松永沙耶は神である   作:スナックザップ

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Hallelujah

「あー、もう脚本が思いつかん」

「はぁ」

 

やっぱり何度占ってもいい結果にならない。

 

「あれ、2人は何を悩んでるのよ」

「ああ、風先輩は演劇の脚本だよ。樹ちゃんは…何だったかな?」

 

そう、夏凜さんの言う通りお姉ちゃんだけじゃなく、私も悩んでいる。

音楽の課題。来週のテスト。うう…、"前は上手く言ったけど、大丈夫かな"。

 

「ん、夏凜、アンタ"また"煮干し?」

「何よ、悪い。健康に良いわよ」

 

夏凜さんはそう言いながら、つまんでいた煮干しの位置を人差し指と中指に変えている。

 

(わ、まるで大人の人のタバコみたい)

 

「アタシは遠慮するわ。学校で煮干しを貪り食う女子中学生は夏凜くらいね」

「あ、じゃあ、私、食べてみたい。パク」

「んなぁ、直接私の手からぁ!」

 

夏凜さんの手にあった煮干しはお姉ちゃんではなく、その手から直接友奈さんの口の中に収まった。

 

「うーん、ちょっとしょっぱいかな~。東郷さんのぼた餅とセットなら、ちょうどイイ感じかも」

 

友奈さんがそんな感想を言っている。"確かに夏凜さんの煮干しはいつも食べているだけあって、良いものを買っているみたい"。

 

「すでに友奈に布教済みとは、"やっぱり"夏凜のことはニボッシーと呼ぶわ」

「勝手にゆるキャラみたいなあだ名を付けるな!」

 

夏凜さんがまたヒートアップしている。はあ。

 

「それで、樹はため息なんかついて、どうしたの?」

「え? お姉ちゃん?」

 

うーん、ちょっと恥ずかしいかも。でも…悩んだら相談、だよね。

 

「あ、あのね。もうすぐ音楽の小テストでうまく歌えるか占っていたんだけど…」

 

机の上のカードに視線を落とす。

そこには正位置の死神のカード。意味は破滅…。定期テスト以外で落第ってことはないと思いたいけど…。

 

「よし、それじゃ今日の残り時間はこれね」

 

そう言いながら、お姉ちゃんが黒板に書いた文字は音楽テストでの私の合格。

お姉ちゃんの脚本は良いんだろうか?

 

「そうね、まずは歌声でアルファ波を出せるようになれば、勝ったも同然ね。良い音楽はだいたいアルファ波で説明がつくわ」

「そ、そうなんですか!」

 

し、知らなかった。さすが東郷先輩

 

「そんな訳ないでしょ!」

 

う、やっぱりそんなに都合よくはいかないみたい。

 

「樹は1人だとうまく歌えるみたいだし、緊張しているだけだと思うのよね~」

 

お姉ちゃん…

 

(どうして、私が1人で歌っているところを知っているの??)

 

「それなら…習うより慣れよ、練習しよう。樹ちゃん!」

 

友奈さんが何かを思いついたみたいだけど、大丈夫かな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

お姉ちゃんが軽快なリズムに合わせてのびのびと歌っている。

 

友奈さんの提案でカラオケに来ているけど、なかなか曲を入力できない。

検索結果にはちゃんと課題曲が入っているけど、どうしてもボタンを押せない。

 

そして、何もしているうちにお姉ちゃんが歌い終わった。

 

「お姉ちゃん上手」

「ありがと」

 

点数も…92点!?

 

すごい。私、この後歌えるかな。

 

「ちょっとごめんね」

「あ……」

 

友奈さんが私の手からタブレットを持って、夏凜さんに話しかけてる。

 

「夏凜ちゃん、この歌知ってる?」

「知ってるけど、"歌わないわよ?"」

 

私が次の曲を入れられてなかったから、友奈さんは場をつなごうとしたんだろうか?

