野が変身できなくなった理由…、武装船が攻撃してきた理由…、

バーテックスがタイミングよく現れた理由、それは…

私の悪い妄想を水都の言葉が現実へと変えていく。

 

「このまま…私達が四国にたどり着くと、天の神も四国を攻撃する。それだと、みんな助からないから。だから…だから…、四国以外の土地は…」

 

防衛する地域を狭くすることで、効率的に防御を行い、敵が疲弊した隙をつく。

 

 

 

 

旧い戦法。そして、人間相手にしか使えない言い訳だ。

 

ずっと、疑問だった。

何故諏訪は4年もの間、持ちこたえることができたのか?

 

それなのに、より強力な力を持つはずの四国の勇者たちが

1年しか戦い続けられなかったのは何故なのか?

 

(天の神は本気じゃなかったんだ。ううん、天の神も地の神も、

ずっと人を見ていたんだ)

 

今までにない数のバーテックスが相転移砲の嵐を無理やり突っ切って、グレイグーに体当たりを続けている。

 

多分、2、3日は持ちこたえられるけど、それには何の意味もない。

だって、私たちはどこにも逃げられない。

 

「勇者様…」

「歌野ちゃん…」

 

いつの間にか諏訪の人たちが本宮の周りに集まってきていた。

町の火は消したけど、みんな自主的に避難してきたみたいだ。

どの目も不安でいっぱいだ。

 

「みんな、ごめんなさいね。ちょっと敵の奇襲を受けたみたい。もう少しで四国だから、私が敵を倒すまでここで待っててね」

「歌野? 何を言って…」

「うたのん、待って。そんなの…」

 

けれど、歌野はそれだけ言い残すと走って行ってしまう。

ただ神の武器だけをもって。

勇者服が無い以上、いつものように戦うことなんてできないはずなのに、勇者でいる必要なんて無いはずなのに…

 

(なんで、なんでこんなことが起きる? なんでこんなひどい世界を用意したの?

神様たちって何なの? これが世界なら、これが神の意思なら…)

 

泣いている水都の姿が意識を失くした友奈に重なる。

 

 

「ふふふ、そう、そういうことをするんだあ。すごいねぇ神様って」

 

本当に…よくこんなことができるよ。

自分たちが作った人間に対する愛情どころか、愛着だってないんだろう。

そんなに悲しいことしかできないなら、そんな無能だというなら…

 

「重力子生成開始。エルゴ領域起動。回転を23プラス、電荷を3プラス…1番から480番までブラックホール砲。発射」

 

いつもなら、このままブラックホールが発生するだけで済むけど、今回は違う。

あり得ないほどの速度で回転するブラックホールから、シュバルツシュルト半径を飛び越えて、その内に抱えたソレをこの世に顕す。

 

――特異点――

 

あらゆる既知の宇宙の法則が通じない世界の欠落。

そして、この先には高天原に通じる黄泉平坂がある。

本当は歌野達が四国にたどり着いてからにするつもりだった。

 

けど、諏訪の人たちは大赦から…ううん、神樹から切り捨てられた。

 

たとえ、それが必要だったとしても、こんなやり方はあんまりすぎる。

神様たちは自分たちへの畏敬を求めるのに、人に対する思いはない。

 

本当は神樹様に諏訪の人たちを託したかった。きっと守ってくれると思っていた。

けれど、神様に人間の願いは届かない。

 

涙を流そうとも、汗を流そうとも、たとえ血を流そうとも、だ。

別にすべての願いをかなえてほしいとか、みんなを幸せにしろなんて言う気はない。

でも、せめて、せめて、チャンスくらいは上げてほしい。

 

神樹様に頼れないなら…私が。

 

「予定変更…このまま高天原に侵攻する」

「ちょっと、何を言ってるの沙耶?」

 

驚きすぎて水都の涙が引っ込んだ。これだけでもやる価値がある。

 

特異点を、黄泉平坂を超える時に普通の人にどんな影響があるのか分からない。

リスクを避けたかったけど、みんな、歌野も水都も死んでしまう。

 

「何を言っているのかって? このままだとみんな死んじゃう。もうそんなことは嫌なんだよ。何度繰り返しても苦い。私は甘いくらいの世界のほうが良い」

 

だったら、みんなの命を賭けにしてでも、戦ってやる。

傲慢だろう。身勝手だろう。やってることは神様と変わらないだろう。

それでも、このまま指をくわえて見ていることなんてしない。

 

真実がそうだというなら、そんなもの世界ごと叩き落としてやる。

 

バーテックス達が今までの戦い方が嘘のように一点を目指して集まってくる。

どうやら、私の意図に気づいたみたいだけど遅すぎる。

 

「ブラックホール砲発射、続けて、481番から1032番まで」

 

天に弓引く黒い輝きがバーテックスを飲み込んでいく。

 

回り続けるブラックホールから鈍色の虹がオーロラのように広がる。

すでに諏訪全体を船内に収容したグレイグーは大気圏を離脱し始めている。

外の様子はモニター越しにしか見えない。

 

「ちょっと、沙耶どこへフライアウェイ?」

 

 

諏訪が収容されたことで歌野も戻ってきた。

ちょうどいいかも。この後のことをみんなに聞いてもらわないと。

 

「歌野。水都も。私の話を聞いてほしい。そして、できればみなさんも」

 

そういいながら私はディスプレイに外の様子を映し出す。

暗黒の宇宙を塗りつぶそうとするように白い星屑が広がる。

 

誰かが息を飲む。

 

星屑たちはグレイグーに攻撃する一方で、私が作り出した無数のブラックホールにも群がっている。

 

当然飲み込まれて消えていくだけだけど、ブラックホールのエントロピーを増加させて蒸発を狙っているんだろうか?

