天の神。
西暦の時代にすべての戦いを始めて、そして最後にはミノさんを。
「わっしー、結城さん。私は彼女と戦うよ。勝手な都合で生かされたくないからね。でも、2人は2人の考えがあると思う。だから」
「わ、私も一緒に、戦うわ。えっと、乃木さん」
「そうだよ、あの人が始めたなら、止めることだってできるかも!」
わっしー……。分かっていた。本当は分かっていたけれど、それでも直接会えたら、と思わなかった日は無い。
「ありがとう。東郷さん、結城さん」
本当はダメだって分かってる。でも、やっぱり嬉しい。
あの子はもういないけど、まだ、わっしーとはこうして再会できたんだ。例え一刻のことだとしても。
「東郷さん、援護お願い」
結城さんが飛び出すと、それを迎えるようにさっきの眼鏡の子が私達の前に立ちふさがる。
あれだけバラバラにしたのに何とも思っていないってことは、きっと痛みとか恐怖とかも特別な対策があるんだろう。
「させないよ、友奈って、え? 神様?」
けれど、彼女はそこから動けない。何より天の神が自分から結城さんの攻撃を受けにいっている。
それは、収まるべきところに収まるように神の右頬を捉えている。
「"久しぶり"に受けてみたけど、やっぱり友奈の拳は効くね。うん、やっぱりこれだ」
わざと攻撃を受けた。まるで嬉しそうにしている。神樹様と違ってすごく人間らしい仕草だ。まるでずっとそうしたかったかのような。
「ええっと、当たった?」
攻撃した結城さんも不思議そうに自分の手を見つめている。何だろう? おかしなところでもあったんだろうか?
(人間の敵が人間を理解して、人類の味方をして下さる神樹様が私達を理解できない)
何だかすごく淋しい。
「ちょっと、ちょっと、神様何してるの?」
「何って、友奈の手を久しぶりに感じてみたかったんだけど?」
そう答えながら首をかしげる天の神の正面に無数の銃弾が弾ける。
「友奈ちゃんから離れなさい」
わっしーの銃撃は天の神に当たっているのに、さっき結城さんの拳を受けた時と違って、何も起こらない。そう、衝突した音さえも。
これは、もしかして……
「みんな、いくよ」
光と刃と精霊たちを引き連れて天の神に迫る。そう、確かに天の神に届いた。
けれど、いつまで経っても何にも触れられない。
(やっぱり、これは)
長く留まることは良くないかもしれない。
考えるのと同時に私はさっきまでと同じ場所に戻っていた。
「え? どうして?」
前にいたはずの私が隣に現れてわっしーが驚いている。
その間にも天の神は結城さんに撃たれるがままに任せている。
何度かさっきの子とバーテックスが割って入ろうとしているけれど、そのたびに天の神自身が撃たれに行くから、上手くいっていないみたいだ。
「そうそう、これだよ。これ。って、これじゃあ、私が友奈にぶたれたいだけの変態さんみたいじゃない」
「えええー」
慌てて結城さんが飛びのいて私達の近くまで戻ってくる。
「何を考えてるの神様? 事実自分から攻撃を受けに行っているようにしか見えないじゃない」
まさかホントにそんな特殊なの?
「いやあ、さすがにそうじゃないけどさ。久しぶり過ぎて感動して、つい。あと、そろそろ皆も私のこと、ちゃんと名前で呼んでくれないかな?」
みんなと言っているけれど、その視線は結城さんがいたあたりを見ている。
何だろう? すごく変な感じだ。敵が名前を呼んで欲しがるなんて。それにさっきから久しぶりと言っているのも気のなる。
「ねえ、結城さん、天の神に見覚えはある?」
「え? ううん、たぶん会ったことは無いと思うけど…」
質問しながら見ないように天の神の様子を窺う。
こちらの話を聞いても特に何も感じていないように見える。そう、何も感じていないように見えるようにしている、そんな小さな変化だ。
(やっぱり、でも、天の神だけじゃない。私も結城さんには何か既視感を感じている。一体何があるの?)
何なんだ? 一体。
神様が友奈にご執心なのは知っていたけど、ここまであからさまだったなんて。
天の神が浮足立っている。性格もいつもと違う?
