松永沙耶は神である   作:スナックザップ

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Rural happiness

「夏休みになりました。」

 

車椅子のグリップを握る手がじんわりと熱が伝わる。

 

「私達が人類の敵、天の神とその部下のバーテックスをすべて倒したご褒美として、大赦はなんと!」

 

キュルキュルと車輪の音が小気味よく回る。

 

「合宿先を用意してくれたのです! やったー!」

 

いつもと少し違うけれど、いつも通りの日常の続き。

 

「そんなわけで私達は今、太陽がいっぱいの海にいます。」

 

砂浜に照り返す太陽が気持ちいい。今日は絶好の海水浴日和。

 

「友奈ちゃん、誰に言っているの?」

「誰って……もちろん……。」

 

――私、私、私に説明してくれてるんだよね。友奈――

 

(ん? あれ?)

 

今、誰かに……

 

振り返っても海水浴のお客さんがいる。誰かが振り向いている様子もない。

手にはやっぱり車椅子の感触。

 

「友奈ちゃん?」

「ああ、ごめんごめん。食事も大赦が用意してくれるんだよね。良いのかな?

こんなに至れり尽くせりで。」

「病院で寝ていた分くらいは遊んでいても良いんじゃないかしら?」

「そうだよねー! 」

 

うん、きっと大赦の人たちも、大きな仕事が終わったから、奮発してくれてるんだ。

 

「進行方向に人影なし。スピード上げるよー。」

「きゃ、友奈ちゃんたら、うふふ。」

 

後から、夏凜ちゃんもやってきて風先輩と何か話している。

もしかして、移動中に話していた水泳の競争かな?

 

樹ちゃんもパラソルから出てきたけど、砂が熱すぎてすぐに海水に浸かっていた。

 

「夏凜ちゃん、泳ぐの?」

「優れた戦士は水の上でも格の違いを見せてあげるわ。」

「うん、頑張って。」

「が、頑張るのは当然よ。って、風、なにしてるの?」

 

風先輩は辺りを見回して、様子をうかがっている。

 

「いや、あんまり女子力を振りまいてナンパとかされないかと…。」

「何言ってんだか、だいたい…。」

「隙あり!」

「って、わぁあ、ひ、卑怯よ。待ちなさい!」

 

どうやら、先行は風先輩みたいだ。でも、2人とも早い。

あっという間に砂粒のようにしか見えなくなった。

 

「よーし、こっちも行こう! すみませーん。」

 

介助をしてくれるお姉さんにお願いして、海水浴仕様の東郷さんと、

少し体が解れた樹ちゃんと一緒に海に潜る。

 

深い深い海の底。

 

いろとりどりの海藻がゆらゆらと揺れている。

 

("みて、友奈ちゃん、これ押し花に仕えるんじゃないかな?")

 

とう、ごう、さん?

 

海の中で聞こえないはずの東郷さんの声が聞こえた気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(あ、違うよ。もう少しだけボク達を多く持って行って。そうそう、そんな感じ)

 

棒の周りの砂たちをゆっくりと掬い取る。

 

「ぬあぁ~! そんなにいっぱい!?」

 

夏凜ちゃんの悲鳴に近い驚きが響く。

 

「ぬふふふっ。」

 

よし、会心の出来。

 

「友奈ちゃんの棒倒しは、子供たちとの砂遊びで鍛えられてるから。」

「そういうあんたは、どこでこのスキルを鍛えられたの?」

「まあ、いろいろと…。」

 

完成間近の東郷さん砂のお城を見ながら、風先輩が首を傾げている。

 

「砂がね、どれくらいまで取って大丈夫か、語りかけてくるんだよ。」

「うそこけ!ちょっと黙ってなさい、集中するから。」

 

ほんとなんだけどな。あ、夏凜ちゃん、そこは…。

 

砂の山が崩れてそそり立っていた棒が倒れる。

夏凜ちゃんの爪の一枚分だけ砂の山に踏み込みが強すぎたみたい。

 

「ああ~」

「よっしゃー!」

 

拳をぐっと握って小さなガッツポーズ。

 

「も、もう一回よ。友奈」

「かかってきんしゃい」

 

