燃えている。燃えている。燃えている。
アタシの体、が燃えて…。
それなのに、熱くもないし、痛くもない。何だこれ。
アタシだけじゃない。みんな燃えている。
須美も園子も、燃えている山みたいな影はバーテックス? それとも十華だろうか?
不思議と落ち着いた気分だ。満開はとっくに切れているし、なんでか耳が全然聞こえないけど、立ち上がることはできた。
「須美、園子、どうすれば。水が、アクエリアスは…近くにはいないか」
二人とも気を失ったまま燃えているけど、まだ生きている
あの光がすべてを、バーテックス達も皆吹き飛んでる。
「…私の炎は消えない。貴女達はこれで終わり」
静かな声が耳ではなく、頭の中に直接響いてくる。
「お前…爆発したのになんで平気なんだ?」
「…別に、さっき乃木園子が言ったように、私はこの世界に"熱"があればいくらでも顕現できる。肉体の死なんてもう考える必要もない」
なんか分からないけど、ちゃんと会話はできたんだ。それがどこかおかしかった。
少しずつ炎以外も見えるようになる。
ああ、でも、やっぱりアタシ達の体は燃えている。
満開だけじゃなく変身も終わっている。
「ッッァアア」
すごく遅れて、痛みと熱が襲ってくる。いや、思い出したんだ。
でも精霊バリアは動かない。ボロボロになった指でスマホ取り出したけど、光は消えて暗い画面のまま沈黙している。
(あれ? 変身できない。画面も真っ暗だし、どうして?)
「その端末は壊した。お前達はもう戦えない。だから、さようなら、勇者たち」
かざした手の上に、アタシ達よりも大きな火の玉が膨れ上がる。
それでもアタシは、アタシ達は…
「何のつもり? 変身できないお前では障害になり得ない」
冷たい言葉に負けないよう両手を広げて受け止める構えを見せる。
「そう、なら、最期も勇者らしく死ぬと良い」
アタシの体はあっけなく炎に包まれて、再び燃え上がる。
ゴメン、須美、園子、これはアタシじゃ止められないみたいだ。
けれど、アタシが見据える中で炎は影に覆われる。
黒い山がアタシの前に聳え立つ。違う。これは動物だ。
とてつもなく大きな動物。
「十華、お前、生きてたのか? 十華?」
―ルゥオオオオオオオン―
アタシに帰ってきた応えは言葉ではなく大きな遠吠えだけだった。
「おい、なあ、どうしたんだ?」
「無駄。十華は散華の肩代わりとしてヒトとしての自分を捨てた。だからもう獣から戻れない。そして十華が獣になった今、満開の後遺症はそのまま貴方達に現れる」
何を言ってるんだ? 満開の後遺症って…
「何だよ。それは、何なんだよ!」
何を言ってるのか全然わからない。でも、コイツに言っても仕方ないことだけは分かる。
「満開のような強大な力を振るうのは神樹も簡単ではない、だから、供物として勇者の身体機能を捧げる。それが後遺症。散華」
「身体…捧げる、何を。そんなの信じられるわけないだろ!」
「事実、既に体の機能が失われている」
上手く呼吸ができない。ゼイゼイと自分の息遣いが耳障りに聞こえる。
うまく動かない左腕は火傷のせいだけじゃないっていうのか。
「十華の役割は"癒す者"。誰かの代りに対価を支払うのが彼女の運命。後はヒトではなく獣となる。それももう終わった」
また、アイツの姿が薄くなる。
あの光になって攻撃してくるってやつか?