「そうは言うけどね。これまでは鏡とかタタリとか経由だったんだし、私にとっては、ほんっとぉおおに、ようやくなんだよ!?」
真顔で抑揚をつけ、拳を握りしめ、唾を飛ばしながら、訳の分からないことを力説している。
いや、もうこれ神様を崇める人たちの前で天啓を与えた時より力が入ってる。
その間にも銃だの刃だのが飛んできているけれど、鏡の御神体を使わないとこちらから神様には干渉できない。
それは神様から力をもらっている私達でさえも。
(きっと神様には神様の力以外にも秘密がある。それさえ分かれば、きっと私は……)
「でも、このままだと友奈は近づいてくれないね。隠し事で威張ってるのもあの子たちに合わせる顔がない」
神様が私に背を向けて友奈と東郷。そしてかつての勇者であり、今や半神とも言える存在になった乃木さんに向き合う。
「もう気づいていると思うけれど、キミ達の攻撃は直接ボク達に届いていない。効果がないとか防御とかじゃなくて、届いていない。何故なら特別な経路が無ければ、7次元時空以上を飛び越えないとボクには届かない。ずれているんだよ。キミたちと私はだいぶ前にね。まだ300年前なら届いたのかもね」
何故だろう? それは神と人との断絶で、私が、私と十華が欲しかった"誰もが羨むような特別な力"だったはずなのに、神様はどこか残念そう。
ひと時の空白とともに東郷が銃を構えたままだ。やっぱり美人は何やっても絵になるな。
「それを信じろと?」
それはそうだ。だけど。
「信じろとは言わない。理解しろとも言わない。ただ自分たちの目で見ればいい。ただ、何があっても自分たちが見て。最初から何も知らずに決めつけることだけはしないでくれれば、それで良いよ。でも、その前に」
そう言って神様は何か外すような仕草をする。
けれど、その変化は劇的だった。
「わわ、何これ。体が重たい?」
「くっ、これは、まるで海の底」
「さっきと同じ。でも、まだ強くなってる。この力はたぶん…」
園子が何かを予想しているみたいだけど、たぶん間違ってるんじゃないかな。神様は何もしていない。ただ自分にかけていた慣性質量中和を解除しただけ。
ただし、神様が発生させている質量は星どころかこの宇宙全部を合わせたよりも大きい。そんな大質量が動けば、それだけで世界ごとぺちゃんこに押しつぶされるに決まっている。
それなのに3人ともまだ生きている。
(
友奈も東郷も膝をついて地面から起き上がれない。園子はもう宙に浮けない。
ま、こんなものだよね。人間だろうと勇者だろうと、例え神樹様だって、もっと大きな力が相手だとどうしようもないことがある。
「まだ、まだだよ。あなたが本当に神様でも、私達の世界を壊させたりなんてしない」
友奈。いえ、友奈だけじゃない。3人とも少しも諦める様子がない。やっぱり勇者となれる人間は違うってことだろうか?
「違う。そんなんじゃない。ボクは天の神だけど…ボクは、私の名前は」
何かに迷うように、それでも何かを求めるように、天の神はあらぬ方向をただ一途に見つめ続ける。そこに何もなくても。
瞬間、まるで夜明けが訪れたかのようにその時が来る。
今の私は存在そのものが重くなりすぎて、いるだけで星どころか原子間の結合さえも引きちぎられてしまう。
今までは慣性質量の中和で抑えていたけど、それを解除すれば当然こうなってしまう。
けれど、それと引き換えに空間や時間の歪みは無くなったから、もう、直に攻撃が届く。
そして……
「ふ、うふふふ。見える。見えるよ。ボクにも友奈が見えるぞ。ああ、確かに、これは私が見せたかったのも分かる」
ひとめあなたにあいたかった。
例え、敵だと言われたって良かった。もうお前なんか友達じゃないって言われても構わなかった。
ただ、ただ、ただ、会いたかった。
「神様…涙が…」
ああ、そうだよ。
友奈が立ち上がる。とうとう、立ち上がる。友奈因子も天神地祇も関係ない。
友奈が立てるのはこれが特別なんかじゃない。私がいつか人がたどり着けた技術の果てだからだ。
友奈は、いいえ、"結城さん"だけは、私を人間として認識できる。
"結城さん"が私を見ている。
ボクが友奈を見つめている。
これは
絵本を燃やすのはいつでも大人達の責任なのだから。
何故なら…
「私は結城友奈。誕生日は神世紀287年3月21日。牡羊座。好きなものはうどん。趣味は押し花。あなたは誰?」
「ボクは松永沙耶。誕生日は神世紀287年3月21日。牡羊座。好きなものはうどん。特技は絵本作り。将来の夢は宇宙飛行士」
これは、初めから綴られていた物語なのだから。
「友奈ちゃん、しっかりして。くぅ、こんな時に…」
「今度こそ、終わらせる。この先なんか無くたって」
誰かの声が聞こえる。それでも良い。
「神様、いったい。それに誕生日って…、将来の夢って…」
ああ、そうか那由多がいたんだ。まあ、いっか。
「そのままの意味だよ。私は絵本を作るのが得意で、将来は宇宙飛行士になりたかったんだ。もっとも、宇宙船いっぱい作っちゃったから、新しい夢を探さなくちゃいけないんだけどね」
「そうじゃ、そうじゃなくて、それじゃあ、貴女は神様は」
金魚のように口をパクパクさせながら、那由多の目が泳いでいる。
どうしたんだろうか? 呼吸なんて彼女にとっても意識的に行ってる真似だけで、意味なんてなくなっているのに。
「ううん、間違いなく私だよ。この宇宙を作り出す条件を設定し、要らない世界を枝打ちして、時間を起こして再現する。すべて私だよ。だから、ずっとずっと昔に夢見た。回帰定理通り。何度でも私が再生し続けて、本当にビデオ再生のように、光あれ、って繰り返しね」
うまく伝わっただろうか?