 

だとすると、私が予想したバーテックスが同時に出現できる数の限界はなかったことになる。

 

まあ、今更バーテックスが無限に出てきても関係ない。

天の神さえ倒してしまえば、それでおしまいだ。

 

こんな時なのに、自分の口角が三日月に歪んでいるのが自覚できる。

 

「気づいている人たちもいると思うけど、四国は私たちを受け入れてくれませんでした。それが神の意思なのか、人間の都合なのか分かりませんが、もう私たちに助けはないの」

 

「そんなことはないわ。きっと大勢で押しかけたから驚いただけよ」

 

すかさず歌野が反論する。

 

「人間はそうかもしれない。けど…水都。土地神様は何か言っているの?

 歌野は勇者に戻っているみたいだけど?」

 

四国から離れるといつの間にか歌野は勇者になっていた。

本当に吐き気を催す邪悪さだ。これが神様のやり方なんだろうか?

 

「土地神様は…何も…ただ、ほかの土地には行けないとだけ…」

 

なるほど、そう来たか。諏訪ごと移動するのはグレーな気もするけど、土地神にも領分があるのかな。

 

どっちにしても逃げられない。

 

そして、逃げられなければ歌野たったひとりの消耗戦をするしかない。

元の歴史だと諏訪はそれで滅んだんだろう。

 

「そんな…それじゃ俺たちは…」

「他に、他に方法はないの? 歌野ちゃん一人で戦い続けるのは無茶だ」

「四国の連中は味方じゃないのか? 人類全体がこんな状態なんだぞ?」

 

諏訪の人たちも口々に言いたいことを言い始めたから、あたりはまた混乱し始めている。

 

頃合いかな?

 

「だから―」

「だったら、歩いていけばいい」

 

その一言で、あたりがしんと静まり返る。

 

正直、歌野がここまでやるとは思っていなかった。

けど、予想していなかったわけじゃない。

 

「そ、そうだよね。私たちを見て、生き残りがいたんだって分かってくれたら…」

「それは無理だよ」

 

偽物の希望なんていらない。

私は無線をスピーカーにつなげる。

 

そう、私は武装船への通信をつなげたままにしている。

現在の科学では難しくても、130億年の時間があった私なら、こういったことくらいはできる。

 

「…紀伊水道付近に出現したバーテックスおよび、バーテックス側についた人間たちは撤退。以上」

「…了解。これより帰投する。同じ日本人の中から裏切りがあるとはな。やりきれん」

 

無線から船員と思われる人たちが四国に向かって報告する声が入る。

そこまででいったんスピーカーを切る。

 

一度みんなの顔を見渡すと、ありありと困惑が見て取れる。

 

「四国の人たちは、私たちが裏切って思っているの?」

 

最初に歌野の畑に協力してくれていたおばさんがぼつりと漏らす。

 

「まさか、そんなことは…」

「いや、でも、それなら撃ってきたことだって…」

「なんでだ? 向こうにだって土地神様はいたんだろ?」

「そうだ、めったなことを言うな」

「まさか、本当に土地神様も私たちのことを…」

「おい、やめろ。政府は何をしているんだ?」

 

人々があちらこちらで隣の人と話している。

思ったよりも混乱しているみたいだ。ちょっと早まったかな?

私が声を上げようとした時…

 

「なあ、だったら、諏訪の土地神様はどう思っているんだ? まさか、御柱様も俺たちのことを…」

 

その声は、思わず漏らした程度の小さなものだったけど、全員に届いた。

届いてしまった。

 

「…水都ちゃん、あんた、土地神様の巫女…なんだよね。どうなんだ? 土地神様はなんて?」

 

何か…何か、黒いものが見える。

 

「わ、私は…」

 

まずい、水都はこんな人前じゃ上手に話せない。

 

「待って、待って、みんな落ち着いて」

 

歌野がすかさずフォローに入る。けど、今回は悪手だ。

 

 

 

 

――そうだ。歌野だって、俺たちを見捨てるつもりなんじゃないのか?――

 

 

 

 

誰が言ったのか分からない。

でも、奇妙なことに自分の声に聞こえた。

 

けれど、誰が言ったのかなんて関係なかった。

 

――みんな、どこかでそう思っていたんだから――

 

「そうなのか? 歌野ちゃん」

「そんなことないよね。水都。あんた達は見捨てるなんてことないよね?」

「こいつらじゃ分からんよ。土地神様を出せ」

 