何回だってやるよ。夏凜ちゃんも楽しんでくれるしね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「楽しい時間はあっという間だー。私、お腹すいたよー。」

「友奈は夏凜でもかじって、我慢しなさい」

「はーい、はぐっ!」

「いや、ホントに齧るんかい。」

 

あらら、ホントに夏凜の左腕に口つけてる。

 

 

 

そんなことを話している間に、旅館まで戻ってきた。

 

戻ってきたのだが……

 

「うっわー、すっごい、御馳走」

 

友奈はいつもオーバーリアクションをくれるけど、今回はオーバーではなく、

本当に豪華だ。

 

「大赦からお役目を果たしたご褒美ってことじゃない? 」

「つまり……全部食べちゃっていい、と? ゴクリ」

 

い、いかん。アタシの胃袋もそろそろ限界に近い。

 

(でも、友奈さんが…。)

 

樹がすらすらと書いたスケッチブック。”何故か”友奈は味覚がない。

 

あれ? なんで? "今回は友奈は満開してないんじゃなかったっけ?"

 

「おお! このお刺身のつるつるとした喉越し。イカのコリコリとした歯応えもたまりません!」

「もう、友奈ちゃん。いただきます、が先でしょう?」

「あははっ、そうでした。」

 

2人の表情にウソはなし。そうよね。お医者様も治るって言ってたんだし、

今回だけよね。

 

「…友奈には敵わないわね。いろいろと。よーし、

いつか、こういうのを自分で食べられるようにならないとね。

自分で稼ぐなり、いい男を捕まえるなりで。」

(女子力!)

「そう、女子力よ。そうと決まれば……みんな、改めてよくやってくれた。

食事も目一杯楽しみましょう!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「女5人そろって旅の夜にする話と言えば……。」

「言えば、何よ。辛かった修行の日々?」

「違わい! 恋の話よ」

(恋バナです!)

 

お、おお、ろくでもない話なのに、姉妹でシンクロしてるわね。

ま、私には関係ないけど。

 

「えーと、それじゃ、誰か恋をしている人は……」

 

友奈の振りに誰も答えない。ほら、見なさい。

 

「ま、まあ、みんな勇者とかで忙しかったし……。」

 

いや、それ今年からよ? その前はどうなのよ。

 

「そういう風は何かあるの?」

 

とりあえず、早く済ませよう。もう、だいぶ眠くなってきた。

 

「そうね、あれはアタシがチア部の助っ人をした時、

そのチア姿を見てデートしないかとか言われたもんよ! もんよー、もんよ。」

「な、なるほど。あれ? アンタ達落ち着いているわね?」

 

(この話、10回目っス)

 

樹の言葉ですべての疑問は溶けてしまった。

 

「他に浮いた話がないのね。」

 

感心して損した気分。

 

「なによ、あるだけいいでしょ。ああ、この話は終わり。

友奈、なにかきわどい話を。」

「ええ!、無茶振りを、ええっと……!」

「はい、きわどいのなら任せてください!」

「いや、東郷のは別の意味だから」

 

もう、こいつら、ホントに……騒がしくて……

 

 

 

 

 

 

あの日もこんな日だった。

 

空の快晴とは裏腹に地上は悲鳴と怒号が渦巻き、

限られた生命への優先座席を奪いあうように人々が群がる。

 

「いやぁぁぁ! あの人が……」

「よせ、もう彼は無理だ。おい、船を早く出せ! これ以上は無理だ。」

 

私を抱く母の口から絹を引き裂くような悲鳴が迸る。

私の目にはうっすらと幕が下りたようにぼんやりとしている。

まだ開幕に至っていない。

 

いや、違う。私にこんな記憶はない。だいたいなんで私、赤ん坊になってるのよ。

 

きっと、夢ね。

 

ただ、それにしてはリアルだし、あそこのバーテックスなんて最初に私が倒したヤツじゃない。

 

「うう、こんな事なら近道だからってお墓の傍なんて通らなければ……」

 

そのまま、母は気を失ってしまった。

 

「くそ、このままじゃ、追い付かれる。おい、いらない物は全部降ろせ!」

「さっきからやってます!」

 

ああ、もう、あのくらいのバーテックスなんて私が殲滅してやるのに、どうして動けないの?