「だから、貴女はもう自由。私の願いは叶う。待ち続けていた絵本のおしまいはようやく。ねぇ、そうでしょう。"結城さん"」
赤い髪。薄い花びらのようなピンクの髪飾り。記憶の中の友奈より少し背が伸びて見えるのは、懐かしさだけじゃない。
それでも、今度こそ、本当に、現実として、目の前に友奈がいる。
グレイグーから受け取ったデータも完全に同じ。
少しだけ目を閉じる。ボクはあの日から続いてきた。この世が無くなろうと、あの世が無くなろうと、すべてが闇だろうと。
今回上手くいったのは歌野に直接接触したことが大きい。
今までは友奈だけを見て失敗していた。友奈を見たければ友奈を続けてきたすべてを理解して観測しなければならなかったんだ。
魂、遺伝子、細胞、原子としての性質。取り込まれていった生命。その一つ一つが辿ってきた歴史。
そう、すべてはつながっていた。ただ、友奈は他の人と違って友奈因子という要素が分かりにくくて再現に時間がかかっただけだ。
「貴方は、誰? どうして、あの子と同じことを言うの?」
友奈の瞳にボクが映っている。本当に私はあの姿になっているんだ。なってしまったんだ。
いっぱい話したいことはあるけれど、今はこれで十分。
「今は何も言えない。けれど、今のままでは動けないでしょう」
潰れていないのは神樹の加護と身体強化のおかげだ。けれど乃木さんはそろそろベッドに戻らないと、後が辛いだろう。
「何を勝手な、そもそもお前たちが攻めてきたんでしょう」
東郷さんが銃をハンドガンに変えて持ち上げようと試している。
でも、私がやったのは慣性質量を元に戻して、天の神としての権能を停止しただけだ。重力のベクトル化までは解いていない。
だから3人とも立つこともできない。
(満開すれば跳べるかもしれないけれど、任意で使えるものでもないしね。今はこれで十分)
東郷さんが再び銃を向ける。ただし上に向けて。
「軽く…なった?」
発砲しなかったのは素直にすごいと思う。いきなり慣性質量をもう一度中和したから、さっきまでと重力値が変わったのに良い反射神経。
「那由多が言っていた通り、ボクが戦いを続ける意味はもうない。目的も達成できたからね。それでも、というならもちろん相手にとって不足はないよ。私はただ友奈と戦っていられるだけでも幸せだからね」
でも、もう友奈の姿は見えない。たった1つの代価。
その唯一の代償のために唯一神が無限の時を彷徨い続けるなんて、
不可能が無いからと言って、思い通り生きられるわけではないんだろう。
1つできるようになれば、2つできるようになりたい願い、3つできないと悔しくて泣くんだろう。
今も昔もこれからも、永遠に。
「だったら、やっぱり私も戦うよ。私はあなたを知っている。覚えていないけど知っている。あなたと戦わなくちゃいけない」
「そう、そう、そうだよ。そのとおりだよ。"結城さん"。ボクこそが元凶にして、すべての因果の出発点。今こそキミの本当の呪いを絶とう!」
それはきっと私には選べない。ボクにしかできないこと。
無数の焔が夕立のように降り注ぐ。
「はあああ」
友奈の拳がいくつかを迎撃して、東郷さんの散弾がすり抜けた火の雨を砕く。
何故か乃木さんはじっと見つめたままだ。
バリアがあるから、という訳ではなさそうだけど、さっきまでの怒りがウソのように何も言わない。
再び結城さんのストレートが私を捉える。今度はちゃんと左頬に当たる。
違いは私もアッパーカットを繰り出して、結城さんが腕をクロスさせながら防いだことだ。
けれど結城さんは動きを止めたせいで、続けて来た"上からの"踵落としを避けられずに墜落していく。
空間を捻じれさせれば近接戦でも手と足が同時に出せたりする。
たぶん、マントル層を突き抜けてるから、後で補修しないと地球が爆散してしまう。
「散じて、今一度と、また集う。友奈の戦闘スタイルは一点集中過ぎるっておじさんにも言われてたのに直ってないな。とりあえず友奈はしばらく出てこれないかもしれないから、こっちも砲撃戦かな」
もう一度焔を作り出して、今度は友奈と東郷さんではなく、乃木さんの方に向けてみる。
着弾した衝撃で溶岩になった岩が石礫になって飛び散る。
避けるのは避けているけれど、あまり動いていない。やっぱり積極的に動くつもりはないみたいだ。
どうしたんだろうか?