そこから先は、驚くほど一糸乱れぬ行動だった。

ほとんどの人が縋るように詰め寄ってくるけど、中には土地神様と話をさせろという人もいる。

 

私は勘違いをしていた。

 

諏訪の人たちはみんな優しく、花すら育てたこともない私に農作物のことを丁寧に教えてくれた。

そんな人たちも、たやすく混乱にのまれて詰め寄ってくる。

攻撃的でないのは、歌野が頑張ってきた結果だろうけど、それも長く持たないだろう。

 

(そっか、そうなんだ。人は、人とは恐れる魂。そして、裏切る者。だから友奈に惹かれたんだ。恐れない、裏切らない、そんなものに私もなりたいって、でも…)

 

 

神様が酷い世界を作ったから、酷いことばかり起こっているんだと、だから正しい世界なら人間も正しく生きていけると、ずっとそう思いたかった。

 

でも、この世界は初めから間違えていたんだ。

 

間違えた神が作り出して、間違いを積み重ねていくだけの世界。

対処療法じゃダメだったんだ。原因を取り除くかしかない。

 

このまま、時間を遡っても良いけど、一つだけ最後にやるべきことが残っている。

 

腕を振り上げ光を顕す。

 

太陽のごとき眩しい光に歌野と水都に詰め寄っていた人たちが後ずさる。

 

でも、もう遅い。

 

腕をふり降ろす。光が人々を包み溶かしていく。

それも一瞬でただの陽子と電子にバラバラにしてしまうけど。

 

ポタリと、足元に雨音が落ちる。

おかしい。グレイグーの中なのに雨が降るなんて、まあ、どうでも良いか。

 

もうこの世界は…

 

「こんな世界は必要ない」

 

――助けてくれ――

 

誰かがそういいながら逃れようとする。

けど、逃がさない。大丈夫、死んでしまえばもう苦しむこともない。

 

誰かが私の腕にしがみつく。

 

光が逸れて近くの家が最初から無かったように消えていく。

 

歌野と水都だ。二人が私の光を反らしたんだ。

 

「みんな、クイック。離れて」

 

歌野の声を聞いてその場をみんなが離れていく。けど、そんな行為に意味はない。

 

「私は天の神ほど甘くないよ」

 

大地から、建物から、空気から、あらゆる場所から光が降り注ぎ、

人々を溶かし、また、解かしていく。

 

「ストップ。やめなさい。沙耶!」

「お願い。もうやめて」

 

歌野と水都が何か言っている。

 

歌野がその腕の藤蔓で私を縛り付ける。

けれど、そんなことをしても意味はない。

 

だって、グレイグーは私の心。

 

指一本動かせなくても、中に取り込まれた人たちを終わらせてあげることは簡単。

 

「ええ、もちろん、やめないよ。彼らは…いいえ、彼らでさえも間違えた。人は間違える。人は恐れる。人は裏切る。何度でも。だからこんなにも悲しい」

 

ふと思い出す。あの夕暮れの日、人は何度でも立ち上がると友奈は言った。

私は人は何度でも挫けると言った。

 

最後の一人、母親に抱かれた赤ちゃんに向かって、光をのばす。

 

「これで、ゼロ」

 

私の声に歌野が周りを見渡す。

そこには人々の生活の痕跡がそのまま残っている。

湯吞に入ったままのお茶からは湯気も見えている。

洗濯物が私が起こした人工の風に吹かれている。

 

ただ人だけを消した。死せる町。

 

 

 

 

 

 

 

 

頬に痛みが走る。いや、痛みなんてもう無くなってずいぶん経つから、これは頬に衝撃を与えられただけなんだろうけど。

歌野が見たこともない様相で私をにらみつける。

 

「なんて、なんてことをするの!! 分かっているの? 沙耶。みんなを…諏訪のみんなを」

「私が殺した。彼らはもうダメだった。あの先はあり得なかった」

 

そう、あり得ない。あの後に起こることは子供の私にだって分かる。

たぶん、歌野達にも危害を加えていただろう。

 

そこまで堕ちるくらいなら、その前に終わらせた方がいい。

 

時間の遡りを始める。

 

この時間はダメだ。ううん、バーテックスが地上に現れた時から、諏訪の運命は変わらなかったんだろう。

 

――そんな世界は必要ない――

 

あとできちんと消しておこう。

 

でも、その前に…

 

「歌野、水都、ありがとう。そしてごめんなさい。私が余計なことをしなければ…みんなもおかしくならなかったのに。ほんとうにごめんなさい」

 

最後に二人に頭を下げる。

 

二人はどんな表情をしているだろうか?

 

怒っているだろうか? 悲しんでいるだろうか? 困っているかもしれない。

 

けれど、最初の歴史のように何かを託す気持ちにはなれないかもしれない。

あれだけ、歌野に頼りきりだったはずの諏訪ですらこうなった。

 

私は根本的に間違えていた。ただ目の前の人を助けても、いつかまた倒れ、挫け、立ち上がれなくなる。

人は何度でも間違える。永遠に繰り返す。

 

それが、この世界での最後の記憶だった。

 

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