 

耳障りな泣き叫ぶ声、自分の口から続く音。

 

――ごめんなさい。これはわたしの記憶。はるか300年前の、終わった出来事――

 

――おいおい、アタシもこんな話は苦手だぞ。これなら須美の怪談聞いてた方が良かった――

 

誰よ。まったく。どいつもこいつも、さっきから。

 

「ああ、もう、うるさい!」

 

体力が尽きたのか静まった赤ん坊を誰かが抱えて……

 

冷たい水の感触とともに私の意識も沈んでいった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あれ? ふわぁぁ」

 

うっすらと日と月が入り混じった光が差し込んでいる。

 

窓辺に浮かんでいるのは東郷さんの影。

まるで美術の教科書みたいにぴったりと決まっていて、

自分が声をかけたら壊れちゃうんじゃないかと思ってしまう。

 

その姿をちゃんと見る。大丈夫、東郷さんはそこにいる。消えたりしない。

 

「東郷さん、おはよう」

「おはよう、友奈ちゃん」

 

ほら、やっぱり。

 

「肌身離さずだね。リボン。」

 

東郷さんが視線を落とした先にてのひらに巻かれたリボン。

 

「私が事故で記憶を失くした時から、ずっと……」

 

――これは、野暮だよね。私はちょっと失礼するよ。またね、結城さん――

 

一瞬だけ、東郷さん以外にも誰かがいた気がする。

 

「誰のものかも分からないけど、とても大切なもの…そんな気がして。」

 

まただ、また東郷さんがどこかに行っちゃうような不思議な感じ。

 

「海を、見ていたの? 起こしてくれても良かったのに。」

 

もう一度東郷さんが海に視線を戻す。

 

「……考え事をしていたの。バーテックスって、12星座がモチーフなんだよね?」

「そう聞いたね。」

 

「でも星座って、他にもいっぱいあるでしょ?」

 

確か……

 

「ああ~、夏の大三角形座とかね。」

「そんな星座はないよ。」

「えへへへっ。」

 

あれ? 違ったっけ?

ああ、そっか、これは昔誰かが何度も教えてくれたアステリズムの話。

 

「ねえ、戦いは本当に終わったの?」

 

東郷さんの声を背に受け、私はポーチを取り出す。

いつもみたいに東郷さんのリボンを受け取ってブラッシング。

大丈夫、いつも東郷さんの手触り。

 

「うーん、今、考えても仕方ないんじゃないかな。天の神も

今は大赦の中に捕まって、大人しくしているみたいだし。

きっと神樹様が守ってくださるよ。」

「神樹様……」

 

東郷さんの表情は見えない。

 

「そういえば、バーテックスって、なんで、いつも私たちのところに

出てきたのかな? 太平洋側から来たら危なかったよね。」

 

ちょっと不思議。

 

「それは、神樹様がわざと結界に弱い所を作って、敵を通しているから。」

「東郷さん物知り~。」

「神樹様は恵みの源でもあるから、防御に全て力を使うと、

私たちが生活できなくなるの。」

 

ん? 前にも同じことあったような……。

 

「あれ? どこかでそれ習ってなかった?」

「アプリに書いてあったよ。」

 

ああ、なるほど。

 

「ん…、んんっ。」

「忘れっぽいんだから。」

 

あはは、失敗、失敗。

 

「ふふ~。でも安心かも。」

「どうして?」

 

疑問も解決できたし、よーし、今日は少し挑戦してみよう。

 

「神樹様に、はっきり意志があるってことだもん。

私たちのことだって、なんとかしてくださるよ。

東郷さんが昨日言ってたとおり、病院で寝てた分は遊ばないと。」

「そうよね。一人になると、ついいろいろ悪い方に考えちゃって。

みんなといると、そんなことも忘れられるんだけど。それにあの子のことも……。」

 

東郷さん、まだちょっと心配なのかな。

 

「勇者部五箇条、"悩んだら相談だよ"。」

 

ん? あれ? なんか違う気がする。五箇条は合ってるけど、

"今日はこれじゃなかったっけ?"