首を傾げながら東郷さんが返してきたビーム上の攻撃を受け止める。
あれ? 足元が揺れてる?
「勇者ーキィーック」
まさかの下からの攻撃。溶岩とともに噴き上がった友奈の足を腕をクロスして受け止める。
けれど、掴もうと伸ばした先に友奈の足は既に見えない。
続けて横合いからの衝撃を受けてしまって、距離が離れる。
「おっと、まさか溶岩の中を泳いでくるとは思わなかった。私はかなづちになっちゃったからそこは見落とだねぇ」
友奈は変わっていく。変わり続けていく。それでも、その本質は変わらないように捻じ曲げられたままだ。
すべては人類の存続という大きすぎる目的を前にして、その原因たる私を理解しないまま進み続けてきたために。
まるで結城さんの動きを読んでいるかのように飛んできた東郷さんの銃撃を無視して再び衝突する。
結城さんの拳を捌きながら、薙ぐように両の腕で十字を切り同時に届くように時間を歪めたチョップを繰り出す。
もう一度腕を引きお互いの拳がぶつかる。
視界の片隅に銀色に輝くその攻撃が映る。けれど、光るなら友奈の攻撃じゃないから無視してしまえ。
今、私はようやく友奈を感じることができるのだ。
他の何かなんて――
そう、他の何かなんて関係ないはずなのに、ボクはその槍の穂先は私のソレに届いた。
「は?」
穂先は私の深くに突き刺さる。前に刺された傷。人間の時に刺されたから今も続く痛みの源泉。
「どうして知っていたの?」
穂先を掴んで無造作に傷跡から抜き取ると、乃木さんを東郷さんの射線に入るように投げ捨てる。
「知っていたんじゃないよ。わっしーと結城さんが戦っている時、貴方は絶対にその部分だけは見えないようにしていた。他の攻撃は気にも留めてなかったのに」
空中で体勢を取り直した乃木さんがいくつかの刃を打ち込むけれど、どれも防ぐ必要はない。
ただ、そっちに意識を向けた隙にに襟首をつかまれて引き倒されてしまった。
「おっと、絞め技はあんまり有効にならないよ」
そう言いながら、私も友奈の襟首を掴もうと2人でダンスのように立ち位置をクルクルと変えながら、お互いを掴もうと動き回る。
寝技を含めて接近戦は友奈の方が対戦成績上だからな。
「動きが鈍いよ。試合では3対7くらいで友奈の方が勝っていたでしょ」
「どうして私は貴方を知っているの」
「だって、みんなに
お互いに吐息がかかるくらいの距……
「もぐ!?」
口の中に目掛けて大量の鉛玉が放り込まれる。
「友奈ちゃん、離れて。そいつは危険よ」
「うん、ありがとう。東郷さん」
散弾銃で100m狙撃を全弾命中させるとは、友奈のことになると東郷さんの能力が飛躍しているような気がする。
入れ替わるように乃木さんの刃が友奈の前にバリケードのように立ちふさがる。
「即席の連携と言うのは失礼だね? 東郷さんが中間に位置すれば勝手知ったる何とか状態になってるし」
結城さんと乃木さんの連携が拙いなら、東郷さんが2人の間にワンクッション置くように動けば、2人とも動きやすそうだ。
ただ、東郷さんはそんな戦いやすさに少し戸惑っているように見えるけれど。
「さて、ではもう一度……と、言いたいところだけど、樹海の方が終わっちゃったみたいだね。私ももう十分だ。これ以上はワガママみたいだし、これで一度お開きにしよう」
私の総身に赤い紋が浮かび上がり、久しぶりに素粒子変換を起動する。
「すべては貴方達が夢見た唯一無二の世界を始めるために、私は他のすべてを諦める」
「きゃああ」
「え? 東郷さん!」
「わっしー!」
まずは東郷さんを掴んで結界の中に放り込む。
光よりも早く、時を置き去りにして、ブラックホールさえ振り切る。
最速の理。インフラトロン。
勇者たちがどれだけ頑張って戦っても悲劇を回避することはできない。
だって、私達
だから、彼女たちは忘れているけれど、待ち望んだ世界も重ねて統合してしまえばいい。
けれど、放られたはずの東郷さんは縫い留められたまま。