どうすりゃいいんだ? 十華は全然話せないし、アタシは変身できない。須美も園子もまだ起きてない。
変身できても満開は後遺症がある。
「それでも、アタシは! 応えてくれ神樹様」
今、やらないと、ここでやらないとダメなんだ。
だから、お願いだ神樹様。
―アタシに戦う勇気を―
言葉どこにも届かない。
それでもアタシは、アタシ達は、まだここで終われない。
コツン、と小さな石が光を遮り、黒い染みのような影を落とす。
「そうよ、例え何があっても今度こそ大切な友達を失ったりしないわ」
「須美、お前、そんな状態で…」
須美は確かに起きた。
でも一目でわかる。もう足が…
「須美? いえ、私は…」
それでも、あの体勢から命中させるんだから、アタシもまだ挫けてなんかいられない。
「今度はミノさんだけにしたりしないからね」
「園子、お前」
声は届いていないと思っていた。
確かに、神様には届かなかったかもしれないけれど、2人には、アタシの友達には間違いなく届いていたんだ。
「それで? 勇者でない貴方達なんて誰にも必要とされない。かつての私と同じように。人は役割を果たしてこと人となる。だから…」
バーテックスも既に燃えていなくなっている。ただあの敵だけがアタシたちの目の前に輝いている。
「お前たちはすでに人としての役割を終えている」
輝きが手を伸ばす。ただアタシ達に向かって。
だからこそ、あの敵は、アイツは、アルは意識していなかったんだ。
他のところから攻撃されるなんて、全然思っていなかったんだ。
「十華、貴方何を」
黒く焼け焦げた獣が光に触れて弾けた。
(違うよ。アル。人間は神様の役割のためだけにいるわけじゃない。わたしの人の心よ。最後まで燃えろ)
声は聞こえていないはずなのに、耳元で聞こえるようにハッキリと獣の声が聞こえる。
そして、輝きはすべて消え、暗闇が影を落とした。
私を…天の神から地上代行者とされたこの私を癒したのか。
十華の肉体を与えられれば、私は光でも熱でもない。神の権能もほとんど使えなくなるだろう。
(確かに、私を倒すためにに肉体を与えることは有効。でも、変身できない勇者達だけを残すなんて、それはそれで残酷なことだ)
このように明晰な思考ができるのは100年ぶりだろうか。
心だけでなく、体の方も鼓動が脈打ち、風が頬にぶつかる。
100年間あまりに長い間肉体の感覚を失っていたというのに、今はすべてが明瞭に分かる。
「十華? 人間に戻れたのか?」
赤い勇者が私に問いかける。いや、十華だと勘違いしているんだろう。
何故だが自分の口角が持ち上がっている。
「違う。十華は肉体を持たない私を"癒した"。今やこの体に宿るのは私の魂だけ」
空間を裂き炎となった星屑を復活させる。
小さな勇者の力では天の威光に届くべくもない。
何故こんな無駄なことに力を使う? 死にたくないというなら分かる。
でも、何故子供たちが私に挑む? 死にたくないと言いながらどうして死に急ぐ。
勝てないと理解できないのか? 何故十華は勇者を助けようとした? 神に従う限り自分の命は保障されていたのに。
「そう、そうなのか。なんで、勝手に決めるなんて」
「まだだよ。ミノさん。あの体を取り戻せば」
そして、人は絶望から目をそらし、耳を塞ぎ、妄想にまみれた希望が行動を縛り付ける。
やはり、人に希望など要らない。
「動くな。動けば今度は彼女の命もない」
光で編んだ腕の先に満開を解除された青い勇者が一人。
「わっしー!」
「人質か。卑怯だ」
卑怯? 人質? 何を言っている? ただ散華により記憶を失った彼女はもう戦えないというだけなのに。
「返す」
それだけを告げて、目覚めが近いその娘を残った勇者たちに投げる。
「わっしー」
紫の勇者が放り投げた彼女を捉える。それこそが私の狙いとも気づかず。
もう戦えない者を受け止めれば、動きを止めなければならないと分かっているだろう。
だから、ここは私が放り投げた物を見るのではなく、彼女を放っておけば良いのに、ヒトにはそれができない。
「…」
今は光にも熱にもなれない。けれど、人間だったころに積み重ねた日々は生きている。
放り投げた物の影に重なるように、一直線に紫の勇者に向かう。
「園子、駄目だ!」
私の剣から庇うように赤い勇者が前に出る。
変身できない以上、その身を盾に友を庇おうとする。
これも主の言葉通り。