 

「でも、こんなこと相談されても、困るでしょう?」

 

ふふ、東郷さんってば、遠慮なんかしなくてもいいのに。

 

「そうでもないよ~。一人になるとつい暗いこと考えちゃうなら、

今日はも~っと東郷さんにひっついてよっと。」

「ありがとう、友奈ちゃん。」

 

よかった。やっと笑ってくれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「海行きたい、山いきたい、あーそーびーに、いーきーたーい!」

 

薄暗い神殿のような病室に私の声が響く。

外には大赦の神官さん達が控えているはずなのに、何の反応もない。

 

人をこんなところに監禁して、もう1ヵ月以上経つんですけど?

 

ネットもつながらないからスマホも役に立たない。

そもそも充電もできないから、画面は闇の中だ。

 

やる事と言ったら、ひたすら勉強か読書だけ。

私はどちらかと言えばアウトドア派閥なのに。

 

外では死亡扱いとかになってないよね? 戸籍なしとか嫌だよ。

 

「そうだねぇ~。ねぇ、ダメ?」

「申し訳ありません。園子様。お二人の現状では外にお連れすることは叶いません。代りにはなりませんが、息抜き勇者様達の動画でも…。」

「でも、晴信さん、夏凜ちゃんの動画しか持ってないじゃないですか。

さすがに300回も見たら内容覚えちゃいますよ。」

 

このままだと幼女鑑賞会りたーんず、というヤバさしか感じない

集まりになりそうだったのですかさず止める。

 

ヤバいのは刺激が少ないためなのか、園子さんは意外とこの鑑賞会を楽しんでいる節がある。

酷いときには怪しげなメモ帳に何か書き込んでる。

 

と言うか、筆が持てないからって私に口述筆記で代筆させるのはやめて欲しい。

 

変な性癖を植えつけられるくらいなら、大人しく本でも見ていたほうがましだ。

異性知性体愛好原理主義者過激派の看板を降ろした覚えはない。

 

「仕方がありません。では、予定通り沙耶さんの補講を行うとしましょうか。」

「はいはい、そうしてください。」

「私も私も~、手伝うんよ。」

「園子様は既に復学に十分な学力をお持ちでは?」

「いいから、いいから、はい、晴信先生質問で~す。」

「はい、何でしょうか?」

「先生が"にぼっしー"のことを気にするようになったのは、

いつ……、くら、い……。」

 

まるで花が萎れるように園子さんの声が途絶えていく。

 

「ね、ねぇ、そ、"にぼっしー"って、あだ名、どうして"風さんは三好さんに"、

つけた…の…かな…。」

 

空気を読まないように話を切り出したけど、自分の声も空を切っただけだった。

 

私は何を言っている?

 

にぼっしーなんて、あだ名がどうして風さんが三好さんにつけたって思うんだ?

 

3人ともが何も言わない。

 

何か、何か言わないと。でないと、本当に、いや、本当にってなんだ?

本当もウソももない。

私はただの女の子で、本当だったらここにいるのも場違いなはずなのに、

なんでこんなにすぐに慣れちゃったんだ?

 

大赦なんていう国家機関に突然連れてこられたのに、

怖いと思ったことは一度もない。

 

「ち、違う。わ、私は本当に……ただの……。」

 

カラン、とシャーペンが床に落ちる。

 

「落ち着いて、沙耶さん。我々、大赦も貴方自身が意識して

ウソをついているわけではないと判断しています。

神樹様も貴方の真実はご存知です。」

 

晴信さんの声。とても落ち着く。

これでシスコンでなければ、本当に絵にかいたような理想の人生の先輩だっただろう。

 

良かった。私はまだ余分なことを考えられる。

OK、まだ大丈夫。大丈夫。きっと大丈夫。

 

けれど、私はそれを見てしまう。

 

本物の稲穂のように揺れる乃木さんの”金色”の髪。

 

その瞳に映るのは誰? 日本人である私に蒼が見える。

 

瞳の中の私が振り返る先にあるのは、蒼か黒か?

 

まるで、熱に浮かされたような、ふわふわとした感覚のまま、

ゆっくりと私は"正面から相対した"。

 

 

 

 

 

 

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