未明3時。
日は変われど日は昇らず。
昼夜逆転でなければ、骨折した左足のためにも眠りたいところだけど、彼らはそれを許容しない。
病室に入ってきた影は3人。
「こんばんは、お勤めご苦労様、今度は何? 毒殺、刺殺、圧殺、斬殺、轢死、焼死、窒息。もういい加減うんざりなんだけど? そんなので私を殺せるなら苦労しないでしょ。貴方達も私も。」
点滴に麻薬やら空気やらを混ぜてたみたいだけど、私がおめめぱっちりなので、ギョッとしている。
見えなくても分かる。
この数か月で何度暗殺されたことか。
多い時には1日2回も殺されそうになれば、いい加減に慣れてくる。
ただ、それは相手も同じで、動きを止めたのは1瞬で滑るように近づくと、あっというまに私の首を切り落とした。
「出るぞ」
「いやいや、ダメでしょ。ちゃんと死亡を確認しないと。」
そう言いながら地面に転がった自分の首を拾い上げる。
「あー、こりゃダメか。」
私の視界が潰されて消える。
元の首が残ってると再現されないから先に潰してしまったのだ。
これは再生とか修復とかじゃない。再現だ。
気づいたのは1月前。
彼ら―大赦の過激派とか強硬派―が、禁則地である壁外の炎の中へ私を突き落とした時だ。
炎で焼かれながら、突き落とされた地の底から壁をよじ登るのに実に1週間。
結局最後は灰になった後に、熱でできた上昇気流に乗って壁の中に戻ってきた。
ファンタジーのフェニックスとかもこんな感じで復活するんだろう。
そして、一番大きな灰が景色がぶれるように私の姿になった。燃え尽きたはずの制服と一緒に。
私だけが戻ったのなら、治療したとか修繕したとか行程があるはず。
でも、制服には間違ってつけてしまったシミの跡すらなかった。
つまり、これは治したんじゃなく新しく作ってるんだと気が付いた。
何度死んだって良い。絶対に死なないんだから。と言ったのは誰だったか?
(芽吹さん、勇者になるって、私と同じように死なないってことだよ。その時が訪れるまで決して。ねぇ、それってどんな気持ちなのかな。私はもう忘れてしまったよ。)
だって、忘れることで生きていくんだから、普通の人間だった記憶なんて覚えてなんていられない。きっと頭がおかしくなる。
いえ、もしかしたら、とっくにおかしくなってるかも。
「悪魔め……」
低くうめくように3人の誰かが呟く。
「違うよ。私はいずれ天の神となって貴方達人類を根絶やす者。そこ間違えないでよ。だいたい、さ、無駄だって判ったらもう良いでしょ。夜中に起こされて未だ眠いんだよ。」
「そうはいかぬ。お役目の遂行は世界の平穏のため、我らの命など惜しみない。」
言うが早いか、3人ともが喉を掻き切り自害する。
パチンと電源を入れると3人の顔が見えるようになる。
一人はこのゴールドタワーで私達とともにお役目にあたっていたはずの神官だった。
(ああ、今度は呪いか)
呪殺とはまた一番可能性が低そうなことを。
物理的に殺せないからそうなったんだろうけど、あたり前のように私の体は死に、鶏が7度鳴き声をあげるころには、死んですっきりした頭で目覚めていた。
寝不足も怪我もすでにない。
死ねば完全な状態でアイツが私を再生する。それこそ動画編集よりも簡単に為してしまう。
分かっているのに、人は諦めない。
この世界の未来は保障される。でないとアイツは結城さんに補償できないから、それはアイツの天の神自身の保証なのだから。
「おはよーございます。安芸せんせー。」
「おはようございます。侵入者の件は聞きました。ゴールドタワーの警備を強化します。」
ピンピンしている私を見ても安芸先生の声は平坦だった。
その胸の内までは分からないので触りに行こうとしたら、かわされた。
「何をしているのです。」
「何でもありません。欲望が暴走しました。」
「……今日から訓練に戻りなさい。」
声は相変わらずだけど、たぶん怒ってるんだろうな。
本当にやろうとしたわけじゃないのに。
完全に怒らせてしまったみたいなので、さっさと退散した。
私の部屋は昨日の呪詛と襲撃犯の遺体が残っている。
しばらくは戻れない。
今、いつも特殊清掃業者の人が対応してくれているけど、後1時間は欲しいと言ってた。
飲み物とお茶菓子くらいだそうかと聞いてみたけど、嫌がらせかと言われた。
なんでだろ?