天の代理人である私の剣は精霊バリアでも止められない。例え権能が使えなくても、精霊なしでは星座の質量に匹敵する質量を受ければ、人の姿など残りはしない。
残りはしないはずだったのに、肩口から腹までを引き裂かれ、おそらく刃は背の向こうまで突き抜けている。
体の感覚が追い付いていない。途中で刃が止まっている。
「ミノさん!」
無駄な事だ。これではただの物だ。この状態で動くのは人ではない。
だから、そのまま刃を引きぬき後退する。
「これで歴史は正しい道に戻る」
「嫌だよ。せっかくまた会えたのに。ミノさん。そんなのって…」
どうやら、もう聞こえていないようだ。こちらもその方が早く済む。
後は動かなくなった赤い勇者に縋りつく紫の勇者を複数回満開させればよい。
そのためには彼女の端末だけ修復する必要がある。
「これ、は」
「お前の端末だけを修復した。あと少しお前には戦ってもらう必要がある。天の言葉通りに」
浮かび上がった端末が修復されていく。その光にあてられたように気を失っていた青い勇者も目を醒ます。
「う、あ、何、これ。町は…。ひっ、人が倒れて…」
「わっしー? 何を」
「誰…ですか? 貴方達、は」
なるほど、記憶が無くなるとはこういう状態だったのか。
「やはり天の神の予言どおり記憶が失ったか。これで後はお前だけだ」
「き、おく?」
残った最後の1人が錆びた機械のようなゆっくりとした言葉を押し出す。
理解できているのか、いないのか、どちらでも良いけれど、これで後は1人だけ。
再び呼び集めたバーテックス達が星座の姿を取り始める。
これで十華の勝手な行動も修正できた。
記憶を失った青の勇者の瞳に私が映っている。
そこには敵意などなく、自分のことすら定かではない怯えた瞳だけ。
あれは既に勇者として機能しないだろう。
それなのに、紫の勇者はまた私に背を向けて語り続けている。
「大丈夫、後は私が何とかするから」
このまま紫の勇者を戦闘不能にするのは簡単だ。もう一度天の力で端末を破壊すれば良い。それで終わりだ。
だが、私の役割は彼女を21回満開させること。
それが天の神の望み。
「貴方の名前は鷲尾須美、私は乃木園子、あの子は三ノ輪銀。3人は友達。ズッ友だよ」
だから、私は待つことしかできない。もう戦えない青の勇者に紡がれる言葉は耳障りで、無意味で、何故か胸を締め付けられるのような感情を思い出させる。
不愉快で、苛立たしいのに、何故か涙がこぼれて叫んでしまいたくなるのに、瞬きすらせずに見つめ続けてしまう。
彼女は何をしているのだろう。私は何故この場から撤退しないのだろう。後はバーテックスに任せてしまえば良いのに。
「またすぐに会えるから…行ってくるね」
ようやく、彼女が私を、私が率いるバーテックス達を見上げる。
涙も不快も、何もなかったように奇麗に消えていく。
「満開」
紫の勇者の姿が変わる。一度に満開まで行ったようだ。
そのまま一直線に私を壁まで押し戻す。
これは怒りが為せる力か。
衝撃に耐えきれなかったのか、腕の力が入らない。
足の方は軽度の骨の損傷が見られる。
だが、今すぐ私が戦う必要はない。
ここは引き上げよう。そのためには紫の勇者を引き離す必要がある。
「命を捨てて勇者を阻め」
ようやくやってきた星座のバーテックス達を楯に天への帰還を始める。
「逃がさない。満開」
それでも残った紫の勇者は満開を広げて、バーテックスの海を突っ切ってこちらにやってこようとする。
ここは牽制が必要か。
剣を突き出し力を集める。
私自身は肉体に縛られたけれど、熱も光も消えたわけではない。
「光よ」
すべての光と力をそのまま前方に放出する。星屑が巻き込まれているが、星座のバーテックス達なら修復できるだろう。
「これ、くらいぃ、満開」
それでも光の奔流を突き破り、何本かの剣が飛来する。
すべて、キャンサーが楯となって防いでいるけれど、自由自在に動き回り、楯のない四方から斬りつけられてキャンサーのダメージが超過している。
怒り狂っているだけかと思ったけど、冷静に戦うこともできているようだ。
ただ、力を使い果たして満開が解除されている。次にゲージがされるまではバーテックス相手でも自由には戦えないだろう。
「絶対にここで! 満開」
けれど、紫の勇者はそのまま連続で満開を使って、再び浮かび上がる。
(デメリットを承知で連続での満開機能の行使。このような戦い方をする勇者を放置してよいのだろうか?)
