「神様だったら、神様だったら、なんで姉ちゃんを守ってくれなかったんだよ」
静かな葬儀の場に悲鳴のような悲痛な叫びが聞こえる。
確か…銀さんの弟だったかな。名前は鉄男君。
まだ、幼いと言ってもいいくらいのその哀しみに感じるところはあるけれど…
今、鷲尾さんにわたしと話した記憶を思い出してもらうわけにはいかない。
勇者システムの強化はどんな犠牲を払ってでも完了させなければならない。
すべてが順調に進んでも神様を倒すには、結城友奈の…神樹の満開が絶対に必要だ。
あの白鳥歌野が諏訪中のすべての命と魂をかけて戦っても、宇宙を滅ぼして余りある力を持つ神様を倒し切ることはできなかった。
でも、一度は神樹様が満開して倒せている。それに賭けるしかない。
何人かの大人たちが鉄男君を葬儀場の外に連れ出していく。
こんなことばかりいつまでも…
本当は神様がやろうとしていることが正しいのかもしれない。
でも、それは余りにも空しい。寒々とした空疎な世界だ。
誰とも触れ合えないわたしだからこそ、そのことが分かる。
でも、神様にはそのことが分からない。
彼女は人の弱さを許すことができない。
いえ、本当は自分の弱さが許せないのかもしれない。
(あれ? 鷲尾さんと乃木さんがいない?)
これって…樹海化があったの?
(どういうこと? 誰の命令? わたしじゃないし、神様からは満開実装後だって…)
風景を揺らめかせながら、バーテックスの様子を見るため結界の外へ出る。
実体のないわたしは光速で移動することもできるし、人間の魂だから結界もそれほどの抵抗はない。
壊されたのは…ヴァルゴか。
須美さんや園子さんのことは分からないけど、何故このタイミングで単独出撃を?
星座の名を持つバーテックスでも、進化した勇者達を単独で倒すことは難しいと知っているはずなのに、これではまるで勇者たちにチャンスを与えているようなものだ。
(ううん、そうだ。チャンスだ。理由は分からないけど、神様は自分に弓引くはずの人間にチャンスを与え続けている。どうして?)
神様が戻ってくるまで、もう2年しか残っていない。
この先を考えると、銀さんも休ませてあげたほうが良いのかもしれない。
わたしが、かつて姉の最期を知って生まれてくる必要を感じなかったように。
「お願い、キサガイヒメ、ウムギヒメ」
神様の言うことを聞く対価としてわたしと契約していた復活の女神達。
神話通りなら焼け死んだ大国主命を再生したと言われる赤貝と蛤の神様たち。
この神様たちなら死んだ人間を生き返らせることも不可能じゃない。
本当はわたしが肉体を得るための契約として貰ったものだ。
「やっぱり、わたしは自分が生まれてくることに意味を感じられない。だったら望まれない命より、みんながいてほしいと思う命。だよね」
結局、わたしは体を得たところで天涯孤独に死んでいくだけだった。
当然だ。ホントは300年も前に死んだ怨霊のわたしじゃ、まともに生きられるわけがなかったんだ。
300年前と今じゃ価値観が違いすぎる。
そして、怨霊としても中途半端なまま、銀さんをトラブルに巻き込む程度しかしてこれなかった。
だったら、怨霊らしいやり方で自分の最後くらい決めよう。
「さあ、三ノ輪銀。今こそお前の魂を貰い受ける」
「ううう、ア、アタシは…」
そろそろ目を醒ますかな。
「やめろ、須美。カタカナに罪はないんだ。看板を塗りつぶすんじゃない」
思考が停止する。いったいどんな夢なんだろう? 少なくとも悪夢じゃないと思う。
「ええっと、銀さん?」
思わず、余計な一言が出てしまう。それが良くなかった。
「え、誰だ? それにここは?」
見つめ合うことを数秒。こうしてみると普段の印象と違い、銀さんもかわいい女の子って印象が強いかな。
動いていると結構凛々しい感じがしたのに。
じゃなくて、ちゃんとしないと。
「あ、わたしは、お、怨霊だ~。死んだお前も地獄に連れていく~」
「うわっ、マジか。ホントに怨霊? というかアタシ死んだのか?」
そんな元気な死人はいないと思います。
最初の一歩で失敗した。何とか立て直さないと。
「くっくっくっ、実はお前がトラブルに巻き込まれ続けていたのは、わたしがそう仕向けていたのだ~」