今回は大赦に接収されたゴールドタワー内の出来事だから、警察の人は来なかった。
他の防人メンバーには虫が出たと言うことで説明されているらしい。
とりあえず朝ご飯にしよう。2日ほど点滴だけだったからお腹が空いている。
だから、私は強かったから朝からたっぷり焼肉定食。
もしも弱かったら、野菜炒め定食かな?
同じ船に乗っているメンバーに挨拶して、席に着く。
お肉おいしい。
周りがうへぇって顔してるけど、仕方ないじゃん。
火の通った玉ねぎ。元は赤みだったろうメインのお肉。
いやあ、幸せー。
幸せな時間はいつもあっという間に終わる。
そう言えば、私が気を失った後どうなったんだろう。
「ねぇねぇ、あの後どうなったの?」
「えっと、確か急に山伏さんが強くなって進化型を倒してくれたの。それで貴方も助かったんだよ。」
「おお、そうだったのか、じゃ、あとでお礼言っとかないと。」
「ううーん、でも、今は止めた方が良いかも。なんか山伏さん猫被ってたみたいだから。」
「猫?」
みんなに話を聞くと何だか険悪な雰囲気で、芽吹さんと山伏さんが訓練場に出ていったらしい。
集団行動を嫌う山伏さんに対して芽吹さんが物申したみたい。
その場にいたら、言い方アアァ、と平成の世風に叫んでいたかもしれない。
(芽吹さんてリーダーに向いてるんだろうか?)
リーダーの資質なんてことを言うつもりはないけど、特にカリスマって感じでもないし、言い方きついし、ちょい強引だし。
防人のみんなについては、取るに足らないってまともに記憶が共有されなかったんだよね。
それとも、そういう建前だけでごまかされたんだろうか?
訓練だから木刀なんだけど、まるで戦場で黒鉄がぶつかったような強化済み重低音が響いている。
(お、やってる、やって……)
まただ、このゾッとする感じ。
やっぱりどこかでアルが私を見ている。
どうなってるの? まさか神樹様の力ではアルを止められない?
確かにアルは単独で最強のバーテックス、レオ・スタークラスターさえ大きく超える火力を持ってる。
全宇宙の熱量に匹敵する力を持つ使徒。
でも、本当の神様である神樹様がそうそう押されることは無いと思いたい。
でも、2度も感じるってことは勘違いとも思えない。
でも、やっぱりこの気配はアルがいる。
芽吹さんと山伏さんをつばぜり合いを、意識の外に放り出し感性を研ぎ澄ます。
(やっぱり、アルの気配。でも、どこに、いえ、誰から……。)
意識の外に幽かに見つめる視線。
(ここにはいない。誰かを通して見ているだけ?)
緊張が雲散霧消する。気配だけ斬っても意味はない。
「気合入ってるじゃねぇか! そこまでして戦う理由はあるのか。」
「私は――」
視界が開け、芽吹さんの模擬刀が何度も山伏さんに受け止められる。
膂力は山伏さんの方が少し上みたいだ。
「私は勇者になるんだ! 大赦に! 神樹様に! 私の実力を認めさせる。だから防人のお役目なんかで立ち止まれない。あなたが邪魔をするなら力づくでも従ってもらうわ!」
「勇者、ねぇ。」
急に山伏さんが芽吹さんの攻撃を弾いた後、今までと違って後ろに下がって距離をとる。
(力で押し勝っているのに退いた?)