強制時間停止。クローノンの相互作用を止めて時間を孤独にする。
「ごめんね。乃木さん。貴方も思うところはあるあろうけれど、やっぱり私は友奈に会いたかったんだ。それもあと少し。私が消えるまでに時間があればいくらでも聞くよ」
そのまま、乃木さんも地上に向ける。
それから、もう一人。
「那由多。貴方もここは私達に譲ってね。バーテックス達もみんなお帰り」
潮が引くようにバーテックス達が天に還り、那由多もまた天の席に戻しておく。
あとで不満そうにするんだろうけれど、そう思ったから2年間友奈とずっと同じクラスにしてあげたのだから、今日くらいは譲ってほしい。
時間が溶ける。同時に炎の結界を少しだけ解いてしまう。
「え? え? 東郷さんは? それにここは?」
「大丈夫だよ。東郷さんも乃木さんも大橋に戻ってもらっただけだから、今は私達2人だけ」
友奈がぐるりと見回す。けれど、炎もバーテックスもない。いくつかの廃墟と溜まった雨水が流れているだけ。
「ようこそ、西暦の世界へ。やっぱり場所はココがふさわしい」
ボロボロになって焼け落ちた社。
かつて高嶋友奈が天の逆手を見出した場所だ。
「もし、ボクの結界を解除できれば、この通りキミたち人類は壁の外に出られる。だけど、そのためにはボクを倒さなくてはならない。そして、ボクを倒すということは、きっと今のままの世界ではいられない。それでも…」
「それでも、私は貴方と戦う。壁の外のことは分からないけれど、みんなが生きるためには絶対に世界は壊させない」
もう一度友奈が拳を握る。友奈の体力も精神力もそろそろ限界が近い。
気づいていないかもしれないけれど、既に勇者の姿は解除されている。
それでも、友奈はやっぱり立ち向かって来た。
「分かった。では、やっぱりこうしないとね」
友奈の全身に光が満ちる。
「これ、貴方の……」
「そう、私の力。絶対に世界を守りたいというなら、
歌野の時は力の差を埋める方法が理解できていなかった。今度は間違えない。
「そっか、貴方は一緒になりたかったんだ」
友奈が何を思ったか分からない。
みんなのことも友奈のことも分からないまま、ここまで来た。
永遠に分かり合えない。無限に続く平行線。果てしない試行錯誤。
この宇宙の環境ではあらゆる有機生命体の活動には限界がある。それは死と断絶の連鎖。
不完全なエラーを吐き出したら、最後には何も残せない。それでもきっと貴方達にとっては違う景色が見えている。
完全となったはずのボクを今日まで導いてきた
「ずっと
「そうだよ、私には大切な人たちがいる。だからこの手にすべての思いを込める」
2人の姿が輝く。そう見えているだけで実際に始まっているのは相転移現象だ。このまま進めばお互いに真空崩壊にまで到達する。
宇宙すべてを焼き尽くす焔。それでもなお足りない。あと一歩。
友奈だって友達とケンカする、というエピソードを夏凜に渡すためだけの
神樹様が私に与えた役割に準じていれば、本当にみんなと友達となれたかもしれない。
東郷さんを紹介してもらって、ちょっとすねたり、そんな世界もあったかもしれない。
結城さんのことを本当に友奈と呼んで、そんな変化に気づいてもらえたかもしれない。
けれど…
すべての可能性は絶たれて、希望と夢は散って、今はただお互いに拳を向けている。
思い出は発生していない。2度と出会いは起きない。何故ならそれは結城友奈が勇者であるために、それほど必要ではなくなったから。
だからこそ貴方は私を知らない世界で生きていくの。初めから無かったこととして。
渾沌があふれることはもうない。
他の誰でもない私がそう決めるの。その世界を望まない。
――誰かが間違ってると言った気がした。――
「これで本当に対等。いくよ!」
「ゆぅうしゃぁあ、パーンチ!」
光が消え、闇が去り、お互いの姿だけが見える。
零点エネルギーを降った先。
ただ、世界は白に消えていく。
でも、今、目の前にいるのは…
――どう見ても、友奈にしか見えなかった。――