「そ、そうだったのか。でも、それじゃ怨霊っていうより…」
そう、そう、やっと本題に入れる。
「ハロウィンのいたずら妖精じゃないか?」
「う…、だ、だって、そ、それは、わたしだって自分以外の怨霊に会ったことなんてないんだもん。仕方ないじゃない」
思わず反論する。そう、わたしは何も知らない。ただ知識とバーテックスに対する権限を持ってるだけ。
指一本だって自分じゃ動かせない。
それこそが神様がわたしを引っ張ってきた理由。
勇者に直接かかわる血筋なのに、生まれることすらなかった者。その条件に当てはまった一人。
「と、とにかく、わたしがいろいろな人のトラブルが発生しそうなところに貴女をを誘導していたの。うらめしや~。さあ、蘇って、もう一度わたしの怨みを受け続けるのだ~」
うう、絶対変なお化けだって思われてる。
でも、とにかく体に銀さんが入ってくれれば間に合う。いいえ、間に合わせる。
今のまま神様と戦ってもまた無かったことにされてしまう。
神様は全能なのだから、だから、分かってもらわないと、貴方の作った世界じゃ駄目なんだって。
「なあ、お前一体何を怖がってるんだ?」
「…怖い? 怨霊は怖がらせる方だよ。なんで、そんなこと言うの?」
「いやだって、さっきからめちゃくちゃじゃないか。恨んでるのに生き返らせるなんて、怨霊じゃなくて守ってるみたいじゃないか」
「だから、それは貴女が生きていてくれないと困るし、鷲尾さんにも約束しちゃったから。あ…」
また、余計なことを言ってしまった。
ど、どうしよう。
「はは~ん」
「な、によ」
銀さんが絶妙なしたり顔に変化する。
「お前、実は悪さなんてしたことないだろ」
「え? なんで」
どういう意味だろう? たしかに小心者のわたしには、本格的な事件にまでは誘導できなかったし、発生するタイミングをずらしたくらいだけど。
「だってさ、お前がそこにアタシを向かわせたから困ってる人を助けられたんだろ? だったらお前はホントはそんなに悪さができないんじゃないかってな」
ああ、確かに貴女は、貴方達はそういう人たちだった。
「し、仕方ないじゃない。わたしにできるのは貴女をトラブルが発生する時間と場所に誘導するくらいしかできないんだもの。でも、そのせいで鷲尾さんに怒られていたじゃない」
「それは気にしなくいいって、須美はいつも怒ってるから」
「貴方達…ホントに仲良しなんだよね? ちょっと不安」
「あれ? アタシ達が仲が悪いと困ることがあるのかな~」
「そ、それは。でも、えっと…」
何か、何か言って気を反らさないと。
完全に銀さんにペースを取られている。
勢いのある人はやっぱり苦手だ。
「うう、そ、そんなこと言っても…だから、それは」
「あ、うん、分かった。もういいから。とりあえずアタシは結局どうなってるんだ? こうしてるってことは…」
ここからは少し真面目なお話。わたしのこれまでと、神様のこれからのお話。
ホントは2年後に起こるはずの戦いをここで終わりにするために。
「という訳でかくかくしかじか。貴女の元の肉体は荼毘に付されたから、代りにこの肉体を使って、2人が満開するする前にレオを倒してほしい」
「だいだい分かったけど、アタシはホントに…」
銀さん…。ショックは隠しきれていないみたい。
当然だ。覚悟はしていても、自分がもう死んでしまったなんて言われて平気な人なんているはずがない。
「よし! しんみりするのは終わり。それよりも須美達を助けないとな。散華?だったか? 園子が寝たきりになったり、須美が記憶をなくしたりなんて絶対にさせない」
「わ、びっくりさせないでよ」
しばらく顔を俯けていた銀さん。急に顔を上げる。
わたしはどうしていいか分からなかったけど、驚いてひっくり返ってしまった。
「はは、悪い悪い。ま、とにかく、もう一度チャンスをくれるって言うのはありがたいけどさ、やっぱりその体はお前のもんだよ。お前が貰えたものなんだから」
「え? 悩んでたのはそこなの? ううーん、意外ってわけじゃないけど…」
どうしよう。これって銀さんは生き返れなくても良いって思ってるの?