「だったら、一つ良いことを教えてやるよ。お前じゃ勇者になれない。」
「なんですって!? 勝手なことを言うな。」
おめめ三角にした芽吹さんが猛然と連続技を繰り返す。
「そうそう、それだよ。その感じが勇者じゃねぇ。」
相当な速度で打ち込まれても、山伏さんはそれを全て無効化している。
時に避け、時に受け、時に機先を制しながら。
「しずくが言っただろ。俺たちも小学は神樹館だった。だから、見てきたんだよ。勇者ってやつをよっ!」
強く弾かれた勢いで今度は芽吹さんが退く。
攻守が入れ替わり、今度は型を無視した力任せの山伏さんの剣に芽吹さんが立ち向かう。
「そいつらが戦っていたところはみたことがねぇ。だから、俺達が知っているのは普段のあいつらだ。」
山伏さんの性格がちょっと変わってる。猫ってこういうこと?
「ねぇ、これ、どういう状況?」
雀ちゃんの袖を引いて小声で尋ねる。
「え? わ、沙耶ちゃん、平気なの?」
「うん、この通り。で、なんであんなに言い争ってるの? ただの訓練じゃないの?」
小声でこそこそする間も、2人の戦いは激しさを増している。
手数だけでなく口数も含めて。
「あー、芽吹がシズク…様を要らないって言っちゃって、それで力ずくでもってなっちゃった。ねぇ、あれ何とか止められない。」
雀ちゃんに言われて、もう一度2人の戦いを見る。
何でも2重人格らしい。
なんでそんな重要情報を取るに足らないっていうかな。
「俺が知っているあいつらは普通だった。学校に通い、勉強して、友達と遊ぶ。」
何あれ、山伏さん、いえ、今はシズクか。
パワーだけでなくスピードもある。
「ごめん、雀ちゃん。あれは今は無理。」
「そっか、ううん、こっちこそ無理いって悪かったよ。」
そう、今は無理だ。人間の力でやり合って怪我したくない。
「鷲尾須美ってやつがいた。コイツはクソ真面目で不器用だったが、友達思いな奴だってのは見てても分かった。」
また、一段と力がこもっていく。
あんなの受けてたら腕の筋肉のクールダウンが間に合わない。
「乃木園子って奴がいた。マイペースで寝てばかりのくせに、本気になれば何でもできるやつだった。本気になるところは友人に関係することだけしか見たことないがな。」
完全に攻守が入れ替わってる。
「三ノ輪銀ってやつがいた。落ち着きがないトラブルメーカーだったけど、気さくで明るくて、みんなのことを思いやる。言うべきことをはっきり言えるすげー奴だった。」
この戦い、技術だけじゃなく、今のままだと心の込め方でも芽吹さんが押され始めてる。
勇者って言うのはただ自分が強いだけで慣れる者ではないの?