だとしたら、ちょっと、ちょっとだけ…。

 

「そうよね。アタシの後じゃ、歌いにくいわよね。ご・め・ん・ね」

 

お姉ちゃんがそう言いながら、点数のボードを指さす。

 

「友奈! マイク貸しなさい。歌うわよ!」

「は、はい!」

 

立ち上がった2人は息ぴったりでデュエット曲を歌っている。

友奈さんもそうだけど、夏凜さんも合わせるのが上手い。

 

もうすぐ2人の時間も終わる。

 

そうしたら、私の番だ。

 

大丈夫、ここには勇者部の人たちだけだから。"思い出して、前はどうしていたか"。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁ~」

 

ダメだった。勇者部だけでも緊張してしまう。

 

「やっぱり、まだ硬いかな?」

 

お姉ちゃんがそんな感想をくれた。

 

「誰かに見られていると思ったら、それだけで…」

 

うう、歌のテストなんて無ければいいのに。

 

「ま、今はただのカラオケなんだし、好きな曲を好きなように歌えばいいのよ」

「樹ちゃん元気出して」

「お姉ちゃん、友奈さん」

 

あ、この曲は……。

 

「あ、私が入れた曲」

 

やっぱり東郷先輩の入れた。

だったら、あれをやらないと。

 

「え、え? 何、何なの。一体どうしたのよ? なんで立ってるの」

 

夏凜さんは座ったままだけど、今日初めてだもんね。

 

でも、やっぱりこの曲を聴くと立ってビシッとなっちゃう。

 

その後の3分私達は不動の姿勢を貫いた。

 

やっぱり東郷先輩の曲はなんかこうしちゃう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

小学生のころ、知らない大人たちが家に来たことがある。今思い出せば、あの人たちが大赦の人たちだったんだ。

私は仮面で顔が見えないその姿が怖かった。

 

私はお姉ちゃんの後ろに隠れていることしかできなくて、あの人たちが言っていた言葉もほとんど理解できなくて。

 

後で、お姉ちゃんがお父さんとお母さんがしんじゃったって教えてくれた。

 

 

あの日からお姉ちゃんは私のお姉ちゃんであって、でも、お母さんでもあって…

ずっとお姉ちゃんの背中が安心できる場所で…

 

お姉ちゃん、お姉ちゃんがいれば私は何だってできるよ。

 

でも、私は……

 

お姉ちゃんは勇者部のことをずっと1人で抱え込んでいた。"前と違ってお姉ちゃんがリーダーになったから、ううん、なるしかなかったから"。

 

――もし、私がお姉ちゃんの背中に隠れている私じゃなくて、隣にいれば、"――先輩は死なずに"――

 

私の前にいたはずのお姉ちゃんの背中が小さく見える。

 

違う、これは…これは…この人は、お姉ちゃんじゃなくて、"タ……"。

 

景色が暗転しても夢は途切れない。何かすごく大事な、とても大切なことを思い出せそうだったきがするのに。

 

「―ちゃんだって、きっと」

 

あれ? 私は何を? 私は…

 

暗い、何も見えない。でも、聞こえる。そう、音がある。何かの息遣い。誰かが生きている。

 

「誰…ですか? 誰かいるんですか?」

 

少しだけ間があった。

 

「ああ、こんなところに来れる人がいるなんて思ってなかった」

 

それは確かにそこにいた。巨大な熊のような、口を開いたワニのような、そして鳥の翼のような、それらをすべて持つ怪獣のような姿。

 

絶対に日本語なんて喋れないはずのそれは私に願う。

 

「鷲尾須美か乃木園子、どちらかに伝えてくれ。―――にお別れを言う機会くらいは作ってみせる。あとは……」

 

「まって、聞こえない」

 

獣が闇に沈んでいく。わたしはそれを見つめることしかできない。

 

そして、日が昇った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「樹、いーつーきー、起きなさい」

 

ああ、お姉ちゃんの声が聞こえる。

 

「樹、着替えて顔を洗ってきなさいよ」

 

いつもの私の部屋だ。

 

キッチンに行くと、犬神が餌を貰ってる。

 

「ほら、座って。もう出来上がるわ」

 

ゆっくりとその光景を眺める。

 

「…あ、あの、お姉ちゃん!」

「お、おお、どうした? 樹」

 

今、言わなくちゃいけないこと別にある。けれど、お姉ちゃんに言わなくちゃいけないのは、別の言葉だ。

 

「ありがとう」

 

お姉ちゃんが食卓に着いた私を見つめる。

 

「う、うん、どうしたの急に?」

 

