「私は…生きて…いる?」
何も見えない。ただ光だけに包まれた世界。
私はここを知っている。この場所は……
「お役目ご苦労様。アル。でも、もう少しだけ付き合ってくれるかな?」
――天の神――
私達に人を超える力を与え、人間としての終わりを選択するチャンスを与えた。かつて人であったという神。
「別に…。誰もが必要としなくなった日から、人間としての私はもういない。けど、して欲しいことがあるなら言えばいい」
何も変わらない。人間は役割があるから人としていられる。だから、誰からも必要とされない私は人間ではない。
だから、神の御心のままにすればいい。
「うっわー、相変わらず可愛げなーい。ねぇねぇ神様。アタシもそろそろ人間のみんな相手にいろいろ遊んであげたーい」
天の神でも私でもない第三者の声。
「そうだね。那由他もいつまでもバーテックスしかいない世界じゃ退屈だよね。でも、2年は神樹の作った世界で待ってもらうけど、それでも良い?」
2年、ということは、やっぱりまだ結城友奈は勇者になっていない?
それなのに十華の離反を静観していたのか。
一体何故? 神樹館には主の御心に関係する人間はいないと思ってたけど、実は違う?
「えー、2年後~。長すぎ―。あ、そうだ。いいこと考えちゃった」
「どうせ、ろくなことではないだろう」
どうにも、この那由多という女は分からない。
役割が違うから関わる必要もないはずなのに、こんな風に、時々よくわからないことを言っている。
「そーんなことないよー。それにアルは別に勇者たちと遊べる機会があるんだからほっといてよ。神様、アタシを讃州中学に送り込めない?」
「できるよ。それで設定とかどうするの?」
那由多が騒がしいから待つことになりそう。別に待つことは構わない。人間でないから時間はいくらでもある。
「それはねぇ~。勇者部の人たちとお友達になるんだよ。それで、未来の通りにバーテックスが送られたら、大赦が隠してることをアタシが教えてあげるの。どう、アタシ偉い? 親切? 可愛い?」
可愛いのは確かだが、他は神の御心と合っているのか?
「そうだね。それはひとつの世界として面白そうだね。いいよ、那由多は讃州中学に通えるように進めておくよ」
「やった。神様大好き。話が分かる。300年経っても進歩しない神樹ちゃんとは大違い」
「それは私が天の神なのに肉体で物事を見ているからだよ。だから、こうして3人を歴史の隙間から引っ張ってこれたんだからね」
だが、肉体があったからこそ、天の神は300年前に人間として一度死んでいる。その危険を経験したのに肉体に拘っている。
それこそが、私が師からかけられた最後の問題の答え。
(人間であり続けることに、どんな意味があったの? 先生)
「それじゃ、明日から那由多は地上の暮らしに慣れておいてね。変なところでバーテックスを呼び出すと騒ぎになるから注意だよ。あ、那由多は可愛いから知らない人に声をかけられても点いていっちゃだめだよ。あとは…」
「あは、神様心配しすぎだよ。アタシだって神様の眷族なんだから。キャンサーがあれば不意打ちにも強いし、ピスケスで地面や水に隠れることだってできる。そんなに心配しなくても大丈夫」
「そう、そうだね。ごめんね。自分が不意打ちで一度死んじゃったから、心配性みたい」
2人の会話はよどみなく進む。よくこれだけ話すことがあると思ってしまう。
「それじゃ、那由多」
その時、空気が入れ替わり、光があふれるように空間の輝きが再び強くなる。
「天の神として、役目を与えます。適切な時、適当な場所、適度な言葉で、勇者たちにこの世界とシステムの真実を告げるよう」
「使命、拝命致します」
数瞬の間、沈黙が落ちる。
「それじゃあ、新居とか地上での生活とかは準備しておいたから、2年の間は観光気分で地上の生活を楽しんでくれて良いよ」
「さすが、神様。仕事が超早い」
「神様だからね。どうせなんでもできるんだよ。何をすればよいかは知らないのに」
那由多はそのまま立ち上がると、姿が揺らめき消えていく。
「じゃ、アタシはこれで。地上生活の準備でもしてる。後はごゆっくり~」
那由多の気配が完全に消えた。
地上の拠点に赴いたんだろう。
「それで、私の次の使命とは?」
主がその場におられるので、話の続きを聞いてみる。
「そうだね。ちょっと変わった役目になるんだけど、ある人のところでメイド的な仕事をしてほしいの」
メイド? 宮廷にいた時は何人かは私にもついていた。もっともただのメイドと言うより先生と同じように私の監視も兼ねていたんだろうけど。
「私はその技能がない。それに生活の補助であれば、今もバーテックス達にさせているのでは?」
「私達はね。アル、あなたにももう一度地上に行ってほしい。そして、ある人物のもとで仕えていてほしい」
「分かった。誰に?」
主の言葉に従うように何もなかった空間に見知らぬ少女の姿が映し出される。
「彼女が?」
「そう、彼女は弥勒蓮華。十華と同じように、私の存在によってその在り方を変えた者。私を崇める人々により不思議な縁を持った子だよ」
浮かび出されたその姿をもう一度確認する。
特別な存在ではない。ただ、強い存在感がある。
「分かった。では、行ってくる」
「あ、ちょっと待って、まだ続きがあるから」
地上に切り替えようとした寸前で、もう一度呼び止められる。
「とりあえず十華の肉体のままだと不都合でしょ。まずは肉体を再構成して貴方の魂に合わせた形に戻しておくよ。それからまた100年かけて光なればいい」
「メイドの役割は果たせないのでは?」
「ちょっと説明不足だったね。メイドさんの期間は10年程度でお願いしたいかな。一度過去に戻ってから行ってもらうつもり。で、ここからが重要なんだけど…」
その条件は奇妙なものだった。
いや、期限もよくわからない。
未来を見るだけでなく、幾度も時間を巻き戻せる主の意向に間違いはないけど、ここ数回の繰り返しでは余分が多いように思う。
必要なことなのか、余裕の表れなのか、前回のように大満開が起きただけの結果だけでは不足なのだろうか?