アイツが神樹様を作った時、勇者の選定基準を結城さんにしなかった。
ただ、人を学び良き心を持つ者を選ぶように定義しただけ。
まるで自分の私意を反映したくないみたいに。
勇者の基準。
アイツも知らない。
知ろうとしなければ、全知全能の意味はない。
「あいつらはお前とは違ってた。お前みたいにギラギラしてなかったぜ。俺が見たあいつらは普通に暮らしていた。どこにでもいる子供と変わらなかった! 勇者になる前もなった後も、そうなりたいとも、やりたくないとも言わなかった。お前みたいに勇者になりたいって駄々こねてた訳じゃないぜ。」
既に何十合と打ちこんでいるのに、芽吹さんは何とか致命的な隙を見せずにしのいでいる。
「だったら何? 普通であることが勇者である条件だとでも言うの?」
逆にシズクの動きが少しずつだけど大雑把になっている。
もともと精細な動きではなかったけど、今は精彩さも駆けてきている。
「さあな、神樹や大赦が何を基準にしているかなんて知らねぇ。だけどな。俺が見た勇者たちはカッコよかったぜ。楠! てめぇはただ他のヤツの玩具を欲しがるガキ。空を飛べないと文句たれてる鶏だ。そんなカッコ悪い奴が……。」
一瞬だけシズクの動きが静かになる。
止まったのではなく、ただ静かに、その時を待ち続けるかのように。
そして……
「勇者になれるわけねぇだろうが!!」
その時は来る。
体格に反するような膂力から生み出された神速と言える一撃が、ただ一点を突き動かす。
(これは決まったかな。残念だけどあの位置と威力では避けられない。かといって受ければ次につなげられない。)
やっぱり普通にできることなんてない。
シズクの突きを重心を使って斜に滑らす。
それも足掻き。
威力を殺し切れず芽吹の姿勢が崩れる。
「終わりだ!!」
そう、シズクの言う通りこれで終わりだろう。
そのまま、踵を返す。
だから、その声が追突した瞬間を見逃した。
「それでも、私は――勇者になるのよ!!」
瞬間は見逃したけど、決着がついたのは分かった。
あの体勢から踏み込んで、さらにシズクの攻撃をかわして、
その上で下がるシズクに追いすがって勝負を決めた。
呆れた無謀さ、シズクの力なら横薙ぎにできれば勝っていただろうに。
この勝負にかける意気込みの違いが結果に出た。
(模擬戦で勝ってもしょうがないでしょうに、呆れたやる気。)
シズクが切っ先を突きつけられたまま芽吹を見つめる。
「俺の負けだ。」
空気が緩む。
「まったく、あそこで踏み込んでくるか? 下手したら大けがじゃすまなかったぞ。」
「正直に言うわ。賭けだった。あそこで貴方が突きを選択してそれを受けるのも、次の一撃を捉えるのも。奇跡みたいなものよ。」
「いいや、奇跡なんてないさ。あれがお前の実力だ。あ~あ、負けちまったか。仕方ない。ちゃんと言うことは聞くから、頼むぜ楠。」
「ええ、誰一人欠けずにお役目をやり遂げて見せるわ。」
(あれ? アルの気配が無くなってる。いつの間に……。)
それともアルは最初からいなかったんだろうか?
それは後で考えよう。
今はそれより気になることがある。
さっきの勝負。
芽吹さんも言っていた勇者の条件。
普通であることなんてものはないはず。
少なくともアイツはそんなこと考えてない。
でもアイツが世界を創造してから130億年。
一度も修正されなかった神樹様の自己組織化は弛まず進み、人類だって遥か海の向こうで誕生した時から変わり果てた別の生き物になり続けている。
今この瞬間でさえも。
(普通なんて、そんな哲学みたいな条件。常なる何かなんて設定できるの?)
それを
(いいや、世界なんて私の知ったことじゃない。やりたい人たち同士勝手に殺し合ってれば良い。私は何もしたくない。)
ただ、私がここにいることも
記憶を共有された程度では、全知全能どころか、万能ですらないのかもしれない。
それでも、アイツの記憶通りなら、私にも勇者を選ぶことくらいはできる。
なんでかアイツが押し付けていったから。
好きなように選んで良いって。
楠さんの叫びを思い出す。
あんなに勇者になりたがっていたのなら、一度くらいならせてあげても良いんじゃないだろうか?
そして、天の神と同一の存在である私は、誰かを勇者に選ぶことができる。
何故だか、全身が総毛立ち、暑さとは違う汗を不快に拭う。
(知らない。大赦の人たちもまともに取り合わなかったんだ。私には関係ない。)
翌日、治ったのなら早く訓練に参加しろと、芽吹さんに怒られました。