逡巡、戸惑い、迷い。今まで感じたことのなかった感情だ。
――迷うくらいなら斬れ。殺した後で考えれば良い。――
師から名前と共にそう聞かされてきたというのに、何故こんなところで。
(それは貴方がわたしの肉体を得て、人間らしい心を取り戻したらから)
声? 何だこの不愉快な暖かい気持ちは。
こんなものは必要ない。必要ないはずだ。
(いいえ、これが、これこそが。アル、貴女がわたしから、銀さんから、鷲尾さんから、そして、園子さんから取り上げた物。だから貴方は知らなくちゃ不公平)
これは、肉体に残留した記憶からの感覚質か。
(いや、それだけじゃないさ。園子も須美も絶対に負けない。だらかアタシ達もまだやれる)
瞠目し声の元を探す。
赤の勇者は完全に沈黙している。それなのに、こんなことがあるのか?
とたん、私の体に火が灯る。私の熱ではない。何かが命が魂が燃える火だ。
振り払おうとしても、何かが私の腕をつかんで離さない。
(この炎は私ではない。熱と光を統べる私が知らない炎など、この既知宇宙にあるはずがないのに)
そこには何もないはずなのに、まるで炎自体が生きているように絡みついて私を鈍らせる。
「こんな、こと、何故聞こえる。赤の勇者、お前は不快な!」
(違う、アタシは、アタシは)
無いはずの炎に人が映る。
(アタシは三ノ輪銀)
(私は鷲尾須美)
これは、何だ。
死んだ人間なら魂か。だが生きているはずの青の勇者まで聞こえるのなんだ?
これでは私が幻を見ているよう。
目を放し、思考から敵が消える。今までで初めて。
人であった頃も、人でなくなってからも、初めて。
(だから、後はお前が決めろ。園子!)
(お願い、そのっち)
決定的な瞬間、無くなったはずの心の隙間。
埋めるように槍が今の私を貫く。
「か、は」
「届いた。これで、わっしーだけでも…」
不覚としか言いようがない。斬る事だけしかできなかった私が、斬る相手を見なかったなんて。
(私の役目もここまで…か、まあ、いいか。別に生きたかったわけでもなく、ただ死にたくなかっただけ。だから…)
不思議と痛みと共にどこか安らぎのような物を感じる。
最も、今まで安らぎなんて感じたことがないから間違っているかもしれないけれど、それもまた…
横目に見ると、満開が解除された紫の勇者に手を伸ばしている。
私の意思じゃなくこの体に残った心。けれど、それももう届かない。
帰ろうとした空を見上げれば、何十体もの星座たちが降りてくる。
地上に墜落した衝撃で体がバラバラになりそう。
実際には十華の肉体だから獣の強度を持っているはずだけど、魂と肉体が一致していないためなのか、痛みは消えない。
槍の一撃はすでに致命的で、指一本動かせない。
「は、ははは、これで終わり、か。これが私の役割だったの」
人を捨てて、世界も捨てて、それでも死にたくなかったと願ったはずなのに、どこで間違えた。
100年、すでに人としての限界は超えていたはずだ。魂の劣化も超えて見せた。
また人間に戻されて終わりだなんて、何の意味もない。
空の果てではまだ紫の勇者が満開を繰り返しながら、バーテックス達と戦い続けている。
決して終わることのない戦いだ。
彼女は生きたかったのだろうか? それとも死にたくなかったのだろうか?
おかしい。他の人間なんて関係ない。関係ないはずだ。
(それは、お前が気が付いたんだよ。お前は死んでなかったんじゃない。ただ生かされていただけなんだ。まあ、アタシもこうなって分かったことだけどな。)
空耳でしかない赤の勇者の、いや、三ノ輪銀の言葉が響く。
「そんな、こと、今更だ。私は斬り続けてきた。たくさん、たくさん。それ以外知らない。それだけだ。だから、最後に斬るのは!」
天から一振りの光が落ちてくる。
斬るものが無くなったから、最後に私が斬られて終わる。ずっと昔に先生に言われた通り。
(まさか、あれは私をからかっていただけだ。心配なんてするはず…ない、のに)
結局、結末は変わらない。勇者が戦っても、天の眷族である私達が降りても、すべての天の神の思し召しのとおりになるだけ。
それなのに、空の向こうで紫の烏が炎の空へ跳び続けていた。
この体で見る最後の光景が暗転し、100年ぶりに私は意識を手放した。