「今までは300年放置だったけど、今回からは私達も積極的に人間に接触する方法を考えてるからね。いろいろとやることが多いんだ。これはこれで飽きが来なくて良いかなと思ってる」
不変である神も退屈を感じるのだろうか? だから、十華も変わってしまったのか。
あれが一番人間のことを恨んでいたはずだったのに、地上に降りたことで前とまったく異なる未来を進んだ。
それでも私は変わらない。変われなかった。しかし、今回は肉体を得ている。主と同じものが見えるのかもしれない。
「どうする? 那由多のようにすぐに行けそう? 世界に干渉すれば10年来仕えてる設定にもできるから、やりたくないなら、適当に人の意識を操作しても良いけど?」
「いや、そうじゃない。設定を変更できるのなら、以前の私の肉体ではなく師と同じ姿をお願いしたい」
「んんん!? それだと名前だけでなく本当の性別を変えるということ? ま、いっか、アルのめったにない希望だものね。でも、ひとつだけ覚えておいて」
なんだろう。特に問題は無かったと思うけど。
「それだとメイドじゃなくて、執事さんになっちゃうんじゃないかな?」
正直、どっちでもいいと思った。
「これが最後の私からの使命。これから貴方に全く違う人格と記憶を与えます。それを以って貴方は弥勒蓮華に仕えなさい」
「使命、拝命する」
タイミング的に前回と同じように進めば、私が記憶を取り戻すのは主なる天の神が自ら勇者たちと対峙するタイミングとなる。
つまり、今回、大満開があるならこうして天の神と直接話すのは最後だ。
「これまで永く私の地上代行者として、よくバーテックス達をまとめてくれました。心から感謝と称賛を」
「もったないことだ。私は主のおかげで死んでいない。そして、貴女いなければ、私はただ人を斬ることしかしらなかっただろう。だから、ありがとう」
少し、照れたようなしぐさで神がつぶやく。
「次に会う時はもう戦いは終わりに近い。それでも私のことを許してくれるなら、またゆっくりと話をしよう」
「分かった」
ゆっくりと光があふれて、主の姿が見えなくなっていく。
地上への転送が始まったのだろう。
それにしても、おかしなことだ。人に崇められてきたはずの主なる神が、私に許される必要などないはずなのに。
人を斬る事しか、教わらなかった私に人間の生きる様子を見せてくれた主なる神。
友達と遊び、親と暖かいうどんを食べ、何も気にせず眠りにつく。
私の始まりの記憶は王宮の一室に押し込められた結婚とは名ばかりの、人質のような生活。
人質としての役割が終わった後は、日の差さない地下牢で何人もの早まった者達を、斬り続けてきた。
その後は、ただ、逃亡と追っ手と戦う日々。
気分が悪くなるほど、すばらしい世界。残酷なまでの美しい世界。歪み淀んだ平穏な世界。
私の記憶と今の世界はまるで一致しなかった。
だから、私は主なる神、天の神の言葉を聞くことにした。
この落差はどこから来たのか、と。
――この世界には運命があった。でも、それはもうない。――
――だから、貴方も選ぶことができる。私と来れば………――
かつて、死にゆく私の頭上に降り注ぎ、そう告げた。
天の神がかつて人だったころのことは分からない。
でも、同じ道を歩めば、先生が最後に言っていた人を殺し続けることで生まれる見えない傷、というものも見えるようになるのかもしれない。
今は見えないその傷を、探し続けた答えが、もうすぐそこまで見えているような予感がする。
駄目だな。人間の体に戻ってから意味のないことばかり考えている。
もうすぐ、転送と同時に私の「 」としての記憶は失われる。
ああ、なるほど、残酷な運命はある意味で人にとって救いだったのか。
憎み、怨み、嫉妬、それを受け止めることこそ神の本来の姿。
だから、あの時、迫ってきていた正規の騎士達をすべて消し去ったのか。
この気づきを記憶として持てないことを少しだけ残念に思いながら、私の意識は光の中へと消えていった。