今度こそみんなに会えなくなるのに…
「それでも、わたしは貴女に生きてほしい。そして、きっとみんなもこんなわたしなんかより、貴女のほうが大好きだよ」
「ストップ、 みんなに好かれてるやつじゃないと、生きてちゃいけないのか? 違うだろ?」
「それは、そうじゃない。わたしが生きても先は分かってるもん。でも貴方達には可能性がある」
銀さん、どうして。ホントは貴女はお別れなんてしたくなかったんでしょう。
喉に引っかかるその言葉を無理やり飲み込む。
だって、そんなの誰だってあたり前だ。何度もそうしてきたわたしでも嫌だったんだから。
だからこそ、天の神様はわたしに生き返る方法なんてものを与えたんだから。
彼女の本当の目的は分からない。でも、ホントに神様なら無意味なんかじゃないはず。
言葉を飲み込んだ代りにわたしの心は膨れ上がる。
「そういうことじゃ…ないんだよぉ」
ポロポロと雫が落ちる。情けないなぁ怨霊が泣きべそなんて。
「お前…そんなに泣くなって、ほら」
銀さんが背伸びをしながらわたしの赤髪を撫でる。
初めての感覚。頭ってこんな効果もあるんだ。なんだか不思議な気持ち。
もういいや、って気持ちと、それでも、って悲鳴のような心が揺れ動く。
そして、この時は…
「それでも、貴女がこの肉体を使わなくちゃいけない。二人を…鷲尾さんと園子ちゃんを助けるために」
「お前、どうしてそこまでするんだ? 会ったこともないのに」
それはね。貴方達は覚えていられないけど、わたしは知っているから。
神様は生き返る方法だけじゃなく、未来も過去も全部教えてくれた。
ううん、未来も過去も知ることができるようにしてくれた。
きっと、わたしが神様の元から離れていくと分かっていても、いろいろしてくれている。
理由は分からない。わたしが見渡せる世界は始まりから神樹様が満開するまで。
ホントはそれが良いのかもしれない。けど、それだと銀さんや犬吠埼さんがいなくなってしまう。
本来の流れを変えるのは大きな危険がある。
実際酷いときには神世紀300年より前に世界が滅んでしまうこともあった。
それでも、可能性があるなら、わたしだけがやり直すことができるのだから、一番良い未来を見つけ出して見せる。
「えっと、あのね。銀さん。これからすっごく大変なことを言うから聞いて。そうすれば、貴女に生き返ってほしい理由が分かってもらえるから」
できるだけ真剣に見えるように頑張ってみる。
しばらく見つめ合った後、銀さんは一度だけ目を閉じてしっかりと見つめ返してくる。
強い光だ。でもその強さは本当になれるんだろうか? それでも今は信じるしかない。
「分かった。何だかよくわからないが、お前が真剣なのは判る。だからさ、まずは…」
そう言いながら、銀さんは手を出してくる。
握れってこと?
「お前の名前を教えてくれ。いつまでもこっちだけ名前を知られてるのは落ち着かない」
名前…どうしよう? いや、でも銀さん達は忘れてる…はず。
だからきっと大丈夫。それに直接の名前じゃないし。
「わたしの…名前は…えっと、十華って呼ばれていたけど…ホントの名前じゃないの」
「ホントの名前じゃない? ああ、もうアタシには何だかさっぱりだ。とにかくお前の名前は十華で良いんだな?」
「そ、そうなんだけど…」
ここだけはちゃんと説明しないと、いつも哀しい思いをさせてしまうけど、この後の戦いの結果によっては、本当に未来が変わるから。
「あの、ね、わたしは本当に怨霊で、みんなみたいに生きていたことないの。わたしは生まれたことがないから」
ああ、銀さん。やっぱり困った顔をしている。
園子ちゃんや鷲尾さんがいるから、普段難しいことをあんまり考えていないようにみえていたけど、
やっぱり、銀さんはちゃんんと人の気持ちを考えられる人だから。
でも、そんな風に考えなくて良いんだよ。わたしにとってはこれがあたり前なんだから。
だから、何度でもこう言うの。
「わたしは…水子、だから。かつて300年前の災厄の時に、生まれてくることができなかった魂を神様が集めて作った者。それが今のわたしなんだよ」
銀さんの大きな瞳がより大きくなる。
「そっか、それじゃ…」
そう言いながら銀さんがわたしに近づいてくる。
ああ、これも知っている。今まで忘れていたけど、何度も繰り返したから近くになれば、デジャヴのように思い出す。