そう、いつもそうだ。お姉ちゃんは頑張って、一生懸命に私を守ろうとしてくれていた。

 

「なんとなく、この家のこと、勇者部のこと、全部お姉ちゃんにばっかり大変なことばっかりさせて」

 

お姉ちゃんの目が少しだけ泳いでいる気がした。

 

「いや、うん、でもね。これは私の理由でもあるの。樹」

「理由って…」

「うーん、世界のため、とか?」

 

きっとそれは言葉にしにくいもの。だって、本当はみんなが言葉を知る前から持っていたものだから。

 

「ほら、勇者だしね。でもね。樹、理由だけが大切じゃないのよ。自分が頑張れるならそれが一番大切なんだから」

 

自分が頑張れる理由……

 

私は、私にとって、頑張れる理由は……

 

勇者部に入ったのはお姉ちゃんがいたからだ。

 

勇者になったのもお姉ちゃんが勇者だったからだ。

 

それじゃダメなのかな。

 

私の理由なんて…何もない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

長い夕日が橋の上を照らしている。夏至は過ぎたけれど夏はこれから。まだまだ日は長い。

 

「ごめんね。樹」

「え? お姉ちゃん、なんで?」

 

前を歩く私の背中をお姉ちゃんの言葉が追い越していく。

 

「樹を勇者なんて大変なお役目に巻き込んじゃったから、ね」

「お姉ちゃん……」

 

そんな、そんなことを心配してくれていたんだ。

 

「大赦に樹も勇者部に入れるように言われた時、アタシはイヤだって言えたらよかったんだ。そうしたら、もしかしたら樹は勇者なんてならずに、"あんな風にならずにすんだのに"」

「何言ってるの。お姉ちゃん。そんなの違う。違うよ。お姉ちゃんは間違ってない」

「樹…」

 

そうだ、そうなんだよ。お姉ちゃんは間違ってない。そして私が勇者になったのも間違ってない。"例えどんな結果になっても"。

 

「私、私ね。本当は嬉しいんだよ。いつも守ってもらって隠れてるばっかりじゃなくて、みんなと、勇者部で戦えることが」

 

"今度も、最後までいっしょだよ。それで良いんだよね"。

 

そう、これでいいんだ。これが良かったんだよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私の歌う番が近づいてくる。結局緊張を解く方法は見つからなかった。

でも、私は、逃げない。だって、私だって勇者なんだから。

 

"私だっていつまでも守られているだけじゃない"

 

「では、犬吠埼さん」

「は、はい」

 

一段上にだけの壇上に昇り、歌の教科書を開く。

 

「あ」

 

教科書からヒラリと1毎のプリントが落ちてきた。

おかしいな。ちゃんと教科書は確認したはずなのに……

 

私はそれを拾い上げる。

 

 

――テストが終わったら打ち上げでケーキ食べに行こう――

 

友奈さん。

 

――周りの人はみんなカボチャ――

 

東郷さん

 

――気合よ――

 

夏凜さん

 

 

――周りの目なんて気にしない! お姉ちゃんは樹の歌が上手だって知ってるから――

 

お姉ちゃん

 

 

「犬吠埼さん、大丈夫ですか?」

「はい!」

 

私はみんなと一緒にいる。勇者としてだって、この歌だって……

 

 

 

――まだ、これは夢なんて言えなかった。私の小さなやってみたいこと。けど、どんな理由だっていいんだ。それがあれば私は"今度は後ろに隠れるん"じゃなくて、隣を歩いていける。そうすればきっと――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(アタシの理由は、すごく個人的な理由。両親の仇)

 

そんな思考を断ち切るようにスマホから警報が鳴り響く。

 

「始まったのね最悪の事態が…あれ? 樹海化警報じゃない?」

 

 

 

「ふん、まとめて来たって一緒よ。この完成型勇者が…あれ? 画面が落ちた?」

 

警報が途中で止まるなんて、もしかしてバグか何か?

 

 

 

「東郷さん、今、鳴ってたよね?」

「ええ、でも、警報の種類が違ってたみたい」

「うん、でもすぐに消えちゃった……」

 

私達の画面には一瞬だけ表示されていた

 

 

――特別警戒警報――

 

 

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