「やっぱり、この体はお前のものだよ。だって、せっかくこうしているんだから、一度くらい生きてみろって。きっと頭で考えてるよりずっとすごいぞ」
そういいながら、銀さんはそっとわたしを体のほうに押し出す。
そんなに強い力じゃないのにどうしても逆らえない。
「わ、わたしは、ダメなんだよ。わたしが生きていても、誰もいない。家族も、友達も、大切な人も、なにもない。そんなんだから何度も…」
少しずつわたしと銀さんの距離が開く。
これはわたしの弱さだ。
それでもやっぱり生きていたいと思ってしまう。醜い心だ。
わたしが体を得れば、バーテックスへの命令権も未来や過去を見通す力もなくなる。
ただの無力な子供だ。この後の神様の降臨でみんなは酷い目に会う。神樹様もいなくなる。それなのに…
「ああ、でも、でも、わたしが生きても、それじゃ、この世界は、神様は、天の神は止められない。だったら…」
「それでも、生きろ」
少しずつ、銀さんの顔が滲んで見えなくなっていく。
「生きられるなら、生きろ。他のヤツが駄目だって言ったって、生きろ。それでも駄目なら…」
銀さんが失わなかった方の手を握りこんで突き出す。
「アタシがぶっ飛ばしてやる」
どうしてだろう。こうして会うのは初めてなのに。
初めて会うような人のことをどうして思えるんだろう。
「でも、でも、やっぱり、みんなは…鷲尾さんは? 園子ちゃんはどうするの? 二人が待ってるんでしょ」
「あー、そんなこと心配するな。大丈夫、二人なら分かってくれるさ。誰かの体を取り上げてまでアタシを生き返らせろなんて絶対言わない」
「どうして、そんなこと言えるの? きっとあの二人なら、チャンスがあるなら命懸けででもやってみせるよ?」
「そうだな、けど、誰かの大切なものを取り上げないさ。あの二人は。分かるんだよ。何しろアタシ達は」
キサガイヒメとウムギヒメが開く。復活の時がくる。
「ズッ友だからな」
ああ、きっとこんな人たちだから勇者として選ばれたのかもしれない。
白い波がわたしと銀さんを飲み込む。
ただ、無力なわたしが天の神に怯えながら一人で生きていくだけ。
そう、このままでは…
「なんてね」
「へ、アタシは…生きてる…のか?」
さすがの銀さんも驚いているようだ。
ギュッと目を瞑っていた目を恐る恐る開いていくのはちょっと可愛かった。
わたしもさっき思い出したところだから、本気でまた失敗したと思っていたんだけど。
「説明は向かいながらするよ。二人にも真実を知ってもらわないと、でないと天の神をいくら倒しても意味がない」
「二人って…、須美と園子か!」
「そう、二人の戦いはもうすぐ始まる。今来ているバーテックスは、かつて誰も倒したことがない最強のバーテックス。レオ・スタークラスター」
「最強のバーテックス…」
「だけど、もう神様は…天の神はそれさえも何体も送り込めるまで回復している。だから急がないと」
そう言いながらわたしは銀さんの手を掴もうとして…空振りに終わった。
「待った、待った。なんでお前はそんなことまで知ってるんだ。そんなの天の神の…えーっと、機密?事項じゃないのか?」
あ、そう言えばちゃんと説明してなかった。
「ご、ごめん、と、とにかく勇者装束も使えるはずだから、向かいながらで話すよ、まずはわたしも」
今までの失敗を積み重ねた集大成。3人でダメなら増やせばいい。
未来の鷲尾さんは、東郷さんとなって神樹様の壁を破壊した。
神樹様を直接攻撃することはできなかったけど、神様の作ったものは壊せる。
だったら、天の神様からバーテックス以上の力を持つわたしが3人を手伝えば可能性はある。
濃紅の花があたりに舞い、わたしを髪の色もそれに合わせていつもと違いどこか深くなる。
沈丁花――栄光と不滅を象徴する花――。
もし、神樹様が認めたら貴女にはこの花が共にあるだろうと神様が言っていた。
「お前も勇者だったのか…、いや、まあ、ここまでできるんだからあたり前なのか?」
「あはは、実は今日初変身だったりして…」
「そうなのか? まあ、いいや、とにかくこれから頼むぜ。十華」
「そうだね。改めてよろしくお願いします。三ノ輪銀さん」
やっと、変わる。銀さんの運命も、わたしの未来も。
そのために神様。わたしは貴女に背いてでも生きます。